« 2007年1月 | トップページ | 2007年3月 »

2007年2月28日 (水)

【ブログを始めて半年が経ちました ⇒掲載記事の一覧】

 ブログをお読みくださってありがとうございます。
 昨年8月に開始して、一日に一つずつの話題を掲載してきました。本数は200に近づきました。
 これまでに連載した内容について、コメントを添えてご案内します。
 お読みくださって、感想・意見・連絡などがありましたら、
       kokugo.kyoiku@gmail.com
  宛に、よろしくお願いします。
 「ゆったり ほっこり 方言詩」については、読者の方々からの投稿もお待ちしています。

◆国語教育を素朴に語る (01)~(34)~継続予定
    [2006年8月29日から、2006年10月1日まで掲載しました。]
 雑誌『月刊国語教育』(東京法令出版)に毎月連載している、中学校・高等学校の国語科教員向けの文章です。現在のところ、2007年(平成19年)4月号までの執筆を終えました。それが連載40回目にあたります。このブログのタイトルは、その題名をそのまま使っています。もう少したまったら続きを掲載します。

◆相手を思いやる姿勢と、自分を表現する力 (1)~(3)
    [2006年10月2日から、2006年10月4日まで掲載しました。]
 雑誌『兵庫教育』(兵庫県教育委員会)に掲載した、教員向けの文章です。

◆学力づくりのための基本的な視点 (1)~(7)
    [2006年10月5日から、2006年10月11日まで掲載しました。]
 雑誌『月刊ホームルーム』(学事出版)に掲載した、学級(ホームルーム)を担当している教員向けの文章です。

◆兵庫県の方言 (1)~(4)
   [2006年10月12日から、2006年10月15日まで掲載しました。]
 ラジオ関西で放送したものの原稿です。時間は30分間で、対象は高齢者(と一般聴取者)です。

◆教員志望者に必要な読解力・表現力 (01)~(18)
    [2006年10月16日から、2006年11月2日まで掲載しました。]
 雑誌『教職課程』(協同出版)に掲載した、教員志望者(学生など)向けの文章です。

◆これからの国語科教育 (1)~(6)
    [2006年11月3日から、2006年11月8日まで掲載しました。]
 高等学校国語科教員向けの講座(兵庫県教育委員会)で話した内容をまとめました。

◆高校生に語りかけたこと (01)~(29)
    [2006年11月9日から、2006年12月7日まで掲載しました。]
 自家版『ことば旅3』からの転載です。いろんな機会に高校生に向かって話したことを集めたものです。

◆高校生に向かって書いたこと (01)~(15)
    [2006年12月8日から、2006年12月22日まで掲載しました。]
 自家版『ことば旅3』からの転載です。いろんな機会に高校生に向かって書いたことを集めたものです。

◆六甲の山並み[言葉つれづれ] (01)~(04)~継続予定
   [2006年12月23日から、2006年12月26日まで掲載しました。]
 書き下ろしです。折に触れて言葉に関して考えたことです。この連載は、時々、再開する予定です。

◆神戸圏の文学散歩 (01)~(05)~継続予定
   [2006年12月27日から、2006年12月31日まで掲載しました。]
 雑誌『月刊国語教育』(東京法令出版)に、年2回のペースで連載しているものです。カラーグラビアに文章を添えて4ページ構成です。1回につき30枚以上の写真を載せますから、取材・撮影にも時間がかかります。①明石、②須磨、③有馬、④高砂、⑤尼崎、⑥生田・布引が掲載済みで、次は⑦芦屋を取材中です。

◆おもしろ日本語・ふしぎ日本語 (001)~(004)~継続予定
    [2007年1月1日から、2007年1月4日まで掲載しました。]
 書き下ろしです。新聞・雑誌などの文章の事例に基づいて、感じたことを書き綴ります。この連載は、時々、再開する予定です。

◆言葉カメラ (01)~(27)
    [2007年1月5日から、2007年1月31日まで掲載しました。]
 書き下ろし(撮りおろし)です。言葉に関する写真にコメントを添えています。

◆ゆったり ほっこり 方言詩 (01)~(20)~継続予定
    [2007年2月1日から、2007年2月20日まで掲載しました。]
 方言で書かれた詩や、方言にまつわる詩です。学生たちが書いた作品を紹介しています。

◆言葉カメラ (28)~(35)~継続予定
    [2007年2月21日から、2007年2月28日まで掲載しました。]
 掲載を継続しています。1冊の本にまとめられたら嬉しいと思っています。まだまだ材料はいっぱいあります。

≪著作の紹介(その1)≫
 『ひょうごの方言-暮らしに息づくふるさとの言葉』
  2004年(平成16年)9月30日
  神戸新聞総合出版センター・発行
  B6判 231ページ
    ISBN:9784343002921

Photo_55 ……………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………

| | コメント (0) | トラックバック (0)

言葉カメラ(35) 【後押車】

最後尾の「後押し」

 後押しとは、荷車などを後から押すことであって、転じて、支援や助力をするという意味でも使います。
 何年も前のことですが、大阪城へ梅を見に行ったときに、市民マラソンのような大会が開催されているのに出会いました。ランナーたちが通り過ぎたあとの、最後尾をあらわすパトカーに「後押車」と書いてありました。参加者たちを支援しているという気持ちは理解できますが、遅い人たちを急きたてて、前に押しやる働きをしているような印象も持ちました。

【写真は、2001年(平成13年)2月25日に、大阪市中央区内で撮影。】

≪画像をクリックしてください。大きくて鮮明な画像になります。≫

【「言葉カメラ」は今回で、いったん終わります。続きはいずれ、そのうちに再開します。】

Photo_54

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年2月27日 (火)

言葉カメラ(34) 【◯◯宅前】

家族専用のバス停?

