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2006年11月30日 (木)

高校生に語りかけたこと(22)

読書をしよう、新聞も読もう

 「今朝は新聞を読みましたか。どのような記事に関心を持ちましたか」というのは、就職などの面接試験のはじめの部分で、受験者の気分をほぐすために行われる質問のひとつです。新聞を読むのは、日常のごく当り前のことであるからです。ところが、こういう質問をされると困ってしまう人が増えてきました。新聞と無縁の人がいるのです。
 大きなニュースや、事件・事故などは、テレビのニュースなどですぐに伝えられます。けれども、そのようなニュースに接すると、新聞で改めて読みたいと思うことがあります。確かめるために、あるいは整理して理解するために新聞を読むのです。大きな出来事があった日の翌日は、駅売りの新聞がよく売れます。ニュースの速報性では劣る新聞ですが、新聞には、新聞の大きな役割があるのです。
 ところで、NIEという言葉を知っていますか。日本語に直すと「教育に新聞を」ということになります。本校は昨年度から、そのNIEの実践校としての指定を受けています。担当の先生を中心にして、新聞を授業に取り入れるという実践に取り組んでいただいております。そんな縁もあって、私は今年度、NIEに取り組んでおられる小学校・中学校・高等学校の先生方の研究団体である兵庫NIEネットの代表を務めています。
 NIEという言葉が使われるようになったのは、ここ10年ぐらいのことではないかと思いますが、私は高等学校の教壇に立つことになった最初の頃から、担当する国語の授業で、しょっちゅう新聞のコラムやニュース記事を使ってきました。今でも、新聞を読み返しながら切り抜きをすることは、ごく日常的な生活の一部です。
 私は、現代日本語を調べ続けておりますが、言葉の地域的な特徴に関心を持って、その用例を探すために、全国の地方新聞はもちろん、中央紙の各本社発行の新聞を、1週間か10日分ずつ送ってもらうことを繰り返してきました。今では全国の地方新聞の記事をインターネットで読むことができるようになりましたが、それでも、ちょっと遠出をすると、必ず地方新聞を買うというクセは抜けません。
 8月の末に、兵庫NIEネットの研究会がありました。その時に、ある新聞社の神戸支局長の講演がありました。その話を聞きながら、私はもう何十年も前のことを思い出しました。私が中学生・高校生の頃や、教員になりたての頃に聞いていたのは、「新聞の文章は中学3年生に理解できるようなレベルで書かれている」ということでした。私はそのことを実感していましたから、新聞のコラムやニュースを、ごく当り前のこととして高校の授業で使いました。高校生にふさわしいレベルの文章であったのです。
 そして今も、新聞の記事は中学3年生に理解できるようなレベルで書かれているのだそうです。新聞の文章のレベルは、何十年前とすこしも変わっていません。新聞を作っている人たちは、そのような意識で文章を書いているのです。新聞の文章が難しいと思う高校生がいたら、かつての中学生や高校生に比べて、国語の力が変化してしまっているということなのかもしれません。
 さて、毎年秋には、読書週間とともに新聞週間というのが設けられています。
 読書については、高校生が読書をする時間が減ってきているということも、読む冊数が減ってきているということも、嘆かわしいことだと思っています。君たち一人一人が努力しなければ、改善できることではありません。
 新聞については、新聞週間という期間があるということすら知っている人が少なくなりました。日常生活と新聞は切り離せないという気持ちを持ち続けている私には、寂しい思いがします。
 高校生が1日に新聞を読む時間はどれくらいかという調査結果が報じられることが、時々あります。中学3年生に理解できるようなレベルで書かれている新聞を、高校生が難しいと感じてはなりますまい。高校生が新聞を読む時間が減ってきているという事実には歯止めをかけなければならないと思います。
 高校生は忙しいから新聞を読んでいる時間がない、と私は思いません。テレビを見ている時間のうちの、たとえ10分でも20分でもを、新聞を読む時間に振り換えてください。新聞を読む習慣がついてくれば、新聞の面白さはきっと、わかるだろうと思います。新聞を読む習慣をつけるということも、君たち一人一人に努力をしてほしいことのひとつです。

【2002年10月1日=全校集会】

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2006年11月29日 (水)

高校生に語りかけたこと(21)

生きる喜び、生きる意味、生きる知恵・技術

 7月の下旬から8月にかけての夏季休業期間が終わりました。正規の授業がないというだけであって、補習、集中学習会、模擬試験や、部活動などで、普段と変わらないような生活をした人も多かったことだろうと思います。
 さて、毎年のことですが、8月は、戦争と平和や、人の命などのことを考えることが多くなります。8月6日は広島に原子爆弾が投下された日、9日は長崎の日、そして15日は終戦の日と続きましたので、新聞やテレビはこの話題を取り上げました。
 第二次世界大戦によって、心ならずも犠牲になった方々が大勢おられましたが、その中には年若い人たちも多数含まれていました。痛ましいことです。私の身近な人では叔父(亡父の弟)が20代前半で命を落としています。
 終戦の日をはさんで、私は高等学校の、2つの同窓会に出席をしました。ひとつは教え子たちの同窓会、もうひとつは自分自身の同窓会でした。
 教え子と言っても、昭和50年3月の卒業生ですから、既に40代の半ばで、いろいろな立場で、社会の中堅として活躍している人たちです。400人余りの卒業生でしたが、他界をした人がもう10人を超えています。私自身の場合は、350人ほどの同級生のうち、20人ほどが、この世にはいません。どちらの場合も、それぞれにその故人の記憶や思い出があって、世の無常を改めて感じました。
 そのような状況ではありますが、私のような年齢になっても、程なく自分の命の限りが訪れるだろうというような気持ちは持っておりません。若い、高校生の皆さんは、なおさらです。自分の命はこれからも一定の期間は(あるいは、永遠に)続くのだというような思いが、生きる力を育んでいると思いますから、この意識は大切なものです。
 けれども、現実的な見方をすれば、私たちの命は、明日はどうであるのか、本当のところはわかりません。世は無常です。だから、生きている間に、生きていることを楽しむべきであると、私は思っています。楽しむと言っても、享楽的なことを言っているのではありません。自分が得ている命のもとで、自分を生かして、精いっぱい生きていくことが、自分の生を楽しむことになるのだと思います。
 さて、文学とか芸術とかは、生きることの意味や、生きることの喜びを表現しようとして生まれてきたものであると、私は思っています。
 また、自然科学、社会科学、人文科学を含めて、科学というものは、生きる知恵、生きる技術を求めて発展してきたものであると、私は思っています。
 科学や芸術や、その他さまざまなものを、学校や、その他の場から学ぼうとしているのが、高校時代です。学ぶということは、高校時代にとどまりません。一生涯が学びの場でもあるのです。それは、生きることの意味や、生きることの喜びや、生きる知恵や、生きる技術を、それぞれの人の年齢に関わらず、得続けようとしているということです。そして、高等学校の時代は、その入り口に立っているということなのでしょう。
 2学期を迎えるにあたって、生きることの意味や、生きることの喜び、そして、生きるための知恵や技術のことを、もう一度考えてみてください。何のために学校生活を送って、勉強をするのかということの意味が、これまでよりは明瞭になってくるはずだと思います。
 ともあれ、新学期です。気持ちを新たに踏み出していってほしいと願っております。

【2002年9月2日=2学期始業式】

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2006年11月28日 (火)

高校生に語りかけたこと(20)

変わる世の中、変える私たちの学校

 1学期の 100日余りが終わりました。この4か月にわたる生活で、1年生も、2年生も、3年生も、一人一人は大きな変化を経験しているであろうと思います。目に見える変化もあれば、目に見えない、内面の変化もあったはずです。
 今日は、「変わる」ということ、「変える」ということについて、話をします。
 21世紀を迎えて2年目になりましたが、世の中はどんどん変化を遂げています。世の中には、ひとりの人の考えや努力などによっては変えられない流れがあります。大勢の人が束になって努力をしても変えられない動きもあります。
 現在は、少子・高齢化の時代であると言われています。医学の進歩によって私たちの平均寿命が延びています。それとともに、生まれてくる子供の数が減っていますから、人口全体に占める高齢者の割合がしだいに大きくなってきました。
 また、現在は情報化の時代であるとも言われています。急速な科学技術の進歩によって情報手段や機器が、文字どおり日進月歩を遂げています。毎日の生活はその恩恵を受けています。
 さらにまた、現在は国際化の時代であるとも言われています。交通手段や通信技術の進歩によって、世界が狭く感じられるようになりました。政治も経済も、その他のあらゆる事柄も、ひとつの国だけを独立して考えることができなくなってきています。
 けれども、変わっていく社会の中で、流れに漂っているだけでいいとは思いません。世の中の大きな潮流は変えられないにしても、その中で生きている私たちが、私たち自身を変えていくことが重要です。「変わる」というのは自動詞です。「変える」というのは他動詞です。
 変えるというのは、どういうことでしょうか。それは、選ぶということであると、私は考えています。変えるというのは、それまでにあった何かを捨てて、それまでになかった何かを加えることです。加えるだけでは、大きくなる一方になってしまって、動きがとれなくなります。だから、捨てることも必要になります。
 新しいものを生み出すには大きなエネルギーが必要です。出来上がっているものを守り育てていくことにも大きなエネルギーが要ります。世の中には、何百年も続いている老舗の店や、伝統に支えられている行事や組織などがあります。新しいものを生み出すのと、出来上がっているものを守り育てていくことと、どちらが大変であるかという質問をされることがあります。けれども、それは比べるべきものではない、違った種類のエネルギーであるはずだと、私は思っています。
 7月初め、本校に新しい学科である国際人間科が、平成15年4月から設置されることが本決まりになりました。これは、世の中の変化に対応して、本校を変えていこうとする営みのひとつです。国際人間科は、国際社会に羽ばたく将来のリーダーとなる人を育てることを構想して、さまざまな工夫を凝らしています。
 本校に新しい学科を設けようとする動きは、平成11年度から始まり、いろいろなことを検討してきました。新しいものを生み出すための苦しみを経験して、来年度からのスタートを迎えようとしているのです。
 本校は、昭和61年から英語コースを設置するとともに、オーストラリアとマレーシアに姉妹校を持ち、国際交流や語学研修に力を注いできた歴史があります。これまでに培ってきたものを基に、英語コースを発展させて、新しい学科を作り出そうとしているのです。
 新しく設置される国際人間科は、1クラス(40人)でスタートします。これまでと大きく異なることの一つは、この学科の学区が全県に広がることです。明石学区以外からも入学できるようになります。それは、本校生にとっては大きな刺激になるだろうと思います。
 国際人間科には、新しい学科にふさわしい、特色ある専門教科・科目を設けます。それとともに、多彩な行事を計画しています。
 けれども、誤解しないでください。来年度から発足する国際人間科だけを特別なものと考えてはおりません。
 これまでも、国際交流の事業は、本校あげて取り組んできました。オーストラリアとマレーシアへの国際交流・語学研修団の派遣については、これまでも英語コース以外の生徒にも門戸を開いてきました。国際人間科の新設によって、本校全体の国際交流・語学研修の気運がますます高まっていくことを期待しています。
 新学科には、大学での体験授業も取り入れますが、それは今年度の英語コース1・2年生で既にスタートさせています。国際人間科を発展させていくためには、いろんな工夫を凝らしますが、種々の行事などにおいて、国際人間科と普通科の垣根を高くしようとは考えておりません。新しい学科を取り囲んで、本校全体が発展していくことを願っているのです。
 さて、1学期の終わりを迎えましたが、変えていくのは学校というものだけではありません。生徒一人一人が、来し方を振り返って、行く先を見つめ、自分をさらに変化させて、自分にとって意義の深い夏季休業期間を過ごしてほしいと期待しています。

【2002年7月19日=1学期終業式】

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2006年11月27日 (月)

高校生に語りかけたこと(19)

目を閉じて、心を澄ましてみよう

 大勢の者が集まるような会になると、「騒がしい、静かにしなさい」という注意の言葉をしばしば耳にします。普段は一人一人が自分で考えながら行動していても、大勢の人たちが集まる場では、周りの人たちの動きに同化して、その流れの中に漂うようなことになっているのかもしれません。
 ちょっと、目を閉じて、ほんのしばらく、そのままで私の話を聞いてください。
 目を閉じても、自分の周りに大勢の人がいることはわかりますが、目を閉じると、自分ひとりだけの世界にもなります。集会で誰かが前に立って話をするのは、1000人余りの集団に向かって話しているのではなく、そこにいる一人一人に語りかけているのです。目を閉じて聞いていると、そのことがわかるはずだと思います。
 目を開けてください。
 ところで、世の中には視力を失った人がいます。視覚障害者は、視力以外のものから、いろいろな情報を得ています。むしろ、目の見える人(晴眼者)よりも、研ぎすまされた感覚で、周囲のものを取り入れようとしていると言っても過言ではありません。
 こんなことを言うのは、三宮麻由子(さんのみや・まゆこ)さんの『鳥が教えてくれた空』(日本放送出版協会)という本を読んだからです。昭和41年生まれの三宮さんは、物心ついてしばらくして高熱の合併症で失明をしました。ハンディがありながら、大学院で勉強するとともに、アメリカに留学して英語、フランス語を習得して、今は外国資本系の通信社に勤務しているそうです。
 この本の中の一節を紹介しましょう。

 たとえば、ごく当り前のスズメ一つとっても、冬と春では鳴き方がまったく違う。立春を過ぎるころから、彼らの声は弾けるような張りをもち始め、早口な甘え声や張りつめた喧噪の声が加わって、とてもバリエーション豊かになるのだ。

と書いています。また、

 私にとって空は、うわさに聞いた未知のもので、本当に存在するのか確かめようもない相手だった。ところが、鳥たちのメッセージを傍らで聞かせてもらうことで、その空が本当にあることを確かめられたのだ。しかも野鳥の声は、その空がいまどんな様子なのかをも、つぶさに物語ってくれたのである。

