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2007年8月31日 (金)

【掲載記事の一覧】

 ブログを始めてから1年がたちました。1日に1つずつ欠かさず載せてきて、記事の数は合計で379件になりました。
 ブログをお読みくださってありがとうございます。
 これまでに連載した内容について、コメントを添えてご案内します。
 お読みくださって、感想・意見・連絡などがありましたら、
       kyoiku.kokugo@gmail.com
  宛に、よろしくお願いします。

≪掲載を継続しているもの≫
◆国語教育を素朴に語る (1)~(40)~継続予定
    [2006年8月29日~2006年10月1日]
    [2007年4月1日~2007年4月6日]
 雑誌『月刊国語教育』(東京法令出版)に毎月連載している、中学校・高等学校の国語科教員向けの文章です。現在のところ、2007年(平成19年)10月号までの執筆を終えました。それが連載46回目にあたります。このブログのタイトルは、その題名をそのまま使っています。

◆神戸圏の文学散歩 (1)~(5)~継続予定
   [2006年12月27日2006年12月31日]
 雑誌『月刊国語教育』(東京法令出版)に、年2回のペースで連載しているものです。カラーグラビアに文章を添えて4ページ構成です。1回につき30枚以上の写真を載せますから、取材・撮影にも時間がかかります。①明石、②須磨、③有馬、④高砂、⑤尼崎、⑥生田・布引、⑦芦屋が雑誌に掲載済みです。⑧は加古川の予定です。

◆言葉カメラ (1)~(85)~継続予定
    [2007年1月5日~2007年1月31日]
    [2007年2月21日~2007年2月28日]
    [2007年3月16日~2007年3月31日]
    [2007年4月19日~2007年4月30日]
    [2007年5月9日~2007年5月30日]
 書き下ろし(撮りおろし)です。言葉に関する写真にコメントを添えています。
 1冊の本にまとめられたら嬉しいと思っています。まだまだ材料はいっぱいあります。

◆ゆったり ほっこり 方言詩 (1)~(42)~継続予定
    [2007年2月1日~2007年2月20日]
    [2007年3月1日~2007年3月15日]
    [2007年5月1日~2007年5月7日]
 方言で書かれた詩や、方言にまつわる詩です。学生たちが書いた作品を紹介しています。

◆六甲の山並み[言葉つれづれ] (1)~(4)~継続予定
   [2006年12月23日~2006年12月26日]
 書き下ろしです。折に触れて言葉に関して考えたことです。この連載は、時々、再開する予定です。

◆おもしろ日本語・ふしぎ日本語 (1)~(27)~継続予定
    [2007年1月1日~2007年1月4日]
    [2007年6月7日~2007年6月29日]
 書き下ろしです。新聞・雑誌などの文章の事例に基づいて、感じたことを書き綴ります。この連載は、時々、再開する予定です。

◆鉄道切符コレクション (1)~(24)~継続予定
    [2007年7月8日~2007年7月31日]
 これまでに収集した鉄道(ロープウエイ、ケーブルカー、バスなども含む)の記念乗車券などを紹介します。もとより、系統的なコレクションではありませんが、珍しいものも含まれているかもしれません。連載は100回を超えるかもしれませんが、何回かに分けて連載します。

◆写真特集・さくら (1)~(11)~継続予定
    [2007年4月7日~2007年4月17日]
 兵庫県内を中心として、桜の写真10枚で構成しました。これからも続けますが、再開するのは来春です。

◆写真特集・季節の花 (1)~(3)~継続予定
    [2007年5月8日、5月31日、6月30日]
 季節の花の写真10枚で構成しました。これからも、折りに触れて掲載します。

◆屏風ヶ浦の四季 (1)~継続予定
    [2007年8月31日]
 明石市の海岸線にある屏風ヶ浦を写真で紹介します。月1回のペースで掲載します。

◆昔むかしの物語 (1)~継続予定
    [2007年4月18日]
 何かの記事や出来事に触発されたときに、思い出したように書くことになるだろうと思います。

≪掲載が完結しているもの≫
◆相手を思いやる姿勢と、自分を表現する力 (1)~(3)
    [2006年10月2日~2006年10月4日]
 雑誌『兵庫教育』(兵庫県教育委員会)に掲載した、教員向けの文章です。

◆学力づくりのための基本的な視点 (1)~(7)
    [2006年10月5日~2006年10月11日]
 雑誌『月刊ホームルーム』(学事出版)に掲載した、学級(ホームルーム)を担当している教員向けの文章です。

◆教員志望者に必要な読解力・表現力 (1)~(18)
    [2006年10月16日~2006年11月2日]
 雑誌『教職課程』(協同出版)に掲載した、教員志望者(学生など)向けの文章です。

◆教職をめざす若い人たちに (1)~(6)
    [2007年6月1日~2007年6月6日]
 機関誌『教職教育センター年報2006年度』(甲南大学教職教育センター)に掲載した、教員志望者(学生など)向けの文章です。

◆これからの国語科教育 (1)~(10)
    [2007年8月1日~2007年8月10日]
 高等学校国語科教員向けの講座(兵庫県教育委員会)で話した内容をまとめました。

◆現代の言葉について考える (1)~(7)
    [2007年7月1日~2007年7月7日]
 入学したばかりの高校1年生に向けて話したことを文字に直したものです。文章体の原稿を準備していましたので、それを使いました。

◆兵庫県の方言 (1)~(4)
   [2006年10月12日2006年10月15日]
 ラジオ関西で放送したものの原稿です。時間は30分間で、対象は高齢者(と一般聴取者)です。

◆暮らしに息づく郷土の方言 (1)~(10)
    [2007年8月11日~2007年8月20日]
 神戸新聞文化センター主催の「さわやか大学」で話した内容をまとめました。

◆高校生に語りかけたこと (1)~(29)
    [2006年11月9日~2006年12月7日]
 自家版『ことば旅3』からの転載です。いろんな機会に高校生に向かって話したことを集めたものです。

◆高校生に向かって書いたこと (1)~(15)
    [2006年12月8日~2006年12月22日]
 自家版『ことば旅3』からの転載です。いろんな機会に高校生に向かって書いたことを集めたものです。

◆明石焼の歌 (1)~(3)
    [2007年8月28日~2007年8月30日]
 明石市が募集した「明石焼の歌」に応募した作品を載せました。

◆1年たちました (1)~(7)
    [2007年8月21日~2007年8月27日]
 このブログをはじめてから1周年になったことに関して、思ったことなどを述べました。

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屏風ヶ浦の四季(1)

夏の終わり

 明石市域の海岸は、東端と西端に埋め立て地がありますが、その間の林崎・松江海岸から藤江、八木を経て、江井ケ島、魚住、二見までの海岸には、10mを越す断崖が続いています。まるで屏風を立てたようにように見えることから屏風ヶ浦(びょうぶがうら)と呼ばれています。明石海峡の急流に洗われて古代の地層が露出して、旧石器時代の原人の腰骨や、明石象の化石が発掘されています。
 今は、護岸工事と養浜工事によって、海岸沿いにハイキングとサイクリング向けの散歩道が整備されています。また、夏には海水浴やマリンレジャーの好適地になっています。
 その屏風ヶ浦の季節の移りゆきを写真でお伝えします。

【写真は、2007年(平成19年)8月29日、17時30分~17時45分に撮影。】

≪画像をクリックしてください。大きくて鮮明な画像になります。≫Cimg1935 Cimg1936 Cimg1937 Cimg1943 Cimg1944 Cimg1946 Cimg1948 Cimg1949 Cimg1950 Cimg1951

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2007年8月30日 (木)

明石焼の歌(3)

明石焼の歌  「あか あお 黄色い玉子焼」

一 あか あか アカ アカ 赤い蛸
  あお あお アオ アオ 青い海
  明石の潮(しお)に 鍛(きた)えられ
  筋肉もりもり 赤い蛸
  美味しい恵みが 届いたよ
  海峡の町 海の幸

二 あか あか アカ アカ 板の上
  黄色い 黄色い 玉子焼
  みんなのお腹(なか)も 鳴っている
  ぴちぴち ふっくら 蛸の味
  黄金(こがね)の輝き 玉子焼
  明石の町の 自慢だよ

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2007年8月29日 (水)

明石焼の歌(2)

明石焼の歌  「熱っちち にこにこ ひい・ふう・みい」

一 朝焼け 大焼け 朝が来た
  明石海峡の 真ん中で
  ギョロリと 蛸が目を覚ます
  今日も元気で 一・二・三(いち・にい・さん)
  すいすい 伸び伸び 海の中
  おいしく育っていくからね

二 夕焼け 小焼けで 夕暮れて
  明石の町の ここかしこ
  みんなで頬張(ほば)る 明石焼
  熱っちち にこにこ 一・二・三(ひい・ふう・みい)
  ふんわり おいしい 玉子焼
  明日の元気が 出てきたぞ

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2007年8月28日 (火)

明石焼の歌(1)