 バス停は地名をつけて呼ぶことが多いと思いますが、著名な建物や会社の名前を使って「◯◯前」と言うこともあります。けれども、「◯◯団地前」というのはあっても、個人の住居の名前を使うことはありません。
 北海道で見かけた「大西宅前」にはびっくりしました。地名がないわけではなくても、広い地域が同じ地名であれば区別がつかず、番地を書くわけにもいかなかったのかもしれません。
 バスは、ほどよい距離ごとに停留場を設けますが、人家がぽつりぽつりとあるような雄大な場所では、住民の苗字をつけるという方法を採用したのでしょう。他にも「◯◯宅前」というバス停があったように記憶しています。

【写真は、2001年(平成13年)6月17日に、北海道美瑛町付近で撮影。】

≪画像をクリックしてください。大きくて鮮明な画像になります。≫

Photo_53

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年2月26日 (月)

言葉カメラ(33) 【指詰め】

指を詰める

 「指を詰める」というのは、ドアなどで指をはさむという意味です。けれども、詫びや誓いのあかしとして自分の指の先を切るという意味もあります。
 かつて関西の鉄道会社はたいてい、電車のドアに「ゆびづめ注意」というステッカーを貼っていました。「ゆびづめ」という言葉が暴力団の言葉を連想させるという批判があって、この言葉は急速に姿を消していきました。見かけなくなって久しいものです。
 けれども、残っているのがありました。1枚目の写真は、倉敷市の遊園地で子供向けに書いてありました。2枚目の写真は、ビルのドアに貼ってありました。

【1枚目の写真は、1999年(平成11年)10月7日に、岡山県倉敷市内で撮影。2枚目の写真は、2002年(平成14年)9月22日に、神戸市兵庫区内で撮影。】

≪画像をクリックしてください。大きくて鮮明な画像になります。≫

Photo_51 Photo_52

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年2月25日 (日)

言葉カメラ(32) 【プール】

水のないプール

 営業用駐車場のことを「ガレージ」などと呼ぶことがありますが、それを「モータープール」と言うのは関西と四国の一部に限られています。
 その「モータープール」を短く「プール」と言う例は珍しいと思います。プールであっても水はどこにもありません。もっとも、下の方には「駐車場」という文字がありますから、水泳のプールという誤解は生じません。

【写真は、1999年(平成11年)9月9日に、兵庫県洲本市内で撮影。】

≪画像をクリックしてください。大きくて鮮明な画像になります。≫

Photo_50

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年2月24日 (土)

言葉カメラ(31) 【ヒチ屋、ヒチリン】

ヒチ屋は大阪だけではない

 質屋が「ヒチヤ」という発音になることが大阪の特徴のように思われていますが、大阪だけとは限りません。1枚目の写真は尼崎市で、2枚目は京都市で見つけました。
 そして、同じようなこととして、3枚目の写真は、七輪が「ヒチリン」となっている例です。西宮市で見つけました。

【1枚目の写真は、2003年(平成15年)6月3日に、兵庫県尼崎市内で撮影。2枚目の写真は、2002年(平成14年)3月31日に、京都市伏見区内で撮影。3枚目の写真は、2000年(平成12年)1月8日に、兵庫県西宮市内で撮影。】

≪画像をクリックしてください。大きくて鮮明な画像になります。≫

Photo_41 _ Photo_48

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年2月23日 (金)

言葉カメラ(30) 【鶴亀・松竹梅】

おめでたい饂飩

 鶴と亀にことよせて「つるつる、かめかめ」と言い、松・竹・梅にことよせて「(まつたけ)うめえ」と言う看板が、人を引きつけます。
 食べ物がうめえ・うめえ(旨い・美味い)、言葉がうめえ(巧い)と感心しました。

【写真は、2001年(平成13年)9月24日に、京都府亀岡市内で撮影。】

≪画像をクリックしてください。大きくて鮮明な画像になります。≫

Photo_43

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年2月22日 (木)

言葉カメラ(29) 【「駅前」】

駅がなくても「駅前」

 駅前は、その町の顔のような場所です。「駅前通り」「駅前商店街」などという名前にはなんとなく誇らしさが感じられます。洲本市(淡路島)で見かけた「駅前マンション」もやはり同じでしょう。1枚目の写真がそれです。けれども、「駅前」にあるマンションから、「駅」に向かおうとしても目的地を探すことはできません。
 今はバス専業となっている淡路交通は、1914年(大正3年)4月に創立された淡路鉄道が前身です。鉄道営業は1922年(大正11年)11月に洲本を起点に始まり、1925年(大正14年)6月に福良(現在の南あわじ市)までの全線が開通しました。戦後は電化をして、全国でも珍しい島の電車として活躍してきましたが、1966年(昭和41年)9月に廃止されました。
 実は、このマンションのすぐ近くに洲本バスターミナルがあって、そこが電車の洲本駅の跡なのです。まぎれもなく駅前でした。それにしても、駅がなくなっても「駅前」という言葉は30年も40年も生き続けているのです。
 そして、その後で「駅前コーポ」というのも見つけました。2枚目の写真がそれです。「楓」という言葉が冠されていますが、やはり洲本市内のものです。私は2年間、洲本市内の学校に勤務したことがあります。洲本では、このマンションやコーポだけでなく、「駅前」という言葉が時々使われているのを耳にしました。

【1枚目の写真は、1999年(平成11年)8月2日に、兵庫県洲本市内で撮影。2枚目の写真は、1999年(平成11年)8月20日に、兵庫県洲本市内で撮影。】

≪画像をクリックしてください。大きくて鮮明な画像になります。≫

Photo_46 Photo_47

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年2月21日 (水)