と述べています。
 視覚によって多くの情報を手に入れている晴眼者には、これほどまでのことがわかるでしょうか。鳥の声だけではありません。

 風の匂いも季節によってずいぶん違う。枯れ野の乾いた匂いを含んだ冬の風や、草々のあふれ返るエネルギーの匂いをもった夏の風、キンモクセイの優しい香りを運ぶ秋の甘い風など、風には、その向こうにある景色がさりげなくブレンドされているのだ。

とも述べています。
 そのような感覚を持っている三宮さんですから、人の気持ちの情報というのは表情だけではなく、声や言葉遣いなどで知ることができると言っています。
 三宮さんは、感受性は素直で柔らかなものであると述べていますが、それは、目の不自由な人に共通する資質でもあるように思います。私は、盲学校に勤めたことがありますので、私の周囲にいた、目の不自由な人たちが、そのような資質をそなえていたということを、実感として持っています。
 目から入る情報は重要です。けれども、私たちは時には目を閉じて、心を澄ますということも必要であると思います。これまで感じ取ることができていなかったものが、目を閉じると、わかってくるということもあるはずです。
 話はすこし変わりますが、私が三宮さんの本を読んで思ったことをもう一つ述べます。サッカーのワールドカップが開幕して、世界のスーパースターたちのことが大きく報道されています。みんなが、それぞれのチームや選手に大きな関心を寄せています。
 三宮さんは、小さな野鳥たちを「神様の箸休め」だと言います。箸休めというのは、食事の途中の気分転換になるように作られた、ちょっとしたおかずのことです。小さな野鳥たちは、ワシやタカのような空の王者とは違うが、小さな野鳥がいなければどんなに無味乾燥なことだろうと言っています。そして、自分自身のことを、

 たしかに私は社会の小さきもの、偉人でもなければ有名でもない。でも、そんな小さな存在がまったくなくて、世界に偉大な人たちばかりがいたとしたら…。

と述べています。名もない人であっても、周りの人にさりげなく役立ったり、周りの人の心を軽くしたりする役割を果しているのです。私たちは肩肘張って生きなくても、必ず一人一人には存在価値があるのだということを教えられたように思います。
 そうではありますが、感覚を研ぎすまして周囲のものに立ち向かい、そのような人生観を得た三宮さんは、やっぱり、真剣で、勇気をそなえた人であると思いました。

【2002年6月4日=全校集会】

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2006年11月26日 (日)

高校生に語りかけたこと(18)

生きることは自分を表現すること

 チャーチランズ高校生たちが先月12日から本校に来ていましたが、今朝8時に本校を出発しました。今日12時には関西国際空港から帰国の途につきます。チャーランズ高校と本校生の一人一人が、身をもって相互の理解と親善に尽くしたことを評価したいと思います。授業やいろいろな催しに一緒になって時を過ごした3週間であったと思います。また、ホームステイを引き受けていただいた生徒や先生方と、そのご家族の方々にお礼を申し上げます。ありがとうございました。
 ところで、本校は国際交流や語学研修などに力を注いでいることが大きな特色になっていますが、もう一つ、他校とは違う特色として、2年次から表現類型を設定して、表現に関する科目を設定しているということがあります。
 昨年度は、その講師として、尼崎市にあるピッコロ劇団の劇団員の方にも来ていただきました。今年もその予定があります。
 そんなご縁からでしょうか、ピッコロ演劇学校と舞台技術学校の入学式のご案内をいただきました。その入学式は、夜に行われるというので出席しました。
 入学式が夜に行われる理由は、行ってみてはじめて知ったのですが、入学生は全員、昼間は別のことをしています。職業を持っている人もいますし、大学などに通っている学生もいます。
 1週間に2回、夜に、学校であり劇場であるところに集まってきて授業を受けます。今年入学した95人の年齢は18歳から54歳まで、さまざまです。
 入学式で、ある講師の方が、「入学生を選考するときに『昼間の仕事や学業と両立できるか』ということを一人一人みんなに質問した」とおっしゃっていました。両立できない者は入学する資格がないということなのです。
 入学した人の年齢を見ればわかることですが、将来、演劇を職業にしようと考えている人は少ないはずです。仮に夢見たとしてもプロの道は厳しいから実現する見込みのある人はごくわずかでしょう。大多数の人にとっては、演劇を学んでも現実的な利益は何もありません。それにもかかわらず、演劇学校や舞台技術学校で学ぶのはなぜでしょうか。
 入学式の最後に、この学校の校歌が歌われました。私は、その歌の言葉の中に、この学校で学ぶ人たちの答えを見つけたように思いました。
 校歌の1、2番は、こんな歌詞です。

   悲しみの消える日はないのだから
   過ちのつきる日はないのだから
   せめて今日だけは
   ピッコロ広場
   いつわりの美しさに燃えよう
   つかの間の永遠を信じて
   花になろう
   人でありつづけるために

   望みどおりに生きられないのだから
   逃げてばかりはいられないのだから
   せめて今日だけは
   ピッコロ広場
   かりそめの道づれに託そう
   変わらない青春を誓って
   鳥になろう
   なお歩きつづけるために

 ここからは、私たち一人一人に関わる話をします。この世の中は、薔薇色に輝いていて、自分の思いどおりになればそれに越したことはありません。けれども、「悲しみの消える日はない」「過ちのつきる日はない」「望みどおりに生きられない」というのが現実です。そのようなところを歩き続けているのが人生です。「逃げてばかりはいられない」のです。
 信じ合うことが欠けているように思える世の中で、道づれとなる人に自分を託すこと、時には醜く見えるような世の中から美しさを見つけ出すことも必要になってきます。
 人は永遠に生きられるものではないから、永遠を信じるというのはフィクションであるかもしれません。そうではあっても、自分と、自分の周りのものを信じて、生きようとしているのです。「花になろう」「鳥になろう」としているのです。
 花や鳥になるということは、自分を表現することです。自分を表現する方法はいくつもあります。演劇の他に、美術工芸もあれば、音楽もあります。スポーツをすることも、文章や詩歌で書き表すことも、やはり表現です。
 生きることは自分を表現することです。自分を表現することによって、この世の中は生きる価値のあるものだと見ようとする姿勢が生まれます。自分を表現することによって、自分が生きていく勇気を自分で作り出していきます。私は、君たち一人一人が、いろいろな場面で、縮こまることなく自分をさらけ出して、自分を表現してくれることを願っています。

【2002年5月1日=全校集会】

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2006年11月25日 (土)

高校生に語りかけたこと(17)

言葉を磨いて、心を磨く

 一年中温暖な気候に恵まれている播磨平野ですが、とりわけ今の季節は、心が浮き立つような華やかな彩りに満ちています。
 本日ここに、ご来賓の方々並びに保護者の方々のご出席をいただき、本校の第27回入学式を行うことができますことを嬉しく思います。ご出席くださいました方々にお礼を申し上げます。
 ただいま、320人に入学を許可しました。新入生の皆さん、おめでとうございます。私たちは心から皆さんの入学を歓迎します。それとともに、これから始まる3年間が、皆さん一人一人にとって意義の深いものとなることを願っております。
 さて、私は新入生に対して、既に一つのメッセージを送りました。合格発表後に本校に来てもらったときに『入学のしおり』を配りましたが、そのはじめのページに書いた文章です。
 私はその文章で、「新入生の皆さんは高校に合格するという目標を達成したけれども、ここで安心してしまってはいけない。次に目指すもの、夢を定めて、改めて歩き始めてほしい。他人からの助言も大切だが、自分の頭で考えることは不可欠である。そして、決めたからには、真剣に取り組んで地道な努力を続けてほしい」と書きました。これから始まる3年間は、夢を育んで、形あるものにしていく期間であると思います。
 私は、その同じ文章で、もう一つ別のこととして、「高校3年間は、身体面で急激な変化を遂げるはずだが、心の中も大きく成長する。親友を見つけて、心を開いて語り合ってほしい。また、心を成長させるためには読書も大切だから、高校入学を契機にして、読書をする姿勢を育ててほしい」と述べました。
 この2つのことを繰り返して申したのは、高校の3年間をそのような気持ちで取り組んでほしいという願いを、私が強く抱いているからです。
 そこで、そのうちの一つ、心を成長させるということについて、もう少し違った内容のことを、付け加えて申したいと思います。
 百花繚乱という言葉がありますが、春を迎えて種々さまざまな花々が咲き乱れています。大ざっぱに見れば似たような色合いや形をしていても、細かく観察すれば、それぞれの花は、一つ一つに特有の色や形をそなえています。それらの花の微妙な色や形を、他の花と区別して、言葉で表現することはかなり難しいことです。
 味や香りについても同じようなことが言えると思います。テレビの番組では料理やグルメの番組が花盛りで、料理を味わっている様子が画面に出ます。食べた後に出演者がコメントを述べる場面もあります。ある食べ物の味や香りを、他の食べ物の味や香りと区別できるような言葉で表現することは、やはり難しいことだと思います。
 けれども、人は言葉を用いて、いろいろなものの様子や、心の中の有様を表現してきました。花の色や形を説明するときの言葉や、食べ物の味や香りを説明するときの言葉が、平凡な、ありきたりの言葉になってしまっては魅力がありません。無数にある色の世界を、例えば12色の色鉛筆かクレヨンの色の違いでしか言い表せないとしたら、寂しいことです。
 心の中に持っている考えや感情についても同じことが言えます。私たちは、その時々に喜怒哀楽のさまざまな感情を抱きます。人間ですから機嫌の良いときもあれば悪いときもあります。嬉しい心持ちを叫びたいときもあれば、不快感を表す言葉を口にすることもあるでしょう。人の感情は、その時々によって、微妙に違ったものであるはずです。そのような感情を表現するときに、あまりにも簡単な言葉で片付けてしまっては、自分がかわいそうです。また、無愛想で、とげとげしい言葉を使うのは、他人に良い印象を与えません。
 私たちは、他の人から受けた言葉を、一人一人が自分の心の中に持っている辞書によって理解します。一方、私たちは、一人一人が自分の心の中に持っている辞書によって言葉を選んで、他の人に向かって話しかけます。一人一人が持っている心の中の辞書は、分厚いものであってほしいと思います。辞書が分厚くなればなるほど、心の幅は広がってゆきます。
 言葉にはイメージを膨らませるという働きがありますが、言葉の数が乏しくなると心の働きが鈍ってしまいます。言葉で表現しようとするのは私たちの心ですが、一方で、言葉が私たちの心を育てているのです。
 言葉を磨いて、それによって心を磨いていくということは、これから一歩ずつ大人の世界に近づいている皆さんが、しなければならないことの一つだと思います。そして、その時に大きな働きをしてくれるのは、やっぱり読書だと思います。
 さて、次に、新入生の皆さんが入学をした本校のことを申しておきます。
 本校は、創立以来27年目を迎えるという年輪を重ねてきました。先輩たちは学習や部活動やその他さまざまの事柄に情熱を燃やして取り組んできました。進路や就職のこと、部活動のこと、その他さまざまの方面に優れた実績を残しています。
 今、全国的に学校改革の波が押し寄せています。本校は長年にわたって国際交流や語学研修などに力を注いできました。その経験をもとにして、本校は平成15年度から、英語コースを改編した国際人間科という、新しい学科を設置することを決めています。新しい学科は、本校が積み上げてきたものの上に、さらに大胆で効果的な教育活動を取り入れようとしております。
 今年度の英語コースの入学者は、コースの最後の回生ということになりますが、国際人間科だけが特別なものを享受するというわけではありません。私たちは、これまで蓄積してきたあらゆるものを、特色ある教育活動として、英語コースや国際人間科だけではなく、本校全体の活性化に役立てていこうと考えています。
 入学する皆さんが、本校がこれまでに培ってきたものの上に、新たなものを吹き込んでくれることを期待しております。
 最後になりましたが、新入生を祝って、ご多用のところご出席くださいました、ご来賓・保護者の方々に、お礼を申し上げます。
 ご来賓の方々には、本校教育のためにご援助・ご指導を賜りますようお願い申し上げます。また、保護者の方々には、本校教育に対するご理解・ご支援を賜りますようお願い申し上げます。
 学校・家庭・地域社会の連携のもとで、新入生がこの3年間で立派に成長していってくれることを目指して、私たち教職員は全力で取り組む覚悟です。
 新入生の皆さん。いよいよ高校生活が始まります。これからの3年間に、さまざまなことを体験し、いろいろなことを吸収し、そして自分の頭で考えてください。「自律」、「協同」、「誠実」という校訓の精神を自分のものとして体得し、心豊かな人間として成長していってくれることを願っております。ここにいる新入生の一人一人に、大きな期待をこめて、式辞の結びの言葉とします。

【2002年4月8日=入学式】

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2006年11月24日 (金)

高校生に語りかけたこと(16)

