2018年1月23日 (火)

奥の細道を読む・歩く(239)

汐越の松に向かって歩く

 

 「越前の境、吉崎の入江を舟に棹して、汐越の松を尋ぬ。

    終夜嵐に波をはこばせて

     月をたれたる汐越の松   西行

 此一首にて数景尽きたり。もし、一弁を加るものは、無用の指を立るがごとし。}

 

 大聖寺の駅前からバスに揺られて汐越の松を尋ねます。吉崎というバス停で降りて、そのまま松林のある方向に向かって歩き始めましたが、どうも様子が違うなぁと思い始めました。汐越の松は、芦原ゴルフクラブの場内にありますので、予め電話で依頼をしています。方向が怪しくなって、電話でクラブに確かめると、やはり方向が違っており、しかも、かなり離れていることがわかりました。乗り継ぐようなバス路線はありませんから、歩きます。

 芭蕉は「越前の境、吉崎の入江を舟に棹して、汐越の松を尋ぬ。」と書いていますが、そのような優雅な舟もありません。バスを降りたところは石川県ですが、少し引き返してから、福井県境を通り、蓮如上人の吉崎御坊の建物などが集まっているところを通り過ぎます。しばらく行くと北潟湖が広がり、小さな浜坂漁港を過ぎます。この湖が「吉崎の入江」です。

 上り道にかかるところに石の道標があって「おくのほそ道 汐越の松碑 ここから右、九〇〇メートル」と書いてあります。汗をかきながら上っていくと、やっとゴルフクラブの入り口に着きます。

 さて、西行の歌ですが、嵐が一晩中吹いて汐越の松に波が打ちかかる、その水が松の枝から滴り落ちるところへ月の光が射すと、まるで月が松の枝から垂れ下がったように見える、という情景です。

 ゴルフ場で来意を告げると快く案内をしてくださいます。けれども、海は見えませんから、更に少し離れたところまで歩かなければならないことを覚悟します。

|

2018年1月22日 (月)

奥の細道を読む・歩く(238)

一夜違いの曾良と芭蕉

 

 全昌寺の境内には、「大聖寺の城外、全昌寺といふ寺にとまる。」から、「草鞋ながら書捨つ。」までの「奥の細道」本文を記した碑があります。芭蕉の自筆を刻んだものです。そして「終宵秋風聞やうらの山」の曾良の句碑と、「庭掃て出ばや寺に散柳」の芭蕉の句碑とがあります。

 曾良の「終宵秋風聞やうらの山」は、師と別れて今夜はひとり寺に泊まったが、一晩中眠ることができず、裏山に吹く秋風を聞きながら夜を明かしたと詠んでいます。技巧も凝らさず、ありのままの様子を述べているのです。

 曾良の残した句を芭蕉は目にしたはずですが、曾良に呼応した句は作っていません。「庭掃て出ばや寺に散柳」は、寺を出立しようとすると庭の柳が散ってきた、せめてこの柳だけでも掃き清めてから発ちたいものであるという、感謝の気持ちを込めた挨拶の句になっています。「心早卒にして堂下に下る」という言葉には、曾良を追って先を急ぎたいという気持ちも込められているようです。

 師弟の句碑の近くには、「全昌寺、芭蕉忌における深田久弥(九山)作・全句」と題した句碑があります。「翁忌や師をつぐ故に師を模さず」をはじめとする11句が刻まれています。大聖寺は日本百名山などで知られる登山家、また、山の文学者である深田久弥の出身地です。「翁忌や」の句だけ独立した別の句碑も作られています。

 本堂の左前の方に羅漢堂があって、江戸時代の末期に作られた517体の五百羅漢が安置されています。本堂には芭蕉坐像があり、芭蕉が泊まったとされる部屋を復元して芭蕉庵と名付けている一隅があります。

 7万石あるいは10万石と言われる小さな城下町であった大聖寺ですが、九谷焼をはじめ独自の文化や美意識が開花しました。その落ち着いた町をゆっくり歩いて駅に戻ります。駅のホームの片隅にある芭蕉句碑には「山中や菊はたをらぬ湯の匂」が刻まれています。

|

2018年1月21日 (日)

奥の細道を読む・歩く(237)

全昌寺へ向かう

 

 「大聖寺の城外、全昌寺といふ寺にとまる。猶、加賀の地也。曾良も前の夜此寺泊て、

    終宵秋風聞やうらの山

と残す。一夜の隔、千里に同じ。吾も秋風を聞て衆寮に臥ば、明ぼのゝ空近う、読経声すむままに、鐘板鳴て、食堂に入。けふは越前の国へと、心早卒にして堂下に下るを、若き僧ども紙硯をかゝへ、階のもとまで追来る。折節、庭中の柳散れば、

    庭掃て出ばや寺に散柳

とりあへぬさまして、草鞋ながら書捨つ。」

 

 芭蕉と曾良は山中温泉で分かれて、曾良が先に泊まった全昌寺に、芭蕉も一日遅れで泊まります。

 曾良の日記によると、曾良は8月5日の夕刻に全昌寺に着き、6日も滞在し、7日朝に寺を出発しています。「曾良も前の夜此寺泊て」というのを事実とすれば、芭蕉は7日夜に全昌寺に着いたことになります。

 小松で泊まった私たちは、朝の間に、小松天満宮に行って「あかあかと日は難面もあきの風」の句碑などを見て、葭島神社などを巡ってから、電車で小松から大聖寺に向かいます。

 大聖寺という駅名は、北陸線の拠点駅か何かのように印象に残っている名前ですが、古びたような印象で、大きな駅ではありません。かつては、山中温泉方面への電車が発着していましたから、特急も停まるような駅であったのでしょうが、今では加賀温泉駅からのバスが山中、山代などの温泉を結んでいます。駅構内のプラットホームの片隅に芭蕉句碑がありますが、これは鉄道としては珍しいことだと思います。

 大聖寺駅から歩いて10分ほどで全昌寺に着きます。全昌寺のことを、山麓の高低差のあるところに堂宇があるよう、私は勝手に想像していました。「鐘板鳴て、食堂に入。」から「心早卒にして堂下に下る」というあたりの文を、建物を下り降りているように解釈していたのです。実際は平坦な土地にあります。

|

2018年1月20日 (土)

奥の細道を読む・歩く(236)

ドレミファそら日記(43)     2017年5月24

 

0755分 東横イン金沢駅東口発。

0818分 JR北陸線、金沢駅発。普通・小松行。

0849分 小松駅着。

0915分 建聖寺。(0925)

0935分 すわまえ芭蕉公園。

0940分 菟橋神社。(0945)

1000分 本折日吉神社。(1020)

1025分 龍昌寺跡(芭蕉宿泊の地)

1030分 多太神社。(1100)

1120分 「カレーの市民」で昼食。(1140)

1210分 小松バス、小松駅前発。那谷寺行。

1252分 那谷寺着。

1255分 那谷寺。(1545)

1605分 小松バス、那谷寺発。小松駅前行。

1647分 小松駅前着。

1710分 アパホテル小松着。

|

2018年1月19日 (金)

奥の細道を読む・歩く(235)

那谷寺と芭蕉

 山門から向かって左半分に普門閣や奇岩遊仙境や大悲閣があって、右半分には芭蕉句碑や護摩堂、鐘楼などがあります。どちらかというと左に人の流れが多く、右に少なくなっています。

 芭蕉150回忌の天保年間に建立された句碑に刻まれているのは「石山の石より白し秋の風」ですが、すぐ右側には翁塚があって、「山中の温泉に行ほど、白根が嶽後にみなしてあゆむ。……」から「……奇石さまざまに、古松植ならべて、萱ぶきの小堂、岩の上に造りかけて、殊勝の土地也。」までの文章と、「石山の」の句が刻まれています。あたり全体が苔むした感じになっているのを好ましく感じます。高等学校の頃だったと思いますが、はじめて「石山の」の句を習ったときは、近江の石山寺と比べてそれよりももっと白く、という意味を教わったと記憶しています。けれども、「石山」を那谷寺の眼前の石山と見て、その石山よりももっと白く、秋の風を感じると考えてもよいのだという気持ちになりました。那智、谷汲、石山寺というような他の寺院とは関係なく、那谷寺はすっくと存在していると思うのです。

 近くに縁結びの神としての庚申像があって、縁結びのご利益が書かれていて、現実世界に引き戻される気がします。

 すこし上っていったところに、修法を行う護摩堂と、袴腰の上部まで石造りの鐘楼があります。どちらも寛永年間の建立で国の重要文化財ですが、このあたりまで足を延ばす人は少なくて、静かな雰囲気を味わえます。

 下ってきて、バスの時刻まで間がありますから、聖茶(ひじりちゃ)と菓子をいただきます。

 私たちは小松に戻り、一泊します。

|

2018年1月18日 (木)

奥の細道を読む・歩く(234)

那谷寺をめぐる

 

 那谷寺の山門を入ったところは、寛永年間に作庭された庫裏庭園です。杉の木の根元など、あたり一面は苔でおおわれています。

 普門閣・宝物館は、寺院とは異なる感じがするのですが、1965(昭和40)に白山の山麓、旧新保村の春木家を移築・保存したものだと言います。休憩所・売店を兼ねています。商業的に施設も、寺の運営のためには必要なのでしょう。

 大きな木々の間を参道が貫いていますが、それが終わって空が見えたところで 左手に池が現れて、その向こうに奇岩遊仙境が見えます。ここは「おくのほそ道の風景地」として国名勝に指定されています。山門までの田舎の村落風景、山門を入ってからの古木のたたずまい、そして奇岩霊石の世界。眼前のものが次々に変化していきます。

 そこに一枚の掛札があります。「遠い遠い昔、自然は神だった。人は皆、神の恵みに感謝していた。だから誰も自然を傷つけることをためらった。生きとし生ける全てのものと共に生きる喜びに満ちあふれていた。しかし今、我々は……」

 「しかし今、我々は……」で文章は終わっているのですが、今の人たちはこのように手取り足取り、説明されないと、自然の恵みを忘れてしまって、平気で自然を傷つけてしまうのです。眼前の喜びに心を奪われ、自分たちを取り巻くものからの恩恵を忘れてはなりますまい。

 真っ赤な紅葉の向こうに本殿である大悲閣が見えます。観音霊水の前を通って、大悲閣への石段を上ります。一向一揆の兵乱で荒れたものを1642(寛永19)に前田利常が再建したということですが、岩壁に依りかかるように建てられています。殿内には胎内くぐりもあります。岩を切り開いたような、狭い切り通しの道を通って下に向かいます。

 同じ寛永期に建立された三重塔があり、色鮮やかな楓月橋を渡って、展望所に出ます。下から仰ぎ見た奇岩遊仙境に対峙する高さになります。ここは浄土を思わせる境地です。紅葉もありますが 全山が緑におおわれた静かな世界です。しばらく、見入ります。

|

2018年1月17日 (水)

奥の細道を読む・歩く(233)

那谷寺と白山、そして花山法皇

 

 「山中の温泉に行ほど、白根が嶽後にみなしてあゆむ。左の山際に観音堂あり。花山の法皇、三十三所の順礼とげさせ給ひて後、大慈大悲の像を安置し給ひて、那谷と名付給ふとや。那智・谷汲の二字をわかち侍しとぞ。奇石さまざまに、古松植ならべて、萱ぶきの小堂、岩の上に造りかけて、殊勝の土地也。