言葉カメラ(28) 【「かにカニ」】

蟹というよりも「かにカニ」

 短い言葉を同じ発音で繰り返すことがあります。関西特有の現象ではありませんが、とりわけ関西では好むようです。缶は「カンカン」です。「不燃物収集の日に、カンカンと瓶を分けて出す。」というように言います。潮干狩りで「カイカイ(貝)を掘りに行く。」などとも言います。そして、蟹は「カニカニ」です。
 1枚目の写真は、蟹のシーズンに京阪神から但馬に向けて走っていた臨時特急の「かにカニはまかぜ」号です。定期特急の「はまかぜ」に「かにカニ」を冠しています。
 今年は、この特急の運転はありませんが、JR西日本のパンフレットには「かにカニ」が健在です。ひらがな(かに)+カタカナ(カニ)という順序もそのまま踏襲しています。
 ついでながら、私(明石市生まれ)の場合、蟹を表す幼児語は「ガンガン」でした。

【1枚目の写真は、2003年(平成15年)12月2日に、兵庫県朝来郡和田山町(現在の朝来市)内のJR和田山駅で撮影。2枚目の写真は、2007年(平成19年)2月14日に撮影。】

≪画像をクリックしてください。大きくて鮮明な画像になります。≫

Kanikani Photo_40

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年2月20日 (火)

ゆったり ほっこり 方言詩(20) 【もじける】

じてこ            竹内 渚

「じてこもじけたわ。なっとうしょうに」
って言ったら、
「しゃもじ? 納豆?」
って言われた。
伝わらんねなぁ…
なっとうしょう…
とりあえず
じてこはついて帰ることにした
           [方言取材地……和歌山県田辺市]

[たちばな氏の立ち話]
 作者の注によれば、「じてこ」は自転車、「もじける」は壊れる、「なっとうしょう」はどうしよう、「に」は[~かなぁ]という意味、「つく」は押すです。
 『日本方言大辞典』(小学館、1989年刊)を見ると、「もじる」という言葉があって、地域によってさまざまな意味で使われており、25種の意味に分類されています。その中に〝壊れる。破れる〟の意味があって、和歌山県と書かれています。発音が変化した「もじける」が和歌山県那賀郡で使われていることがわかります。那賀郡は町村合併で消滅しましたが現在の海南市あたりより北に広がっていた地域でした。「もじける」は那賀郡地域だけでなく、田辺市を含めて広く使われているのかもしれません。

【「ゆったり ほっこり 方言詩」は、今回でいったん一区切りとし、3月に再開することにします。】

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年2月19日 (月)

ゆったり ほっこり 方言詩(19) 【ほる、ほかす】

方言            [匿名希望]

「それホッといて」
ゴミを持つ手が止まる
ホッとく?
放置?
「置いといていいの?」
「違う! 捨てといて」
同じ地域だから同じ方言だと思ってた

「ホカス」ならわかったのに
場所、年代、性別
些細なことが方言に結びつく
方言って面白い
           [方言取材地……兵庫県神戸市]

[たちばな氏の立ち話]
 今でこそ違和感を持ちませんが、私も、この詩の作者と同じ感覚でした。私が使う言葉は「ゴミをほかす」または「ゴミをすてる」です。「すてる」が「してる」となることもあります。
 「ゴミをほる」という言葉を始めて聞いたとき、ゴミを放置したり、放り投げたりするような意味だとは思いませんでしたが、「ほる」というのはちょっと荒っぽい表現のように感じました。昔、ゴミを焼却炉で燃やしていた時代がありましたが、「ゴミを焼却炉にほってきて!」というのを聞いて、とっさに焼却炉に投げ込む動作を連想しました。実際には、焼却炉の傍の集積場に捨てる(持ち込む)ことでした。
 捨てることを意味する「ほかす」は東北から九州北部まで広く使っています。それを「ほる」と言うのは大阪、兵庫、徳島、香川のあたりに限られるようです。

【写真は、2000年(平成12年)1月18日に、兵庫県立淡路盲学校(兵庫県洲本市)で撮影。】
 たまたま教室で見かけた掲示物に「ほる」という言葉を見つけて写真に撮りました。私は、兵庫県内のあちらこちらの学校に勤めましたが、西播磨や淡路の学校で、この言葉をよく耳にしました。
 なお、盲学校は全盲の人だけでなく弱視の人も学んでいます。今年4月から盲・聾・養護学校は、特別支援学校に改編されます。

≪画像をクリックしてください。大きくて鮮明な画像になります。≫

Photo_44

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年2月18日 (日)

ゆったり ほっこり 方言詩(18) 【うち】

うち            藤田奈美

うちはめっちゃ田舎やで
田舎っちゅうか 山のてっぺんにある
いっちゃん近いスーパーまでは車で15分かかるし
電車は1時間半に1本やし
せやけど、ほんまええとこやで
朝も昼も夜も寒いけど
ほんまええとこやで
           [方言取材地……奈良県五條市]

[たちばな氏の立ち話]
 「めっちゃ田舎」で、「せやけど(=そうではあるが)ほんまええとこ」に生まれ育った人の詩です。この詩には大和特有の言葉はあまり使われていませんが、故郷を誇らしく思う心を持って、故郷の言葉を大切に使い続けてほしいと思います。
 作者は「うち」に、私の家という注を付けています。「うち」は自称(私という意味)でも使いますが、私の家という意味や、私の住んでいる地域という意味でも使います。(参照⇒ブログの1月24日の記事) 作者は「うち」の地域への愛着を強く持っている人です。
 作者は、「いっちゃん」に注を付けていませんが、一番という言葉を、関西では「いっちゃん」と発音することがあります。太陽にいっちゃん近い、山のてっぺんに住むというのは、周りの人から見たら、いっちゃん羨ましいことだと思います。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年2月17日 (土)

ゆったり ほっこり 方言詩(17) 【こけよった】

転びそうに、なった     [匿名希望]

「いま、そこでな
 こけよってん!」
「え? こけたん?」
「ちゃう! こけよった!」
「同じやろ?」
「ちゃうねん。こけそうになってん」
「知らんわ、そんなん。同じ関西弁でも
 微妙に違うんやな!」
           [方言取材地……兵庫県三田市・篠山市]