完全学校週5日制の開始

 ほぼ2週間の春季休業期間が終わりました。年度が改まって、一つずつ学年が進みました。新3年生にとっては、自分の進路についての考えを決めて、その目標を達成するために自分を磨かなくてはならない時期になりました。新2年生は中堅の学年です。高校生活のはじめの頃のぎこちなさも消えて、存分にいろいろな可能性を試すことのできるときだと言えるでしょう。
 ところで、この2週間の春休みの期間をどのように過ごしましたか。授業はなかったけれども、部活動やその他の様々なことで、満足のいく時間の使い方ができたでしょうか。それとも、授業がなかったから気持ちがゆるんでしまったでしょうか。
 春休みが終わって1学期の授業が始まろうというときに、春休みの過ごし方のことを話題にするのには、理由があります。
 今年度から、昨年度までとは異なることが始まります。すべての土曜日に授業を行わないということが、今年度から始まるのです。
 土曜日の授業を減らすことは、何年も前から段階を追って進めてきました。はじめは1か月に1回だけ土曜日が休みになり、次いで1か月に2回授業を行わなくなりました。そして、いよいよ新年度からはすべての土曜日に拡大します。土曜日にはまったく授業を行わないわけで、これを完全学校週5日制と言います。
 休みの日が多くなったからといって、単純に喜ぶわけにはいきません。毎日の授業がなかった、春休みの2週間を振り返ってみればわかると思いますが、自分で自由になる時間を手にした時、君たちはどのような時間の使い方をしたでしょうか。自分で使い道を決めることができる時間を手にしたときに、有効に利用しようとするかどうかは人によって様々です。
 過ぎ去ってしまった時間は取り戻せないということは誰にもわかってはいるのですが、後になってから反省する気持ちがつのってくるというのが人の常です。
 ところで、なぜ学校週5日制が行われるのか、ちょっと堅苦しいのですが、念のため、その趣旨を改めて申しておきましょう。学校週5日制は小学校・中学校・高等学校のすべてで実施されるのですが、これは児童・生徒の生活全体にゆとりを確保し、自分の意志にもとづいて使うことができる時間を増やすということです。教育というものを学校だけに限定しないで、学校・家庭・地域社会が互いに手を取り合いながら、社会体験や自然体験などから多くのことを学ばせようとしているのです。そうすることによって、自分から進んで学ぼうとする力や、自分で考えようとする力が育っていくことを目指しています。人間性が豊かになり、健康や体力などにも恵まれることによって、「生きる力」が育つことをねらいとしているのです。
 本年度からは、学校で授業をする日数は少なくなります。自分で自由にできる時間が増えます。けれども、時間に余裕が生まれるといっても、何でもできるようになるというわけではありません。他から与えられるものを受け取るだけというような生活習慣の人には、厳しい試練になるかもしれません。
 「ゆとり」と「ゆるみ」は同じではありません。だらだらした生活に陥るなら、先ほど申した学校週5日制の趣旨に反することになります。時間にゆとりがあるということが薔薇色に輝くのではありません。時間をどのように上手に使うかということによって、薔薇色を自分の手元に引き寄せなければなりません。
 新しい学年がスタートするに際して、君たち一人一人の今年1年間の努力に期待をします。
 これから始まる完全学校週5日制が、君たち一人一人にとって、意義の深いものになるか、そうならないかは、一人一人の姿勢にかかっているのです。

【2002年4月8日=1学期始業式】

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2006年11月23日 (木)

高校生に語りかけたこと(15)

自分自身の変化と周囲のものの変化

 いつもの年とは違って、今年は早い春の訪れになりました。関西でもあちらこちらから桜が開花したという便りが聞かれるようになりました。心が浮き立つような季節が始まろうとしています。
 24回生の卒業式が済んで、1、2年生にとって、1年間の締めくくりである終業式を迎えました。終業式は形だけの区切りではありません。生活の節目のひとつとして、この時期に、1年間を振り返って、次への方向性を自分で決めていくことをしてほしいと思います。
 1年間というのは決して短い時間ではありません。1日1日の変化は目に見えないようなものであっても、1年前と今とでは、大きく違っているものがあるはずです。どのようなことに関して、どのように成長・変化したかということは個人ごとに異なっています。したがって、どのような尺度でこの1年間を振り返って、次の1年間をどのように考えるかということは、一人一人で微妙に違うことにはなるでしょう。
 けれども、高校生という時代においては、大きなテーマはみんなに共通しています。学習に取り組む姿勢や学力の伸び具合い、部活動などへの取り組み方とその成績など、それから、生き方や考え方の成長に関することなどです。その大きなテーマを、学校という集団の中で、互いに影響を与えあって、互いを高めようとしているのが高校時代であるのです。
 人生は後ろを振り返ることばかりをしていてはならないという意見があります。それは、過ぎたことを懐かしむ気持ちばかりが強いと、発展性に欠けるという意味です。私が今、言っていることは、そのこととは意味が違います。この1年間を振り返って、締めくくるという作業は、一人一人にとって不可欠のことであると思います。
 さて、この1年間をどのような気持ちや姿勢で過ごしてきたのだろうかということを、私自身も振り返っています。私の場合は、毎日を似たようなサイクルで繰り返していたのではないだろうかとか、惰性でものを見たり考えたりしていたのではないだろうかとかいうようなことです。
 一つの文章を紹介しようと思います。去年の6月、私は2年生と一緒に修学旅行に行きました。クラスによってコースが多少違いましたが、北海道の中央にある富良野や美瑛の辺りを訪れました。倉本聡さんというシナリオ作家は、25年以上も前から、その富良野の大自然の中に移り住んで創作活動をしています。
 その倉本さんのエッセイに、このような一節があります。

 毎日森を眺めていて思うのは、森の表情が毎日決して同じではなく、日々微妙に変わっているということである。
 不機嫌な時がある。楽しそうな時がある。笑っている時がある。澄ましている時がある。一寸近づき難い程、美しく輝いている時がある。
 昨日の早朝、起き抜けに見た森は、25年間に見た表情の中でも際立って美しいものの一つだった。マイナス21度、快晴。
 久方ぶりに前夜からの放射冷却でピシッと凍結した盆地の大気が、突如川から大量の霧を発生させ、それがゆっくり上昇してきて、夜の間に山腹にある僕の森をすっぽり包み込んでしまったらしい。

 倉本さんがこの文章に書いている内容は、北海道という土地の場合、特別に珍しい光景ではないのかもしれません。けれども、筆者の目や心が周囲のものに敏感に反応して、感じ取ったものを文章に結晶させているのであると思います。筆者にとっては際立って美しいものに感じられたのです。
 私たちの普段の生活においては、自分を取り巻く状況や、周囲の環境などが劇的に変わるようなことは、ほとんどありません。けれども、細かく見れば、いろいろなものが刻々と変化をしています。私たち自身も目に見えないような変化を遂げています。自分自身の変化と周囲のものの変化。私たち一人一人はそのような変化の中で生きています。その変化を感じ取る力が必要です。
 自分の成長・発展に気づくとともに、自分でそれを更に進めていく方向を考えること。周囲の自然や人の変化に敏感に反応するとともに、それに対応する力を養うこと。このことは、口で言うのはたやすいが、それを行うには強い精神力が必要です。けれども、そのような生きてはたらく力を備えていくことが、大人の世界に一歩ずつ近づいている君たちに必要なことなのです。
 はじめに言ったことを繰り返します。1年間の終わりを一つの節目として、この時期に、先生方や両親、あるいは友達の考えなどを十分に参考にしながら、1年間を振り返って、次への方向性を、自分の力で決めていってください。考えて実行するのは、自分自身です。

【2002年3月22日=3学期終業式】

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2006年11月22日 (水)

高校生に語りかけたこと(14)

自分の果たすべき役割の認識と、自分らしさの発揮

 暖かい幾日かが続いた後には、冷たさを感じる日が巡ってきて、季節の進み行きには揺らぎを感じますが、それでも播磨平野は確実に春の色が濃くなってきました。すべてのものが躍動する気配を漂わせはじめた今日、卒業する皆さんとは喜ばしくも寂しい、別れの時がやって参りました。
 本日ここに、PTA会長様をはじめご来賓の方々、多くの保護者の方々のご出席をいただき、第24回卒業証書授与式を挙行できますことを心から嬉しく思います。
 ただ今、382名の皆さんに、本校の課程を修めたしるしとして、卒業証書を授与いたしました。
 卒業生の皆さん、ご卒業おめでとうございます。顧みますと、皆さんは、平成11年4月に本校に入学してから、この3年間の高等学校時代に見事な成長を遂げて、今、思い出多い学び舎を巣立とうとしています。本校で過ごした年月のことを、さまざまな気持ちを織り混ぜながら、思い返していることと思います。
 喜びにわいたことや楽しかったこととともに、悲しみにくれたことや辛かったこともあるでしょう。そのような心のありようの中で、特に、辛さというものは、自分のこれまでの殻を破って少しずつ大きくなっていく、その時々に経験するものであると思います。3年間の生活が、皆さんにとって辛ければ辛いものであったほど、厳しければ厳しいものであったほど、皆さんが大きく成長した証でもあると思います。そのような思いを分かちあって、青春の3年間を一緒に過ごしてきた友達とひと度は別れるという、卒業の日を迎えました。卒業する皆さんの一人一人の努力に、私は大きな拍手を送りたいと思います。
 ところで、皆さんが船出をしていく世の中は、承知しているように、不況のただ中にあります。社会に直接旅立っていく人たちも、大学・短期大学・専門学校等に進学する人たちも、これからの行く先にいろいろな不安を抱いているかもしれません。
 このような今の世に求められているのは何でしょうか。私は、一人一人がしっかりとした考えを持ち、行動する力を備えることであると考えております。人の真似をしているだけでは、自分にとっての力にはなりえません。人は一人一人が異なった能力や適性を備えていますが、自分の個性や特性をきちんと見分けて、それを伸ばすように努めてほしいと思います。
 折しも梅の季節です。気品があって清楚な梅は、早春の時期に、さまざまな花に先駆けて咲きます。
 江戸時代の俳人である与謝蕪村の俳句に、

  二もとの梅に遅速を愛すかな

というのがあります。
 たった2本の梅の木であっても、満開になる時が同じではない、微妙にずれるということを、むしろ尊んでいるのです。
 また、同じ江戸時代の服部嵐雪の俳句に、

  梅一輪一輪ほどの暖かさ

という、有名な作品があります。
 桜の木は陽気につれて一斉に花開くことが多く、その絢爛さに人は賞賛の声をあげます。それに比べて、梅は咲くことを急がず、開花が一本ずつ異なるとともに、同じ一本の木であっても一輪また一輪と開花の時期にずれが生じるのです。考えようによれば、梅の一本一本も、一輪一輪も、自分の個性を主張しているという見方ができるかもしれません。
 卒業する皆さんは、自分の個性や特性を大切にして、それを存分に伸ばすことを心がけてほしいと願っております。自分らしさを発揮することが、今の社会を生き抜いていく大きな力になるはずだと、私は考えております。
 それにしても、21世紀は多難な幕開けとなりました。それは前世紀からの課題がそのまま持ち込まれた結果でもあります。政治や思想の対立、殺伐とした世相や社会情勢、エネルギーや環境に関わる問題、食糧や人口についての課題、その他さまざまの、解決しなければならないものがあって、その中で21世紀が始まっているのです。私たち一人一人が他人任せで生きていたのでは、地球全体から見ても、それらを解決する糸口は、見出せないかもしれません。
 ちょうど今、『もし世界が百人の村だったら』という本が多くの人に読まれています。世界を 100人の人口に凝縮させて、世界の人たちが抱えている、いろいろな事柄を見てみようという趣旨であるように思います。そのことと関連はあるのですが、一方で、私は、この本から、地球上に60億人以上の人が住んでいて、私たち一人一人は全体の60億分の1であるというような考えを持っているのはよくない、私たち一人一人が地球を支えるための 100分の1の力を分け持ち、その責務を果たすという気持ちにならなければならないということを、つきつけられているような思いになりました。
 卒業する皆さんは、やがて仲間入りをする大人の世界の中で、自分の果たすべき役割をしっかりと認識するとともに、自分が担っていかなければならない事柄から逃げずに、果敢に立ち向かっていってほしいと思います。
 さて、一期一会という言葉がありますが、私たちはいろいろな出会いといろいろな別れを繰り返しています。卒業する皆さんには、本校という場での出会いがありましたが、今、それに区切りをつける別れの時を迎えました。本校での出会いは、一人一人に大きな影響を与えたはずですが、皆さんは、次の出会いを求めて旅立っていこうとしています。
 長い人生の間に、何を求めて、何をよりどころにして生きていくかということは、一人一人が自ら探し出すべきものであります。夢や希望を大きく描いて、果敢に生きていってほしいと願っております。物事が成し遂げられるかどうかは、秀でた能力によるのではなくて、夢や希望を持ち続けて、それを実現しようとする決意や情熱に関わっているのであると、私は考えております。
 皆さんは、大きな夢や希望を思い描いて、それを現実のものにしていこうとする固い決意や強い情熱を持って、それを実現させるとともに、先ほど述べましたように、地球を支える一員として、広く周りの人や社会に貢献する働きもしてほしいと願っております。
 最後になりましたが、保護者の方々に一言申し上げます。ご子弟は3年間の努力が実って、本日の栄えある卒業を迎えられました。誠におめでとうございます。そして、ここに至るまで本校教育に賜りましたご支援に、改めて深く感謝申し上げます。ご子弟は、本日をもって本校を巣立たれますが、今後は同窓会の会員として、母校との絆を持ち続けられることになります。
 卒業生の皆さん、いよいよ門出です。私たちは、皆さんの今後の発展と活躍を心から期待するとともに、見事な道を切り開いていってくれるであろうことを信じて疑いません。くれぐれも健康に留意し、目の前に次々に現れる関門に自信を持って挑戦していってください。皆さんの前途に幸多からんことをお祈りし、もって式辞といたします。

【2002年2月28日=卒業式】

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2006年11月21日 (火)

高校生に語りかけたこと(13)

周りの人を尊び、周りの物を尊ぶ

 1年間で一番寒い時期ですが、季節は確実に春に向かっています。学校に来る途中に、早咲きの白い梅の花が満開になっている家があります。今は、そのお宅の前を通るのが、朝の楽しみの一つです。
 さて、私は今、審査をしてほしいという依頼を受けて、「高齢者の方々のくらしの詩と作文コンクール」の応募作品を読んでいます。
 その中の作品の一つに、こんなことが書かれていました。70歳の女性の文章です。

 箪笥の中に眠っていて、おそらくもう袖を通すことはないと思う着物がある。衣替えや虫干しをするたびに、『もう処分しなくては…』と部屋の隅に片寄せてみるものの、戦中戦後、物の無い時代を経験したわたしたちは、いざ捨てるとなると躊躇(ためら)うことになる。
 化学繊維の発達で、軽くて丈夫、洗っても速く乾くという、若い頃には夢のようなことが、極く当り前になってきた。しかも、流行の品を比較的手軽な値段で買えるので、箪笥はますます窮屈になるばかりである。