    石山の石より白し秋の風 」

 

 芭蕉は、7月24日に小松に着き、25日に多太神社に詣でています。26日は天候不順でしたが、27日に菟橋神社に参拝した後、山中温泉に向かっています。山中に9日間滞在した後、再び小松に向かい、その途中に那谷寺に参拝しています。私たちは、小松から直接、那谷寺に向かいます。今回は山中温泉へ行かず、次回の3泊4日のときに訪れる予定です。

 小松駅前からのバスで40分余りかかりますが、バスの終点は、意外に山深いところではありません。

 「奥の細道」に言う「白根が嶽」は石川・岐阜県境にある白山のことです。四季にわたって雪が消えることがないので白山と呼ばれるようです。小松から山中へ向かう道では、白山は東南の方角、つまり前方に見えるはずですが、道の曲がり具合で「後にみなしてあゆむ」こともあったのでしょう。「左の山際」にある「観音堂」が那谷寺のことです。

 花山法皇が天皇を退位したときのことは「大鏡」などにも書かれていて、在位3年で退位させられています。退位後に西国巡礼を始めたと言われており、西国三十三所の霊場とつながりの深い方です。

 那谷寺は717(養老元年)開創と言いますから、今年でちょうど1300年になります。高僧・泰澄によって白山が開かれたのと同時です。ここは白山信仰とつながりの深い寺です。那谷寺の「那」は那智の那、「谷」は谷汲の谷です。花山法皇が御幸されたときに、古名の岩屋寺を那谷寺に改められたと伝わります。

 ここは確かに岩屋の寺です。村里にある寺のように思いましたが、山門を入ると様子が一変します。芭蕉が詠んだ「石山の石より白し秋の風」は、芭蕉150回忌に建てられた句碑に刻まれています。

 那谷寺の石山は、近江にある石山寺のように白く、それよりもさらに白い秋風がここを吹き巡っている、という風情です。

|

2018年1月16日 (火)

奥の細道を読む・歩く(232)

実盛と「むざんやな」の句

 

 越前が生国である斎藤別当実盛は加賀の篠原の地で討ち死にをしています。はじめ源義朝につかえ、平治の乱ののち、平宗盛につかえています。幼少の頃の木曽義仲の命を救いましたが、巡り巡って平家敗走のときには、義仲軍の手塚太郎光盛に討たれています。

 「むざんやな甲の下のきりぎりす」の句は、討ち死にをした実盛の甲の下できりぎりすが鳴いている、これはなんといたましいことだ、という意味ですが、そんな訳文では言い尽くせないものがあります。老武者と侮られまいとして白髪を染めて義仲軍との戦いに参加し、討ち死にした実盛の甲を取り上げてみると、その下にきりぎりす(今のコオロギ)がいたというのですが、戦乱の世の中の一点景として見ると、実盛の他にもこのような結末をたどった者は幾人もいたことでしょう。謡曲などに取り上げられる人もいれば、そういうこととは無縁の人も大勢いたはずです。

 多太神社は木曽義仲が戦勝を祈願した神社であり、義仲は命の恩人であり、節を重んじて戦った実盛の供養として、その甲冑や弓矢を奉納して慰霊したのです。芭蕉は簡潔に、「實盛討死の後、木曾義仲願状にそへて、此社にこめられ侍よし、樋口の次郎が使せし事共、まのあたり縁起にみえたり。」と書いています。

 境内には、実盛の供養祭が6月3日(私たちが訪れた10日ほど後)に、加賀市の篠原で催されるというポスターが掲示されています。また、社頭には実盛の甲の模型が碑として作られています。甲の正面には八幡大菩薩の文字が見えます。

 由緒の深い、大きな神社なのですが、私たちは朱印をいただきたいと思って、人影を探したのですが、神社全体が静まり返っているだけでした。その静けさこそが実盛に対する供養でもあるように感じました。

|

2018年1月15日 (月)

奥の細道を読む・歩く(231)

本折日吉神社から多太神社へ

 

 「此所太田の神社に詣。實盛が甲、錦の切あり。往昔、源氏に属せし時、義朝公より給はらせ給とかや。げにも平士のものにあらず。目庇より吹返しまで、菊から草のほりもの金をちりばめ、龍頭に鍬形打たり。實盛討死の後、木曾義仲願状にそへて、此社にこめられ侍よし、樋口の次郎が使せし事共、まのあたり縁起にみえたり。

    むざんやな甲の下のきりぎりす 」

 

 菟橋神社から引き返して多太神社に向かいますが、多太神社の手前に本折日吉神社があります。

 真っ赤な鳥居の本折日吉神社は、山王さんとして親しまれており、芭蕉は小松滞在中に、神主の藤村伊豆宅の句会に招かれています。境内に芭蕉留杖の地という石碑が建っていますが、そこには、近江屋という旅宿に泊まった翌朝、出立しようとしたときに小松の人達に引き留められ、神主宅に泊まって句会を催したということが彫り込まれています。その時に披露した句が「しをらしき名や小松吹く萩薄」だというのです。

 本折日吉神社から多太神社への途中に、本折地蔵堂というのがあって、龍昌寺跡であって、芭蕉宿泊の地であると書かれています。

 多太神社は、6世紀はじめに創建されたと伝えられています。胸のあたりに笠を持って、右手で杖を突いている芭蕉像が、高い台座の上に建てられています。力強い足どりで、遠くをじっと見据えている姿です。芭蕉は、多太神社で斎藤別当実盛の兜などを見ています。実盛と木曽義仲の巡り合わせに感慨を覚えたのでしょうか、「むざんやな甲の下のきりぎりす」の句を残しています。筆太の文字で書かれた句碑があります。さらに斎藤別当実盛公の像も作られています。

 芭蕉の句にあわせて、この時に供をしていた二人も句を詠んでいます。

  幾秋か甲にきえぬ鬢の霜   曾良

  くさずりのうら珍しや秋の風 北枝

|

2018年1月14日 (日)

奥の細道を読む・歩く(230)

小松を歩く

 

 金沢から30分ほど列車に乗って、小松に着きます。小松には、勧進帳の舞台である安宅の関がありますから、ここは歌舞伎の町です。隈取りの絵などもあって、駅前にはそんな雰囲気が漂います。イメージキャラクターは「カブッキー」です。

 駅から真っ直ぐ西(海側)に向かいます。真行寺などの寺が並んでいます。

 寺町通りを北に向かってたどっていくと、左手に建聖寺があります。室町時代後期に能美郡寺井の地に創建され、1640(寛永17)に現在地に移ったと言います。この寺には、加賀藩3代藩主の前田利常の子・亀松が5歳で早逝したのを悼んで乳母・侍女たちが追善のため寄進した仏涅槃図があって、小松市指定の文化財になっています。

 広くはないお寺ですが、門前に「はせを留杖の地」という碑が建っており、門を入ると右手に芭蕉の碑があります。「蕉翁」と刻んだ石碑があり、その右側に小さな句碑があります。「しをらしき名や小松吹く萩薄」の句です。

 小松というのは何と控えめでいじらしい名前であるのだろう、風はこの地の小さな松の木の上を吹き、萩や薄をなびかせている、と詠んでいます。

 建聖寺の住職は留守とのことですが、奥様に招き入れられます。所蔵されている芭蕉木像のことを話題にしたら、拝見できることになりました。厨子の中から取り出されたのは、芭蕉の門人・立花北枝が作った像です。

 北枝は、金沢から松岡までの16日間ほど、体調のすぐれない曾良に代わって同行しています。のちに芭蕉十哲のひとりに数えられています。

 建聖寺を出て北に進むと、広い道路のそばに、すわまえ芭蕉公園というのが設けられています。芭蕉句碑「ぬれて行や人もをかしき雨の萩」があります。雨にぬれる萩は趣深く、これを見ながらやはりぬれていく人の姿もまた風情がある、という意味です。

 歓生に招かれて句会を開きましたが、この句は歓生宅の庭をたたえた挨拶の句でしょう。これを立句に五十韻が巻かれています。句会に同席した小松の俳人達が詠んだ五十韻を刻んだ句碑が作られています。活字体の日です。句会は1689(元禄2年)7月26日のことです。

 広い道路を横断すると、そこが菟橋神社で、ここにも「しをらしき名や小松吹く萩薄」の句碑があります。

|

2018年1月13日 (土)

奥の細道を読む・歩く(229)

ドレミファそら日記(42)     2017年5月23

 

0810 東横イン金沢駅東口発。

0825分 北陸鉄道バス、中橋発。からくり記念館行。

0850分 金石着。

0855分 本龍寺。(0910)

0925分 北陸鉄道バス、金石発。金沢工業大学前行。

0950分 近江町市場着。

1005分 彦三大通りを通って、浅野川の彦三大橋へ。

1025分 浅野川大橋。

1030分 ひがし茶屋休憩館。

1035分 ひがし茶屋街。

1045分 徳田秋声記念館。(1130)

1135分 梅ノ橋。

1140分 瀧の白糸像。

1155分 金沢城公園。(1205)

1210分 兼六園。(1320)

1245分 兼六亭で昼食。治部煮。(1310)

1340分 高浜虚子・年尾文学碑、室生犀星文学碑。(1410)

1425分 長久寺。(1430)

1435分 寺町鐘声園。(1445)

1500分 願念寺。(1520)

1530分 室生犀星記念館。(1620)

1625分 雨宝院。

1630分 成学寺。(1635)

1645分 にし茶屋街。(1655)

1700分 犀川大橋。

1705分 芭蕉の辻。

1710分 北陸鉄道バス、片町発。金沢駅前行。

1720分 金沢駅前着。

1740分 夕食。(1830)

1835分 東横イン金沢駅東口着。

|

2018年1月12日 (金)

奥の細道を読む・歩く(228)

にし茶屋街のあたり

 

 犀川大橋が見えるところを通って、室生犀星記念館に向かいます。犀星歳時記・春夏編という展示をしています。展示資料を見ながらゆっくりと静かな時間を過ごすように仕組まれたような雰囲気に満ちています。時間の都合で駆け足になりそうなのが残念です。

 記念館の近くにある雨宝院は、室生犀星が、寺の子として育った幼少時代を描いた「性に目覚める頃」に登場するところです。犀星生い立ちの寺として、犀星展示室も設けられているようですが、ここでも、ゆっくりできません。

 成学寺の境内には「あかあかと日は難面も秋の風」の芭蕉句碑(秋日塚)があります。また、ここにも一笑塚があります。

 にし茶屋街に立ち寄りますが、夕方ですから観光客の姿はありません。閉館間際の金沢市西茶屋資料館をさっと一見します。かつての部屋の雰囲気が残され、芸妓さんたちが使っていた品々も展示されています。ここは作家・島田清次郎が青年期を過ごした吉米楼の跡だそうです。「ひがし茶屋街」と「にし」とはもともと違った趣を呈していたのか、それとも訪れている観光客の多寡に理由があるのか、ともかく夕方の「にし」には、暮れゆく一抹の寂しい風情があります。

 頑丈で古風な、国登録有形文化財である犀川大橋を渡って、芭蕉の辻に向かいます。芭蕉の辻は、芭蕉が10日間ほど滞在した、旅人宿の宮竹屋があった場所です。

|

2018年1月11日 (木)

奥の細道を読む・歩く(227)

願念寺の一笑塚

 