[たちばな氏の立ち話]
 関西では、継続(…しつつある、という意味)を表す言葉として「よる」や「とる」があります。
 「雨が降りよる」というのは、雨が降り続いているという意味ですが、それ以外に、降らなくてもいいのに降っているというような、苦々しい気持ちを表す場合もあります。
 「雨が降っとる」というのは、雨が降り続いているという意味の他に、今は止んでいるけれども(何時間前とか何分前とかには)降っていたという意味を表すことがあります。
 詩の中の「こけよった」の微妙な状況を理解できる人が少なくなってきたのは、ちょっと残念です。継続の意味、すなわち〝倒れつつあった〟という意味での誤解はないのですが、倒れてしまった場合も「こけよった」と言うし、倒れつつあった状態を持ち直した(=倒れなかった)場合も「こけよった」と言います。
 「財布を忘れよったけど、玄関で靴を履くときに気がついた。」というのは、〝忘れそうになった〟けれども、かろうじて忘れなかったという意味です。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年2月16日 (金)

ゆったり ほっこり 方言詩(16) 【めげる】

かさ            [匿名希望]

お気に入りのかさが
めげてしまった。
仕方なく新しいかさを
こうた。
ピンク色の花柄
これなら憂鬱な
雨の日も少しは気分が晴れるかな?
今度はめげんように
大事に使お。
           [方言取材地……兵庫県加古郡稲美町]

[たちばな氏の立ち話]
 誰にでも通じるだろうと思っていた言葉が、そうでないと知ってびっくりすることがあります。その一例が「めぐ」(他動詞)、「めげる」(自動詞)です。使っているのは大阪、兵庫、中国、四国あたりです。〝壊す〟〝壊れる〟という意味で、播磨の人はしょっちゅう使っていますが、名古屋や東京の人には通じません。
 「寒さにめげずに頑張る」とか、「失敗にめげずに再起を果たす」という表現は全国に通用しますが、「窓のガラスがめげる」や、「細かくめんで、袋に詰める」は、わからないという人が多いでしょう。
 この詩の「めげてしまった」は、不可抗力によるのか、老朽化したためか、ともかく自分が壊したのではなく、傘の方で(自然と)壊れてしまったという感じが表れています。だから「仕方なく…こうた(買った)」です。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年2月15日 (木)

ゆったり ほっこり 方言詩(15) 【てや、はる】

私の祖父         [匿名希望]

祖父と「方言」について話した。
今でこそ「ばってん」や「じゃけん」など
各地域、各地方の「方言」がわかるけど、
かつて、「方言」というものがあまり
盛んでないころ、
祖父が大阪へ行った時、
こんな出来事があったそう…
祖父が相手の人に何かを尋ねたが、
相手が方言で話をするので、
祖父は、
「おまえ、なにゆーとんじゃー」と言うと、
相手の人も逆に
「あんた、なにゆーてはるん」と言われたそうだ。
お互い同じ意味のことを言っているのに、
ただ「方言」を使って話すと通じなくなっていたようだ。
しかし、それでも祖父は
バリバリの「播州弁」。
           [方言取材地……兵庫県姫路市]

[たちばな氏の立ち話]
 大阪も姫路も関西ですが、大阪や阪神間(兵庫県内の尼崎・西宮・芦屋など)の言葉と、神戸や播磨の言葉とは微妙に違っています。詩の中に書かれている「(言うて)はる」という敬語は、もとは神戸の東灘区あたりまでで使われていて、神戸の中心部から東播磨・西播磨にかけては「(言う)てや」が使われていました。今では「はる」の勢力が広がっていますが、バリバリの播州弁の人は、今でも「てや」を使っていることでしょう。
 放送(特に、かつてのラジオ)が共通語の普及に果たした役割は大きく、今では居住地域の違いがコミュニケーションを阻害することはほとんどなくなりました。けれども、それによって播州弁が関西方言(大阪方言)と変わらなくなってしまったり、関西方言を忘れて全国共通語を使う人が多くなったりするのは寂しいことです。
 関西でも、「…しちゃう」という人が増えました。関西方言では「…してまう」です。「ちゃう」などという言葉は、関西方言とは「ちゃう(違う)んや」と怒鳴りたくなるのは私だけでしょうか。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年2月14日 (水)

ゆったり ほっこり 方言詩(14) 【わったー自慢】

わったー自慢のおばぁ    岸本若菜

おばぁのパワーはすごい
かめーかめー命薬(ぬちぐすい)やさ、かめー
かめーかめ攻撃でまずは攻めてくる
そして、むっちいけー攻撃で2回戦
しむん…
おばぁは わったが持って帰るまで負けない
おばぁはお家を訪ねた人みんなに同じだ
自分のことよりも、まぁが、わらび、
みんなの為を考えてる
あたたかいおばぁの笑顔は
みんなをやさしく包んでくれる
おばぁーにふぇーでーびる
           [方言取材地……沖縄県名護市]

[たちばな氏の立ち話]
 「わった(=私たち)」にとって自慢のおばあさんは、すごいパワーの持ち主です。みんなのことを考えて、自信あふれる言葉で、ひとりひとりに迫ってくるのですね。
 作者の注によって詩を味わっていくことにします。食べ物は命の源ですから「かめー(=食べなさい)」と強く勧めます。心のこもった品々は、「しむん(=いいよ。いらない)」と言っても、相手が受け取るまでは「むっちいけー(=持って行きなさい)」と言い続けて引き下がりません。
 これはすべて、「まぁが(=孫)」や「わらび(=子ども)」やみんなのことを考えてているからなのだと、作者にもわかっているのです。詩の最後の一行はどういう意味なのか、確かめることを忘れました。
 『日本方言大辞典』(小学館、1989年刊)には、「命薬(ぬちぐすい)」を〝長寿の薬。また、転じて非常においしいもの〟と説明しています。おいしいものこそ命を長らえる妙薬なのですね。さすがに長寿県だと思います。