 再び袖を通すことがないと思われる着物であっても、愛着が強くて、捨てる決断がつかないという気持ちは、私にもよく理解できます。いい品物が安く手にはいるから、使い古したものは捨ててもよいという思いになれないのです。
 ものを大切にするということは、自分を大切にすることと同じであると、私は考えています。
 そのことと関連して、ふと思い出したのは、茨木のり子さんの詩でした。短い詩なので、全部を読みます。

   ぱさぱさに乾いてゆく心を
   ひとのせいにはするな
   みずから水やりを怠っておいて

   気難しくなってきたのを
   友人のせいにはするな
   しなやかさを失ったのはどちらなのか

   苛立つのを
   近親のせいにはするな
   なにもかも下手だったのはわたくし

   初心消えかかるのを
   暮しのせいにはするな
   そもそもが ひ弱な志にすぎなかった

   駄目なことの一切を
   時代のせいにはするな
   わずかに光る尊厳の放棄

   自分の感受性くらい
   自分で守れ
   ばかものよ

 茨木のり子さんの、「自分の感受性くらい」という題の詩です。詩の最後にある「ばかものよ」という言葉は、周りの人たちに向かって投げつけたのではありません。茨木さんが自分自身に向かって、自分を戒めるために言っている言葉であると思います。
 私たちは、自分の周囲にある人や物との関わりの中で生きています。自分が他の人にどう接しているかということが、他の人が自分にどう接してくれるかということとつながります。生命を持たない品物であっても、自分がどう接するかによって、逆に品物が自分に与えてくれるものが異なってきます。
 問題が起こると、誰が悪いのか、何が原因なのかということを考えます。そのように考えることは間違っていませんが、自分のことを除外して、他人や社会だけに原因を求めることはよいとは思えません。自分も社会の一員であることを忘れて、悪いのは社会だ、悪いのは自分以外の人たちだと考える傾向が、私たちにないとは言えません。
 茨木のり子さんは、一人一人が持っている、自分の感受性を自分で守れと言っています。
 感受性というのは、抽象的な言葉ですが、私は、感受性というのは、自分の周りの人や物を受け入れる、心の働きであると思います。私たちは、自分の心が「しなやかさを失わない」ように、「水やりを怠らず」に育てていかなければなりません。
 自分で自分に語りかけ、自分で自分の答を探り出すことが、自分の感受性にとって、大切なのだと思います。
 3年生が卒業する時が近づいてきました。これからは、1、2年生が明石西高校を推し進めていくことになります。周りの人や物を尊ぶ気持ちが、自分自身を育てることになるのだという気持ちを忘れないでほしいと思います。

【2002年2月1日=全校集会】

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2006年11月20日 (月)

高校生に語りかけたこと(12)

足し算と掛け算

 年が改まりました。新しい年を迎えて、胸の中には、今年はこうしようとか、こんなことはするまいとか、いろいろな気持ちが行き来していることと思います。普段の勉強のこと、将来の進路のこと、部活動のこと、その他の様々な思いを持っていることでしょう。
 「初心、忘るべからず」という言葉がありますが、今年の年頭に心に決めたことを1年間にわたって貫けば、必ず何かの成果があがるはずです。
 そのことに関して、私が年末に、ある出版社の催した講演会で聞いた話をします。講師は鬼塚喜八郎さんという方で、鬼塚さんは神戸で、スポーツ用品メーカーのアシックスを創始された方です。講演では、バスケットシューズを開発するときなどにいろんな苦労をされたという話もうかがいましたが、今日は、その会社を宣伝しようという話ではありません。
 講演会でのテーマは、人が成功するための条件ということでした。鬼塚さんは会社の経営という視点で話されたこととは思いますが、これから述べることは、どのような世界でも通用することです。
 鬼塚さんは、ものごとを成功に導くカギは、夢や志を持って、目標をきちんと定めるとともに、進むべき方向を正しく決めなければならないと言います。
 そして、その上に、知性、学習、経験、創意工夫、特技、指導力、人徳、の7つが必要であると言います。ここに挙げられた7つの項目は大切なものばかりですが、それらの項目の内容については、ここでは詳しく述べません。
 そして、ここからが大切なところなのですが、人が成功するためには、それだけでは済まないと言います。
  〔知性+学習+経験+創意工夫+特技+指導力+人徳〕
を、仮に「A」とします。これらは、その人の能力・適性などに関わることであって、ここまでは足し算です。
 人が成功するためには、その「A」に掛け算が加わります。つまり、
  〔A×熱意×忍耐力×健康〕
の数値が高くなってはじめて、成功への道が開かれると言うのです。
 はっとさせられるのは、その掛け算の部分です。掛け算の最低数字を1とすれば、熱意や忍耐力が少々欠けていても、他の要素で補うことができます。
 ところが鬼塚さんは、掛け算の最低数字は0であると言います。熱意がないのを0とすれば、他の要素がいくら優れていても、掛け算の計算結果は0になってしまいます。同じように、忍耐力が欠けているのを0とすれば、他の要素がいくら優れていても、計算結果は0になってしまいます。健康が損なわれる場合も同じです。
 つまり、熱意のない者は成功しない、忍耐力をそなえていない者は成功しない、自分の健康に気を配らない者は成功しない、ということです。
 80歳をとっくに過ぎた鬼塚さんは健康そのものという感じで、実践に裏付けられた話の中味には迫力がありました。
 厳しい言い方になりますが、これは本当だろうと思います。熱意や忍耐力というのは他の言葉でも言い表すことができますが、言い方はともかく、それらが欠けては物事がうまく運ばないというのは間違いのないことだろうと思います。
 人間には運・不運というものが付きまといます。けれども、いつかはチャンスが巡ってきます。そのチャンスをうまく捉えるかどうかが成功につながる道でもあるのでしょう。
 3学期が始まりました。これからの1年間、熱意を持って、忍耐力をそなえて、健康に気を配って、努力をしてください。必ず何かのチャンスが訪れるはずです。そのチャンスを、チャンスとして見抜いて、自分に運を引き寄せてほしいと思います。君たち一人一人に、私は大きな期待を寄せています。

【2002年1月8日=3学期始業式】

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2006年11月19日 (日)

高校生に語りかけたこと(11)

からだで覚える、からだで表現する

 一昨日は、本校第4回卒業生で同窓会長の泉房穂さんの講演会がありました。体験に基づいた、泉さんのお話は、今まさに高校生活のさなかにある君たちに感銘を与えたことだろうと思います。その時その時に目標を定めて努力を重ねられたことを、短い講演時間の中で印象的に語っていただきました。
 その話を聞いて、泉さんの話の中味とは直接の関係はないのですが、今の時代とは違った、私自身の中学生・高校生時代のことを少し思い出しました。私の中学・高校時代の勉強法として、いろいろな文章を暗唱するという課題を与えられることがよくありました。
 国語では方丈記、大鏡、平家物語、源氏物語などの冒頭の部分、社会科では日本国憲法の一部、英語ではアメリカ独立宣言などを懸命に覚えた記憶がよみがえってきました。暗唱したものをきちんと発音してみせるというテストもありました。
 私は暗唱することは得意ではありませんが、懸命に覚えた結果、あれからずいぶん年月が経ったのに、いろいろなものが頭の中に残っているという効果があることは否定できません。
 暗唱と暗記とは同じではありません。こまごまとした知識を暗記することと、文章をまるごと暗唱することとは、その目的が異なっています。暗唱することは、イメージを膨らませて、いろいろなものを、まるごと自分の中に取り込んでいくことであるように思うのです。テストがあることを予想しながら、ぶつぶつと声に出して、みんなで競争しながら覚えたという記憶があります。暗唱とは、からだで覚えることだと思います。
 二つ目の話題を申します。つい先日、読書感想文コンクール兵庫県大会の表彰式がありました。表彰のあとで、小学校・中学校・高等学校のそれぞれの最優秀に選ばれた作品を、その文章を書いた本人が朗読するという催しがありました。
 高等学校の部で最優秀に選ばれた生徒が朗読をしたときは、会場全体が息を殺したように耳を傾けました。自分の作品を朗読してほしいということは、会場に来てはじめて告げられたそうです。それにもかかわらず、見事な朗読でした。自分の書いた内容に自信があることを感じさせましたし、聞いている人に自分の思いを伝えようという姿勢が表れていました。
 この生徒が私のかつての勤務校の生徒であるという気安さもあって、行事が終わった後で、尋ねてみました。放送部の部員でもない、アナウンスの仕方を勉強したこともない、けれども朗読は好きだ、と答えてくれました。
 聞き手を意識しながら、相手に伝わるように一心に表現するのが朗読です。一方では、聞き手がいなくて、自分に言い聞かせるような朗読もあります。いずれにしても、朗読とは、からだで表現することだと思います。
 この二つのことを、まとめて申します。暗唱したり朗読したりすることは、一見、能率の悪いことのようにも見えます。出来上がっている作品を覚えるというのは生産的な活動のように見えません。文章は目で追っていくだけでも理解はできますから、声に出して朗読するなどということは、大人げないことのようにも思えます。
 しかし、言葉は生き物です。頭の片隅を通過させるだけでは、自分のものにはなりません。大きなまとまりのあるものを暗唱する効果、文字に書かれたものを口に出して朗読する効果は、大きなものであると、私は改めて感じています。
 今、斎藤孝著『声に出して読みたい日本語』(草思社)という本がベストセラーになっているそうです。このような本が、今の時代に歓迎されることの意味はわかるような気がします。長い歴史の中に生き抜いてきた名文を、まるごと頭の中に思い描きながら、声に出して読むことの意味は深いと思うのです。
 さて、今日は、2学期の終業式であり、暦の1年の終わりです。一つの節目の時である年末・年始は、これまでのことを振り返って、次への展望を考えるのにふさわしい時期であると思います。私が今、述べたことも、勉強の仕方を振り返り、次の段階のことを考える際の、一つの参考にしてもらえればと思います。

【2001年12月21日=2学期終業式】

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2006年11月18日 (土)

高校生に語りかけたこと(10)

寿命の長い情報を、読書によって得る

 21世紀は、情報の時代であると言われています。その情報はいろいろなメディアを通じて伝達されます。本、新聞、テレビ、インターネット、その他さまざまです。
 ところで、情報というものはどんな性質を持っているのでしょうか。例えばアメリカで起きた同時多発テロのことで考えてみてください。事件発生当日とその翌日とを比べて、どちらが情報量が多いかと尋ねられたら、翌日だと答えるでしょう。2日分の情報が加算されるからです。また、事件発生当日とその翌日とを比べて、どちらが正確な情報を得ることができるかと尋ねられたら、翌日の方が正確さが増してくると答えるでしょう。そして、翌日(2日目)よりも、3日目の方が、より多い情報、より正しい情報が得られることになるはずだと考えます。この考えを進めていくと、事件発生当日の5日後、10日後の方が、より多い情報、より正しい情報が得られるということになります。
 とは言え、ニュースの内容は後になるほどよくなってくるから、急いで知る必要はないというような考え方をしている人は、いないでしょう。ニュースのような情報は、しだいに古びてゆくからです。
 21世紀を迎えた今、情報を得るということに関して言えば、活字が幅をきかせているという状況ではないように見えます。テレビやパソコンを用いる方がたくさんの情報に、素早く触れることができるように思われます。マルチメディアの時代の恩恵を私も受けています。活字は、一見、能率の悪い代物のように見えます。
 けれども、ここで考えなければならないのは、情報には2つの種類があるということです。それは、寿命の長い情報と、寿命の短い情報です。もちろん、中間的なものもあります。寿命の短い情報というのは、先ほどのニュースの例で述べたような情報のことです。寿命の長い情報とは、例えば、高等学校のいろいろな教科・科目の教科書に書かれているような情報のことです。教科書には、10年後、20年後でも情報としての価値を失わない事柄がたくさん載っているはずです。
 手軽に手に入れて、古くなったらすぐに捨てるような情報はテレビやインターネットを用いる方が能率的です。しかし、いつまでも価値の変わらない情報は、ゆっくりと、しかし能率の悪そうなやり方で獲得していく方が頭の中に強く焼きつけられるかもしれません。そこに、読書というものの良さがあるのです。
 読書というのは、本を読むことです。本には絵やイラストや写真などでできているものもありますが、高校生にとっての読書の中心は、文字を主体とした本を読むことです。活字に親しむということです。そして、高校生の時代にあって必要なのは、寿命の長い情報を得て、自分の将来にわたる骨組みを作るということです。知識や技術、感情や思想などを形作っていくための情報が必要なのです。
 ゆっくりと情報を得ていくということ、そして、一見能率の悪そうな方法で情報を得ていくということが、活字を読むことの魅力です。ゆっくりとした速度での心の営みというのは、今の時代では一番のぜいたくなことであるかもしれないのです。心を落ち着かせて本を読むことによって、言葉が心の中に降り積もっていくのです。そして、それによって、長い間、自分の心から離れないものになっていくというのが読書の醍醐味だと、私は思います。
 毎年、秋のこの時期には読書週間という期間があります。その都度、キャッチフレーズが作られますが、今年のは際だって優れていると、私は思います。今年の標語は「夢中!熱中!読書中!」というのです。読書というのは、我を忘れて夢中になるものです。書物の世界に熱中するものです。「夢中!熱中!」に続けて、脚韻を踏んで、「読書中!」と言っています。なにものにも煩わされることなく読書に没入している様子が「読書中!」という言葉で表現されています。
 読書は、苦しいものであってはなりません。自分の好きな本、自分に合った本を読めばよいのです。義務を感じて読む必要はありません。自分から進んで読んで、興味を引かれたものは自分の糧(かて)になります。どこかできっと自分に役立つはずです。
 読書は嫌いだ、読書は面白くないという人がいるとすれば、その人は、何を読んでも興味が持てないというところに問題があるのです。読書のせいではなく、その人の生き方に関わることであると思います。さまざまな本を読んで、豊かな人生をおくってほしいと、私は若い君達に願っています。