 観光客が多く集まっている妙立寺は、数々の仕掛けが施されていて、忍者寺として親しまれていますが、その横を通り抜けて、芭蕉と一笑ゆかりの願念寺へ向かいます。

 願念寺は蕉門の俳人・一笑の菩提寺です。門前に「芭蕉翁来訪地・小杉一笑墓所」とあって「塚も動け我泣く声は秋の風」の芭蕉句が刻まれています。

 一笑は、金沢の蕉風の先駆としての役割を果たした人で、400句近い遺作が伝えられています。芭蕉が訪れる前年の冬に36歳で早世し、金沢に来てそれを知った芭蕉は慟哭したようです。その追善のために詠んだのが「塚も動け我泣く声は秋の風」です。

 あなたを悼んで泣く私の声は、もの寂しい秋の風とともにあなたに呼びかける、塚よ、この声に応じて動いてほしい、という意味です。無念さがにじむ句です。

 境内に一笑塚があります。一笑の辞世の句「心から雪うつくしや西の雲」が刻まれ、大きく「一笑塚」と書いてあります。

 芭蕉は「奥の細道」の旅に際して、各地の門人達と予め連絡をとっていたと思われますが、一笑の死は、知らなかったのでしょうか。当時の通信手段を考えれば、知らなくても不思議ではありませんが、たとえ知っていたとしても落胆の気持ちは大きく、「一笑と云ものは、此道にすける名の、ほのぼの聞えて、世に知人も侍しに、去年の冬早世したりとて、其兄追善を催すに、」という文章になったのでしょう。追善供養は芭蕉来訪によって突然に企画されたものではないでしょう。

|

2018年1月10日 (水)

奥の細道を読む・歩く(226)

犀星のみちから、静音の小径へ

 

 兼六園から下ってきて、犀川のほとりに到ると、高浜虚子・年尾父子句碑があります。「北国の時雨日和やそれが好き 虚子」と「秋深き犀川ほとり蝶飛べり 年尾」とが一つの石に刻まれています。詠まれた季節を一致させているのは、父子が伴っての旅であったのでしょうか。

 このあたりは「犀星のみち」と呼ばれていて、室生犀星文学碑もあります。「あんずよ  花着け  地ぞ早やに輝けり  あんずよ花着け  あんずよ燃えよ」が刻まれています。

 桜橋で犀川を渡り、坂を上って寺町寺院群に向かいます。ここには70に及ぶ寺社がありますから、寺を離れるとまた寺、小道を抜けるとまた寺、というような風情です。静音(しずね)の小径と呼んでいるようですが、観光客の足さえなければ、静かなたたずまいが広がっています。

 長久寺に芭蕉の句碑があります。「ある草庵にいざなはれて」という言葉に続いて、「秋涼し手毎にむけや瓜茄子」の句が彫られています。

 秋のすがすがしい空気の中で、瓜や茄子は自分自分の手で皮をむき、いただくことにしよう、という句趣です。ある草庵とは、犀川のほとりの一泉亭だと言われています。

 この辺りは寺町台とも呼ばれ、寺町鐘声園という庭でしばらく休憩します。

|

2018年1月 9日 (火)

奥の細道を読む・歩く(225)

兼六園を歩く

 

 金沢城公園のそばを通ると、三文豪が並んでいる像があります。百間掘を通って、兼六園に入ります。

 まずは、芭蕉の句碑を目指して歩きます。碑面は文字が読みとりにくい状態になっていますか、これは「あかあかと日は難面(つれなく)も秋の風」を刻んだものです。

 太陽は夏と同じように照りつけてはいるが、風には秋の風情が漂ってくる、という意味です。「あかあかと」は明々とともとれるし、赤々とともとれます。この句は、金沢に着くより前に想を得て、金沢での句会で披露したようです。ただし、「奥の細道」の文章の流れの中では、小松への途中の吟とされています。

 園内は花菖蒲などが満開です。和服姿の女性もいて、池の周りは華やかです。兼六園に来るのは3度目ぐらいですが、写真や映像でしばしば目にしていますから、新しい印象はありません。

 兼六亭で昼食をとることにして、治部煮を注文します。この店には、「室生犀星の小説『性に眼覚める頃』、お玉の掛茶屋が今の兼六亭です」という説明板が掛けられています。治部煮は代表的な加賀料理の一つのようですが、私たちの注文したのは、観光客向けのものでしょうから、本格的なものとはどう違うのかはわかりません。

 真弓坂口から、兼六園を出ます。

|

2018年1月 8日 (月)

奥の細道を読む・歩く(224)

浅野川と秋・鏡花

 

 近江町市場を通り抜けて、彦三大通りを通っていくと、浅野川の彦三大橋に出ます。この橋を渡ってから右に折れて入ると、古い飴屋があって俵屋と書いてあります。麩料理の店などもあります。

 ゆっくり歩いていても、すぐに、ひがし茶屋街に着きます。重要伝統的建造物群保存地区です。旧涌波家主屋、茶屋建築の志摩、などなどがあって、落ち着いた一画です。土産物屋飲食の店が多いようです。遠足か旅行かの中学生や高校生も行き交っています。大きな声も出さず、ゆっくりと歩いています。

 その中に、加賀棒茶・喫茶「一笑」という店もありますが、「奥の細道」に「一笑と云ものは、此道にすける名の、ほのぼの聞えて、世に知人も侍しに、去年の冬早世したりとて、其兄追善を催す」とある「一笑」に因んだものでしょう。

 豪快な流れから犀川が「男川」と呼ばれるのに対して、浅野川は「女川」と呼ばれているそうですが、川のそばに徳田秋聲記念館があります。企画展は、秋聲の長男、徳田一穂の「父への手紙」展です。一穂の生い立ちは、秋聲の出世作といわれる小説「黴」に詳しく描かれています。記念館の2階の窓からは、浅野川や梅ノ橋の様子などが広がっています。

 梅ノ橋を渡るまでの浅野川沿いには「秋聲のみち」という愛称がつけられていますが、橋を渡ると「鏡花のみち」になります。川沿いに「瀧の白糸碑」があって、鏡花の出世作「義血侠血」の主人公の像があるのです。近くに歌謡曲「友禅流し」の歌詞碑もあります。川に沿って松の並木が続きます。並木町という地名です

 金沢の三文豪として称えられているのは、徳田秋声、泉鏡花、室生犀星ですが、犀星はまだ登場してきません。

|

2018年1月 7日 (日)

じいさまはヤマへしばかりに -明石日常生活語辞典を作るということ-⑨

()自分の命との兼ね合い

 

 辞典を作るための入力作業を続けてきて、いつでも全体を出力できる段階までに到達しているのですが、ここ数年間は記述しているものの加除修正を繰り返しています。大体は記述を加えたり、より望ましい用例に取り替えたりするようなことを行っています。この作業は長く続ける方がよいと思っていますが、一方で、自分の命の長さとの兼ね合いで、どこかで終了しなければならないと思います。時間の限界が迫っていると言うべきかもしれません。

 どこで踏ん切りをつけたらよいのかはわかりません。満足感というか、完成した思いというか、そういうものがなくても、ある段階で区切りをつけるしかありません。未完成で終わるよりは、不十分でも形として残しておきたいという気持ちがあるのです。

 実際に「明石日常生活語辞典」として現在までに記述している量は、1行を40文字として入力して、5万5000行を超えています。

 もちろん、全国共通語と同じ言葉は多いのですが、それは、全国共通語と同じ形の言葉も使っているという事実をきちんと記録していることでもあります。

 このような手作業で行っている記述は、パソコンを駆使して数量的に処理する研究などとは無縁のものです。もとよりすべての語彙を集めきれたとは思っていませんが、ある程度のものを記録できたというのが、現在の段階での思いです。

 

 ◆この文章は、2017年5月12日に関西大学で開催された日本方言研究会の第104回研究発表会で発表した内容をもとに、そのときの発表とはやや異なった方向から書き改めたものです。

|

2018年1月 6日 (土)

じいさまはヤマへしばかりに -明石日常生活語辞典を作るということ-⑧

()言葉はゆっくり変化している

 

 私が方言について興味・関心を持ち、調査や研究らしきことを始めてから半世紀以上が経過しました。ひとつひとつの言葉の使われ方は、ゆっくりと変化していますが、長い目で見ると様相が異なってしまったと感じることも少なくありません。そのごく一例を挙げます。

 例えば、仮定を表す言い方では、祖父母の世代ではごく普通に使われていたと思われる、動詞の未然形で表す言い方、「明日(あした)、雨が降ら、運動会は中止や。」という言い方はほとんど聞かれなくなっています。今は、「明日、雨が降ったら」とか「明日、雨やったら」という言い方に置き換えられてしまっています。

 活用語の未然形で表す言い方は、形容詞にもありました。形容詞の未然形を使って、「長けら、二つに折れ。」と言いました。長いのならば二つに折りなさいという意味ですが、その言い方は、今ではほとんど聞くことはありません。「長かったら、二つに折れ」とか、「長いのやったら、二つに折れ」という言い方になってしまっています。

 また、例えば、理由などをあらわす接続助詞の「さかい」は、使用頻度が格段に少なくなりました。「雨が降りそうやさかい 傘を持って行きなはれ。」という言い方は、「から」や「ので」を使って表現する度合いが高くなっています。

 この日常語辞典で記述している内容を、例えば今後の半世紀という隔たりを経て見てみたら、おそらく大きな違いを感じることに違いないだろうと思います。

|

2018年1月 5日 (金)

じいさまはヤマへしばかりに -明石日常生活語辞典を作るということ-⑦

()辞典の記述の仕方

 

 日常生活語辞典は、次のように記述していきます。

① 見出し語は、一般の国語辞典の書き方に沿いますが、実際に発音しているのに近い形を書きます。よく似た発音の形も見出し語としてあげますが、それは、見出しの数を増やそうという意図ではなくて、さまざまな形で検索しやすいようにするためです。

  接頭語、接尾語、慣用句なども見出しとして挙げます。擬声語や擬態語などをできるだけ多く集めるようにします。

  全国共通語と同じ形の言葉も、そのまま記述します。その言葉を使っているという事実を示すことが記録になっています。

② 品詞は、一般的な学校文法によって区別します。すべての言葉に品詞名などを記し、動詞は活用の種類を記し、その他の文法的な説明も煩雑にならない範囲で行います。

③ 言葉の意味については、単なる言葉の置き換えは避けて、その言葉の持つ意味や働きを説明するように心がけています。

④ それぞれの言葉には、具体的な用例を示します。意味をいくつかに分類する場合は、それぞれについて具体的な用例をあげます。

  用例は、短い句の形ではなく、文の形で表現するようにします。その用例文は、文節ごとの分かち書きとして、かつ、文節の中を単語に分けて、単語と単語の間にコンマ()を入れます。ごく一部の例外を除けば、用例の中に現れるそれぞれの単語は、この辞典の見出し語として記載している語です。

⑤ それぞれの語と同意である言葉、きわめて近い意味を持つ言葉は、矢印()で比較・参照できるようにします。そのことによって、俚言同士の関連性を示すとともに、俚言がどのような共通語に置き換えられる傾向にあるかということも示すことになります。

  ひとつの言葉と他の言葉との同じ意味の言葉、対になる言葉、派生する言葉などの関係も示しますが、それは、共通語・俚言という垣根を設けることなく行います。そのことによって共通語と俚言の橋渡しをする類義語辞典・同義語辞典・対義語辞典の役割もそなえることができると考えています。

|

2018年1月 4日 (木)