【写真は、1999年(平成11年)6月12日に、兵庫県立播磨南高等学校(兵庫県加古郡播磨町)で撮影。】
 ちょっと昔のことですが、高等学校の文化祭で方言について展示をしていました。勤めたことのある学校の文化祭を覗いたときに見つけました。詩の中に使われている「かめー」という言葉が、最初に書かれていました。沖縄の言葉に精通していらっしゃる方から見れば、気になる部分があるかもしれませんが、生徒たちは沖縄の雰囲気を伝えようと努力しているように見えました。

≪画像をクリックしてください。大きくて鮮明な画像になります。≫

19990612

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年2月13日 (火)

ゆったり ほっこり 方言詩(13) 【せこい】

せこい            多田千鶴

おじいちゃん
おばあちゃんのお墓まいり
ふと思い出した

「せこい」
と言い、はしゃぎ遊びまわっていた幼いころを
妹と比較され
「せこい」
と言い、いじけていた昔を

おじいちゃん おばあちゃん
もう何年になるだろう
「せこい」
と言って皆を心配させてしまったのは…

今ではもう
会うことも話すこともできないが
あの時 皆で笑ったことは
この先ずっと忘れないよ
           [方言取材地……徳島県名西郡石井町]

[たちばな氏の立ち話]
 「せこい」は、共通語では〝けちくさい。みみっちい〟という意味で、関西では〝ずるい〟という意味も加わっています。徳島に思い出がある作者は、〝疲れた。しんどい〟という注を付けています。関西に住む者から見れば、〝ずるい〟という意味のように誤解しそうになりますが、そうではないのです。
 『日本方言大辞典』(小学館、1989年刊)を見ると、「せこい」は、①仕事などが難儀だ、苦しい、つらいという意味で使う地域として岡山・徳島・香川・愛媛・高知、②息苦しいという意味で使う地域として兵庫県淡路島・徳島、③生活が苦しいという意味で使う地域として香川、④努力が徒労に終わってばからしいという意味で使う地域として徳島、⑤許しがたいという意味で使う地域として徳島、⑥忙しいという意味で使う地域として香川が挙げられています。意味に変化はありますが、これらの方言的意味は四国(とその周辺の一部)に特有のようです。
 もはや会うことができない祖父や祖母ですが、作者の胸の中では一つの方言の言葉とともに生き続けているのです。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年2月12日 (月)

ゆったり ほっこり 方言詩(12) 【このままでいい】

このままでいい        浜 静佳

「やい、おめさん、えらいごぶさただったじゃあ。」
「ほだって、ここまで帰るのがまあずえらいもんで
 しょうがないだよ。」
「ほーゆうかえ。ひりゃごしたかったら。
 まぁゆっくりしていくじゃあね。」

こんな田舎くさくてごつごつした言葉たちだけど
あったかくって私は大好き。
一生直したいだなんて思わない。
           [方言取材地……長野県岡谷市]

[たちばな氏の立ち話]
 ごつごつしているかもしれませんが、このような言葉を共通語に置き換える必要は感じません。直さないで、大切に使っていってほしいと思います。「言葉たち」という言い方も気に入りました。一つ一つの言葉が生き物なのですから。
 ただし、作者は念のために注を付けています。一番目のカギカッコ内が「ちょっと、あなた、ずいぶん久しぶりだったじゃない。」、二番目が「そんなこと言っても、ここまで帰ってくるのがほんとに大変だからしょうがないんだよ。」、三番目が「そうなんだね。それは疲れたでしょう。まあゆっくりしていきなさいね。」となっています。
 ところで、作者は、今年創立100周年を迎える長野県諏訪二葉高等学校の出身です。中等国語教育の実践・研究者として知られる故・大村はまさんは、大学卒業後の1928年(昭和3年)長野県諏訪高等女学校へ赴任して教員生活を始めておられますが、諏訪二葉は諏訪高女の後身です。この作者も教育県・信州で教壇に立ってほしいと思います。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年2月11日 (日)

ゆったり ほっこり 方言詩(11) 【しんちゃい、しーや】

急かし方         [匿名=おやじ]

広島では相手を急かすとき
「早よ しんちゃい」って言う。
じゃけどこれは機嫌がいいとき。
機嫌が悪いと
「早よ しーや」
「早よ せーや」
すっごい勢いでまくしたてられる。
しまいには
「何しよんねー」とどなられてしまう。
うちの家族はとくに短気じゃけ
急かし方がちょっちガラが悪い。
           [方言取材地……広島市佐伯区]

[たちばな氏の立ち話]
 言葉は心の中を表すものです。ガラがいいとか悪いとかではなくて、その時の機嫌によって言い方は変わっていきます。「しんちゃい」と言われても動かないでいると、「しーや」という言葉が発せられ、「せーや」という言葉に変化していくのです。相手の言葉の変化を感じ取って、そろそろ本気で急がないと爆弾が落ちそうだという気持ちになったりします。
 悪態をつくときなどは、共通語ではなく、方言が似合っています。あっと思った瞬間に、どなりつけるような方言が口に出てしまうのは自然なことだと思います。売り言葉と買い言葉から発展する口喧嘩は、方言でまくしたてる方に勝ち目がありますね。
 私なんぞは、もたもたしている人を見ると、「何しよるんや。早よ せんかい」という言葉が口をついて出てしまうことがありますし、もう一歩進めば、「何さらしとるんや。早よ しやがれ!」と言ってしまったりします。しまった、言い過ぎたと思っても、後の祭りです。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年2月10日 (土)

ゆったり ほっこり 方言詩(10) 【こーへん】

親子の会話        竹中亜華梨

「荒ゴミ 出しといて」
「今は あかんわぁ」
「ゴミの車が こーへんうちに 行ってね」
「わかった!」
  ……しんどいなぁ

普段の会話って
全部 方言やったんやぁ。
           [方言取材地……神戸市北区]