【2001年11月1日=全校集会】

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2006年11月17日 (金)

高校生に語りかけたこと(09)

みんなちがって、みんないい

 味覚の秋を迎えました。果物も茸(きのこ)も豊作であってほしい、魚は大漁であってほしいというのは、人々の願いです。
 ところで、魚の大漁を歌った、こんな詩があります。

      朝やけ小やけだ
      大漁だ
      大ばいわしの
      大漁だ。

      はまは祭りの
      ようだけど
      海のなかでは
      何万の
      いわしのとむらい
    するだろう。

 私たちは、ともすれば、自分を中心にして、ものを考えてしまいます。自分の都合、自分の利益、自分の感情などが、ものごとを判断する基準になることがあります。「大漁」という題の、この作品は、人間と鰯との関係を歌っており、人間にとっての大漁の喜びは、すなわち、鰯にとっての深い悲しみであるということを述べています。
 この詩の作者は、金子みすゞという人です。金子みすゞという名前を知っていますか。大正時代から昭和の初めにかけて生きて、26歳の若さで世を去った詩人です。亡くなってから70年余りになります。生前はあまり注目されなかったようですが、最近、広く知られるようになりました。
 その金子みすゞの作品にある言葉で、私の頭に印象づけられている言葉があります。それは、「みんなちがって、みんないい」という言葉です。
 その言葉が出ている「わたしと小鳥とすずと」という作品を紹介します。

   わたしが両手をひろげても、
   お空はちっともとべないが、
   とべる小鳥はわたしのように、
   地面(じべた)をはやくは走れない。

   わたしがからだをゆすっても、
   きれいな音はでないけど、
   あの鳴るすずはわたしのように
   たくさんなうたは知らないよ。

   すずと、小鳥と、それからわたし、
   みんなちがって、みんないい。

 小鳥には小鳥の得意・不得意があり、鈴には鈴の得意・不得意があり、わたしにはわたしの得意・不得意がある。そして、それぞれが得意であるものは、他のものが真似することのできない素晴らしいものであると言うのです。
 「みんなちがって、みんないい」という言葉には、ハッと思わせられるところがあるではありませんか。くじけそうになったときに勇気を与えてくれる言葉であり、また、私たち一人一人に生きる姿勢を教えてくれている言葉でもあるように思います。自分の個性を伸ばすとともに、自分の不得意な部分を卑下したり劣等感を持ったりしないで、突き進んで行くべきだという指針を与えてくれる言葉だと思います。
 ここで紹介した2つの詩を、人と人との関係で見ればどういうことになるでしょうか。他人の痛みのわかる人、他の人に対する思い遣りの気持ちを持っている人のことを言っているのだと思います。他人を見る目や、他人に接する姿勢に温かさを持たなければなりません。他の人を温かい目で思い遣るためには、自分の心のゆとりも必要でしょう。心の広い、温かい人になるように、私自身も努力しなければならないと思っています。生徒のみんなにも求められていることであると思います。

【2001年10月1日=全校集会】

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2006年11月16日 (木)

高校生に語りかけたこと(08)

挫折と挑戦

 稲穂が垂れて、赤とんぼが飛び交う姿を見るようになりました。季節は確実に移り変わって、秋の気配が濃くなってきました。40日余りの夏季休業期間が終わって、今日から2学期です。
 この夏休み、一人一人はどのような生活をしたのでしょうか。勉学にスポーツに、やり遂げたという思いが残っているでしょうか。それとも、やり残したという思いでしょうか。
 人間は誰でも怠け心があります。けれども、それを振り払って進もうとする気持ちがあるかどうかで、その人の将来が左右されます。挫折感を味わうことのない人はいないと思います。しかし、挫折で終わるのではなく、挑戦を繰り返す姿勢が大切であると思います。
 私は、そのようなことに関して、障害のある一人の青年の話をしようと思います。
 ちょうど1年前の今頃はシドニー・オリンピックの話題があふれていました。そして、オリンピックが閉幕した後で、10月に、同じシドニーで障害者のスポーツの祭典であるパラリンピックが開かれました。日本はその大会に 151人の選手団を送りましたが、そのうち兵庫県内からは14人が出場しました。その選手のひとりに、明石市に住む今井裕二さんも含まれていました。
  彼は、視覚障害で最も障害の重いB1クラスの跳躍競技に出場しました。コーラーと呼ばれる、音や声で誘導する人を頼りに助走をして、ジャンプをします。彼は、三段跳びで、11メートル07の記録で6位に入賞しました。また、同じクラスの走り幅跳びで、5メートル44の記録を出して7位となりました。
 なぜ、私が今井裕二さんのことを知っているかというと、彼は、一昨年度、私が校長を務めていた盲学校の教諭をしていました。盲学校の教員の中にも視覚に障害のある人が何人かいましたが、彼は、全く見えない状態、すなわち全盲でした。彼は、自分の辛いことなどは表に出さず、明るい性格の人でした。30歳台の前半という年齢でしたが、学校では理療(あんま・鍼・灸など)の授業を熱心にする一方、生徒指導部長としての役割も立派に果してくれました。陸上競技の練習で、体力をつけるために、夕暮れ時の学校のグラウンドをただ一人で、何回も何回も走っていた姿は印象的でした。
 彼には奥さんがいましたが、明石市の自宅から、洲本市にある学校に単身赴任をしていました。そのため、自宅から通える学校に変わりたいという希望が強く、私はその望みをかなえてあげたいと思いました。結局彼は、県立学校の教員を退職して、昨年度からは、国立の視力障害センターの教官として勤めています。
 辛いことなどを自分自身の口から話そうとしなかったので、私は彼のことについて知らない部分がたくさんあったと思います。彼について、細かなことを知ったのは、実は新聞記事からでした。昨年8月末から6回にわたって読売新聞・夕刊が「跳べ光の中を」という記事を載せました。まったく異例のことだと思いますが、これは今井裕二さんのことだけを書いた連載記事です。
 今井裕二さんは、小学生のときに網膜色素変性症と診断され、その度合がしだいに進んでいったようです。県立西宮北高校から下関市立大学に進学しましたが、ほとんど見えなくなってしまった自分のことについて悩んで自殺まで考えたことがあるようです。いろんな人の意見を聞いて考えた末、大学を中途退学して、神戸市垂水区にある県立盲学校を経て筑波大学理療科教員養成施設に進んで、教員の資格を得ました。
 最後に、今井さんがある講演会で語った言葉を紹介します。
 「目が悪くなったから、こうしてみんなと出会えた。30歳台になっても跳躍をやっている。病気や怪我も新たなチャンスになるのです。マイナスイメージからでも、プラスに転じていけるのです。」
 さて、一つの区切りをつけて新しい学期が始まるときに、生徒諸君は、自分の進んでいく方向を見据えて、自分を励まし、挑戦する姿勢を持ってほしいと、私は願っております。

【2001年9月1日=2学期始業式】

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2006年11月15日 (水)

高校生に語りかけたこと(07)

科学技術の進歩と人間の心

 桜の咲く頃に26回生の1年生を迎えて始まった平成13年度は、ぎらぎらと照りつける暑さの中で1学期の終業式を迎えました。その間、およそ100日。一つの区切りを迎えた段階で、一人一人が、この1学期の間を振り返って、自分のことを評価し、反省してほしいと思います。そして、その後で次の一歩を踏み出してほしいと思います。
 6月の全校集会で、私は、1枚の紙を折り重ねていけば、途方もない厚さになるという話をしました。このことに関連して、私は、もう一つ別のことを考えました。
 20世紀は科学技術の時代であると言われました。航空機・自動車・鉄道などの交通手段の分野でも、遺伝子工学をはじめとする医学や医療分野などでも、コンピュータなどの情報技術の分野でも、その他のあらゆる分野でも、目を見張る進歩・発展がありました。人類がこれまで長い長い歳月をかけて成し遂げてきたものと匹敵するだけのものを、20世紀の100年間がやり遂げたというようなことを考える人がいます。
 文化や文明を量で計ることはできませんが、実感としては、私も同じように感じています。1世紀の頃と2世紀の頃とは、人々の生活にはそんなに大きな違いはなかったでしょう。3世紀の頃も4世紀の頃もゆるやかな進歩であったでしょう。世紀が進むにつれて変化が大きくなったはずです。そして、19世紀までの蓄積に相当するものを20世紀の100年間が成し遂げたというのは、わかるような気がします。
 さて、20世紀までの蓄積に相当するものを21世紀が成し遂げるとすれば、社会は気の遠くなるような変化をすることになるのですが、物質文明に関しては、実際にそうなるかもしれません。
 情報技術(IT)の時代であるとか、バイオテクノロジーのこととか、感情を備えたロボットの誕生とか、夢のような話がいっぱいあります。けれども、そのことを手放しで喜んでよいのでしょうか。科学技術を誤った方向に使っていけば、取り返しがつかない方向に技術が増殖するかもしれません。科学技術が2倍・4倍・8倍に拡大していっても、人間の心がそれに伴っていかなければと恐ろしいことが起こりかねません。
 大切なことは、人間の心の持ち方であると思います。生命の尊厳ということを忘れた人間が育っていけば、社会の行く末が危ぶまれます。世の中には、殺伐なニュースが沢山あります。大阪・池田市で起きた小学生殺傷事件は、人々に大きな衝撃を与えました。
 自分の命も他人の命も大切にするということ、自分の幸福とともに他人の幸福のことも考えるということは、人間として基本的なことです。そのことを忘れたら、人間は恐ろしいことを平気でやってのけてしまうかもしれません。
 人類が、生み育ててきたのは科学技術だけではありません。倫理や思想も、芸術やスポーツも発展させてきたのです。人類の過去の蓄積が意味を持たなくなるような社会、過去の歴史が役立たないような社会になっては大変です。物質文明に振り回されないように、人間の心や、精神文化が成熟していく必要があるのです。21世紀を迎えた今、自分を取り巻く社会がどのように発展してきたかということを大きな視野にいれて、自分の生き方を考えてほしいと思います。
 ところで、動いてゆく社会の中で、私たちの
学校にも変化があります。平成15年度から本校に国際人間科が設置されることが、先日、正式に決まりました。新しい学科のスタートに向けて、私たちは様々な方向から検討して準備を進めていきますが、平成15年を待つまでもなく、実施できるものは、来年度の指導内容などにも反映させていこうと考えています。
 それでは、本校生全員が、病気や事故に遭うこともなく、9月の始業式には再び顔を会わせることを楽しみにしています。

【2001年7月19日=1学期終業式】

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2006年11月14日 (火)

高校生に語りかけたこと(06)

その道に熟練するということ

  ここに1枚の紙があります。この紙を2つ折りにしますと、厚さは2倍になります。それをもう1度2つ折りにしますと、厚さはもとの4倍になります。このようにして、40回折ると、どれぐらいの厚さになるでしょうか。実際に1枚の紙を40回も折るということは不可能でしょうが、仮にそういうことができるとすればという問題です。
 この答を、ある人は、手の親指と人差指の間ぐらいの長さ(15㎝ぐらい)と言いました。別の人は、人の身長ぐらいの長さ(160㎝とか170㎝ぐらい)と言いました。更に別の人は、体育館の床から天井までの長さ(10mとか15mぐらい)と言いました。皆さん一人一人は、どんな答を出すでしょうか。
 1回折ると元の2倍の厚みになり、2回折ると元の4倍の厚みになり、3回折ると元の8倍の厚みになります。
 計算しますと10回折ると元の1024倍の厚みになります。話を簡単にするためにおよそ1000倍ということにします。そうすると、
   20回折ると、1000×1000=100万倍
   30回折ると、100万×1000=10億倍
   40回折ると、10億×1000=1兆倍  ということになります。
 仮に、元の紙の厚みを0.1㎜としますと、0.1㎜の1兆倍は10万㎞ということになります。
 地球一周の距離は4万㎞で、地球から月までの距離が38万㎞です。10万㎞というのは、月までの距離の4分の1ということです。元の紙を厚くして 0.4㎜の厚みのものを40回折っていけば、月まで届いてしまう計算になります。そのような、とてつもない数字を答として予想しなかった人が多かったと思います。
 もちろん、紙の面積は目に見えないほど小さくなっています。けれども、1枚の紙が、目に見えない細さになって月まで届くというのは、童話の世界のようで、わくわくしてきませんか。
 ここまでは、ちょっと長い前置きです。今日、私が言いたいことは別のことです。けれども、こんな話をしたのには、理由があります。
 永六輔さんが書かれた『職人』という本を読んでいましたら、こんな話が書いてありました。

 刀鍛冶の仕事は、鋼を火の中に入れて、真っ赤にして、それを引っ張り出す。グニャとしているものを2つに折って、トンテンカンとたたく。また真っ赤にして、また2つに折ってトンテンカンとたたく。そして、それを3回、4回、5回と繰り返していく。
 2つが4つになり、4つが8つになる。10回で1024枚。
 ふつう、出来がいい包丁というので10回くらい折り返す。日本刀だと15回から20回折り返す。もっとというのもある。
 そして、それを研ぎあげる。そういう仕事を職人さんは手仕事でやっている。