じいさまはヤマへしばかりに -明石日常生活語辞典を作るということ-⑥

(6)辞典として記述する範囲

 

 この辞典では、日常生活で使う基礎的な語彙を記録しようと考えます。組織的な、あるいは系統的な教育によらなくても、日常生活の中で身につけていくような言葉です。

 けれども、その範囲を、言葉の難易度とか、言葉の使用頻度とかいうようなモノサシで定義することは難しいと思います。日常生活語というものの範囲の設定のために神経を使うつもりはありません。ふだん使っている言葉という言い方をすれば、あいまいさは否定できないと思いますが、きちんと線引きできるようなものではありません。恣意的だと言われればそれまでですが、大まかな考えで進めています。

 それぞれの言葉の使用頻度にはこだわりません。高齢者が時たま使うような言葉であっても、消えゆくことを見過ごさないで、記述するように努めたいと思うのです。

 記述する時間的な範囲については、記述者である私の祖父母の世代の人たちが使っていた言葉、父母の世代の人たちが使っていた言葉、自分の世代の人たちが使っている言葉です。それを実際の収集に基づきながら、自分の内省によって詳しく記述して説明しようと考えます。

 言葉は長い時間をかけて変化を続けていますが、祖父母、父母の世代のものを受け継ぎ、子、孫の世代へ伝えていきます。自分を含めて、そのわずか5つの世代の間であっても、言葉はゆっくりと、しかしかなり大きく変化していることを実感します。音韻、アクセント、文法は遅い足どりで変化していますが、語彙はそれらよりも足早に変化をしています。

 かつて祖父母たちが使っていて、自分も知っている言葉であっても、自分が使おうとしない言葉はたくさんあります。自分がしばしば使う言葉や、かつて使っていた言葉であっても、子や孫たちが使わない言葉はたくさんあります。

 共通語の語彙の場合は、国語辞典などにおいて、誰かが記録をしていてくれるのですが、ある地域の方言(主として俚言)は使われなくなって記録されていなければ、記憶から消え去ってしまうことになります。言葉がなくなることは、人が亡くなるのと同じように、悲しく切ないものがあります。

 この辞典は、いわば昭和という時代を中心にした、一地域の言葉の有様を記述しておこうとするものです。したがって、それを分析したり法則を組み立てたりするようなことを当面の目的にしていません。後になって資料としての価値があればそれでよいと考えています。

|

2018年1月 3日 (水)

じいさまはヤマへしばかりに -明石日常生活語辞典を作るということ-⑤

()調査者の立場と被調査者の立場をまじえて

 

 私は、昭和五十年代から始まった文化庁の都道府県別の方言収集緊急調査の兵庫県の調査員として神戸市を担当しました。神戸市兵庫区の、いわゆる和田岬地域です。

 その方言収集緊急調査における調査協力者(被調査者)の要件は、その土地で生まれ育ち、よその土地に住んだことのない人、あるいは、その期間が短い人であり、収録時において六十歳以上の人でした。神戸のような都市部の調査において、この要件を満たす人を探すことはなかなか大変でした。

 ところで、私は、明石市大久保町西島に生まれて、そこで生活を続け、たぶんそこで死を迎えることになるだろうという者です。

 時が流れて、かつての方言収集緊急調査の被調査者の要件が、今では自分に備わっていることに、一方では愕然としつつも、他方ではそれを活用しないのはもったいないと思うようになっています。

 私の住んでいるところは神戸市の近郊ですから、今では高層のマンションも数多く建てられるようになりましたが、もともとは半農半漁の村というようなところです。同じ苗字の家も多く、江戸時代から何代も続いているような家もたくさんあります。わが家もそのようなものの一つなのですが、以前から使われている言葉が残りやすい地域です。

 日常生活語辞典の記述において、私は、調査者という立場と被調査者という立場とを兼務することになるのですが、調査者と被調査者とを兼務することの利点は、内省によって言葉を見つめることができるということです。その地域で使われている言葉の全体を、質問法や自然傍受法や会話録音によってのみ収集することは無理です。無数の項目による質問をしても、何百時間の録音をしても、漏れ落ちてしまう言葉はいくらでもあるでしょうが、それを自分の内省によって補っていくことは、そこで生涯を過ごしている者だからこそできることでもあるのです。

 用例は、ある程度は作文によらなければなりませんが、それは被調査者の要件をそなえている者が内省に基づいて行いますから、とんでもない誤りを犯すことにはならないでしょう。ただし、自分自身の思い込みは強く戒めなければならないと思っています。

 調査者と被調査者を兼務するやり方が万全であるとは思っていません。同じ地域に住んでいる人たちは同じ方言を使っていると考えるのは幻想のようなものです。たとえ私が、前に述べたように被調査者の要件を満たしているとしても、私が記述する日常生活語が、その土地の標準的なものであると考えるのは軽率なことであるでしょう。けれども、地域外に住む人が研究して作り上げる語彙集よりも、その土地の言葉のありのままの姿に近いものができあがるだろうということは言えそうです。

|

2018年1月 2日 (火)

じいさまはヤマへしばかりに -明石日常生活語辞典を作るということ-④

()方言を録音や文字で記録する

 

 「消え行く方言」などという表現をしばしば耳にします。確かに、日常生活において俚言が使われる度合いはしだいに少なくなっていると思います。方言が消えていくという指摘を否定するつもりはありませんが、あくまでも日常生活で使われているのは俚言などを含めた方言です。共通語を使う度合いが強まっていっても、方言はなくなってしまうわけではありません。

 けれども、方言(つまり、俚言を中心とした言葉)を使う度合いが少なくなっていくのなら、ある時点における方言(共通語と俚言を合わせたもの)のありのままの姿を記録しておくことは、後世のために大切なことであると思います。

 方言の力は衰えていくというのがおおかたの見方であっても、消えていくことを黙って見ているわけにはいかないという気持ちがあって、日常生活語を記述(記録)する作業を私はしているのです。

 それぞれの地域で使われている言葉はしだいに全国共通語に引っ張られて、共通語の色合いを濃くしていっているにしても、方言研究というものを、消えて行く言葉を追いかけるものであるというように考えたくはないのです。

 古くから使われ続けている俚言と、力を強めつつある共通語がどのように共存し、またどのように補いあっているかということに注目することが大事であると思います。全体が共通語の方に引かれていく傾向を示しつつも、その中で残り続けている俚言もたくさん、あるのです。

 現在の方言を後世のために記録するとすれば、録音によるのが最も手っ取り早いと思います。そのような記録の仕方は、方言研究において、力を発揮しています。

 けれども、録音によって記録されたものは、音韻、アクセント、文法の研究にとっては好ましい資料となるでしょうが、語彙についてはちょっと違うように思います。

 発音、アクセント、語法などは、たくさんの録音などを分析して、結論を導き出すことはできるでしょう。けれども、語彙については、何百時間の録音をしても、そこから語彙の全体像をとらえることは難しいと思います。無数の質問を繰り返しても、なかなか全体の姿には近づけません。語彙はひとつひとつを丹念に記述していってはじめて全体像に迫れるのではないかと考えます。

|

2018年1月 1日 (月)

じいさまはヤマへしばかりに -明石日常生活語辞典を作るということ-③

(3)俚言を含めた全体が方言である

 

 方言というのは、ひとつの言語(例えば日本語)が地域によって異なった発達をして、音韻、アクセント、文法、語彙などの上で、違いが見出されるとき、それぞれの言語の体系を指して言う言葉です。例えば、語彙について言うと、その地域で使われている言葉の全体が方言なのです。

 全国のあちらこちらで、語彙を集めた方言集が作られていますが、それら出版物の大多数は地域特有の言葉(俚言)を集めたものです。例えば、前述の「やま」のような言葉は省かれているのが通例です。

 私たちの日常の言語生活は、全国で通用する共通語、広い地域にわたって使われている地域共通語、その地域だけで使われている俚言などを用いて営んでいます。私たちは共通語や俚言を織り交ぜながら、その折々にふさわしい言葉を選んで使っているのですが、それらをひっくるめたものが方言です。地域特有の言葉である俚言は、方言の一部であるのです。

 方言研究では地域特有の現象に関心が向くことは当然でしょうが、それぞれの地域の言語生活の全体像を見る目も大切であると思います。

 音韻、アクセント、文法などに関しては、その地域の全体傾向を説明することは多いのですが、語彙を全体として把握する研究は必ずしも多くないように思います。

 私は明石市を例にして、日常生活でごく普通に使われる語彙を、共通語・俚言という区別を設けないで、記述しようと考えました。そのような言葉を仮に日常生活語と名付けます。

 

|

2017年12月31日 (日)

【掲載記事の一覧】

 寒波の中で2017年が暮れていこうとしています。

 今年の漢字は「北」でした。今年の漢字を選定する催しは、日本漢字検定協会の宣伝のようなものですが、報道機関が飛びつきそうな効果を狙っています。今年の「北」は、時事的な影響があったものですが、あまり印象の良い文字ではありません。「北」は東西南北の「きた」ですが、動詞として読めば「にぐ」(にげる)です。敗北は気持ちのよいものではありません。

 さて、2006年8月にブログを始めて以来、1日も欠かさず記事を書いてきました。記事の数は5314件に達し、アクセスしていただいた数は558000を超えました。

 記事のうち『明石日常生活語辞典』に関するものは2605件ですから、記事全体の半数近くになります。この辞典に関する記事は一旦終わりますが、方言についての文章はこれからも書くつもりです。

 今年は現在連載中の「奥の細道ほ読む・歩く」の文章を再開して、できるだけ早く完結させるつもりです。

 その後も、 街道歩きのことや言葉に関することを書き続けたいと思っています。

 ブログをお読みくださってありがとうございます。

 お気づきのことなどは、下記あてにメールでお願いします。

 gaact108@actv.zaq.ne.jp

 これまでに連載した内容の一覧を記します。

 

◆【明石方言】 明石日常生活語辞典 ()(2605)

    [2009年7月8日開始~ 20171229日]

 

◆じいさまはヤマへしばかりに -明石日常生活語辞典を作るということ-

                  ()()~継続予定

    [20171230日開始~ 最新は20171231日]

 

◆奥の細道を読む・歩く ()(222)~継続予定

    [2016年9月1日開始~ 最新は201712月1日]

 

◆ところ変われば ()()~継続予定

    [2017年3月1日開始~ 最新は2017年5月4日]

 

◆日本語への信頼 ()(261)~再開の可能性あり

    [2015年6月9日開始~ 最新は2016年7月8日]

 

◆名寸隅舟人日記 ()(16)~再開の可能性あり

    [2016年1月1日開始~ 最新は2016年4月2日]

 

◆新・言葉カメラ ()(18)~再開の可能性あり

    [201310月1日開始~ 最新は20131031日]

 

◆名寸隅の船瀬があったところ ()()

    [2016年1月10日~2016年1月14日]

 

◆名寸隅の記 ()(138)

    [2012年9月20日開始~ 最新は2013年9月5日]

◆言葉カメラ ()(385)

    [2007年1月5日~2010年3月10日]

 

◆『明石日常生活語辞典』写真版 ()()

    [2010年9月10日~2011年9月13日]

 

◆新西国霊場を訪ねる ()(21)

 2014年5月10日~2014年5月30日]

 