[たちばな氏の立ち話]
 ほんまに、そうなんや。普段は方言を使うとるけど、方言やと意識しとらへんだけや。家族との会話のときに共通語なんかで喋ったら、かえっておかしいよなぁ。
 「ダメです」なんて言うよりも、「あかん」の響きの方が柔らかく伝わります。打ち消し表現は、改まったときは「来ない」を使うでしょうが、親しい者同士では「こーへん」です。「こーへん」だけでなく、地域により、人によって、「こへん」「きーへん」「きやへん」「けーへん」などのバラエティがあります。
 笑い話をひとつ言います。小さな火災があったとします。
 「もう、けーたか?」……「まだ、けーへん。」
 「消防車は来たか?」……「まだ、けーへん。」
 前の「けーへん」は、「消える」の打ち消しです。後ろの「けーへん」は「来る」の打ち消しです。アクセントはどちらも同じです。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年2月 9日 (金)

ゆったり ほっこり 方言詩(09) 【ぴりぴり】

雨降り          前中麻葉

雨がぴりぴり降ってきた。
天気予報は晴れやったのに…
洗濯物ほしっぱなしやわ。
雨はまだぴりぴり降っている。
お母さんまだきづかんな…
雨がぴりぴり降り続く。
そろそろ私がいれとこう。
           [方言取材地……兵庫県三田市]

[たちばな氏の立ち話]
 「ぴりぴり」に、詩の作者は「ぽつぽつ」という注をつけています。もう少し説明を加えるなら、「ぴりぴり」は雨粒がまだ少ない状態です。そして、その雨粒が大粒ではなく、かすかに雨だとわかる程度のときに「ぴりぴり」を使います。
 隣の庭先から「ぴりぴりしてきましたよー」という声がかかれば、雨を感じたから、お宅でも急いで洗濯物を取り入れなさいよという呼びかけです。友だちと並んで歩いているときに、どちらかが先に雨を察知することがあります。「おっ、ぴりぴりしてきた。」とつぶやいても、隣の人はまだ雨を感じていないことがあります。そんな微妙な段階からが「ぴりぴり」という言葉の守備範囲なのです。
 「ぴりぴり」は丹波地域を中心にして使われているというのが通説ですが、実は、明石に住んでいる私は、幼い頃から今に至るまで「ぴりぴり」を使っています。「ぴりぴり」を明石でも使うのか、と不思議がられることがあります。
 ここから先は、私の勝手な想像です。お酒の本場は神戸の灘ですが、明石にも酒蔵がたくさんあって、灘に対して西灘と称しています。冬になると杜氏の人たちが来て、酒作りに従事していました。地域では「蔵人(くらびと)」と呼んでいましたが、蔵人は丹波の人たちでした。最近になって、もしかしたら、「ぴりぴり」は蔵人によって伝えられた言葉かもしれないと思うようになりました。ただし、「ぴりぴり」以外に同様の例があるのかどうかはわかりません。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年2月 8日 (木)

ゆったり ほっこり 方言詩(08) 【だら、だで】

「D」ではじまる方言   大野実希

笑顔だら。
元気だで。
かわいいら。

「D」から始まるスマイル遠州。
           [方言取材地……静岡県浜松市]

[たちばな氏の立ち話]
 あるホームページを見ていたら、「浜松(遠州地方)独特の、言葉の語尾に付ける『~だら、~ら』『~だに、~に』は今の子供たちも自然に使っており、長く受け継がれてゆくものだと思います。」と書かれていました。別のホームページには「遠州の代表的な方言は『だら』『だに』『だよ』である。」とありました。遠江・浜松に住む人たちが愛着を持って、いつまでも使い続けたいと思っている言葉なのですね。詩の冒頭の「笑顔だら。」は短い言葉なので、文脈がちょっと不明です。疑問? 推量? 念押し?
 「D」で始まる音というのは濁音です。日本語では語のはじめに濁音を使うことを避けてきましたが、「だら」などは付属語ですから語尾に使われます。語尾がリズミカルに響いているのでしょう。
 ところで、グーグルで「浜松 方言」を検索してみると、なんと13万4000件もありました。私の住まいの「明石 方言」は11万2000件でした。方言を話題にしたページがたくさんあることに驚きました。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年2月 7日 (水)

ゆったり ほっこり 方言詩(07) 【お腹おきる】

おきた          森元悠加

「お腹すいたなぁ」
「うちも、腹減ったわ」
と食事中の会話。
そして、食後の会話。
「とてもおいしかったね」
「うん、うち、お腹おきたわ」
…お腹おきた…
とても不思議な会話…。
お腹が起きるということではなく、
これは、おなかいっぱいということ。
           [方言取材地……香川県高松市]

[たちばな氏の立ち話]
 前回に続いて香川県の方言です。お腹がいっぱいになったときの言い方は、全国でいろんな表現があると思います。けれども、「お腹がおきる」というのは珍しい言い方ではないでしょうか。お腹いっぱいを通りすぎたら、私の場合は「ずつない」を使います。このブログの1月22日(言葉カメラ)に紹介しました。
 さて、『日本方言大辞典』(小学館、1989年刊)を見ると、「おなかが とっぶり おきる」という言葉があって、〝食事が十分で、腹がいっぱいになる〟という意味が書いてあります。香川県三豊郡という地名が出ています。香川県はなしことば研究会編・発行『讃岐弁あれこれ』(2003年刊)には「ハラガオキル」も「ズツナイ」も載っています。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年2月 6日 (火)

ゆったり ほっこり 方言詩(06) 【えらい】

えらそうな大統領     市井麻耶

もしもね、大統領みたいな
偉い人がながーい階段登ってたら
香川の人はこう言うんだ。

「えらい、偉そうな人が階段なんか
 登っとるな。えらい えらそうやなぁ。」

どうだ、呪文みたいでしょ?
           [方言取材地……香川県東讃岐地域]