 永六輔さんの『職人』という本は、そんな手仕事に驚きの目を持って見つめています。
 それぞれの専門の技術を持つ人はすごいと思います。折り重ねていけば1024枚にもなるものを、打ち続けて、鋭い刀に仕上げていく技術を刀鍛冶の人は持っているのです。
 けれども、職人と言われる人でなくても、技術者でなくても、誰もが何かの専門家になります。いろいろなことを専門にする人が集まって、社会が出来上がっています。高等学校を卒業して就職をする人はもちろんですが、進学をする人もいつかは職業を選びます。自分にとっての専門の道を歩むことになります。結婚して家庭に入るという人は家庭経営の専門家です。
 ただし、専門とする道を選んだだけではだめです。その道の熟練者になるように努めることが大切です。人は学歴で仕事をするのではありません。自分の身についたものが その人の力になります。永六輔さんが刀鍛冶の仕事に驚きの目を持っているのは、その道で、他の人が及ばないような仕事をしているからです。生徒の皆さんは、今は、自分の進む道を探している段階かもしれませんが、いずれは、それぞれの専門の道で力を蓄えていってほしいと思います。

 今日から、本校の卒業生で、教員を目指している人たちによる教育実習が始まります。これも、専門家になるための道筋のひとつです。生徒の皆さんが、先輩の卒業生から学びとって、自分の将来を考える材料とすることはたくさんあると思います。

【2001年5月28日=全校集会】

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2006年11月13日 (月)

高校生に語りかけたこと(05)

ブナの森が教えるもの

 風がさわやかな5月になりました。いろいろな花も咲き乱れています。その中で、ブナの木も5月に開花の時期を迎えています。葉っぱより小さな花をたくさん咲かせます。今日はブナの木の話をします。
 但馬にある鉢伏山は、かつてはブナなどの広葉樹で覆われていたといいます。第2次大戦中から戦後まもなくにかけて、燃料用やパルプ材として伐採が進んで、原生林は壊滅状態になったそうです。雪崩などによる事故が相次いだこともあって、昭和55年に阪神間に住む登山家たちがブナを植えようと立ち上がりました。地元の人たちとともに鉢伏山や氷ノ山などに毎年、苗木を植え続けて、これまでに1万本余りの植樹をしました。美しいブナの森をよみがえらせて、次の世代に引き継いでいこうという願いが実りつつあります。
 ユネスコが定めている世界遺産というのがあります。兵庫県内の姫路城もその一つですが、秋田県と青森県にまたがる白神山地のような自然も選ばれています。白神山地はブナの森の価値が認められて、選ばれているのです。
 ブナの木は、高さが30mにもなる、大きな木です。そして、直径40㎝のブナの木1本には、10万枚の葉があるそうです。ところが、そのすべての葉が光合成をしているわけではないのだそうです。半分ほどの葉は、生産活動をしないで遊んでいることになります。
  なぜそうなのかということを、農林を専門とするある学者は、蛾の幼虫に葉を少々食べられてもいいように、葉に余裕をもっているのだと考えています。食べられてもいいように備えているということは、樹木という生きものは、害虫さえも排除しないということなのです。ブナの森は、共存共栄の社会を形作っているというのです。
 林の中にいるとキラキラした光が差し込んできて、あたり一面に優しくて柔らかい情景が広がります。林の美しさは、木々の心の美しさから生まれているのかもしれません。
 害になるとか、益になるとかいうのは、人間の論理です。人間にとって役立つものを益と考え、役立たないもの、災いや妨げになるものを害と考えるのが、人間の考え方です。もちろん、樹木自体にとっても、害になるものと益になるものとがあります。しかし、ブナの葉の話は、害を害として排除していないということに驚くのです。
 このことが私たち人間に教えてくれていることは大きいと思います。人間も、本来はおおらかな心をもって、周囲の動物や植物と共存共栄の社会を作っていたはずです。ところが、いつの間にか、人間は、自分たち本位の考えを強めていったように思います。
 せせこましい利害関係を問題にするよりは、もっとおおらかに周りのものと共存していこうという心が必要ではないでしょうか。周りから得ている恵みに思いをめぐらせたなら、人間が周りの環境や動物・植物に恵みを与えるということを忘れてはならないはずなのです。
 人と人との関係も、もっとゆったりとしたものであってほしいと思います。他人から得る恩恵もあれば、他人から受ける不利益もあるでしょう。そのようなことが起こるのは人間社会の常です。
 自分にとって不都合なものは、何がなんでも排除しようとする人がいます。そのような自己防衛の気持ちになるのは人として当然だとも言えますが、自分を取り巻くすべての事柄に対して利害得失だけで判断するような姿勢を持つことは正しいとは思えません。多少は自分に不利益が生じても、他人のために役立つのなら我慢するいう姿勢も忘れてはならないと思うのです。
 命を大切にするということは、人として当然のことです。そして、それは、自分の命を大切にするとともに、他人の命も大切にすることです。他の人の命を奪うというようなことがあってはならないことは勿論ですが、人を傷つけることもあってはなりません。また、人以外のすべての生命を大切にすることでなければならないと思います。

【2001年5月1日=全校集会】

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2006年11月12日 (日)

高校生に語りかけたこと(04)

新たなものを生み出す出会い

 たった一人と一人の出会いでも、それによって大きなものが生まれることがあります。
 今日のこの場は、新入生と2、3年生の大勢の出会いです。この学校に新たなものが生み出されていくであろうという兆しを感じます。
 出会いというのは、物理的に触れ合うことだけではありません。知り合ったことにより、心と心が通じ合い、互いに学び合い、励まし合って、大きな力となるはずです。
 ひょっとしたら本校での先輩・後輩としての出会いが一生にわたって続く交際になるかもしれません。
 2、3年生の先輩は、戸惑う新入生に、とりあえずは優しく接してもらいたいと思います。
 そして、いずれは、部活動や生徒会活動において、厳しく、互いを磨き合うような場面も生まれるでしょう。
 先輩が先輩として導いていき、後輩が後輩としての努力を重ねれば、部活動や生徒会活動に新しい力が生まれることと思います。
 先輩としての2、3年生にも、後輩としての新入生にも、私は大きな期待を持っています。
【2001年4月10日=対面式】

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2006年11月11日 (土)

高校生に語りかけたこと(03)

きらめく心を忘れまい

 桜をはじめ、色とりどりの花々に囲まれて、春が巡ってきました。
 本日ここに、ご来賓の方々並びに保護者の方々のご出席をいただき、第26回入学式を行うことができますことを、ほんとうに幸せに思います。
 ただいま、361名に入学を許可しました。新入生の皆さんは、21世紀最初の本校への入学生です。
 新しい環境に入るときは、誰もが期待とともに不安を感じます。期待は大きいほうがよい、不安は小さいほうがよいのですが、新入生の皆さんは、不安よりも期待の方に胸が膨らんでいることでしょう。
 不安を乗り越えていくことは大切な経験です。そして、期待はさらに大きく育てて、現実のものに作り上げていってほしいと思います。期待というのは他人をあてにすることではありません。自分から進んで取り組もうとする姿勢から生まれたきらめく心、それを忘れまいとすることが大切です。期待に胸を躍らせて輝いている心を、いつまでも失わないようにしてほしいと願っております。

 さて、皆さんは入学試験を突破して、晴れて高等学校の生徒としてのスタートを切ることになりました。入学試験というのは、入学に値するかどうかを判定しようとするものですが、単にそれだけの働きをするものではない、と私は思っています。入学試験で高等学校の門をたたいた時から、実質的な高校生活はスタートしたのだと考えてもよいのではないでしょうか。
 こんなことを申すのは、今年の学力検査で出題された文章のことが、私の頭に強く残っているからです。国語の検査で出題された文章を憶えているでしょうか。その中の一つに、加藤秀俊さんが書かれた『自己表現』という本からの引用がありました。一冊の本の中のごく一部分が引用されただけですが、これからの高等学校での生活に一つの示唆を与えてくれているような内容でした。
 この文章では、加藤秀俊さんはちょっと硬い言葉を使っていました。やさしい言葉に置き換えて言うと、次のような内容になると思います。

 ひとりひとりの人が体験して得た、心の中の世界はとても深いものであって、本人以外には知ることのできないような世界です。けれども、私たちは、その世界を他の人にわかってもらおうと考えて、言葉で表現します。私たちは心の中のことはすべて表現できると思っていますが、実際には、自分の思いのままに表現できるとはかぎりません。そうであっても、私たちは、自分の気持ちや思いを、言葉というかすかな手段を用いて表現しようとする強い欲求を持ち続けています。

 加藤秀俊さんが述べているのは、このような考えでした。
 ところで、その原典である本(加藤秀俊さんの『自己表現』)を、私はいま、手元に持っています。私の本棚にもあるのですが、今日は、本校の図書館にあるものを借りてきました。
 私はここで、二つのことを言いたいと思っています。一つは、加藤秀俊さんが『自己表現』という文章で述べている内容に関することです。そして、もう一つは、本校の図書館にある一冊の本ということについてです。

 まず、一つ目に言いたいことは、次のようなことです。
 加藤秀俊さんが『自己表現』という文章で述べているのは、私たちひとりひとりが心の中に持っている世界を、他の人に向かって表現しようとする努力のことです。新入生の皆さんには、自分の言葉で、自分を表現する力を、高等学校での生活を通じて磨き続けてほしいと思います。
 この文章で述べられていることを、私は、私たちひとりひとりが内に秘めている可能性を実現させようとする努力ということに置き換えて考えてみたいと思いました。加藤秀俊さんの論理をほぼそのままあてはめると、次のようなことが言えるのではないでしょうか。
 ひとりひとりの人間に与えられた可能性は果てしなく大きなものであって、本人以外にはわからないような可能性です。私たちひとりひとりはその可能性を見つけて花を開かせようとしますが、その可能性のすべてを実現できるというわけではありません。しかし、可能性のうちのいくつかを現実のものにする努力をいつまでも重ね続けます。
 このようなことが言えるのではないかと思うのですが、可能性をつかみ取って現実のものにしようとする営みこそが、人生というものでしょう。可能性を見つけて、それを実現させようと努力を重ねることは、長い人生のいつの時代にもすべきことですが、青春の一時期、とりわけ高校時代は、それに最もふさわしい時期ではないかと思うのです。そのような心構えを持って、高等学校での生活を始めてもらいたいと願うのです。

 次に、二つ目に言いたいことは、次のようなことです。
 私は本校の図書館にある一冊の本を手にしています。図書館の書棚にある、この一冊の本を何人の先輩たちが読んだことでしょうか。本というのは時間や空間を異にする筆者が目の前に立ち現れてくれるものですが、同時に、図書館の本には、時間や空間を異にする読者同士のつながりも感じます。10年前の先輩が読んだかもしれない本、20年前の先輩が読んだかもしれない本を、自分も同じように読むというのは、考えてみれば不思議な縁だと思います。1万人にも達しようとしている本校の同窓生の一員に加わって、先輩とのつながりを深く感じるではありませんか。一冊の本を通じて、本校で学んだ先輩たちとの絆を確かめながら、皆さんは一歩一歩と大人の世界の仲間入りをする方向へと向かっていくのです。そのような高校時代であってほしいと、私は願っております。

 最後になりましたが、本日の新入生を祝って、ご多用のところご出席くださいました、ご来賓・保護者の方々に、お礼を申し上げます。
 学校・家庭・地域社会の連携のもとで、新入生がこの3年間で立派に成長していってくれることを目指して、私たち教職員は全力で取り組む覚悟です。
 ご来賓の方々には、本校教育のためにご援助・ご指導を賜りますようお願い申し上げます。また、保護者の方々には、本校教育に対するご理解・ご支援を賜りますようお願い申し上げます。
 新入生の皆さん。いよいよ高校生活が始まります。この3年間に、さまざまな体験をして、いろいろなことを吸収して、そして自分の頭で考えてほしいと思います。ここにいるひとりひとりに、私は大きな期待を持っています。「自律」・「協同」・「誠実」という校訓の精神を自分のものとして体得し、心豊かな人間として成長していってくれることを願って、式辞とします。

【2001年4月9日=入学式】

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2006年11月10日 (金)

高校生に語りかけたこと(02)

日常の繰り返しを、手を抜かずに

 ここにいるのは2年生と3年生ですが、今日は午後、入学式を行って新1年生を迎えて、平成13年度が始まります。
 今日は、生徒にとっては1年の始まりの日です。ひとりひとりは、新鮮な気持ちでこの日を迎えているのではないかと思います。
 気持ちが改まったときには、新しい抱負が生まれます。それが、初心というものです。けれども、初心は消えやすい。時間がたつにつれて薄らいでいく。強く志を持っても、いつの間にか、しぼんでしまうことがあります。
 けれども、初心や志がなくなっていってしまうのは困ります。人は誰ひとりとして、目標を持たないで生活をしているとは思いません。それは、進学先や就職先のことであったり、スポーツや芸術の順位や成績のことであったり、その他さまざまであると思います。そして、いくつもの種類の違った目標を混じり合わせ持って生きているのが、私たちの人生であるようにも思います。
 せっかく抱いた気持ちですから、いつまでも持ち続けたいものですが、ともすれば、弱い心が顔を出し、初心や志が薄らいでいくことがあります。私も例外ではありません。
 消えかかった初心を取り戻し、弱気になった自分を奮い立たせるにはどうすればよいのか。
 あっと驚くような、よい方法は、あるはずがありません。それは、当り前の積み重ねを、日常の繰り返しを、手を抜かずにやることしかないと思います。毎日毎日、自分を自分で激励していくということが、意欲とか自覚とかという言葉で表されるものではないかと思うのです。
 人は、他人に責任を押し付けることがあります。このようになったのは自分のせいではないというような考え方をすることがあります。しかし、そんな考え方で自分を弁解しても、自分の価値が高まるわけではありません。
 自分をいじめて、自信を失うことはよくありません。けれども、自分を甘やかしてしまうのも困りものです。
 1年間を振り返ったときに、努力したことを自分で評価することができる、自分で自分をほめてやりたくなるような、そんな1年間にしたいと、私は考えています。
 春、4月。桜も、菜の花も満開です。暖かい季節になりました。伸びやかな心を持って、1年間のスタートを切ろうではありませんか。

【2001年4月9日=1学期始業式】

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2006年11月 9日 (木)

高校生に語りかけたこと(01)