◆放射状に歩く ()(139)

 2013年4月13日~2014年5月9日]

 

◆百載一遇 ()()

    [2014年1月1日~2014年1月30日]

 

◆茜の空 ()(27)

    [2012年7月4日~2013年8月28日]

 

◆国語教育を素朴に語る ()(51)

    [2006年8月29日~20071212日]

 

◆改稿「国語教育を素朴に語る」 ()(102)

    [2008年2月25日~2008年7月20日]

 

◆消えたもの惜別 ()(10)

    [2009年9月1日~2009年9月10日]

 

◆地名のウフフ ()()

    [2012年1月1日~2012年1月4日]

 

◆ことことてくてく ()(26)

    [2012年4月3日~2012年5月3日]

 

◆テクのろヂイ ()(40)

    [2009年1月11日~2009年6月30日]

 

◆神戸圏の文学散歩 ()()

    [20061227日~20061231日]

 

◆母なる言葉 ()(10)

    [2008年1月1日~2008年1月10日]

 

◆六甲の山並み[言葉つれづれ] ()()

   [20061223日~20061226日]

 

◆おもしろ日本語・ふしぎ日本語 ()(29)

    [2007年1月1日~2009年6月4日]

 

◆西島物語 ()()

    [2008年1月11日~2008年1月18日]

 

◆鉄道切符コレクション ()(24)

    [2007年7月8日~2007年7月31日]

 

◆足下の観光案内 ()(12)

    [20081114日~20081125日]

 

◆写真特集・薔薇 ()(31)

    [2009年5月18日~2009年6月22日]

 

◆写真特集・さくら ()(71)

    [2007年4月7日~2009年5月8日]

 

◆写真特集・うめ ()(42)

    [2008年2月11日~2009年3月16日]

 

◆写真特集・きく ()()

    [20071127日~20081113日]

 

◆写真特集・紅葉黄葉 ()(19)

    [200712月1日~20081215日]

 

◆写真特集・季節の花 ()()

    [2007年5月8日~2007年6月30日]

 

◆屏風ヶ浦の四季 [2007年8月31日]

 

◆昔むかしの物語 [2007年4月18日]

 

◆小さなニュース [2008年2月28日]

 

◆辰の絵馬    [2012年1月1日]

 

◆しょんがつ ゆうたら ええもんや ()(13)

    [2009年1月1日~2010年1月3日]

 

◆文章の作成法 ()()

    [2012年7月2日~2012年7月8日]

 

◆朔日・名寸隅 ()(19)

    [200912月1日~2011年6月1日]

 

◆江井ヶ島と魚住の桜 ()()

    [2014年4月7日~2014年4月12日]

 

◆教職課程での試み ()(24)

    [2008年9月1日~2008年9月24日]

 

◆相手を思いやる姿勢と、自分を表現する力 ()()

    [200610月2日~200610月4日]

 

◆学力づくりのための基本的な視点 ()()

    [200610月5日~20061011日]

 

◆教員志望者に必要な読解力・表現力 ()(18)

    [20061016日~200611月2日]

 

◆教職をめざす若い人たちに ()()

    [2007年6月1日~2007年6月6日]

 

◆これからの国語科教育 ()(10)

    [2007年8月1日~2007年8月10日]

 

◆現代の言葉について考える ()()

    [2007年7月1日~2007年7月7日]

 

◆自分を表現する文章を書くために ()(11)

    [20071020日~20071030日]

 

◆兵庫県の方言 ()()

    [20061012日~20061015日]

 

◆暮らしに息づく郷土の方言 ()(10)

    [2007年8月11日~2007年8月20日]

 

◆姫路ことばの今昔 ()(12)

    [2007年9月1日~2007年9月12日]

 

◆私の鉄道方言辞典 ()(17)

    [2007年9月13日~2007年9月29日]

 

◆高校生に語りかけたこと ()(29)

    [200611月9日~200612月7日]

 

◆ゆったり ほっこり 方言詩 ()(42)

    [2007年2月1日~2007年5月7日]

 

◆高校生に向かって書いたこと ()(15)

    [200612月8日~20061222日]

 

◆1年たちました ()()

    [2007年8月21日~2007年8月27日]

 

◆明石焼の歌 ()()

    [2007年8月28日~2007年8月30日]

 

◆中山道をたどる ()(424)

    [201311月1日~2015年3月31日]

 

◆日光道中ひとり旅 ()(58)

    [2015年4月1日~2015年6月23日]

 

◆奥州道中10次 ()(35)

    [20151012日~20151121日]

 

◆失って考えること ()()

    [2012年9月14日~2012年9月19日]

|

じいさまはヤマへしばかりに -明石日常生活語辞典を作るということ-②

()「やま」は高地のこととは限らない

 

 「やま()」はどんなに簡単な国語辞典にも載せられている言葉です。仮に『岩波国語辞典・第四版』を見ると、次のような意味が連ねられています。

  ①平地より著しく高く盛り上がった地形の所。

  ②山()のような形に盛り上げたもの。

  ③物事の絶頂。クライマックス。

  ④「山鉾」の略。

  ⑤《名詞にかぶせて》山野に自生するものである意。

 用例として、①には「富士は日本一の-」、②には「ごみの-」、③には「事件の-に達した」、⑤には「-ぶどう」が挙げられています。

 このような意味が、現在の共通語としての一般的な意味だということは納得します。

 少し詳しい説明が載っている国語辞典、例えば『広辞苑・第四版』を見ると、意味が細かく分類されていますが、右に挙げたような意味の他に、次のような意味も書かれています。

  ⑧山林。平地の林をもいう。

 これには用例は挙げられていませんが、現代語としてもそのような意味があるということを言っているのです。

 『日本方言大辞典』で「やま【山】」を引くと、①山林。②山野。野外。野辺。③疾病の神を祭るために御幣を立てた山。④神聖な土地。⑤森。林。⑥田畑。耕作地。野良。⑦田。⑧やぶ。……として39種類の意味が書かれており、そのような意味で使っているところの地名が列挙されています。

 この辞典に掲載されている方言地図を見ると、林のことを「はやし」と言うのは当然としても、林のことを「やま」と言うこともある地域は、近畿・中国・四国・九州地方などに広がっており、関東地方にもまとまった分布があります。「やま」と言うこともある地域はそれ以外にもあちこちに点在しており、ほぼ全国にわたると言ってもよいように思います。

 明石の西部で生まれ育った私は、「やま」という言葉を、そんなに広くもない林のようなところを指して使っているのを、よく聞きました。「やまで 松葉をかき集めて 燃やす。」というような言葉遣いです。

 つまり、『ももたろう』の「じいさま」が柴刈りに出かけたのは、高い山でなくてもよいような気がします。「やま」という言葉には、共通語で理解されているような意味の他に、方言としての使われ方もあるのです。(ただし、昔々は、全国で広く、そのような意味で使われていた言葉であるとも言えるでしょう。)

 もっとも子ども向けの絵本では、山にはある程度の高さがなくては絵にならないであろうという事情は否定しません。

|

2017年12月30日 (土)

じいさまはヤマへしばかりに -明石日常生活語辞典を作るということ-①

()私たちは方言を話している

 

 例えば、松谷みよ子・文、和歌山静子・絵の『ももたろう』(「松谷みよ子むかしむかし」シリーズ、2006年12月10日、童心社発行)という絵本の冒頭の部分は次のような文章です。

  むかし あるところに、

  じいさまと ばあさまが おった。

  じいさまは やまへ しばかりに

  ばあさまは かわへ せんたくに いったと。

 絵は、山間から流れてくる川で「ばあさま」が桃を拾う場面になっていますが、「じいさま」は山道をたどっていく後ろ姿になっています。その山は柔らかいタッチで描かれていますが、それなりの高さを感じる山です。

 ところで、この「じいさま」は山を登って「しばかり」に行ったのでしょうか。「やま」とはどういう場所のことでしょうか。

 「しばかり」という言葉を聞いて幼児がどのようなイメージを描くかということも、興味深いことです。「しばかり」という言葉からは、幼児たちは、山野に生える丈の低い雑木を刈り取る「柴刈り」を思い浮かべるのではなく、庭園などに植えられて地面をはうようになっている芝生を刈り揃える「芝刈り」をイメージしてしまうかもしれません。

 私にはときどき、方言について話をするようにという機会が与えられますが、話の導入のようなことを語り始めて、しばらく後に、「私は、いま、どのような言葉で皆さんにお話ししているでしょうか」と尋ねることがあります。初対面の方々を前にして話をすることが多いのですから、丁寧な言葉遣いをしているのですが、この質問に対しての答えは、「標準語で話している」「共通語だ」「方言や」などとさまざまな答えが返ってきます。現実には、私は方言でしか話ができません。

 続けて、「方言だけを使って話をすることは可能でしょうか」と問いかけると、「それは無理や」というつぶやきが聞こえてきます。空や海や石のことを別の方言で表現する地域はあると思いますが、私の住む地域では「そら」「いし」「うみ」と言うのが一般的です。けれども「そら」「いし」「うみ」は方言ではないと言ってよいのでしょうか。

|

2017年12月29日 (金)

【書籍版】明石日常生活語辞典 (608)    (通算2606回)

連載の終了にあたって

 

 『明石日常生活語辞典』の連載は通算2600回を超えました。【書籍版】としての連載も600回を超えました。

 『明石日常生活語辞典』は、2018年または2019年に刊行する予定です。兵庫県明石市は、201911月1日に市制施行百年を迎えますが、それより前に刊行しようと考えています。

 全体が文字ばかりの「辞典」ですので、項目によっては写真を加えて編集するつもりです。写真は既に自分でかなり撮り貯めておりますが、さらに、明石市立文化博物館が所蔵している民具などの撮影許可を得ましたので、それも加える予定です。

 【書籍版】として連載したのが、ほぼ最終的な原稿ですが、今でも毎日、読み返して加除訂正を続けています。

 ただし、【書籍版】の記述と大きく変えて最終版として刊行する部分があります。それは、用例文についてです。ブログでは、「んま・が・ 道・を・ 歩い・とる・の・は・ 珍しい。」というように書きましたが、それを「んま()・が・ みち()・を・ ある()い・とる・の・は・ めんら()しー。」のように書き換えます。意味がわかることを優先して漢字仮名交じり文にしていましたが、発音優先に改めて平仮名の文とします。けれども意味がわからなくなったら困りますので、( )の中に漢字を書くことにします。

 これをすべての用例について書き改めますから、時間がかかるのですが、完了させる見通しはつきました。

 さて、辞典全体のボリュームですが、1行を40文字で入力して、現在は6万行近いものになっています。書物の1ページに60(すなわち2400字程度)を収めても、1000ページ程度のものになります。どのような体裁にするかは、今後、出版社と協議をします。

 書名は『明石日常生活語辞典』ですが、副題を「俚言と共通語の橋渡し」とするつもりです。

 明日から、方言についての短い文章を連載しますが、それが終わると、とりあえず方言に関する連載は行わず、あとは、最終的な刊行物をご覧いただくことになります。

 長期にわたる連載をご覧くださった方には、厚くお礼を申し上げます。

|

2017年12月28日 (木)

【書籍版】明石日常生活語辞典 (607)    (通算2605回)

日常生活語 「ん」

 