[たちばな氏の立ち話]
 「えらい」という言葉のいろんな意味に注目して、それを端的に表現した例を示している詩です。ほんとに呪文みたいに聞こえます。
 「えらい」が〝偉い〟であるというのは共通語としての用法です。「えらい えらそうや」という部分を、作者は「すごく しんどそうだ」という注をつけています。この部分を方言であると認識することに異論はありませんが、〝骨が折れる、困難だ、苦しい、疲れる〟というような意味は、西日本に広く分布しています。また、副詞のように用いて〝たいそう、ずいぶん〟という意味で使う地域は、西日本だけでなく中部・関東・東北へも広がっています。
 関西では、副詞的な用法の「えらい おもろい(面白い)」という言い方は、短くなると「えら おもろい」になります。それが進むと「えら」を接頭語のように用いるようになります。「あいつは えら気短なやつや。」とか「えらスマートな車に乗っとるなぁ。」などと言います。香川県でも同様かもしれません。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年2月 5日 (月)

ゆったり ほっこり 方言詩(05) 【にゃー】

にゃー           浅井琴子

「ない」って言葉は富士宮には「にゃー」。
富士宮は猫が多いわけではにゃーで。
知らにゃーけど いつの間にかみんな
「にゃー」って鳴いてる。
「そろそろご飯にしにゃー?」
「今日は食わにゃー」
「食うもんにゃーじゃん」
「ない」って言わないで
「にゃー」ってするだけで なんだかかわいいでしょ。
           [方言取材地……静岡県富士宮市]

[たちばな氏の立ち話]
 故郷の使い慣れた言葉には、誰でも愛着を持っています。ちょっとした発音や言い回しの違いが、それぞれの土地を感じさせてくれます。「ないって言葉はにゃー」というのは、ほのぼのするようなフレーズです。
 「富士富士宮地方の方言ページ」というホームページを見つけました。「にゃあ」の見出し語に、「無い」という意味と「金ん にゃぁ」という例が書いてありました。また、「にゃあらぁ」という見出し語に、「無いでしょう?」という意味と「そんな事 にゃあらぁ」という例が書いてありました。
 このホームページでは、「にゃあ」「にゃあらぁ」と「うるしゃぁ(=うるさい)」「おみゃあ(=おまえ)」の4例の発音が聞けるようになっていました。
 聞いてみると、この詩の作者が言うように、「にゃー、にゃー」と鳴いているようなかわいらしさを感じました。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年2月 4日 (日)

ゆったり ほっこり 方言詩(04) 【煙草をすう】

煙草をすう        [匿名=二十世紀梨]

稲刈りをしとるがんや、そしたら
「そろそろ煙草すわか。」
て言って休憩するんだがん。
だけん、他の人からしたら、
「誰か煙草でもすうのかな」
て思うかもしれんけど、
誰も煙草なんてすわんに。
だって、ただの「休憩しよう」て意味だけん、
あんまり深く考えたらいけんへん。
           [方言取材地……鳥取県西伯郡大山町]

[たちばな氏の立ち話]
 仕事をしていて「ちょっと一服しようか」と言って手を休めることがあります。この場合の「一服」は煙草だけでなく、お茶を一服という意味も込められているかもしれません。どちらにしても、一休みということです。
 『日本方言大辞典』(小学館、1989年刊)を見ると、一休みという意味で使うところとして新潟・山口などの地名があり、仕事の途中での午前や午後の間食という意味で使うところとして岩手・宮城・富山・島根などの地名があげられています。後者の意味では、「ポテトチップをたばこに食べる」などという使い方をするのでしょう。挙げられている県名だけでなく、たぶん全国のあちらこちらに、一休みという意味の「たばこ」は残っているでしょう。
 この詩の場合は、「たばこ」だけでなく、「たばこ・すう」という名詞+動詞の慣用句になっています。そうでありながら実際には煙草は吸わないので、他の地域の人が聞いたら奇異に感じるかもしれない、と作者は考えています。
 余談ですが、私(兵庫県明石市在住)は、ずっと昔、「たばこ」という発音だけでなく「たぼこ」という発音をよく耳にしました。煙草盆は「たぼこぼん」でした。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年2月 3日 (土)

ゆったり ほっこり 方言詩(03) 【べっちょない】

べっちょない        [匿名希望]

「べっちょない」の意味なんか
はっきりは答えられへんし
ようわからへん。
でも、そんなことも
べっちょない。
           [方言取材地……神戸市西区]

べっちょない        後藤扶希

「べっちょないょ」
久しぶりに聞いた
私は使わないけど
故郷を表す懐かしいことば
〝べっちょない〟
どんな不可能なことも
可能にしてしまう気がする
〝べっちょない〟
どんなに不安なことでも
大丈夫って安心させてくれる
故郷播州の優しい懐かしいことば
           [方言取材地……兵庫県神崎郡福崎町]

[たちばな氏の立ち話]
 兵庫県に住む人は、「べっちょない」を自分たちに特有の言葉だと意識しています。発音はいろいろ変化した形があるにしても、この言葉は全県に分布しています。「べっちょない」の詩が2編、寄せられました。
 「べっちょない」は、心配ない・大丈夫だ・異常ないという意味です。もともとは、「別状ない」という意味ですから、れっきとした共通語です。けれども、発音がいろいろと変化する中で、「べっちょない」が生まれ、しばしば使ううちに愛着が深まっていったのでしょう。
 例えば、「毎日暑いけど、べっちょないか。」という問いかけは優しい気遣いです。「べっちょないか。」は、変わりはないかという意味の、挨拶言葉でもあります。
 何かで失敗したとき、周囲の人から「べっちょない、べっちょない。」という声をかけてもらうと、勇気百倍という気持ちになりますから、この言葉の力は大きいと思います。

【2枚の写真は、2002年(平成14年)9月10日に撮影。】
 兵庫県多可郡多可町は、2005年(平成17年)11月1日に多可郡中町、加美町、八千代町が合併した町ですが、旧・中町にあるお菓子屋さんが、「べっちょない」というお菓子を作っています。添えられた栞の裏面には、奥播磨の方言が書かれています。