明石焼の歌  「ふわふわ宝石、明石焼き」

一 播磨灘から北の方(ほ)見たら
  町の真ん中 緑の丘に
  青空支えて 明石の城や……やっやっや

  明石城下の名物は
  木皿の上にふんわりと 行儀に並んだ明石焼き
  美味(おい)しいでぇ 美(う)ん味(ま)いよぅ

  とうちゃん かあちゃん、 食べようよ
  ぼくも大好き ふわふわ宝石、明石焼き

二 高い天(そら)から足元見たら
  日本列島 ど真ん中
  百三十五度の 子午線や……やっやっや

  子午線明石の名物は
  青い海から躍り出た 蛸がぷりぷり玉子焼き
  美味(おい)しいでぇ 美(う)ん味(ま)いよぅ

  じいちゃん ばあちゃん、 食べようよ
  私も大好き ふわふわ宝石、玉子焼き

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2007年8月27日 (月)

1年たちました(7)

1年たちました(7)

蝉は1年おきに大発生して、関西は今年が
発生の多い年にあたるという記事を読みました。
蝉は夏の風物詩ですから、鳴かないともの足りないのですが、
わが家の辺りは去年も今年も、8月の終わりになっても、
うるさいほどに鳴き続けています。
去年よりも、確かに多いなぁと思います。

猫の額という形容そのままの、わが家の庭にも、
抜け殻がいっぱい付いています。
枝だけではなく、柚の木の葉の裏側には
あまりにも多く残っていて、異様な感じもします。

脱皮したあとの殻を空蝉(うつせみ)と言って、
むなしいもの、はかないものの喩えとされました。
一つ、二つの空蝉には、無常観を感じても、
多すぎると、そんな思いもどこかへ消えてしまいます。

それに引き替え、赤とんぼが減ってしまいました。
夏の終わりを感じた風景がなくなるのは寂しいことです。
1年1年、自然も動物も植物も変化しているのでしょう。
人も例外ではありません。

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2007年8月26日 (日)

1年たちました(6)

1年たちました(6)

「祝・百寿 渡辺うめ人形展」を明石市立文化博物館で見ました。
但馬地域の懐かしい農村風景を布の人形で表現した作品です。
今では失われてしまった人々の暮らしの風景が細やかに再現されています。
渡辺さんの作品展を見るのは、これで3回目になるのですが、
開催されているということを知ると、人形たちに再会したくなるのです。
ほっとする時間を持てるという喜びです。

感じたことの1つ目…
百歳まで表現活動を続けておられるというのは驚きです。
仕事の分野は違っても、いつまでもその活動を
続けるということにあやかりたいと思うのです。
1年1年、自分のしたいことをしながら年齢を重ねられたら
それに勝る喜びはないと思います。

感じたことの2つ目…
1年1年の積み重ねでは、違いを感じなくても、
20年とか30年とかの時間の隔たりで見てみると、
自分も社会も自然も、大きく変わってきていることに気づきます。
人の心は変わってほしくはありませんが、
それすらも目に見えない変化をしているに違いありません。
渡辺さんのなさっている表現活動と、
私が細々と行っている方言を書き留めておくこととの間に
すこし通じるものがあるように感じます。

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2007年8月25日 (土)

1年たちました(5)

1年たちました(5)

猛暑、酷暑、熱暑、極暑、炎暑、…。
今年はとりわけ暑い日が続いています。
立秋は半月も前でした。
23日は、暑さがおさまるという処暑でした。
残暑の季節が終わったはずですが、
それは暦の上だけの話のようです。
新涼という季語とはまだ無縁の日々です。

ブログを始めて1年が過ぎました。
夏から秋へ、冬を経て春へ、そして再びの夏。
季節のひと巡りの中で生きてきました。

「今年ばかりの夏」と認識することはなく、
来年の夏にもきっと巡り会うであろうと、
自分の命に希望を抱いて、根拠のない観測をしています。

1年前の福岡市で、飲酒運転事故で幼い3つの命が失われました。
子どもたちの命を奪われた父親・母親の悲しみは想像を絶するものです。
飲酒事故撲滅に向けて、社会や法律を動かした出来事でした。
1年後の日に、3体の地蔵尊が開眼したというニュースとともに、
福岡市職員による同様な飲酒運転事故のニュースが伝わってきました。
1年で変わることのできる社会や人間もありますが、
容易に変化しない人間の心や行動もあります。ほんとうに哀しいことです。

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2007年8月24日 (金)

1年たちました(4)

1年たちました(4)

甲子園大会で佐賀北高校が優勝しました。
ミラクルとか奇跡とかの言葉も目にします。
運が強くなければ、優勝などできないでしょうが、
運や偶然だけで頂点に立つことは不可能です。
努力の結果に女神が微笑んだということでしょう。

自分の高校時代を思い出しました。
私はスポーツ苦手少年でしたが、
高校3年生のとき、母校が夏の甲子園に出場しました。
高校野球の名門と言われる明石高校も、
この年は、期待されていませんでした。
県予選で優勝したとき、新聞が
「無欲の勝利」と書いていたのを憶えています。
だからスター選手はいませんでしたが、
同期生の同窓会を開けば、
彼ら選手はいつも私たち仲間のスターです。

この年、九州の高校ばかりと対戦しました。
宮崎大淀高校に勝ち、戸畑高校に勝ちました。
そしてベスト4入りを阻んだのが佐賀県の鹿島高校でした。
逆転負けの辛い思い出です。
公立高校が活躍していた時代でした。

なにもかもが昨日のことのようです。
1日も、1月も、1年も、何十年も、
心の中の痕跡としては、みんな同じ長さなのです。
私たちは、そんな時間の中を生きています。
ブログを始めてから、1年という時間が流れました。

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2007年8月23日 (木)

1年たちました(3)

1年たちました(3)

明石の海べりで生まれて、
ずっと、ずうっと、この地で生きてきたのは、
偶然であり、奇縁だと思います。
まだまだ生き続けているのも、
偶然であり、僥倖だと思います。

西の海に沈む夕日に巡り合わせることのできた日は、
まるで初めて出会ったことのように
播磨灘に沈んでいくのを眺めています。

正月の頃には小豆島の島影に沈んでいた太陽が、
だんだん西へ動いていって、家島群島をこえて、
ホーラク島(上島)をこえて、今は、もっと西に落ちています。
南西の方向には四国があるのに、ほんとうに播磨灘の水平線に沈むのです。

ゆっくり姿を消していく太陽を見ていると、
自分が、天体の時間の流れの中に生きていることを感じます。

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2007年8月22日 (水)

1年たちました(2)

1年たちました(2)

年を刻むと言いますが、
月を刻むとはあまり言いませんし、
日を刻むと聞くことも珍しいようです。

けれども
一日を刻むということは、
人生の後半になっても、
何かを失い続けているということではなくて、
何かを得続けているということなんだ、
と思います。
とりたてて変化しているようには見えなくても、
やっぱり、そうなんだと思います。

昨日までできていたことが、できなくなることではなくて、
昨日までできなかったことが、できるようになること、
それが今日という日です。

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2007年8月21日 (火)

1年たちました(1)

1年たちました(1)

ブログで、1日に1つずつ、文章を書いてきました。
時には手を抜いて、写真を主人公にしたこともあります。
「毎日1つずつ書くなんて大丈夫?」と
心配してくださる方もありましたが、
材料はあるから、まあ1年ぐらいいけるだろうと思って
ここまで、やってきました。
休載の日がなかった、というのが唯一つの取り柄です。

そのうちに書くことがなるなるかもしれないと
自分でも懸念していましたが、
なんとか、ここまで来ました。
何かに恵まれた結果なのか、
珍しくも何ともない、平凡なことなのか、自分でもわかりません。

1日に1つずつ、ブログの文章を書いて、
1月に1つずつ、雑誌に連載する文章を書いて、
1年に1つ、大学の年報に文章を書きました。
もうちょっと、他にも書きましたが、
ともかく、そんなふうにして1年が過ぎました。

あと何年、生きるかわかりません。
十何年、生きるかもしれません。
二十何年、生きることになるとしても、
天のみぞ知るであって、
自分には憶測不可能です。

というわけで、
生きている限り続けていこうと
思うようになりました。
生きているのだから、
材料がなくなるはずはないと
たかをくくり始めました。

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2007年8月20日 (月)

暮らしに息づく郷土の方言(10)

7 おわりに

 さて、ここにいらっしゃる方々は、私を含めて、みんな若々しいのです。パソコンを使っておられる方も多いと思います。
 パソコンと仲良しでいらっしゃる方は、私のブログも覗いてみてください。
 ブログのアドレスは、http://tachibana-yukio.cocolog-nifty.com/blog/ です。
 ブログのタイトルは、「国語教育を素朴に語る」です。
 横文字を入力するのが苦手な方は、キーワード検索で「国語教育を」と入力してくだされば、見つかります。
 実は、今日のお話は、原稿を作ってお話ししましたから、その原稿を既にブログに掲載しました。お帰りになってから、一度、ブログを開いてみてください。

 最後に、お願い(お誘い)をします。
 方言は、消えていくのを黙って見つめているのは、もったいないと思います。方言の一つ一つの言葉を記録していってくださいませんか。方言と、その言葉の意味、そして、できれば、その方言の用例(実際に使われている例文など)を書き留めてほしいと思います。書き留めたものは一人で一冊の本にすることもできるでしょうし、何人かの共同作品として冊子にすることもできるでしょう。
 私が2004年(平成16年)に出した『ひょうごの方言』(神戸新聞総合出版センター)も、そのような本なのです。