惰性を打破する区切り

 私たちは、本年度から、この学校の教職員として勤めることになりました。どうぞよろしくお願いします。
 私たち10人は、年齢も、専門分野や仕事の種類も異なります。これまでの経験もさまざまです。したがって全員に共通するような挨拶はできません。私という人間が考えていることをお話します。
 9歳で目が全く見えなくなり、18歳で耳が不自由になった福島さんという金沢大学助教授が、今年、東京大学先端科学技術センターの助教授に就任することになりました。福島さんは、社会のあちこちに存在するバリアを取り除くために、さまざまな研究者との共同研究を通じて新たな分野を切り開きたいという意欲を示している、と新聞は伝えていました。
 ところで、先端科学技術センターでの福島さんの任期は10年がメドになります。この10年任期という制度は先端科学技術センターの理念のひとつで、同じ仕事をしていると惰性に陥りがちになるという弊害を打破するために生まれたということです。
 10年という長さを、一昔という言葉で表すことがあります。誰にとっても、10年という期間は長く、その間には何らかの変化や成果が生まれるものであると思います。一定の期間が終われば、環境を変えて新たなものに取り組むということが人を成長させることになるでしょう。会社員や公務員には転勤が宿命づけられています。スポーツや芸能や文化に携わる人や、伝統技術を守り続けている人も、何年かに一度は脱皮して、新しい分野を開拓したり、新しい目標を設定したりしながら活動されているに違いないと思います。独立して事業を営む人も、同じような努力を続けておられることでしょう。もちろん、10年というのは一般的な言い方です。人によってはそれが5年のこともあるでしょうし、人によってはそれが15年のこともあるでしょう。
 しかし、「十年一昔」というのは、惰性を打破する区切りを持とうとする、人間の生きる知恵があらわれている言葉でもあるように、私には思われるのです。
 私たちは、ひとつの区切りを持って、縁あって、この学校での生活を始めることになりました。新鮮な気持ちで、一からのスタートです。どうぞよろしくお願いします。

【2001年4月9日=着任式】

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2006年11月 8日 (水)

【アクセスありがとうございます】

8月末に始めたブログですが、毎日ひとつずつ、書き溜めていたものを掲載してきました。

試みにGoogleで検索してみました。(11月8日の朝)

[国語教育]で検索すると81番目、[学力づくり]で検索すると11番目、[読解力・表現力]で検索すると5番目、[教員志望者]で検索すると3番目に出てきました。

アクセスしてくださった方々にお礼を申し上げます。

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これからの国語科教育(6)

4 教員も生徒も「聞く姿勢」を持とう

 4番目の項目に進みます。「教員も生徒も、聞く姿勢を持とう」という項目です。

 聞く人や読む人がいるから、話すことや書くことが成り立ちます。ところが、自分を表現することの積極的な働きが強調されるあまりに、他の人の表現したものを受け入れることの指導が軽視されがちであると思います。
 書き言葉を重んじて、話し言葉を軽んじることも多いと思います。

 話すことも大切ですが、聞くことの指導をもっと推し進めて、聞くという姿勢を持った環境を整えなければならない、と私は考えている。聞くことを重んじる指導は、自己を表現する力を培うこととは矛盾しない。自分の主張や感情だけを前面に押し出す姿勢を反省して、相手の論理や感じ取り方に耳を傾ける姿勢を育てる指導を重視したいと考える。
 盛んに行われているディベートについて、私の考えを述べます。ちょっとした悪口になりますから、熱心にディベートに取り組んでおられる方には、気に入らないと思います。
 ディベートは、自分を表現するという目的には大きな効果があると思います。自分の本当の考えはどうであっても、一定の立場に身を置いて意見を主張するために、さまざまな方策を考えます。そして、議論をして、相手にうち勝つというのは、知的なゲームとしては面白いと思います。自己を表現するという目的を達成することができます。
 けれども、自分の胸の中にある考えとは反対の意見を主張しなければならないときには、心の苦しみが伴います。これを免れる方法は、人数に関係なく、意見を同じくする者によってチームを編成すればよいのでしょうが、そうすると、始める前から勝敗が目に見えるものになってしまうのでしょう。ともかくも、私自身は、どんなに軽いテーマに関してでも、自分の本心に背いた考えを述べなければならない立場に自分自身を置くことを望まないのです。
 そのことよりも、大きな問題を感じるのは、次のことです。自己主張を中心に据えた指導が行き過ぎると、意見の違いを互いに尊重する姿勢や、一段高い立場から互いに合意し、協力する姿勢を育むときの障害になりはしないかということを懸念します。
 聞くことの目的は、聞いて反論するということばかりではありません。聞いて納得する、聞いたことにより自分自身を高めるということも大切なはずである。
 そして、教職員自身が謙虚に聞こうとする姿勢を持たなければ、児童・生徒にそのような態度や能力を求めることはできるはずがない。児童・生徒を取り巻く言語環境の一つは、教職員の姿勢そのものである。
 相手の意思や感情に耳を傾けて相手を思いやろうとする姿勢を持つことと、自分を表現する力を育てることとは対立する事柄ではありません。それを合わせ持つことが大切であり、それを育てるのが学校という場であると思います。

                                        《以下、省略します。》

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2006年11月 7日 (火)

これからの国語科教育(5)

3  話すことの専門家として(2)

 話を元に戻します。このように私はテレビ画面の字幕に注目し続けているのですが、実は、テレビの字幕に関して気づいたことがあるのです。
 テレビに登場する人の中には、小さな声で、または早口のしゃべり方で、あるいは話が下手で、何を言っているのかよくわからない人が、います。そのような人の場合は、ありがたいことに、字幕に助けられて、言っていることの意味がかろうじて伝わるということがあります。話し言葉がコミュニケーションの役割を果たさず、書き言葉に助けられているということになります。

 これと同じようなことを授業で行ってはいないでしょうか。私は今までに、ずいぶんたくさんの授業を見せていただきました。授業に教員の個性が表れるのは当然ですが、わかりにくい授業は、してはいけません。発音が不明瞭であったり、早口であったりすると、生徒は、教員の言葉をきちんと聞き分けることができません。話の内容がむずかしすぎたり、論理が飛躍した言い方をすれば、理解せよという方が無理です。そして、そのような話の内容を、かろうじて板書が補っているというようなことがありました。板書は大切ですが、それよりもっと大切なのは話すことです。黒板に書くことが主で、話をすることが従になってしまってはいけません。授業全体としては問題がなくても、自分で自信を持てない箇所では、そのようになっていないとも限りません。
 いくら書くことや読むことに重点を置くと言っても、授業は教員が話すことで展開していきます。教員は、一人残らず、話すことの専門家なのです。国語科の教員だから言葉の専門家であるという意味ではありません。話すことによって、生徒にいろいろなことを伝えていくのです。教員は、とりわけ国語科の教員は話すことのプロでなければならないと思います。話すことに自信がないなら、徹底的に自分で自分を訓練するしかありません。
 このことは、単に、話をするのが好きであればよい、苦手でなければ救われるというようなことを言っているのではありません。授業中の言葉遣いについては、次の項目以降で、もう少し具体的に考えてみることにします。

 そんなことを言いつつも、私は自分自身を反省せざるをえません。正直に申しますと、私は話すことが苦手です。書くことの方がうんと楽です。だから、今日も原稿を書いてきて、それを見ながら話をしています。けれども、原稿を見ながら話をするというのは、教室ではできるはずがありません。

 私は、教科書を手にして授業をすることはできても、教科書を離れて話をすることは苦手でした。本当に自信がなかったのです。
 その端的な現れがあります。私は昭和61年度から3年間、県立教育研修所に勤めました。教育研修所というのは、教員の研修の手伝いをするという役割ですから、当時は、朝から晩まで事務職員のような仕事をしていましたが、個人個人がテーマを決めて研究をするということも課せられていました。私が選んだテーマは「話し方」てした。一つは国語科教員の話し方で、もう一つは新任教員の話し方でした
 言うまでもないことですが、このテーマを選んだのは、自分はなぜ話すことが苦手なのだろう、作文の指導はずいぶんしていただいたが話し方の指導を受けた記憶がない、これでよいのだろうか、というような疑問からでした。
 あれから十数年、少しは話すことに抵抗感がなくなってきましたが、それでもやっぱり、文章を書くことの方が気楽に取り組めるというのは事実なのです。

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2006年11月 6日 (月)

これからの国語科教育(4)

3  話すことの専門家として(1)

 3番目の項目に進みます。「話すことの専門家として」という項目です。

 ちょっと話題がそれますが、最近はテレビの番組の画面にずいぶんと文字が現れるようになったと思いませんか。それこそ「十年一昔」のような変わりようだと思います。民間放送の娯楽番組だけではありません。NHKの番組も同じです。
 中には、文字を点滅させたり、小さな文字をしだいに大きくしていったりして、見づらい画面もあります。そういうやり方は、ちょっと行き過ぎだと思います。
 この、テレビ画面に現れる文字を、皆さんはどのように感じているでしょうか。わかりやすくなって大歓迎という人もいるでしょうし、逆に、煩わしくて困ると考えている人もいるでしょう。

 なぜ、このようにテレビの画面に文字が多くなったのでしょうか。いろいろな理由があると思いますが、その理由の一つには、実はたいへん重要な事柄が関係しています。
 私は、平成11年度と12年度の2年間、聾学校と盲学校の校長を兼任して務めました。障害児学校を2つ兼務するというのはたいへんなことでしたが、私にとってはいろいろな面で勉強になりました。高等学校しか知らなかった私は、教育の原点であると言われる障害児学校で、いろいろなことを知りました。障害児学校に勤めることを、皆さんに勧めようとしているわけではありませんが、私自身は、もっと早い段階で障害児学校に勤めておけばよかったと後悔したことは事実です。
 ご存知だと思いますが、聾である人とのコミュニケーションには手話を使います。盲である人とのコミュニケーションには点字を使います。NHK教育テレビに「手話ニュース」という番組があります。けれども、たぶんご存じでないと思いますが、点字を用いたコミュニケーションには誰も異論を唱えませんが、手話を用いたコミュニケーションには、聾教育の関係者の中にもいろいろな意見があって、議論が戦わされているという状況があります。
 けれども、聴覚が不自由な人のために、テレビ画面などに文字を入れてほしいということに関しては、意見の対立はありません。みんなが望んでいることなのです。
 私が校長を務めていた当時の、近畿聾学校長会と近畿聾学校PTA連合会が力を注いだのは、テレビの画面に字幕を増やすように働きかけるという取り組みでした。NHK大阪中央放送局はもちろんですが、神戸や京都などの、府県のキーとなる放送局にも要望書を持っていって、テレビ画面の字幕を大幅に増やしてほしいということを頼み続けました。また、全国の聾学校長会のレベルでも、この問題に取り組みました。NHKは、すべての番組に即座に字幕をつけることは無理だが、できるだけ要望に沿うように取り組みたいと言ってくれました。NHKテレビの字幕はしだいに増えて、総合テレビのニュースなどでも、かなり目につくようになってきました。
 それによって、まったく音が聞こえない人にも、難聴の人にも、大きな利益が得られることになりました。民間放送の番組の中には、もう少し違った目的で字幕を多く入れているものもあると思います。けれども、そうであっても、字幕が増えることによって、喜びを感じている人が大勢いることは間違いありません。
 このような話は、耳が不自由でない人には、まったくわからないことであると思います。
 以上に述べた、聾学校生徒とテレビ字幕との関係は、重要な意味があるのですが、今日の話の中では、余談になります。

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2006年11月 5日 (日)

これからの国語科教育(3)

2 できるだけ「やさしい言葉」を使いたい

 さて、2番目の項目に進みます。「できるだけ、やさしい言葉を使いたい」ということです。
 兵庫県立教育研修所が編集をしている『兵庫教育』という雑誌が、9月号(平成15年)に《言語環境》をテーマにした特集を組みます。その号に6ページ分の文章を書くようにという依頼がありました。頼まれてからの時間に余裕があまりなくて、慌てて原稿を提出しました。
 言語環境という言葉は、どのような内容を指しているのか、その範囲は私にはよくわかりません。けれども、言葉の生活に関して、生徒を取り巻くものすべてが言語環境であるとすれば、国語を担当している者だけではなく、教職員すべてが、その環境としての役割を果たさなければなりません。けれども、とりわけ国語科の教員が果たす役割は大きいと考えます。

 例えば、私は今、皆さんにお話をしています。国語の教員である皆さんに対して、もっと教育についての専門用語を使ってお話しすべきであると感じておられる方もいらっしゃるでしょう。けれども、私は、できるだけ易しい言葉を使って話をしようとしています。私が、勉強不足で、難しい専門用語を知っていないというのも理由の一つですが、難しい言葉を使いたくないというのも理由の一つです。難しく、抽象的な言葉を使わなくても、言いたいことは伝わるのではないかと考えるからです。私は、これまで、そのような気持ちで、話をし、文章を書いてきたつもりです。生徒に向かって話すときも、どうしても使わなければならない場合以外は、抽象的で難解な言葉は使うのを避けてきました。そのようにしてきましたが、それほど不便を感じませんでした。
 言うまでもありませんが、言葉は人と人とをつなぐものです。相手に通じにくい言葉を使うことは、相手に対して失礼なことになります。また、難しい言葉を使うと、相手に正しく伝わらないかもしれないという不安も生じます。書くときも、話すときも同じですが、表現に際しては、きちんと相手に伝えようとする心遣いが大切であると思います。教職員みんなが、相手のことを考えて、正確で易しい言葉を使うことこそが、学校全体の言語環境を正す基本であると思います。
 誤解のないように申しておきますが、言語環境を正すというのは、きちんとした標準語を使おうとか、外来語を使うのを少なくしようとか、発音やアクセントを正そうとか、話のスピードを適切にしようとか、そんなことを言っているのではありません。
 誰でも理解できる程度の言葉であるのなら、外来語を使おうと、方言を使おうと、専門用語を使おうとかまわないと思います。関西人ですから関西アクセントでじゅうぶんです。話のスピードは人によって特徴があります。
 私が言いたいのは、言葉を使って、相手に語りかける姿勢のことです。難しい言葉を使うまいというのは、言葉を易しいものに言い換えようという提案をしているのでもありません。話したり書いたりするときの、聞き手や読み手に対する心遣いのことを言っているのです。
 易しい言葉は価値の低い言葉ではない、と私は思っています。易しい言葉で高度な内容を語れないことはないと思います。
 黒板に、「やさしい」という言葉を平仮名で書いたのには理由があります。平易な言葉・「やさしい」言葉は、相手に対する優しさに満ちた言葉・「やさしい」言葉でもあると思います。