《感動詞》 ①相手に呼ばれて応答したり、相手の言葉を聞いていることを示したりするために発する言葉。「ん・ 何・か・ 言()ー・た・かいなー。」②相手の言うことを承知したり同意したりしたときに発する言葉。「ん・ わし・に・ 任し・とい・てんか。」〔⇒はあ、はい、うん、へい、へいへい〕

《助動詞》[動詞や助動詞の未然形に付く] 前にある言葉を打ち消すときに使う言葉。「明日・は・ 行か・ん・ つもり・や。」◆動詞や助動詞に接続し、形容詞や形容動詞には接続しない。形容詞の打ち消しは「まぶし・ない」、形容動詞の打ち消しは「元気や・ない」というようになる。「ん」と「へん」との使い方に差はないが、口調の上で「ん」が続きにくい場合がある。〔⇒ない、へん、ひん、まへん、しまへん、やへん〕

《格助詞(準体助詞)》 ①前の用言的な内容を、体言として扱うことを表す言葉。「勉強する・ん・ か・ せー・へん・の・か。」②前の体言を受けて、「…のもの」「…のこと」という意味を表す言葉。「それ・は・ わし・ん・や。」〔⇒のん、ん〕

《終助詞》 相手に対して疑問を表したり質問したりする気持ちを表す言葉。「もー・ 言()ー・ こと・は・ 無い・ん。」「「そんな・ こと・(を・) し・て・ 良()ー・ん。」◆強い調子で発音すると、相手を説得したり禁止したりする意味にもなる。〔⇒の、のん〕

んか《終助詞》 疑問や詰問の気持ちを表す言葉。しないか。せよ。「早()よー・ 行か・んか。」「元気・(を・) 出し・て・ もっと・ 歩き・んか。」「もー・ 一口・ 飲ま・んか。」◆強い命令口調になると「行か・んかい」「飲み・んかい」「飲ま・んかい」と言う。〔⇒んかい〕

んかい《終助詞》 疑問や詰問の気持ちを表す言葉。しないか。せよ。「もー・ 止め・んかい。」「黙っ・て・ 聞か・んかい・な。」「もっと・ 速う・ 走ら・んかい。」〔⇒んか〕

んかて《接続助詞》 それをしなくても、という意味を表す言葉。「言わ・れ・んかて・ わかっ・とる・がな。」「そないに・ せか・んかて・ 間に合う。」◆もとは、「ん」(打ち消しの助動詞)+「かて」(接続助詞)であるが、2語が1語に熟している度合いが高い。〔⇒んかとて《接続助詞》

んかとて《接続助詞》 それをしなくても、という意味を表す言葉。「走ら・んかとて・ 電車・に・ 間に合う・やろ。」◆もとは、「ん」(打ち消しの助動詞)+「かとて」(接続助詞)であるが、2語が1語に熟している度合いが高い。〔⇒んかて《接続助詞》

んじまい【ん終い】《補助形容動詞や()》[動詞の未然形に付く] その行為などをしないで終わってしまうこと。「病院・へ・ 見舞い・に・ 行か・んじまいに・ なっ・ても・た。」「聞かんじまい・で・ 別れ・た。」「難しー・て・ 結局・ わからんじまいで・ 終わっ・ても・た。」〔⇒ずじまい【ず終い】

んで《接続助詞》 打ち消しの意味を述べておいて、後ろで述べる内容に続いていくことを表す言葉。「尋ねる・ こと・を・ せ・んで・ 帰っ・てき・た。」「飲ま・んで・ 損し・た。」〔⇒いで、んと〕

んでか《終助詞》 その動作を必ずする、または、しないではおれない、ということを、反語を用いて表す言葉。「あいつ・は・ 腹・が・ 立つ・さかい・ 殴ら・んでか。」〔⇒いでか〕

んでも《接続助詞》 ①それをしないことがあっても、かまわない、という気持ちを表す言葉。「明日・は・ 来()・んでも・ えー。」「お前・が・ せ・んでも・ かま・へん。」②強く迫ってこなくても行うつもりはあるという気持ちを表す言葉。「やいやい・ 言わ・んでも・ 金・は・ 払い・ます・がな。」◆「せ・んでも・ えー。」が「せ・ーでも・ えー。」となることがある。「んでも」は、「なんでも」の「な」が脱落したと考えることもできる。〔⇒いでも、なんでも、ないでも〕

んと《接続助詞》 ①打ち消しの意味を述べておいて、後ろで述べる内容に続いていくことを表す言葉。「金・を・ 払わ・んと・ 去()ん・でも・た。」②もしそうしなければという意味(打ち消しの仮定)を表す言葉。「行か・んと・ わから・へん・やろ。」⇒んで、いで。⇒な、いと〕

んとく《助動詞》 しないでおくという意志を表す言葉。「おもろない・みたいや・さかい・ あの・ 映画・は・ 見・んとく・ねん。」

んならん《補助動詞》 しなければならないという義務や責任を表す言葉。「明日中・に・ 行か・んならん・ ところ・が・ ある・ねん。」「死ぬ・まで・に・ 『明石日常生活語辞典』・を・ 作っ・とか・んならん・と・ 思(おも)・とる。」〔⇒んなん〕

んなん《補助動詞》 しなければならないという義務や責任を表す言葉。「明日・まで・に・ 行か・んなん。」「せ・んなん・ こと・は・ 早(はよ)ー・ すまし・なはれ。」「人間・は・ 生きる・ ため・に・は・ 食わ・んなん・やろ。」〔⇒んならん〕

んま()】《名詞》 相手と気持ちや考え方などが合うかどうかということ。性格や気心の合致のしかた。「あいつ・と・は・ んま・の・ 合わしかた・が・ 難し-・ねん。」〔⇒うま【馬】

んま()】《名詞》 ①家畜として飼われ農耕・運搬・乗馬などに活用される、たてがみがあって首の長い動物。「んま・が・ 道・を・ 歩い・とる・の・は・ 珍しい。」②十二支の7番目の「午」。〔⇒うま【馬】⇒ぱかぱか、おんまぱかぱか【お馬ぱかぱか】⇒うま【午】、んま()

んま()】《名詞》 馬を表しており、子()から始まる十二支の7番目。「わしら・の・ 学年・は・ んま・の・ 年・と・ 未(ひつじ)・の・ 年・や。」〔⇒うま【午】、うま【馬】、んま()

んまがあう(馬が合う)】《動詞・ワア行五段活用》 相手と気が合う。相性が良い状態である。意気投合する。「あの・ 2人・は・ んまがあわ・へん・みたい・や。」〔⇒うまがあう【馬が合う】

んやけど《接続助詞》 何かのつながりで、対比されることがらを続けて言うことを表す言葉。「強(つよ)ーに・ 言()ー・た・んやけど・ 聞ー・てくれ・なんだ。」〔⇒もんやけど、けど、けども、けんど、けんども、ところが〕

|

2017年12月27日 (水)

【書籍版】明石日常生活語辞典 (606)    (通算2604回)

日常生活語 「わ」⑧

 

わる【悪】《接頭語》 よくないことや、程度が過ぎることを表す言葉。「わる知恵・を・ 働かす。」「えらい・ わるまん・やっ・た・なー。」

わるい【悪い】《形容詞》 ①正邪や善悪などから判断して、正しくない。好ましくない。「政府・の・ 考え方・が・ わるい。」「天気・が・ わるー・ なり・そーや。」②水準に達しないで、劣っている。まずい。「学校・の・ 成績・が・ わるー・て・ 落第した。」③相手や第三者ににすまないという気持ちである。自分を責めるような気持ちである。「友だち・に・ わるい・ こと・を・ し・た。」④美しいとか望ましいとかの評価ができない。醜い。「歩く・ 姿勢・が・ わるい。」■対語=「ええ【良え】」

わるがしこい【悪賢い】《形容詞》 悪いことを考えることに頭が働く。ずるくて抜け目がない。人のすきをうかがって行動し、抜け目がない。「わるがしこい・ カラス」〔⇒はしかい〕

わるぎ【悪気】《名詞》 他人に害を与えようとしたり、だまそうとしたりする気持ち。人が心の中に持っている悪意。「あいつ・に・ わるぎ・が・ あっ・た・ん・やない・さかい・ かんにんし・たっ・て・な。」

わるくち〔わるぐち〕【悪口】《名詞》 他の人を悪く言うこと。また、その言葉。「わるくち・を・ 言わ・れ・て・ 怒っ・とる。」

わるさ【悪さ】《名詞》 悪いと思われる点。悪いと思われる程度。短所。「天気・の・ わるさ・を・ 心配し・て・ 傘・を・ 持っ・ていく。」■対語=「よさ【良さ】」

わるさ【悪さ】《名詞、動詞する》 ふざけて無益なことや、人の迷惑になるようなことをすること。人に害を与える、よくない行為をすること。また、そのような内容のこと。「子ども・が・ わるさし・て・ 花・を・ 折っ・ても・とる。」「犬・が・ わるさし・て・ 植木鉢・を・ めん〔=壊し〕・だ。」〔⇒いたずら【悪戯】

わるぢえ【悪知恵】《名詞》 悪いことをしようとして働かせる能力。よこしまな考え。「小学校・に・ 行く・よーに・ なっ・たら・ わるぢえ・も・ だいぶ・ つい・てくる。」

わるまん【悪まん】《名詞》 ①時の巡り合わせがよくないこと。悲運。「去年・は・ わるまん・で・ 試験・に・ 落ち・ても・た。」②折悪しく起こった出来事。「あんた・が・ 来・てくれ・た・ とき・は・ ちょーど・ 留守・に・ し・とっ・て・ わるまん・で・ すん・まへ・ん・でし・た。」

わるもん【悪者】《名詞》 ①人に害を与えることをする人。性格などが望ましくない人。「わるもん・が・ 出・てくる・ 芝居」②良く思われない立場に立たされる人。芝居や物語などに出てくる悪役の人。「いっつも・ わし・を・ わるもん・に・ し・やがる・ねん。」◆小学生の時代などでは、映画・紙芝居・物語などに登場する人物を「わるもん【悪者】」と「ええ・もん〔えー・もん〕【良え・者】」に分けてしまうということがあった。「ええ・もん」は2語という意識がある。⇒わる【悪】

わるやく【悪役】《名詞》 責任などを引きかぶる役割。良く思われない立場に立つという役割。「映画・の・ わるやく」「今度・の・ こと・で・は・ おやじ・が・ わるやく・に・ なっ・た。」◆対語は、「ええ・やく〔えー・やく〕【良え・役】」と言うが、「ええ・やく」は2語という意識がある。

われ《名詞》 相手を指す言葉。相手をののしったり、ぞんざいに扱ったりするときに、相手を指して使う言葉。「われ・の・ 方・から・ 殴っ・てき・た・ん・やろ。」◆「われ」は2人称の言葉であって、かつては、「われ」を1人称では使うことはなかった。〔⇒きさま【貴様】、わい、おまえ【お前】、おまい(お前)、おどら、おんどら、おどれ、おんどれ、おのれ【己】

われめ【割れ目】《名詞》 ①ものの表面にできる、筋のような細かい裂け目。「ガラス・の・ われめ・で・ 手ー・を・ 切ら・ん・よーに・ 気ー・を つれ・なはれ。」「われめ・に・ テープ・を・ 貼る。」②地面などで、線のように引き破られて、離れているところ。「池・が・ 干上がっ・て・ われめ・が・ でき・とる。」⇒ひび【罅】⇒さけめ【裂け目】