 もう一つのお願いは、普段の会話を録音してほしいということです。親しい人同士の、なんでもないような雑談であっても、方言資料として価値の高いものがあります。

 一人でも多くの方が、方言を書き留めたり、録音をしてくださったら嬉しいと思います。それは、後の世の人たちへのプレゼントにもなるのです。
 私のメール・アドレスを書いておきます。
 yukio.tachibana@nifty.com です。
 方言のことについて、何かありましたら、どうぞご連絡をください。

 それでは、これで、お話を終わります。

【この連載は、神戸新聞文化センター(KCC)主催の「第18期 さわやか大学」において、「暮らしに息づく郷土の方言」と題して行う講演の原稿を、予め公表したものです。講演日は、平成19年8月20日(本日)です。】

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2007年8月19日 (日)

暮らしに息づく郷土の方言(9)

6 郷土の方言の特徴と、その変化③

 助動詞では、「行こと行くまいと、お前の勝手や。」などと言うように「まい」という言葉を使っていました。「しんどいさかい、行きとみない。」という「とみない」という言葉も使っていました。「行きとみない」は、行きたくないという意味ですが、「とみない」という言葉も、今では廃れてきています。

 助詞では、理由を表す「さかい」を使うことが少なくなっているように思います。「雨が降るさかい、傘持っていき。」という「さかい」を、若い人はあまり使わなくなりました。「雨が降るから……」とか「雨が降るので……」と言うことが多くなっています。

 動詞・形容詞・助動詞・助詞などと言いましたように、これらは文法に関する変化です。ゆっくりゆっくり変化しているのです。

 最後に、一つ一つの単語のことについて、お話しします。
 共通語でも同じなのですが、一つ一つの言葉は、目まぐるしく変化していきます。今年、流行した言葉が、翌年にはすたれてしまうというようなことがあります。
 消えてほしい言葉もありますが、消えるのが惜しいと思う言葉もたくさんあります。
 言葉が消えていく理由の一つとして、物がなくなれば、それを表す言葉も消えていくということがあります。生活の移りゆきとともに変化する言葉です。

 例えば、昔ながらのコタツやアンカを見かけることが、ほとんどなくなってきました。タドンやマメタンを見たこともない人が増えれば、それらの言葉は忘れられていきます。
 アトサシというのをご存じでしょうか。夜、寝るときに、部屋の真ん中に、タドンを入れたコタツを置いて、その両側から布団を敷いて、一つのコタツを、両方から利用するというやり方です。今では、そのようなことをしませんから、アトサシという言葉は消えていっております。
 そのようなコタツの使い方をした時代は、タドンの熱が熱すぎて、ちょっと油断をすると、布団を焦がすようなことがありました。熱で布団が茶色っぽくなることを「ホイロがいく」と言いました。変な臭いが漂い始めると、「何や ヤグサイなぁ。よう見てみいな。」というように言いました。
 生活様式の変化が、言葉を消し去っていくということなのです。

 包丁のことを「ナガタン」と言う方はいらっしゃいますか。「ナガタン」というのは、刃の部分が長い包丁という意味ではありません。「菜っぱ」の「菜」に、「刀」という文字で書きます。「な・がたな」という発音が、「ながたん」という発音に変化したのです。この言葉は、昔は全国で広く使っていたのですが、しだいに使わなくなった地域が増えてきて、使う地域が、島のようになって残ったのです。これも方言の一つと考えてよいのですが、使う地域は全国のあちらこちらに、ポツンポツンと残っているのです。兵庫県内でも、使っている地域があります。

 消えていく言葉の、もう一つの傾向としては、新しい言葉に押されて、古くから使っていた言葉が消えて行くということがあります。
 「こおと」という言葉をご存知でしょうか。着物などが地味であるということですが、上品で地味であるという意味を含んでいます。「こおと」という言葉を使わなくなった理由の一つに、外来語を使うようになったことがあると思います。「エレガント」という英語からの外来語や、「シック」というフランス語からの外来語をよく聞くようになりました。「こうと」という言葉が消えるのは、残念なことです。
 そして、これと同じようなことが、もっとたくさんの言葉の上に起こっているのです。

 消え去っていく言葉の中には、表現力の豊かな言葉も含まれています。黙って、消えていくのを眺めているのは、惜しい気持ちがします。みんなで力を合わせて、少しでも記録しておきたいという気持ちを、私は強く抱いております。

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2007年8月18日 (土)

暮らしに息づく郷土の方言(8)

6 郷土の方言の特徴と、その変化②

 それから次に、鼻濁音というのがあります。「蛾が飛んでくる」と言う場合の「蛾」と「が」とは違っています。「がか゜とんでくる」という、鼻濁音の発音の習慣がある地域があります。「科学が発達する。」と言うときに、「かがくが……」と発音するのか、「かか゜くか゜……」と発音するのかというようなことです。
 兵庫県内には、鼻濁音で発音する地域があちこちに残っています。

 それでは、次にアクセントのことについて、お話しします。
 アクセントというのは、それぞれの語について決まっている、特定の音節の、特に際だった高まりや強まりのことです。
 アクセントは、日本語の場合は高い・低いのアクセントであり、英語などは強い・弱いのアクセントになっています。
 よく言われるように、近畿と東京を比べると、高いところと低いところとが逆になることが多いのです。ただし、すべてにわたって、高い・低いが逆になるというわけではありません。
 兵庫県内は、たいていは京阪アクセントという、近畿一円に広がっているアクセントですが、但馬は東京アクセントの地域になっています。中国地方の鳥取県や岡山県も東京アクセントです。
 ラジオやテレビの放送で使っているのは、基本的には東京アクセントですが、ニュースを聞いていても、アクセントの違いをあまり意識しないですむのは、文全体の流れの中では、一つ一つの言葉のアクセントが強調されないからです。

 続いて、文法のことについて、お話しをします。言葉の規則はゆっくりと変化していて、変化に気づかないことが多いのですが、30年・40年という長さで見ると、変化がはっきりしているものがあります。

 動詞や形容詞などに、仮定形というのがあります。例えば、「もしも明日、雨が降ったら……」というような言い方をします。
 その「降ったら」の部分を、昔は、どのように言っていたでしょうか。もちろん、「降ったら」という言い方もしましたが、その他には、どんな言い方があったでしょうか。

 私は、明石の西の方の大久保町に生まれ、育ち、今も同じところに住んでいますが、私が20代の頃には、「雨が降ら、中止や。」という言い方も耳にしておりました。「本を読ま、わかる。」とか「駅まで走ら、間に合うかもしれん。」と言い方をしておりました。けれども、今はたいてい「降ったら」「読んだら」「走ったら」と言っています。
 形容詞では、「長けら、二つに切ったらええ。」「無けら、店で買わんかいな。」と言いましたが、これも、今では「長かったら」とか、「無かったら」とかいう言い方が普通になっています。
 これは、動詞や形容詞の仮定形の使い方が変化したということなのです。

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2007年8月17日 (金)

暮らしに息づく郷土の方言(7)

6 郷土の方言の特徴と、その変化①

 まず、発音のことについてお話しします。
  サ行の濁音は「ざ・じ・ず・せ・ぞ」であり、タ行の濁音は「だ・ぢ・づ・で・ど」ですが、「し」の濁音の「じ」と、「ち」の濁音の「ぢ」とを発音し分けることはできますか。「す」の濁音の「ず」と、「つ」の濁音の「づ」とを発音し分けることはできますか。兵庫県内で生まれ育ってこられた方は、たぶん発音の区別はできないだろうと思います。私も発音の区別はできません。聞き分けることもできません。

 文字の書き方が違うということは、もともとは二つの「じ」「ぢ」は違った発音であった、二つの「ず」「づ」も違った発音であったというように考えていいと思います。
 二つの「じ」「ぢ」と、二つの「ず」「づ」を合わせて、四つの仮名、すなわち「四つ仮名」と言いますが、高知県のあたりでは、今でも、発音し分けて、聞き分けることができる人がいると言われています。ところが、兵庫県内はもちろん、全国のほとんどの地域では、発音し分けることは難しくなり、聞き分けられなくなっています。

 それだけではなくて、兵庫県内では、「そ」の濁音の「ぞ」と、「と」の濁音の「ど」の区別ができないような地域もあります。雑巾が「どうきん」になります。もっとも、これは兵庫県内だけのことではなくて、大阪でも、「淀川」のことを「よろがわ」と言って、「よろがわの水を飲んで、腹がららくだりや。」と言う人がいます。「ざ・じ・ず・ぜ・ぞ」と「だ・ぢ・づ・で・ど」と「ら・り・る・れ・ろ」の発音が混じってしまうことが、近畿ではあちらこちらで見られます。