≪画像をクリックしてください。大きくて鮮明な画像になります。≫

Photo_38 Photo_39

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年2月 2日 (金)

ゆったり ほっこり 方言詩(02) 【帰省】

帰  省         内田裕子

よう帰って来たなぁ、お帰り。
元気にしとったん。
久しぶりじゃなぁ。
ご飯はちゃんと食びょうるん。
ちゃんと食べんといけんでぇ。
学校は楽しいん。
そりゃあ良かったわぁ。
いつまでこっちにおるん。
そんだけしかおれんのんじゃぁ。
短いなぁ、もっとおりゃぁええのに。
今日の晩ご飯は何が食べたい。
何でも食べたいもの作っちゃるで。
さあさあ、早う家の中入って
ゆっくりしんちゃい。
そういえば この間なぁ……

あぁ、あったかい。
やっぱり実家はええなぁ、最高じゃぁ。
           [方言取材地……岡山県津山市]

【たちばな氏の立ち話】
 この詩を他の地域に住んでいる人が読んでも、とりたてて難解な言葉はないでしょう。そうであっても、これは、その土地に住んでいる人だからこその言葉です。他の地域の人が真似て言うことはできても、気持ちをぴったりと言い表したことにはなりません。方言は、そこに住む人たちや、その土地とは切り離せません。

【写真は、2002年(平成14年)9月1日に、JR津山駅で撮影。】
 鶴山公園の桜などの魅力がいっぱいの津山には何度か行ったことがあります。「またきんちゃい」と言われたら、再び訪れたくなります。

≪このシリーズの凡例≫
 詩の中の方言が難しい場合には、共通語で注記をすることがあります。
 詩の後の[方言取材地]は、詩を作った人のメモのとおりに書きます。現住所や出身地とは一致しない場合もあります。
 【たちばな氏の立ち話】は、私自身の感想や注記です。
 関連資料として、私自身が撮った写真がある場合は、それを添えることがあります。

≪画像をクリックしてください。大きくて鮮明な画像になります。≫

Photo_37

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年2月 1日 (木)

ゆったり ほっこり 方言詩(01) 【はじめに】

はじめに

 学生たちに方言詩を書いてもらおうと意図したことの経緯を、このブログの昨年10月1日に掲載しました。
 繰り返しになりますが、私が出講している大学の学生に呼びかけた文章の引用から始めます。次のような文章でした。

     ◇     ◇     ◇

 ここにおる人は、近畿はもちろんやけど、九州・四国・中国・中部・関東やその他の地域から、この神戸に集ってきとる。はじめて神戸へ来て、言葉で違和感を覚えた人もおるかもしれへんけど、もう今では、関西弁、神戸言葉になじんで、どっぷり浸かってしもたんとちゃうやろか。
 期末の試験が終わって夏期休暇になったら、故郷に帰って、生まれた頃から使い慣れてきた言葉に再会することになる人も多いやろ。父の言葉、母の言葉、きょうだいの言葉、祖父の言葉、祖母の言葉、あるいは曾祖父母の言葉、叔父叔母の言葉。そいから、久しぶりに顔を合わせる友だちの言葉。ついでに、小学校や中学校や高校時代の先生の、口癖になっとった言葉も浮かんでくるんとちゃうか。
 自宅から通学している人も、久しぶりに昔の友だちに会うて、何年も前に使うた言葉を思い出したりすることもあることやろ。東京などへ出ていった友だちが、えらい都会的な言葉を使うとるのに、びっくりすることもあるやろなぁ。そいでも、故郷へ帰ってきたら、借り物の言葉なんか忘れてもて、あっという間に、あのときの言葉にタイムスリップや……。
 日本語のブームとか言われとる。ブームというものは一過性のものかもしれへんから、あんまり好きやないねんけど、方言も注目されとるのは嬉しいことや。
 方言と言うたら、ひとつひとつの言葉(俚言)が消えていきよるんちゃうかと思われとる。寂しいけど、実際、そうなんや。
 そうには違いないねんけど、そない心配せんでもべっちょない(別状ない)という事実を突きつけられたような本を読んだ。人間の気持ちや行動の奥底を支えているような温かい言葉が、どこまでも根強く生きとるねん。しかも、それを若者(大学生)から教えられたんや。
 その本の名前は、『現代若者方言詩集』(浜本純逸・編、大修館書店・発行)やねん。
 みんなは国語の教員を目指しとるんやさかい、人一倍、言葉に関心を持っとることやろ。この本を読んでほしいと思うとる。ほんまに胸の中が温もってくるような本なんや。
 そやけど、人が書いた本を誉めとっても、しょうがあらへん。なんや、これぐらいのことやったら、なんぼでも書けるやんと思う人も多いはずや。この本に書いた人を貶したらあかんけど、ほんまに誰でも書けそうなんや。
 方言のことを書きはじめたら、次から次へ、ぎょうさん思い浮かんでくるやろ。詩という形には、あんまりこだわらなくてもええと思う。そいで、夏期休暇が終わったら、故郷の言葉をお土産に、神戸に戻っといで。
 集まったら、それを印刷物に作ってみたいなぁ。夏のお土産だけやのうて、国語の教員を目指して勉強したことのお土産になったら楽しいやろと思う。

     ◇     ◇     ◇

 さて、夏休みが終わって、9月には、たくさんの方言詩ができあがりました。のんびりしていたのは、呼びかけ人の私でした。年が改まった今頃になって、まとめを始めようと思います。「印刷物に作ってみたい」という言葉を撤回して、ブログで公開しようと思います。
 公開に同意してくれた作品を、本名または匿名で紹介していきます。作者はいずれも、甲南女子大学の教職課程で、国語科の教員免許状を取得しようと努力している学生(2年次と3年次)です。
 というわけで、次回から方言詩を紹介していきます。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2007年1月 | トップページ | 2007年3月 »