われもん【割れ物】《名詞》 ①陶磁器、ガラスなどのように割れやすいもの。割れる可能性のあるもの。「われもん・や・さかい・ 大事に・ 運ん・で・な。」②割れたりして壊れたもの。「われもん・は・ どこ・に・ 捨て・たら・ よろしー・か。」

われる【割れる】《動詞・ラ行下一段活用》 ①力が加わって、ものがいくつかに分かれる。破れたり砕けたりして、壊れる。「茶碗・が・ われ・た。」②割り算で、割り切れる。「3・で・ われる・ 数」■他動詞は「わる【割る】」■名詞化=われ【割れ】

わん【椀】《名詞》 飲食物を盛りつけるための、木や陶磁器などで作った半球形の食器。◆「めしわん【飯椀】」「しるわん【汁椀】」というように言い分ける。

わん《副詞と》 犬などの動物が、短く鳴く様子。また、その声。「犬・が・ 一声・だけ・ わんと・ 鳴い・た。」

わんこう〔わんこー、わんこ〕【わん公】《名詞》 古くから愛玩用や防犯用などに飼われてきた、利口で聴覚や嗅覚に敏感な動物。「かいらしー・ わんこ・が・ おる。」◆「わんこ」には可愛らしさが、「わんこー」には憎げな気持ちが伴うように聞こえることがある。〔⇒いぬ【犬】、わんわん、わんちゃん〕

わんさか《副詞と》 ①物がたくさん集まる様子。「バザー・の・ 品物・が・ わんさか・ 集まっ・た。」②人が大勢集まったり押しかけたりする様子。「見物・の・ 人・が・ わんさか・ 来・た。」◆①②ともに、歓迎する気持ちを表現することがあるとともに、多すぎてうんざりするという気持ちを表すこともある。「わんさか わんさか」と二度続けて言うことも多い。〔⇒わんさと〕

わんさと《副詞》 ①物がたくさん集まる様子。「整理し・たら・ 捨てる・ もの・が・ わんさと・ あっ・た。」②人が大勢集まったり押しかけたりする様子。「野次馬・が・ わんさと・ 来・た。」◆①②ともに、歓迎する気持ちを表現することがあるとともに、多すぎてうんざりするという気持ちを表すこともある。〔⇒わんさか〕

わんしょう〔わんしょー〕【腕章】《名詞》 大勢が集まる場所などにおいて、係や役割などを担っていることを示すために、服の袖の上部につけるしるし。「当番・の・ わんしょー・を・ つける。」

ワンダン〔わんだん〕【英語=one downより】《名詞》 野球で、相手側の好守備によって、攻撃資格を一つ失った段階のこと。「やっと・ わんだん・に・ なっ・た。」◆子どもの遊び言葉。英語の「down」を日本語の「段」(ひとつの段階)のように聞き分けていたような傾向が感じられる。攻撃資格の減少に伴って、「ノーダン」「ワンダン」「ツーダン」「チェンジ」と進んでいく。

わんちゃん《名詞》 古くから愛玩用や防犯用などに飼われてきた、利口で聴覚や嗅覚に敏感な動物。「わんちゃん・の・ 首輪・を・ 買う。」〔⇒いぬ【犬】、わんわん、わんこう〕

ワンパン〔わんぱん〕【英語=one boundより】《名詞、動詞する》 野球などで、球が一度地面などに当たって跳ね上がること。「わんぱん・で・ 受け・た・さかい・ セーフ・や。」

ワンパンやきゅう〔わんぱんやきゅー〕【英語=one boundより  野球】《名詞・動詞する》 小さな子どもの遊びで、柔らかいボールを使って、打ったときには地面にたたきつけて跳ね返るようにすることを義務づけた野球。「広場・で・ わんぱんやきゅー・を・ する。」

わんりゃい(割合)】《名詞》 ある数が全体の数に対して占める大小の関係。また、そのようになる可能性。「醤油・と・ 酢ー・を・ 半々・の・ わんりゃい・で・ 入れる。」〔⇒ぶあい【歩合】、ぶ【分】、りつ【率】、わりあい【割合】、わり【割】

わんりゃい(割合)】《副詞に・と》 他のものや以前のことと比較してみると、思いのほかに望ましい状況であるという気持ちを表す言葉。予想よりも望ましい状況であるという気持ちを表す言葉。「あんた・は・ わんりゃい・ 綺麗な・ 字ー・を・ 書く・ん・や・なー。」「安かっ・た・けど・ わんりゃい・ 良()ー・ 品物(しなもん)・や。」◆思いのほかに望ましくない状況であるという気持ちを表す場合にも使うことがある。〔⇒わりあい【割合】、わりかた【割り方】、わりかし【割りかし】、わりと【割と】、わりに【割に】

わんわん《名詞》 古くから愛玩用や防犯用などに飼われてきた、利口で聴覚や嗅覚に敏感な動物。「わんわん・を・ 連れ・て・ 散歩・に・ 行く。」◆幼児語。〔⇒いぬ【犬】、わんこう、わんちゃん〕

わんわん《副詞と》 ①子どもなどが大声で泣く様子。うるさくわめき立てるように泣く様子。また、その泣き声。「道・で・ こけ・て・ わんわん・ 泣い・とる。」②犬が鳴く様子。また、その鳴き声。「隣・の・ 犬・に・ 夜中・ わんわんと・ 鳴か・れ・て・ 目・が・ 覚め・た。」③蚊などがたくさん集まって、羽音が聞こえてくる様子。、また、その音。「藪・の・ 中・に・は・ 蚊ー・が・ わんわん・ おる。」④声が割れたり、音がうるさく反響したりする様子。また、その声や音。「スピーカー・の・ 声・が・ わんわんと・ やかましー。」⇒わあわあ〕

|

2017年12月26日 (火)

【書籍版】明石日常生活語辞典 (605)    (通算2603回)

日常生活語 「わ」⑦

 

わらんじ(草鞋)】《名詞》 藁を編んで足の形に作り、紐で足に結んではくもの。「わらんじ・の・ はなご・が・ 切れる。」〔⇒わらじ【草鞋】

わり【割】《名詞》 ①全体の中に占める大小の関係で、全体の10分の1のこと。全体を10としたときの比率。「打率・が・ 3わり・を・ 超え・た。」②ある数が全体の数に対して占める大小の関係。また、そのようになる可能性。「5人・に・ 1人・の・ わり・で・ 抽選・が・ 当たる。」③一方の程度から見た他方の程度。特に、損得に関することなど。「わり・が・ 合わ・ん・ 仕事」⇒ぶあい【歩合】、ぶ【分】、りつ【率】、わりあい【割合】、わんりゃい(割合)

わりあい【割合】《名詞》 ある数が全体の数に対して占める大小の関係。また、そのようになる可能性。「当選する・ わりあい・は・ 半分・ぐらい・やろ。」〔⇒ぶあい【歩合】、ぶ【分】、りつ【率】、わんりゃい(割合)、わり【割】

わりあい【割合】《副詞に・と》 他のものや以前のことと比較してみると、思いのほかに望ましい状況であるという気持ちを表す言葉。予想よりも望ましい状況であるという気持ちを表す言葉。「このごろ・の・ 阪神・は・ わりあいに・ 強ー・ なっ・てき・た。」◆思いのほかに望ましくない状況であるという気持ちを表す場合にも使うことがある。〔⇒わんりゃい(割合)、わりかた【割り方】、わりかし【割りかし】、わりと【割と】、わりに【割に】

わりあて【割り当て】《名詞》 仕事などの全体をわけて、それぞれに受け持たせること。物品や金額などをそれぞれに振り分けること。また、そのようにして受け持たせたり振り分けたもの。「寄付・の・ わりあて・を・ する。」〔⇒わりふり【割り振り】

わりあてる【割り当てる】《動詞・タ行下一段活用》 仕事などの全体をわけて、それぞれに受け持たせる。物品や金額などをそれぞれに分配する。「掃除・の・ 区域・を・ わりあてる。」「寄付・の・ 額・を・ わりあてる。」■名詞化=わりあて【割り当て】〔⇒わりふる【割り振る】、ふりわける【振り分ける】

わりかし【割りかし】《副詞》 他のものや以前のことと比較してみると、思いのほかに望ましい状況であるという気持ちを表す言葉。予想よりも望ましい状況であるという気持ちを表す言葉。「わりかし・ おもろい・ 映画・やっ・た。」「わりかし・ 遠い・ とこ・まで・ 行っ・た・ん・や。」◆思いのほかに望ましくない状況であるという気持ちを表す場合にも使うことがある。〔⇒わりあい【割合】、わんりゃい(割合)、わりかた【割り方】、わりと【割と】、わりに【割に】

わりかた【割り方】《副詞》 他のものや以前のことと比較してみると、思いのほかに望ましい状況であるという気持ちを表す言葉。予想よりも望ましい状況であるという気持ちを表す言葉。「今日・は・ わりかた・ 良()ー・ 天気・や。」「わりかた・ しんどい・ 仕事・や。」◆思いのほかに望ましくない状況であるという気持ちを表す場合にも使うことがある。〔⇒わりあい【割合】、わんりゃい(割合)、わりかし【割りかし】、わりと【割と】、わりに【割に】

わりき【割り木】《名詞》 薪を小割りにしたもの。割った木。「正月(しょんがつ)・ 言()ー・たら・ えー・ もん・や。雪・より・ 白い・ 飯(まま)・ 食べ・て・ わりき・みたいな・ 魚(とと)・ 添え・て。」「よき〔=斧〕・で・ わりき・を・ 作る。」

わりきれる【割り切れる】《動詞・ラ行下一段活用》 ①割り算の答えに、余りが出ない。「3・で・ わりきれる・ 数」②納得して、気持ちがおさまる。論理的にうなずくことができる。「わりきれ・ん・ 気持ち・で・ 戻っ・てき・た。」

わりこむ【割り込む】《動詞・マ行五段活用》 ①人と人との間を押し分けて入る。きちんと並んでいるところへ、ルールを無視して横から入り込む。「列・の・ 横・から・ わりこん・だら・ あき・まへん。」②人が話をしているところに、脇から口をはさむ。「話・に・ わりこん・でくる・ あつかましー・ やつ」■名詞化=わりこみ【割り込み】

わりざん【割り算】《名詞》 ある数が、他のある数の何倍であるかを調べる計算。除法。「わりざんし・て・ 一つ・の・ 値ー・を・ 調べる。」

わりと【割と】《副詞》 他のものや以前のことと比較してみると、思いのほかに望ましい状況であるという気持ちを表す言葉。予想よりも望ましい状況であるという気持ちを表す言葉。「今日・は・ わりと・ しんどい・ 仕事・やっ・た。」「わりと・ 高い・ 値ー・や・さかい・ 買わ・なんだ。」◆思いのほかに望ましくない状況であるという気持ちを表す場合にも使うことがある。〔⇒わりあい【割合】、わんりゃい(割合)、わりかた【割り方】、わりかし【割りかし】、わりに【割に】

わりに【割に】《副詞》 他のものや以前のことと比較してみると、思いのほかに望ましい状況であるという気持ちを表す言葉。予想よりも望ましい状況であるという気持ちを表す言葉。「わりに・ 時間・の・ かかる・ 仕事・やっ・た。」◆思いのほかに望ましくない状況であるという気持ちを表す場合にも使うことがある。〔⇒わりあい【割合】、わんりゃい(割合)、わりかた【割り方】、わりかし【割りかし】、わりと【割と】