 それから、近畿では、一音節の名詞の言葉を長く発音するくせがあって、兵庫県内でも同じ傾向があります。木の葉のことを「木ぃの葉ぁ」と言ったり、犬の尻尾を「犬の尾ぉ」と言ったりします。
 「ええ ええを 買うた。」と言う場合、前の「ええ(良い)」は良いという意味、後ろの「ええ(絵)」は、絵のこと、絵画のことです。素晴らしい絵画を買ったということを、「ええ ええを 買うた。」と言うのです。

 次に、JR山陽本線に、土山駅がありますが、土山をどのように発音しているでしょうか。もちろん「つちやま」と言うのですが、場合によっては「つっちゃま」と発音することがあります。
 「つっちゃま(土山)のちゃまは、どんな字ぃや。」という質問に対して、「そんなことも知らんのか。つっちゃまのちゃまは、いっしゃま(石山)のしゃまと同じ字ぃやないか。」と言ったという笑い話があります。石山を「いっしゃま」と発音しているのです。滋賀県大津市にはJR石山駅があります。石山駅の近くには石山寺という名高い寺があります。紫式部は石山寺に参籠して「源氏物語」の構想を練りました。また、清少納言や、和泉式部なども石山寺のことを日記や随筆に記しています。

 「つっちゃま」「いっしゃま」というような発音は、単語の二音節めにイ段の音かウ段の音があって、その後ろにア行やヤ行やワ行の発音が続くときに起こる現象です。土山の場合は、「つちやま」の二番目の音が「ち」というイ段の音で、その次が「や」というヤ行の音です。このようなときに、二音節めに、つまる音、小さく「っ」と書く、促音が加わります。そして、その後ろが「きゃ・きゅ・きょ」のような拗音になるという現象です。
 土山「つっちゃま」の他、西明石を「にっしゃかし」、芦屋を「あっしゃ」と言うことがあります。京都府の福知山を「ふくっちゃま」と発音します。
 地名だけのことではありません。日曜日が「にっちょうび」になります。「花火を・打ち上げる」というのを「うっちゃげる」と言ったりします。

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2007年8月16日 (木)

暮らしに息づく郷土の方言(6)

5 方言は「やさしい」言葉の集まり②

 相手にわかりやすい言葉、易しい言葉を使うというのは、相手に対する思いやり、優しい心遣いであると思います。一人一人が心の中に持っている意思や感情を伝え合うためには、易しい言葉を使う方が都合がよいのです。方言は、わかりやすい言葉であり、相手に対するおもいやりの気持ちがあふれている言葉であると思います。

 方言は、なぜ、わかりやすい言葉なのでしょうか。それは、その土地に住んでいる人たちが、同じ風土や環境の中で、お互いに似たような生活をしてきたから、お互いの気持ちや考え方に共通したところがあって、わかり合っているということも、理由の一つでしょう。方言の言葉は、文字で書かなくても通じ合える言葉なのです。
 同じ文化の上で生活してきた人々同士ですから、ちょっとした言葉、わかりやすい言葉で、お互いを理解し合っています。このようなことが、方言の魅力であると、私は考えています。

 けれども、わかりやすい言葉でありながら、方言は、深い意味や、微妙な意味内容をきちんと表現し分けることもできる言葉であると思います。それが、方言の底力です。方言を汚い言葉遣いであると考えたり、値打ちの低い言葉であると考えたりはしないようにしたいと思います。

 言葉は人から人へ伝えていくものですが、言葉を伝えるということは、文化を伝えるということでもあると思います。その土地に住んでいる人々が共有している文化が方言であると思います。いろいろな習慣や、ものの考え方や感じ方などが、方言を通じて伝えられているのであると思います。

 それでは、次に、兵庫県の方言の特徴について考えようと思います。言葉は、流行語のようなものを除けば、目に見えるような変化はしませんが、長い目で眺めてみると、ゆっくりと、しかし、確実に変化を遂げていることがわかります。

 一口に方言と言いますが、方言には、発音のこと、アクセントのこと、文法のこと、一つ一つの単語のこと、などという要素があります。それぞれの要素について、少しずつ例をあげながら、お話ししようと思います。

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2007年8月15日 (水)

暮らしに息づく郷土の方言(5)

5 方言は「やさしい」言葉の集まり①

 言葉は、人と人とを結ぶ絆であるということを考えて、改めて方言を眺めてみたら、方言ほど、わかりやすい言葉はないということに気づくだろうと思います。また、方言ほど、温かみのある言葉はないということにも気づくだろうと思います。

 私たちは日本語を使って、話したり、聞いたり、書いたり、読んだりしています。けれども、私たちが使っている言葉は、普段の話し方と、改まったときの話し方とは、少し違っています。親しい人とうち解けて話すときには主として「方言」を使いますが、あまりうち解けていない人と話したり、改まった場で話すときには「共通語」を使います。
 新聞や放送の言葉、学校で使う教科書の言葉、法律や公文書の言葉などは、どの地域の人にも共通してわかる言葉を使っています。

 共通語という言い方の他に、「標準語」という言い方もします。
 「標準語」というのは、日本語の手本となるようにと考えて、作りあげた言葉です。「共通語」というのは、日本全国にわたって広く通用している言葉のことです。

 近畿地方で使っている言葉は近畿方言です。関西方言とも言います。けれども、同じ近畿であっても、神戸と大阪と京都では違っています。それぞれを神戸方言、大阪方言、京都方言と言って区別したりします。ところが、さらに、神戸方言であっても、神戸の東の方と、西の方とでは言葉が違っていることがあります。方言には、このような違い、このような構造があるのです。

 ものの考え方や感じ方、発想のしかた、表現のしかたなどは、地域によって異なることがあります。同じ日本語の中で、地域による言葉の差があるとき、それぞれの地域で使っている言葉を方言と言っています。ある地域だけで使う特有の言葉がありますが、それを俚言と言います。

 ところで、方言では、漢字を並べた難しい熟語や、外国語に由来するカタカナ言葉はあまり使いません。
 自分の慣れ親しんでいる方言とは違う地域の方言を初めて聞いたときには、理解しにくい言葉であるように思うことがありますが、それぞれの方言について理解を深めていくと、方言は易しい言葉を組み合わせて表現しているのだということに気が付きます。

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2007年8月14日 (火)

暮らしに息づく郷土の方言(4)

4 「やさしい言葉」を使うということ

 言葉が人と人とを結ぶものである、自分と他人を結ぶものであるとすれば、言葉は、相手に理解されなければ価値がありません。自分だけわかっていても、相手に伝わらなければ意味がありません。

 したがって、言葉は、わかりやすく表現しなければならないと思うのです。
 私は、今、このようにしてお話をしています。お話をして、皆さんに聞いていただくということは、私の考えていることを皆さんにお伝えして、私の考えていることを知っていただくということです。
 だから、私は、できるだけ易しい言葉を使って、わかりやすくお話しして、理解していただこうと考えています。

 私は、「やさしい言葉」というように、仮名書きをしました。仮名書きをした理由は、「やさしい」という言葉に、漢字で書けば二通りの意味を持たせたからです。
 「やさしい言葉」の一つは、「易しい言葉」と書きます。平易な言葉、わかりやすい言葉という意味です。
 「やさしい言葉」のもう一つは、「優しい言葉」と書きます。相手を気遣った言葉、心のこもった言葉という意味です。

 先ほど述べましたように、「理解」とは、自分が、他者を知ることです。「表現」とは、自分を、他者に知ってもらうことです。そのためには、わかりやすい言葉を使わなければなりません。平易な言葉を使うと、相手に伝わりやすくなるはずです。

 言葉は、自分と相手とを結ぶものであるということを忘れないようにしたいと思います。言葉は、相手との絆を深める働きもしますが、心ない表現によって、人間関係を傷つけてしまう働きもしてしまいます。

 人には、言葉を使って、言わずにおれないときがあります。言いたいという衝動に駆られるときがあります。
 けれども、言わずにおれないというときの、気持ちはさまざまであろうと思います。
 腹が立って怒りがこみ上げてきて、言わずにおれない、ということがあります。何かに感動した、その気持ちを他の人に語り伝えたい、という場合もあります。相手のことを思うと、どうしても言っておいてあげたい、という気持ちになるときもあります。
 その時の気持ちの有り様はいろいろでしょうが、でも、大切なことは、相手によくわかるように、やさしい言葉を用いて伝えることが大切であると思います。

 ここで、ちょっと、マスコミなどが使っている言葉について述べたいと思います。
 テレビや新聞などで使われている言葉を見ると、心が寒くなってしまうようなことがあります。
 「頭がいい人、悪い人の話し方」という本がベストセラーになったそうですが、露骨な題名だと思います。
 「頭がいい話し方、頭が悪い話し方」と言うのなら許せます。それは、人間の一面について述べているからです。
 それに対して、「頭がいい人、頭が悪い人」というように全人格的に決めつけるのはよくないと思います。
 「勝ち組」「負け犬」とか、「金持ち」「貧乏人」とか、露骨な言葉を、何のためらいもなくマスコミが使っています。そして、大勢の人たちが、真似をして使っています。
 刺激のある言葉を選んで使うような風潮に歯止めをかけなくてはならないと思います。言葉は、品位や節度というものをわきまえて使ってほしいと思います。それは、言葉を聞く人・読む人への心遣いなのです。