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2006年11月 4日 (土)

これからの国語科教育(2)

1 十年一昔ということ

 さて、1番目の項目に入ります。「十年一昔ということ」です。
 私は、平成13年4月からA高等学校での勤務を命じられましたが、そのときの着任式で、生徒に向かって次のような話をしました。
 私は、全校生徒に向かって話をするときは、必ず原稿を作りました。したがって、着任式で話したことを再現できるのですが、このような話です。聞いてください。

 9歳で目が全く見えなくなり、18歳で耳が不自由になった福島さんという金沢大学助教授が、今年(平成13年)、東京大学先端科学技術センターの助教授に就任することになりました。福島さんは、社会のあちこちに存在するバリア(障壁)を取り除くために、さまざまな研究者との共同研究を通じて新たな分野を切り開きたいという意欲を示している、と新聞は伝えていました。
 ところで、先端科学技術センターでの福島さんの任期は、10年がメドになります。この10年任期という制度は先端科学技術センターの理念のひとつで、同じ仕事をしていると惰性に陥りがちになるという弊害を打破するために生まれたということです。
 10年という長さを、一昔という言葉で表すことがあります。誰にとっても、10年という期間は長く、その間には何らかの変化や成果が生まれるものであると思います。一定の期間が終われば、環境を変えて新たなものに取り組むということが人を成長させることになるでしょう。会社員や公務員には転勤が宿命づけられています。スポーツや芸能や文化に携わる人や、伝統技術を守り続けている人も、何年かに一度は脱皮して、新しい分野を開拓したり、新しい目標を設定したりしながら活動されているに違いないと思います。独立して事業を営む人も、同じような努力を続けておられることでしょう。もちろん、10年というのは一般的な言い方です。人によってはそれが5年のこともあるでしょうし、人によってはそれが15年のこともあるでしょう。
 しかし、「十年一昔」というのは、惰性を打破する区切りを持とうとする、人間の生きる知恵があらわれている言葉でもあるように、私には思われるのです。

 以上が、平成13年4月の着任式で話した内容です。私は生徒に向かってこのような話をして、一緒に着任した方々ともども、気持ちを新たにして仕事に取り組むということを言いました。

 ここにおられる皆さん方は、教員になってから今は、たぶん2校目か3校目ぐらいであろうかと思います。
 私が勤め始めた頃は、同一校9年勤務という異動方針がまだ確立していない時代でした。私は最初の勤務校のK高等学校には10年間勤めました。次に勤めたH高等学校は9年間でした。それ以後は、私の意思とは関係なく、異動のサイクルが短くなりました。けれども、私は9年とか10年とかの勤務年数は適切であると思っています。
 そのように考えていますから、この10年経験者研修についても同じように考えます。人間は何かに安住していると、惰性に陥ることがあります。それを打破することが必要なのです。
 私は、先ほど、このような研修があることを羨ましいと言いました。昔、教員を兵庫教育大学大学院へ派遣するという制度ができて1~2年後のことですが、私は大学院へ行きたいという希望を申し出ました。けれども当時のH高校の校長先生からは、たとえ2年間でもお前がいなくなっては困ると言われて、あきらめました。校内の事情によるものでした。そして、何も特別な経験をすることもなく、38年間の教員生活を過ごしてきた私にとっては、きちんとした予算の裏付けを伴って、存分に研修の機会が与えられる今の教員は恵まれていると思います。

 そのようなわけで、私にとっては10年目の区切り、19年目の区切りは学校を異動するということだけでした。皆さんにとっては、10年次研修が、次への転機になってほしいと思います。

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2006年11月 3日 (金)

これからの国語科教育(1)

はじめに

 10年経験者研修というのが今年度から始まりました。何日にもわたる研修、本当にごくろうさまです。
 私は昭和40年4月に高等学校の教員になりました。それから38年間が過ぎて、今年(平成15年)3月末で退職をしましたが、教員の研修は、本当に様変わりをしました。
 私にとっては、初任者研修も10年経験者研修も何もありませんでした。後になって聞いてみると、同じ学校に勤めていた誰かは、新任教員研修に参加したようですが、それも1日か2日間程度であったようです。同じ学校に同時に5人も新任教員がいたのですから、全員を研修に行かせるというのは無理な話だったようです。
 私の新任教員の時代は、教員になったとたんに、1週間に20時間以上の授業を担当して、補習や部活動にも汗を流していました。今では思いも寄らないと思いますが、毎晩、学校に誰かが泊まるという宿直の用務もあって、年若い教員がベテラン教員から頼まれれば、その人の分まで代わって宿直をしていました。そのような時代でした。
 初任者研修、5年経験者研修、10年経験者研修、15年経験者研修というようなのは、私の時代は夢のまた夢でした。学校を離れることがあったのは、日曜日に行われる部活動の試合ぐらいであったかもしれません。だから、このような研修を受けることのできる世代が羨ましくてしかたがありません。
 さて、お話のタイトルは「これからの国語科教育」という、たいそうなものなのですが、私は、これからの高等学校の国語教育に携わる立場にありません。いわば、「これまでの国語科教育」に関わってきた人間に過ぎません。
 今からの時間は、そのような立場でお話をすることになります。そこで、今日までの研修で既に話題になっているとか、内容が重なるとかいうことを気にせず、私という個人がこれまで考えてきた、いわば独断や偏見に満ちた国語科教育についての考えをお話しします。その中で、たとえ一つでも、何かの参考になれば、何かを考える糸口になれば、というかすかな思いでお話しますが、何か取り柄のある話になるかどうかはわかりません。
 
 「これからの国語科教育」などという堅苦しい題目をいただきましたから、それも書いておきますが、私が言いたいことは、「言葉の流れをサラサラにする」ということです。それが、いわば今日の話のテーマであるとお考えください。
 血がドロドロになると血管が詰まって、いろいろな病気の原因になります。野菜などをたくさん食べると血がサラサラになります。そのような食生活の勧めを聞くことがあります。年をとると、健康についての話題には敏感になります。
 ところで、言葉もまったく同じだと、私は思っています。言葉は、人と人とをつないで、コミュニケーションを滑らかにする役割を果たしていますが、そのような大切な役目を担っている言葉の流れをサラサラにしようではないか、というのが、今日の私の話です。
 ただし、話の結論が簡単であるから、それを実行することも簡単・容易であるかというと、そうでもありません。そこのところこそ、皆さんに考えていただきたいことなのです。

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2006年11月 2日 (木)

教員志望者に必要な読解力・表現力(18)

【第6回】伝えて相手の心を動かす力を磨く[その4]

温かい心を失うまい
 最後に申したいことは、教育はやりがいのある仕事だということです。教員の仕事は楽しいことばかりではありません。思いどおりの指導ができなくて悩むこともあるでしょう。けれども、あきらめたり、途中で放り出したりしてはいけません。教育には根気強さが必要です。
 そして、教員の指導に児童・生徒はきっと応えてくれるということを信じることです。教育は、温かい心の交流で支えられています。厳しい指導が必要なことは言うまでもありませんが、児童・生徒への愛情がすべてを支えているのです。
 教育の場で体罰はあってはならないことです。指導が行き過ぎて体罰になったとか、児童・生徒のことを考えた「愛の鞭」であったとか言って弁解することがあるようですが、私はそんな言い訳を信じません。体罰をした教員の心の中には、児童・生徒への憎しみのようなものが皆無であったとは言えないと思います。体罰は、児童・生徒や保護者との信頼関係を瞬時に壊してしまいます。指導する立場にある人が、指導を放棄しているのです。自分の指導力のなさをさらけ出したことになります。体罰をする人には、教員としての資格がまったく欠如していると思います。
 学校教育を取り巻く事件・事故がいろいろと報道されています。それらの中には、教員が自分を戒めれば防げたものもたくさんあります。体罰、セクハラ、差別、不用意な発言、生徒情報の流出などなどです。刑事事件を引き起こすことなどは論外です。教員としての資質について思いをめぐらせるとともに、児童・生徒と温かい心の交流をすることに努めようではありませんか。

教員志望者の努力に期待する
 私は、しばらく指導主事を務めた時期を除けば、公立の高等学校(と、短期間の聾学校・盲学校)で教員を続けてきました。そして、さまざまな考え方や能力を持った教員に出会って、教えられたり教えたり、互いを磨き合ってきたように思います。何度も転任はありましたが、それぞれの職場で楽しい経験をさせていただいたことに感謝し、教員を生涯の仕事にできたことを喜んでいます。教員を志望する方々が、採用試験という関門を乗り越えて、教育の世界に携わっていかれることを応援したいと思います。
 とは言え、教員採用試験は、競争率が高いことが望ましく、さまざまな方法で厳しく試験をすべきであると述べてきました。ほんとうに指導力をそなえた人にこそ、教員になってほしいと思うからです。いくら厳しい試験であっても、誰かが合格するのです。この文章を読んでくださっている方々も、その合格者の一人になってほしいと願っておりますが、そのためには、指導力をそなえた一人前の教員を目指して、自分を磨いていくしかないと思います。各都道府県や政令指定都市が実施する試験にはそれぞれの傾向があり、そのための対策が考えられるであろうということは理解しますが、傾向や対策を考えるだけで合格できるものではありません。志望者の一人一人が、教員にふさわしい実力を身につけていかれることを期待して、この連載を終わろうと思います。

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2006年11月 1日 (水)

教員志望者に必要な読解力・表現力(17)

【第6回】伝えて相手の心を動かす力を磨く[その3]

人生の先輩として体験を伝える
 教育は、すぐに効果が現れるものではありません。理解力と表現力、想像力と構想力、実際の場における指導技術などを縦横に織り込めて、ゆっくりと指導していくことによって、いつかは指導効果が現れてきます。1年後に現れることもあり、3年間の歳月が必要なこともあるでしょう。学校を卒業した後に現れることもあります。教員は、そのことを残念がることはないと思います。ゆっくりと効果が現れてくることを喜ぶべきだと思います。指導とはそのようなものであると心得るべきでしょう。
 とは言え、指導する際に手を抜けば、それはすぐにマイナスの効果として現れてしまいます。指導力が不足していれば、児童・生徒に大きな迷惑をかけることになります。児童・生徒や保護者は、教員の指導力をすぐに見抜いてしまうと思います。批判にも耐えられるだけの指導力を身につけなければなりません。
 また、教員は、人生の先輩として、児童・生徒に接していきましょう。自分が考えたり経験したりしたことを、彼らに伝えていく義務があります。具体性を持って、しっかりと伝えていきたいと思います。
 例えば、「生きる力」ということに関して言えば、「生きる力」とは何かというようなことは基本段階の理解に過ぎません。それぞれの校種や専門教科等で、その「生きる力」について、どのように具体的に指導するのかということが肝要なのです。その指導効果をあげるために、どのような方策をとるべきかというようなことについて、深く洞察していなければなりません。
 教員は、視野を広く持って、優れたコミュニケーション能力を発揮して、児童・生徒を指導していかなければなりません。

教員採用試験で求めている人間像
 さて、教員採用試験に関するリーフレットには、それぞれの都道府県や政令指定都市が求めている教員像が書かれています。例えば、平成18年度公立学校教育採用選考試験実施要項を見てみましょう。
 「自然や社会に直接ふれる体験や活動から、子どもたちが学び、自ら考えることを大切にする先生。 指導法の工夫改善など『新学習システム』の推進やITの活用に積極的に取り組む、チャレンジ精神の旺盛な先生。 教職員としての使命感と高い倫理観を持ち、職場ではもちろんのこと、保護者や地域の人々と豊かな人間関係を築き、共に助け合い、協力し合って、子どもたちの健全育成に努める先生。」という3項目を記しているのは兵庫県です。
 「何より子どもが好きで、子どもと共感でき、子どもに積極的に心を開いていくことができる人。 幅広い識見や主体的・自律的に教育活動に当たる姿勢など、専門的知識・技能に裏打ちされた指導力を備えた人。 保護者や地域の人々と相互連携を深めながら、信頼関係を築き、学校教育を通して家庭や地域に働きかけ、その思いを受け入れていく人。」に教員になってほしいと考えているのは大阪府です。
 「心身ともに健康で、豊かな人間性を育むことのできる先生。 専門的力量を有し、基礎・基本の徹底ができる先生。 実践力があり、多様な経験を持ち社会の変化に対応できる先生。 責任感が強く、熱意を持って個性を生かす教育を推進できる先生。 組織的・計画的に、学力の充実・向上を図ることのできる先生。」という5項目を挙げているのは京都府です。
 読めばわかるように、観点や表現は少しずつ違っています。けれども、求めている人間像は、共通していると思います。教員志望者は、自分の受験しようとしている都道府県・政令指定都市のものを読んでみてください。
 ちょっと厳しい言い方をします。このような、実施要項に書かれている言葉を、抽象的な言葉の羅列であると感じる人は、ひとつひとつの言葉の持つ意味合いが理解できていない人、あるいは、それらのことが実際に身についていない人だと言っても過言ではないと思います。
 指導力とは、具体的に言えば、ここに書かれているようなことを、きちんと児童・生徒に指導し、実際的な教育効果を発揮させることのできる人のことであるのです。

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