わりばし【割り箸】《名詞》 端から半分ほどのところまで割れ目がつけてあり、2つに割って使うようになっている、木や竹でできた箸。「弁当・を・ 買()ー・た・けど・ わりばし・が・ つい・とら・へん。」

わりびき【割り引き】《名詞、動詞する》 決まった金額からある程度の金額を安くすること。「大売り出し・の・ 日ー・に・ わりびき・で・ 売る。」「ちょっと・ぐらい・ わりびきし・てくれ・ても・ えー・やろ・に。」

わりびく【割り引く】《動詞・カ行五段活用》 ①売るときに、決まった金額からある程度の金額を安くする。「残っ・た・ 品物・を・ わりびー・で・ 売る。」②表面よりも、中味を小さく見積もる。「あいつ・の・ 言()ー・ こと・は・ ちょっと・ わりびー・て・ 考え・とか・んと・ えらい・ 目ー・に・ あう・ぞ。」■名詞化=わりびき【割り引き】

わりふり【割り降り】《名詞》 仕事などの全体をわけて、それぞれに受け持たせること。物品や金額などをそれぞれに振り分けること。また、そのようにして受け持たせたり振り分けたもの。「掃除・の・ 人数・の・ わりふり・を・ 考える。」〔⇒わりあて【割り当て】

わりふる【割り振る】《動詞・ラ行五段活用》 仕事などの全体をわけて、それぞれに受け持たせる。物品や金額などをそれぞれに分配する。「寄付金・の・ 金額・を・ みんな・に・ わりふる。」■名詞化=わりふり【割り振り】〔⇒わりあてる【割り当てる】、ふりわける【振り分ける】

わる【悪】《名詞》 ①悪い性格や考えの人。よくない行動をする人。「わる・の・ 真似・を・ し・たら・ あか・ん・よ。」②芝居や物語などに出てくる悪役の人。「あの・ 人・は・ わる・みたいや。」「わる・が・ 攻め・てき・た。」「あれ・は・ わる・か・ えーほー・か・ わから・へん。」⇒わるもん【悪者】

わる【割る】《動詞・ラ行五段活用》 ①力を加えて、ものをいくつかに分ける。破ったり砕いたりして、壊す。「手ー・が・ 滑っ・て・ 皿・を・ わっ・ても・た。」②細かく分けて、小さくする。◆縦方向に行うときに使うことが多い。「木ー・を 細く・ わる。」③水や液体を加えて、薄める。「水・で・ わる。」④割り算をする。「100・を・ 3・で・ わる。」■自動詞は「われる【割れる】」■名詞化=わり【割り】

|

2017年12月25日 (月)

【書籍版】明石日常生活語辞典 (604)    (通算2602回)

日常生活語 「わ」⑥

 

わやくそ【わや糞】《形容動詞や()》 ①筋道が通らなかったり、秩序がなかったりする様子。「お前・の・ 考え・は・ わやくそや・さかい・ 人・に・は・ 通用せー・へん。」②乱雑になっている様子。「犬・が・ 畑・を・ 踏みまわっ・て・ わやくそに・ し・ても・た。③壊れてしまっている様子。駄目になっている様子。「うまいこと・ いっ・とっ・た・ 話・を・ わやくそに・ し・てまい・やがっ・た。」〔⇒わや、わやくちゃ【わや苦茶】、わっちゃくちゃ(わ茶苦茶)

わやくそにする【わや糞にする】《動詞・サ行変格活用》 ①ものごとを駄目にする。ものを壊す。「落とし・て・ 時計・を・ わやくそにし・ても・た。」②まとまりを乱す。「昨日・の・ 寄り合い・は・ あいつ・が・ いら・ん・ こと・を・ 言()ー・て・ わやくそにし・やがっ・た。」③馬鹿にする。ふざける。「みんな・で・ 悪口・を・ 言()ー・て・ わやくそにし・たら・ 可哀想や・なー。」〔⇒わやにする、わやくちゃにする【わや苦茶にする】

わやくちゃ【わや苦茶】《形容動詞や()》 ①筋道が通らなかったり、秩序がなかったりする様子。「あいつ・の・ 言()ー・ 意見・は・ わやくちゃや・さかい・ 聞ー・たら・ あか・ん・ぞ。」②乱雑になっている様子。「水害・で・ 家・の・ 中・が・ わやくちゃに・ なっ・た。」③壊れてしまっている様子。駄目になっている様子。「ケーキ・を・ 落とし・て・ わやくちゃに・ なっ・た。」〔⇒わや、わやくそ【わや糞】、わっちゃくちゃ(わ茶苦茶)

わやくちゃにする【わや苦茶にする】《動詞・サ行変格活用》 ①ものごとを駄目にする。ものを壊す。「火・が・ 強すぎ・て・ 焦げ・て・ すき焼き・を・ わやくちゃにし・ても・た。」②まとまりを乱す。「耕二・の・ やつ・が・ ごじゃごじゃと・ ぬかし・て・ 寄り合い・を・ わやくちゃにし・ても・た。」③馬鹿にする。ふざける。「わし・の・ こと・を・ わやくちゃにし・やがっ・た。」〔⇒わやくそにする【わや糞にする】、わやにする〕

わやにする《動詞・サ行変格活用》 ①ものごとを駄目にする。ものを壊す。「ラジオ・を・ 直そ・ー・と・ し・た・ん・や・けど・ 結局・ わやにし・ても・た。」②まとまりを乱す。「決まりかけ・とっ・た・のに・ いら・ん・ こと・を・ 言()ー・て・ わやにし・てまい・やがっ・た。」③馬鹿にする。ふざける。「みんな・で・ わし・の・ こと・を・ わやにし・やがっ・た。」〔⇒わやくそにする【わや糞にする】、わやくちゃにする【わや苦茶にする】

わら【藁】《名詞》 稲や麦の茎を干したもの。「わら・で・ お注連〔=注連縄〕・を・ 作る。」「わら・を・ 追い炊き・に・ 使う。」

わらい【笑い】《名詞、形容動詞や()》 ①ものごとを喜んだり面白がったりして、顔をやわらげたり声を立てたりすること。「泣き・も・ わらい・も・ あんた・の・ 好きな・よーに・ し・なはれ。」②ものごとを喜んだり面白がったりして、よく声に出す癖のある人。また、そのようにする様子。「あの・ 子ー・は・ わらいや・さかい・ いっぺん・ 笑い出し・たら・ 止まら・へん。」⇒げら〕

わらいごと【笑い事】《名詞》 笑ってすませるような、小さな事柄。深刻でないこと。「大事(おーごと)・に・ なら・んと・ わらいごと・で・ 済ん・だら・ 有り難い・ こと・や。」

わらいばなし【笑い話】《名詞》 ①滑稽な内容の話。「落語・の・ わらいばなし・は・ おもろい。」②笑いながら話す程度の、気楽な話やばかばかしい話。「財布・を・ 落とし・た・ゆーて・ 大騒ぎ・を・ し・た・けど・ 家・の・ 中・から・ 出・てき・て・ わらいばなし・で・ すん・だ・ん・や。」

わらいむし【笑い虫】《名詞》 おかしいことに出会うと、笑いこける人。「あいつ・の・ わらいむし・が・ なかなか・ 止まら・へん。」

わらいもん【笑い物、笑い者】《名詞》 人に馬鹿にされて笑いの種になるものや人。「近所・の・ わらいもん・に・ なる。」

わらう【笑う】《動詞・ワア行五段活用》 ①喜んだり面白がったりして、口許をゆるめて声に出す。「漫才・を・ 見・て・ げらげら・ 笑う。」②喜んだり面白がったりして、目を細めて表情に表す。「赤ん坊・が・ にこっと・ わらう。」③馬鹿にする。あざけって、さげすむ。「失敗し・た・けど・ わらわ・んとい・てんか。」■名詞化=わらい【笑い】

わらかす【笑かす】《動詞・サ行五段活用》 ①人を笑うようにさせる。「あの・ 漫才・は・ よー・ 人・を・ わらかす・なー。」②軽蔑に値することである。軽蔑される。「あれ・で・ 大学生・や・と・は・ わらかす・よ・なー。」■名詞化=わらかし【笑かし】〔⇒わらわす【笑わす】

わらける【笑ける】《動詞・カ行下一段活用》 自然と笑える。自然と笑いが生じる。「ごっつい・ わらける・ 漫才・や。」

わらじ【草鞋】《名詞》 藁を編んで足の形に作り、紐で足に結んではくもの。「お寺・の・ 門・に・ 大けな・ わらじ・が・ 吊っ・てある。」〔⇒わらんじ(草鞋)

わらしごと【藁仕事】《名詞、動詞する》 藁を打ったり、縄をなったり、藁で何かを作ったりする作業。「わらしごと・で・ 縄・を・ なう。」「家・の・ 中・で・ わらしごとし・たら・ ごみ・が・ いっぱい・ 貯まっ・た。」

わらばい【藁灰】《名詞》 火鉢に入れたり肥料にしたりして使う、藁を燃やした後にできる粉状のもの。「わらばい・を・ 火鉢・に・ 入れる。」「風・が・ 吹い・て・ わらばい・が・ 飛び回る。」

わらび【蕨】《名詞》 ①葉は食用になり根から蕨粉をとる、山地に生えて早春に巻いた新芽を出す植物。「わらび・や・ ぜんまい・を・ 採る。」②蕨粉を原料にした餅。「夏・に・ なっ・たら・ わらび・を・ 売り・に・ 来る。」⇒わらびもち【蕨餅】

わらびもち【蕨餅】《名詞》 蕨粉を原料にした餅。「わらびもち・に・ 黄粉・を・ まぶす。」〔⇒わらび【蕨】

わらぶき【藁葺き】《名詞》 屋根を藁で覆うこと。藁で覆った屋根。「わらぶき・を・ 瓦屋根・に・ 変える。」■対語=「かわらぶき【瓦葺き】」〔⇒わらや【藁屋】、わらやね【藁屋根】

わらぼうき〔わらぼーき〕【藁箒】《名詞》 藁で作った、ごみなどを掃く用具。「わらぼーき・は・ 先・が・ じっきに・ ちび・てまう。」◆材質による名付け方には、他に「しゅろぼうき【棕櫚箒】」「たけぼうき【竹箒】」などがある。

わらや【藁屋】《名詞》 屋根を藁で覆うこと。藁で覆った屋根。「「うち・の・ 里・の・ 家・は・ わらや・です・ねん。」■対語=「かわらやね【瓦屋根】」〔⇒わらやね【藁屋根】、わらぶき【藁葺き】

わらやね【藁屋根】《名詞》 屋根を藁で覆うこと。藁で覆った屋根。「「わらやね・に・ 草・が・ はえ・とる。」■対語=「かわらやね【瓦屋根】」〔⇒わらや【藁屋】、わらぶき【藁葺き】

わらわす【笑わす】《動詞・サ行五段活用》 ①人を笑うようにさせる。「おもろい・ こと・を・ 言()ー・て・ 人・を・ わらわす・の・が・ 好きや。」②軽蔑に値することである。軽蔑される。「そんな・ あほな・ 質問し・て・ 人・を・ わらわし・たら・ あか・ん。」〔⇒わらかす【笑かす】

|

«【書籍版】明石日常生活語辞典 (603)    (通算2601回)