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2007年8月13日 (月)

暮らしに息づく郷土の方言(3)

3 表現と理解は、自分と他者との関係

 今日は方言についてのお話をすることになっていますが、ちょっとだけ脱線した話をさせてください。今日の話の題からすれば脱線になるのですが、言葉というものを私がどのように考えているかというお話です。自分では、とても重要なことであると考えている事柄です。

 言うまでもないことですが、言葉を使った活動には、話す・聞く・書く・読むという4つがあります。
 話す・聞くは、話し言葉(音声言語)による活動であり、書く・読むは、書き言葉(文字言語)を使った活動です。

 それから、もう一つ別のこととして、言葉を使った活動には、聞く・読むは、主として理解という働きをしており、話す・書くは、主として表現という働きをしています。

 辞書を見れば、「理解」や「表現」についての定義が書いてありますが、そのような定義とは別のことを考えておきたいと思います。
 言葉は、たいていの場合、自分のために使うのではなく、他人との関係で使っています。誰もいないところで独り言を言ったり、自分のためにメモを書き、自分が書いておいたメモを読んだりするのは、自分一人だけの言葉の世界なのでしょうが、それらは特別な場合だと考えてよいでしょう。
 つまり、言葉はほとんどの場合、他人との関係で使っているのです。自分が他人に向かって「話す」、他人が話したのを自分が「聞く」、自分が他人に向かって「書く」、他人が書いたものを自分が「読む」、というわけです。

 そのような言語活動で、私は、「理解」と「表現」を次のように考えています。
 「理解」と「表現」を、自分と他人との関係でとらえてみますと、「理解」というのは、自分が他人を知るという行動であり、「表現」というのは、自分を他人に知らせる(知ってもらう)という行動なのです。
 自分が他人を知るということと、自分を他人に知らせる(知ってもらう)ということとの仲立ちをするのが言葉なのです。

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2007年8月12日 (日)

暮らしに息づく郷土の方言(2)

2 発音すること、聞くことのあいまいさ

 方言というのは、どちらかというと、話したり聞いたりする世界の言葉です。書き言葉よりも、話し言葉の要素の強い言葉です。
 ところで、話したり聞いたりするということになりますと、私たちは、自分の口や自分の耳が、正確に発音し正確に聞き取っていると考えてよいのでしょうか。結論を言えば、かなり怪しいものだと言わなければならないと思います。

 金田一さんという方をご存じですか。推理小説がお好きな方なら、金田一耕助という名前を思い浮かべられるかもしれません。金田一耕助というのは、神戸生まれの作家である横溝正史さんが書かれた、推理小説史上に名を馳せた名探偵です。金田一耕助は、実在した人名である金田一京介にちなんだものであると言われています。

  ここで話題にするのは、推理小説ではなく、国語学者の金田一春彦さんのことです。金田一春彦さんのお父さんは、アイヌのユーカラの研究で名高い国語学者の金田一京介さんです。金田一春彦さんの息子さんのお一人は、今、テレビなどで活躍されている国語学者の金田一秀穂さんです。

 今は故人となられた金田一春彦さんが、レストランで食事をなさっていたときの体験を書いておられた文章を、ずっと昔に読んだことがあります。
 金田一さんが食事をなさっていたときに、どこかから「金田一さん!」と呼びかける声が聞こえました。<誰かが私を呼んだようだが、誰か知人でもいるのかな>と見回してみたけれど、顔見知りの人はいなかったそうです。空耳だったかもしれないと思って食事を続けていると、また「金田一さん!」と呼びかける声が聞こえたのだそうです。
 金田一さんは、何度か聞いているうちに、その理由がわかったそうです。(その理由を推理することはできるでしょうか。)
 金田一春彦さんは、アクセントの研究などで知られた方でした。犯罪をおかした人の言葉遣いを聞いて、その犯人の出身地を推理することなどでテレビに登場なさったことが何度か、ありました。
 「金田一さん!」と聞き誤ったのは、実はレストランのウエイトレスの人が言っていた「チキンライス、一丁!」という言葉だったというのです。
 私たちの耳は、都合のよい聞き方をしてしまうこともあるという実例です。

 私たちは、「買い物に神戸へ行く。」という文を、馬鹿丁寧に「カイモノニ コウベエ イク」と発音しているでしょうか。親しい人と、ざっくばらんに話している場合を考えてみてください。
 「買い物」は「カイモン」と言っているかもしれません。神戸という地名に振り仮名を施すときは「こうべ」ですが、たいていの人は、延ばした発音で「コーベ」と言っているでしょう。
 もう一つ、「神戸へ」の「へ」は、「エ」と発音しているでしょうか。「コーベイ」と聞こえることがあります。「イ」とも「エ」ともつかない、中間的な曖昧な発音に聞こえることもあります。

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2007年8月11日 (土)

暮らしに息づく郷土の方言(1)

1 東京は「ひがし」の京

 今日のお話には、「暮らしに息づく郷土の方言」という題をいただいております。
 「郷土の方言」というからには、兵庫県の方言についてのお話もしなければなりませんが、最初は、他の地域のことから始めようと思います。

 兵庫県には兵庫県の方言があります。兵庫県の方言は、関西方言の中の一つの方言です。関西方言には関西方言としての特徴があり、兵庫県方言には兵庫県方言の特徴があります。一口に兵庫県方言と言っても、もう少し細かく見ると、阪神間の言葉にはその地域の特徴がありますし、播磨の言葉には播磨の特徴が、但馬の言葉には但馬の特徴があります。

 ところで、東京には方言があるのでしょうか。東京に方言があるとすれば、東京方言には東京方言の特徴があるということになります。(もちろん今日は、東京方言の特徴を系統だててお話しする時間の余裕はありません。)

 私は今、落語に夢中になっています。と言っても、時々、テレビやラジオやCDで噺を聞くという程度であって、わざわざ寄席に出かけていくというわけではありません。落語を文字で記録した本を、何冊も読み続けているのです。
 上方落語を本で読むこともできますが、今のところ、読んでいるのは江戸落語が中心です。江戸落語をある程度、読み終えたら上方落語を読もうと思っています。

 その江戸落語の本には、江戸っ子特有の発音が出てきます。
 「時そば」という落語から一例を挙げますと、「江戸っ子は気が短(みじけ)えから……」とか、「おう、早(はえ)えじゃねえか」とか、「もう一杯(いっぺえ)代わりと言いてえ」とか、「手ぇ出してくンねえ」とかいう発音が、あちこちに出てきます。

 江戸っ子は日比谷と渋谷の区別がつかないと言われますが、「ひ」という発音と「し」という発音の区別がつかない人がいるのです。
 このことは、東京に住んでいる人たちも、かなり意識しているようです。

 2005年(平成17年)12月に『現代若者方言詩集』という本が、大修館書店から発刊されました。神戸大学教授を務められたこともある浜本純逸氏(現在、早稲田大学教授)の編集です。
 その本を読んでいたら、学生の作った面白い詩に出会いました。
 一つは、「しの用心」という題の詩です。

   「ひの用心」
   と言えなくて
   「しの用心」
   と言ってしまう
   私の近所のおじいさん
   江戸っ子だから仕方がない
   それに、「火」が「死」になっただけ
   やっぱり大事な冬の警告      (作者は、十文字麻由さん)

 もう一つは、「ひがしの京」という題の詩です。

   下町 東京
   江戸っ子が住む 東京
   東京は「東」の「京(みやこ)」
   だから「ももひき」は
   「ももしき」

   そう 東京は
   「ひ」が「し」の京          (作者は、室谷将勝さん)

 「ひ」という発音と「し」という発音とがあいまいで、区別されにくいということは、若者でも意識しているのです。
 東京であれ、どこであれ、地元の言葉があって、それぞれの特徴を持っているのです。東京では標準語とか共通語とかが話されているということではないのです。

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2007年8月10日 (金)

これからの国語科教育(10)

6 研究・研修を共有するために

 私たちは国語を教えている教員です。易しい言葉遣いをすることが、言葉の専門家である私たちにできないはずはありません。何度も言ったことを改めて言うのには、理由があります。
 国語の教員が研究や研修を行って得たものは、国語科の教員のお互いの財産にしたいと思います。
  兵庫県高等学校教育研究会国語部会には『兵庫国漢』という機関誌がありますし、国語部会の東播磨支部・西播磨支部・淡路支部などでは独自の機関誌を発行しています。それらには、さまざまな研究成果が発表されています。また、市販されている雑誌も、読者からの投稿に門戸を開いております。研究・研修の成果はどしどし記録しまとめて、発表してほしいと思います。個人が行った実践や研究を広く紹介し、それが国語の教員みんなの財産になればと願っております。
 その際に、気をつけてほしいことがあります。いろいろな場で発表された実践報告や研究論文を読んでいると、国語の教員が書いた文章でありながら、難解でわかりにくいと思うことがあります。書かれている実践報告などを参考にして、その実践を真似たり発展させたりしてみようとし思っても筋道がわからないことがあります。私たちは国語の教員です。国語の教員が書いて国語の教員が読む文章に、意味が通じなかったり、誤解が生じたりするようなことがあってはなりません。ちょっと工夫をすれば改善できると思うのです。
 どのような分野でも同じであると思いますが、どれほど優れた個人が現れて大きな成果を残したとしても、それがみんなの財産になるかどうかは別問題です。一つの先進的な営みが、同じ時代の人たちや、後に続く人たちに受け継がれて、それをさらに改善し、発展させていくのが文化だと思います。小さな実践や研究から輪が広がって、いろいろな方々によって創意工夫が加えられていき、共有財産になるのだと思います。私は、国語教育の機関誌や雑誌が存在する意味を、そのように考えております。
 だからこそ、研究・研修の成果をまとめるときには、他の人にわかるように書いてほしいと思います。実践報告を発表される方々は、優れた実践をし、卓越した考えを持っていることはわかります。けれども、そのことが読者である他の国語の教員に正しく伝わっているかどうかについては疑問が残ります。
 国語教育に携わる人なら誰でも心得ておかねばならない内容なら、注釈も何も必要でないでしょう。ところが、特定の個人が独自で考えたことや実践したことは、他の人にわかりやすく丁寧に説明しなければなりません。
 発表される文章が、筆者の自慢話であったり、わかる人だけにわかってもらったらよいという内容のものであるのなら話は別です。そうでないなら、わかりやすい言葉を使って、理解しやすい書き方をしてほしいと思います。ほんとうは、自慢話やひとりよがりは、他人が読むような場で発表するのがふさわしいとは思いません。他の人に影響を与える内容のものこそ価値があるのだと私は思っています。そのような実践記録や研究成果をどしどし発表してほしいと願っています。

おわりに

 以上で、6つの項目に関する話を終わります。

 最後は、補足のような話です。
 私のように、教壇に立つことをしなくなると、自分自身を振り返って、いろいろなことを思います。もし、ここにいる方々が、それは自分のことではないと感じられるなら、それは私個人に限られることであるのですが、聞いてください。
 学校の先生というのは、生徒に学ぶことを教えています。学ぶ内容や学ぶ姿勢を教えていますが、とりわけ大切なのは、学ぶ姿勢であると思います。そうであるのに、学校の先生は、どうして他の人から学ぶことを好まないのだろうかと思います。年齢を重ねるにつれて、その傾向が強くなっていきます。自分に自信を持つのは望ましいことですが、他の人から学ぶことはいくらでもあるはずです。学ぼうとする姿勢を失えば、生徒にそれを求めることはできません。ただし、このことは一般論であって、すべての教員が学ぶ姿勢を失っているというわけではありません。
 また、学校の先生というのは、どうして無理やり教え込もうとする姿勢をとるのだろうかと思います。指導目標や指導内容をしっかりと持って、上手に指導をしているのですが、その情熱のあまり、生徒の側からすれば、強要されているように感じることもあるようです。指導の仕方については、いろいろなやり方があってよいはずです。自分の指導法が唯一正しいというわけでもありませんが、自分の指導の仕方の上に乗ってこない生徒を、生徒の方に問題があるというように考えてしまうのはどうなのでしょう。
 教員は自分に自信を持つべきでしょう。けれども、そのことと、他の人から学ぼうとする姿勢を持つこととは別です。また、自分の指導方法が唯一正しいものとは限らないでしょう。一言で言うなら、教員は謙虚な姿勢で自分を見つめ続けなければならないと思います。
 
 そのような意味からも、10年次研修は、短い間だけ印象に残って消え去るものであってはならないと思います。皆さんは教員としてはもうベテランの域に達しているはずですが、それ故に、もしかしたら惰性に陥っている部分があるかもしれません。今回の研修で得たものを糧にして、それを刺激にして、新たな道を進んでいってもらいたいと思います。
 私は、迷いながら今まで歩いてきました。今日は、国語教育について思っていることを、ひょっとしたら差し障りがあるかもしれないことを含めて、話をしました。人と人との間をつなぐ言葉の流れを、やさしく滑らかなものにしたいという思いを込めて、話したつもりです。この話の中で、皆さんの参考になることが、たとえ一つでもあれば嬉しいと思います。

【10回に分けて連載した文章は、平成15年8月12日に、平成15年度県立高等学校10年経験者研修教科研修(国語科)で話したものです。】

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2007年8月 9日 (木)

これからの国語科教育(9)

5 「急がないこと」が、効果を生み出す②

 次に、板書についてです。
 板書も、授業の中でたいそう重要な働きをしています。その授業における大切な事項を板書するのですから、教員は板書に精力を注いでいると言ってよいでしょう。
 したがって、今から申すことは、一般の考えに逆らうことにもなりますが、2つの事柄を、あえて申します。
 その一つは、板書を可能な範囲で、少なくしようということです。その理由は、教員は話すことに徹して、生徒は聞くことに集中したいということです。授業とは黒板をノートに書き写すものだという考えを捨てることにしたいと思うのです。
 板書をすべてなくすわけではありません。詳しすぎる板書を減らせばよいのです。要所要所は板書をしますが、書きすぎることをしません。要点となる言葉をもとに、生徒には考えながら書かせていけばよいと思います。正しい答えは一つしかないというような、堅苦しい考え方をする教員にとっては、板書の通りに書き写さない生徒を許せない気持ちになるかもしれませんが、ノートに書く内容は、生徒にゆっくり考えさせて、生徒自身の手に委ねるというような、広い心も国語の授業には大切なのではないでしょうか。
 生徒には、聞くことと書き留めることの仕方を少しの期間にわたって、訓練しておけばよいと思います。そして、それよりももっと大切なことは、教員は丁寧に、わかりやすく話すことが必要です。教員がペラペラしゃべり続けて、生徒の書こうとする気持ちを損なってはなりません。
 もちろん、それぞれの学校や生徒の状況があるから、板書の絶対量はどれくらいがよいのかということを問題にしているのではありません。少しずつ減らしていってはどうだろうかということなのです。減らし方は、一気にはいきません。しだいに、生徒が気づかない程度に減らしていくことによって、その分、生徒が考えながらノートをとることを増やしていければよいと思います。
 教員の話し方は、要領よく、ゆっくりと「急がないこと」、そして生徒のノートの取り方も、考えながら、ゆっくりと「急がないこと」です。授業を少しは改善したいと考えている場合には、一つの参考にしてください。

 板書について、もう一つ、別のことを言いたいと思います。
 板書は、授業で重要な役割を果たしていますが、単語や語句の羅列になるのはよくないと思います。言葉は、文や文章としてまとまったものが価値を持ちます。言葉と言葉を結びつけたものが思想や感情を表します。
 黒板のスペースには限りがありますから、簡潔にしなければなりません。また、キーワードをきちんと板書することは大切なことです。そうは言っても、板書は単語の羅列でもかまわないという理由付けにはなりません。キーになる単語と単語とを結びつけて、きちんとした形で表現する力を養うのが言葉の指導です。そのような表現の場へ生徒を招き入れる手だても、学校の言語環境なのです。
 板書の量を減らすことと引き換えに、単語や語句の羅列をやめて、文や文章としてまとまった表現を心がけましょう。もちろん、短い語句が含まれていても差し支えありません。全体として、考えのまとまりを板書していく方向を目指そうということなのです。単語や語句で書く方が能率的でしょうが、板書においても、きちんとした形の表現に整えて、「急がないこと」をしてほしいと願っております。

 教員は、発問や板書において、言葉の生活の見本を示す立場にあります。相手が言い終わるのを急がずに待つことと、時間がかかってもまとまりのある表現を心がけることの、二つの姿勢が教員には必要であると私は考えています。表現とは断片的な言葉の寄せ集めではない、ということを心に留めておきたいものです。

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2007年8月 8日 (水)

これからの国語科教育(8)

5 「急がないこと」が、効果を生み出す①

 5番目の項目に進みます。「急がないことが、効果を生み出す」という項目です。

 私は、今日、皆さんに配るための資料プリントを準備してきませんでした。もし、資料を作ったとしても、今、黒板に書いている程度のものであって、それ以外のものではありませんでした。
 私は、今日のために原稿を準備しましたから、たった1枚の資料プリントを作ることぐらいは簡単でした。それをあえて作らなかったのは、話を始める段階で、話をする細かい中身を予めすべて示してしまうことは、効果があるとともに、逆効果もあると思ったからです。板書の働きということとも関連があります。資料プリントを配らなかったことが、結果として良かったか悪かったかは、後で判断してください。

  さて、国語だけに限ったことではありませんが、授業では発問と板書が大切だと言われています。発問も板書も授業の中で重要な働きをしています。その2つのことについて、私が考えていることを述べます。

 まず、発問についてです。
 発問は、授業を展開する核になるものであって、適切な発問ができるかどうかによって、授業の効果が大きく左右されると考えられています。したがって、どのような発問をして授業の効果を高めていくかということは、授業をする者にとっては重要なテーマです。
 けれども、今日はそのことについては触れません。私が問題にしたいのは、質問の言葉ではなくて、生徒の答えに関わることです。その意味では、最も重要な問題というわけではないのですが、言葉の指導という点からは、大切な事柄を含んでいます。
 発問をして、生徒に答えさせるとき、教員が求めていた答えに近いものが生徒の口から出た場合には、教員はどのような反応をしているでしょうか。正答に近いものが生徒の口から出たとき、すぐに「その通りだ」とか「よろしい」とかいう言葉で、生徒との言葉のやりとりを直ちに終えてしまってはいないでしょうか。
 キーワードにあたる部分だけで正しい・誤まっているということを判断する姿勢は改めなければならないと思います。授業を展開する能率は上がるのですが、言葉の指導という点では逆効果を生んでいます。求めていた単語ひとつを聞いただけで、発言を終えさせてはなりません。途中で発言をさえぎると、不完全な表現になります。そのような授業展開が続けば、生徒は単語などを一言、二言述べれば答えたことになるという気持ちになりかねません。授業中にそのようなことを繰り返していたのでは、「職員室に提出物を持ってきても、『先生、これ』と、単語でしかものが言えないんだ」と生徒を批判する資格はないと思います。
 教室での言葉遣いが、日常生活の言葉遣いとかけ離れたものになってはいけません。道ばたで「駅へ行くのは、どの道を通ればよいのでしょうか」と尋ねられたら「向こうに見える交差点を右に曲がって、100メートルほど歩けば駅です」と答えるでしょう。ところが教室では、「この文章の中に変格活用の動詞がありますが、どれでしょう」という質問に対して、ただ一言「去ぬ!」と答えれば、教員はにっこりと「その通りです」と言います。親切に、一単語で答えればすむような質問を用意していると言ってもよいかもしれません。日常生活での対話は文の形で行われているのに、授業中の問答が単語の形で進められていくならば、教室はずいぶんと特殊な世界であると言わなければなりません。話し方の指導とは縁遠い現象が起こっていることになります。
 発問は、言葉としてまとまりのあるものを生徒に答えさせるものであってほしいと思います。そして、生徒の発言を途中で遮ることをしないで、言おうとしていることが完結するのを待つべきだと思います。助け船を出すことによって、先ほどまでの不完全な表現が途中で放置されてしまうということもあります。生徒が言い終わるのを待って、「急がないこと」が、言葉の指導にとっては大切なことです。極端に言い方をすれば、待つことのできない授業は、言語環境を壊す役割を果たしていることになります。

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2007年8月 7日 (火)

これからの国語科教育(7)

4 教員も生徒も「聞く姿勢」を持とう

 聞く人や読む人がいるから、話すことや書くことが成り立ちます。ところが、自分を表現することの積極的な働きが強調されるあまりに、他の人の表現したものを受け入れることの指導が軽視されがちであると思います。
 また、書き言葉を重んじて、話し言葉を軽んじることも多いと思います。

 私はさっき、話すということの意味を強調しました。そのことと矛盾するはずはないのですが、私は、聞くことの指導をもっと推し進めて、聞くという姿勢を持った環境を整えなければならないと考えています。聞くというのは、他人の述べていることに耳を傾けるということです。

 ちょっとだけ、話がそれますが、別のことを述べます。
 心の教育ということが強く言われていますが、心の教育に即効薬のようなものはあるはずはありません。時間をかけて、感動する心や共感する心を培っていかなければなりません。他の人に接するときの細やかさや心遣いを育てることが大事です。
 それは話す・書くという表現活動の場でも、聞く・読むという理解活動の場でも同じです。文章のジャンルの差などは小さな問題に過ぎません。心を育むということに関して、論理的な文章と文学的な文章に差はありません。評論と文学で指導の仕方を変えなくてはならないとは思いません。相手の心を読み取って、その人に迫り、理解・共感するという目的の前では、指導の方法や技術は小さなことに過ぎません。
 心の教育は、国語科だけが担うことではありませんが、国語科の果たす役割は大きいと思います。心の教育は、ちょっとした小手先のことで対応できるものではありませんが、教員の心の持ちよう、教員の態度・姿勢に影響されることは確かであると思います。教員自身が、自分を大切にするとともに、相手を重んじようとする態度をそなえることが不可欠です。

 さて、本題に戻りますが、聞くことを重んじる指導は、自分自身を表現する力を培うこととは矛盾しません。自分の主張や感情だけを前面に押し出す姿勢を反省して、相手の論理や感じ取り方に耳を傾ける姿勢を育てる指導を重視したいと考えています。
 国語の授業の中だけではなく、広く行われているディベートについて、私の考えを述べます。ちょっとした悪口になりますから、熱心にディベートに取り組んでおられる方には、気に入らないと思いますが、聞いてください。
 ディベートは、自分を表現するという目的には大きな効果があります。自分の本当の考えはどうであっても、一定の立場に身を置いて意見を主張するために、さまざまな方策を考えます。そして、議論をして、相手にうち勝つというのは、知的なゲームとしては面白いものです。自己を表現するという目的を達成することができます。
 けれども、自分の胸の中にある考えとは反対の意見を主張しなければならないときには、心の苦しみが伴います。これを免れる方法は、人数に関係なく、本心から意見を同じくする者によってチームを編成すればよいのでしょうが、そうすると、始める前から勝敗が目に見えるものになってしまいます。だから、ディベートは一定のルールを作って、チーム分けをし、考えを戦わせることになります。そのようなことを一応は納得しても、やはり私自身は、どんなに軽いテーマに関することでも、自分の本心に背いた考えを述べなければならない立場に自分自身を置くことを望みませんし、生徒の中にも、心の苦しみを感じる者がいるかもしれません。
 それはそれとして、それよりももっと大きな問題を感じるのは、次のようなことです。自己主張を中心に据えた指導が行き過ぎると、意見の違いを互いに尊重する姿勢や、一段高い立場から互いに合意し、協力する姿勢を育むときの障害になりはしないかということを懸念します。
 聞くことの目的は、聞いて反論するということばかりではありません。聞いて納得する、聞いたことにより自分自身を高めるということも大切なはずです。
 誤解のないように言っておきますが、私は、ディベートを止めようと言うつもりはありません。ディベートの効果はじゅうぶん理解しております。けれども、ディベートに力を注ぐのと同じぐらいの重さで、他人の考えや感じ取り方に耳を傾けて、同感するという指導も行わなければならないと思っているのです。ディベートを勝ち負けだけで終わらせてはいけないのです。
 そして、そういう指導を行うためには、教員自身が謙虚に聞こうとする姿勢を持たなければなりません。私も長く教員を続けてきた者の一人ですが、教員は、自分の考えを生徒に聞かせて、その通りにさせようとする傾向があります。そして、それが正しい指導の方法であると誤解している節もあります。自分の考えに自信を持つことと、その考えを他人に押し広めることとは区別しなければならないのに、それができない教員がいるようです。
 他人の意見に謙虚に耳を傾けようとする姿勢が教員自身になければ、生徒にそのような態度や能力を求めることはできません。先ほど言ったように、生徒を取り巻く言語環境の一つは、教員の姿勢そのものであるのですから、教員自身が見本を示さなければなりません。
 相手の意思や感情に耳を傾けて、相手の心を思いやろうとする姿勢を持つことと、自分を表現する力を育てることとは対立する事柄ではありません。それを合わせ持つことが大切であり、それを育てるのが学校という場であると思います。

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2007年8月 6日 (月)

これからの国語科教育(6)

3 話すことの専門家として③

 さて、話すことについて、付け加えておきたいことがあります。
 教育の場においては、言葉などを飛び越えた、心と心のコミュニケーションも大切です。言葉数は少なくても生徒に対する指導力で素晴らしい効果をあげている教員もいます。けれども、そのような指導を誰もが真似ることはできないでしょう。授業は、言葉と言葉のやりとりで進めることが基本なのです。
 私は、教員という立場を離れた今になって、強く感じています。それは、国語の教員だけのことではなく、すべての教科の教員も同じことですが、生徒に向かって、一方的な話しかできないのは、とても大きな問題を抱えているということです。生徒と言葉のやりとりをして、心に残るものを伝えていくということのできない教員は、教員としての資質を欠いているのだと思います。
 ホームルームなどで、生徒が聞いていようといまいと関係なく、一方的な指示をして、それで「生徒には言っておきました。聞いていない生徒が悪いのです」ということを、平気で言う教員が増えてきたように思います。教員本人はそれで、一定の内容を伝えたつもりになっているのですが、生徒の耳には届いておらず、心の中には何も残っていないという、教育の根本に関わることが起こってきているように思います。それでは、言い伝えたことにはなりません。生徒の心の中に響いて、残るように工夫をしなければなりません。表現は、それによってもたらされる効果が大切なのです。
 国語の授業についても、「私は一生懸命に説明をしたのですが、ほとんどの生徒が理解をしてくれません」ということを言う教員に、私は何度も出会いました。この場合、教員自身の一生懸命さは、自分の正しさを裏付けることにはなりません。生徒が理解をしたかどうかということが大切なのです。大多数の生徒が理解をしないのなら、説明の仕方に問題があったことになります。指導の方法や、説明の仕方を変えて、生徒が理解するように工夫をしなければなりません。
 教員は話すことの専門家であって、教員は生徒を指導する専門の力をそなえた者である、ということを自ら放棄してはならないと思います。教員には、難しい言葉を操るのではなく、易しい言葉で生徒の心に食い込んでいく力が求められているのだと思います。

 もう一つ、別のことを申します。
 授業を助けるさまざまな種類の教材が作られています。例えば、ビデオを見せることによって、言葉だけで説明しているよりも能率よく授業を進めることができます。授業を効率よく進めるために、さまざまな教材があるのは、ありがたいことです。
 けれども、やはり、ちょっと考えなければならないことがあります。1時間の授業の中で、ビデオを20分も30分も見せ続けることは、効果があるのでしょうか。見せることが必要な画面、見せないと効果が上がらないという画面はあります。それはきちんと見せるべきでしょうが、それ以外は教員の言葉で説明するという方法がよいのではないでしょうか。
 たぶん生徒も、教員が教育効果を考えてビデオを活用しているのか、手を抜こうとしてビデオを見せているのかは、見抜いていると思います。教員が自分で工夫をして授業を展開しようとしているのか、他人の作ったものでお茶を濁そうとしているのか、そんなことは誰でも敏感に区別できます。補助的な教材は、あくまで補助です。授業の中心はやはり教員の話です。
 ビデオなどの視聴覚教材は、視覚に訴えて理解させるということの他にも、授業に変化を持たせる効果・惰性を断ち切る効果はあります。だから、だらだらと見せるのでは、かえって逆効果です。
 そして、国語の授業は、やはり言葉を使って説明することが中心であるべきでしょう。国語の授業がビジュアル化されると言っても、おのずと限度があると思うのです。
 ついでにもう一つ。ビデオのアナウンスを流したままで、自分でしゃべる教員がいます。あれほど迷惑なものはありません。ビデオに限りませんが、二つ以上の音声や言葉を同時に聞かせると、集中力が落ちます。いくつもの話を聞き分けたという聖徳太子は例外であって、生徒にそのような指導をすべきではありません。

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2007年8月 5日 (日)

これからの国語科教育(5)

3 話すことの専門家として②

 話を進めます。このように私はテレビ画面の字幕に注目し続けているのですが、実は、テレビの字幕を見ていて、気づいたことがあります。
 テレビに登場する人の中には、小さな声で、または早口のしゃべり方で、あるいは話が下手で、何を言っているのかよくわからない人がいます。そのような話の場合、ありがたいことに、字幕に助けられて、言っていることの意味がかろうじて伝わるということがあります。放送局の側でも、趣旨のよくわからない話は、整理をして字幕で伝えようと努力しているようです。
 けれども、このようなことに安住してはいけません。話し言葉がコミュニケーションの役割を果たさず、書き言葉に助けられているということなのです。

 これと同じようなことを授業で行ってはいないでしょうか。私は今までに、いろいろな場で、ずいぶんたくさんの授業を見せていただきました。授業に教員の個性が表れるのは当然ですが、わかりにくい授業は、避けなければなりません。発音が不明瞭であったり、早口であったりすると、生徒は、教員の言葉をきちんと聞き分けることができません。話の内容が難しすぎたり、論理が飛躍したような説明をすれば、理解せよと求める方が無理です。そして、そのような、わかりにくい話の内容を、かろうじて板書が補っているというような例がありました。
 板書が大切であるということに異論はありませんが、それよりももっと大切なのは話すことです。黒板に書くことが主で、話をすることが従になってしまってはいけません。教員が話すことによって、生徒が理解をする、そして、それをまとめたものが板書であると考えなければなりません。
 何の前ぶれもなく板書を長々と始めて、しばらくしてから板書の中身を説明するというのは、時には効果的な方法となるのでしょうが、そんなやり方ばかりを続けるのは正当な授業であるとは思いません。
 いくら読むことや書くことに重点を置く必要があると言っても、授業は、教員が話すことで展開していきます。書かれた文章を読みとるための指導は、教員が説明をするときの話し方の力量によって左右されます。文章を書くことの指導も、それを説明するときの教員の話し方しだいで効果が違ってきます。
 教員は、一人残らず、話すことの専門家でなければなりません。国語を指導する教員だから言葉の専門家であるという意味ではありません。話すことによって、生徒にいろいろなことを伝えていくのです。知識としての言葉の専門家でなのではなく、技能や態度においての言葉の専門家なのです。そのような意味で、教員は、とりわけ国語の教員は話すことのプロでなければなりません。話すことに自信がないなら、徹底的に自分で自分を訓練するしかありません。
 このことは、話をするのが好きであればよい、話すことが苦手でなければ救われるというようなことを言っているのではありません。授業中の言葉遣いなどについては、次の項目以降で、もう少し具体的に考えてみることにします。

 ところで、そのようなことを言いながらも、私は自分自身を反省せざるをえません。正直に言いますと、私は話すことが苦手です。文章を書くことの方がうんと楽です。だから、今日も原稿を書いてきて、それを見ながら話をしています。けれども、原稿を見ながら話をするというのは、毎日の教室ではできるはずがありません。
 教員になったばかりの頃、私は教科書を手にして授業をすることはできても、教科書を離れて話をすることはまったく苦手でした。シナリオのない話をすることには、自信がなかったのです。
 その端的な現れがあります。私は昭和61年度から3年間、県立教育研修所に勤務しました。教育研修所というのは、教員の研修の手伝いをするという役割ですから、朝から晩まで事務職員のような仕事をしましたが、一方で、個人やグループでテーマを決めて研究をすることも課せられました。グループ研究のテーマとは別に、私が個人テーマとして選んだのは、話し方でした。一つは国語科教員の話し方の問題であり、もう一つはすべての教科の新任教員の話し方の問題でした。話が下手では授業が成り立たない、私を含めて、教員はなぜ話が上手ではないのだろうかという問題意識から出発した研究でした。
 私は、小学校から大学に至るまでの間に、作文については丁寧な指導を受け、自信も生まれました。けれども、話し方について系統的な指導を受けた記憶がありません。話すことが苦手であるという理由を、他人のせいにしてはいけませんが、話し方指導がきちんと行われていなかったことは事実です。そのままでよかろうはずはありません。個人研究の中身で大きなウェイトをおいたのは、学校教育の中で話し方の指導がこれまで、どのように行われてきたのだろうかという調査でした。
 話し方は、本人の能力の問題であるとか、家庭でしつけておく事柄であるとか、小学校・中学校で済ませておくべきものであるとかの理由をつけて、高等学校できちんとした話し方指導をしていない教員がいるように思います。話し方指導を避けて通ってはいけません。国語教育の出発点は、話すこと・聞くことです。話すこと・聞くことの指導ができなくて、難しい内容の授業だけはできるというのは、国語を担当する教員としては、本末転倒であると思います。国語を教える教員は、話すことの専門家であるとともに、話し方を教える専門家でなければならないと、私は強く考えています。

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2007年8月 4日 (土)

これからの国語科教育(4)

3 話すことの専門家として①

 ちょっと話題がそれますが、最近はテレビ番組の画面にずいぶんと文字が現れるようになったと思いませんか。それこそ「十年一昔」のような変わりようだと思います。民間放送の娯楽番組だけではありません。NHKの番組も同じです。
 字幕の中には、文字を点滅させたり、小さな文字をしだいに大きく変化させていったりして、見づらい画面もあります。そういうのは、ちょっと行き過ぎたやり方です。
 テレビ画面に現れる文字が増えたことを、皆さんはどのように感じているでしょうか。わかりやすくなって大歓迎という人もいるでしょうし、逆に、煩わしくて困ると考えている人もいるでしょう。

 なぜ、このようにテレビの画面に文字が多くなったのでしょうか。いろいろな理由があると思いますが、その理由の一つには、実はたいへん重要な事柄が関係しています。
 私は、平成11年度と12年度の2年間、県立淡路聾学校と県立淡路盲学校の校長を兼任して務めました。障害児学校を2つ兼務するというのはたいへんなことでしたが、私にとってはいろいろな面で勉強になりました。高等学校しか知らなかった私は、教育の原点であると言われる障害児学校で、いろいろなことを学びました。障害児学校に勤めることを、皆さんに勧めようとしているわけではありませんが、私自身は、もっと早い段階で障害児学校に勤めておけばよかったと後悔したことは事実です。
 聾である人とのコミュニケーションには手話などを使います。盲である人とのコミュニケーションには点字などを使います。「手話など」「点字など」と言ったのは、それがコミュニケーションの手段のすべてではないからです。
 ところで、NHK教育テレビには「手話ニュース」という番組があります。けれども、あまり広く知られていない事柄なのですが、点字を用いたコミュニケーションには誰も異論を唱えないのに対して、手話を用いてコミュニケーションを押し進めることについては、聾教育の関係者の中にもいろいろな意見の違いがあって、激しい議論が交わされているという状況があります。
 けれども、聴覚が不自由な人のために、テレビ画面などに文字を入れてほしいという要望に関しては、意見の対立はありません。みんなが望んでいることなのです。
 私が校長を務めていた当時に、近畿聾学校長会と近畿聾学校PTA連合会が力を注いだのは、テレビの画面に字幕を増やすように働きかけるという取り組みでした。NHK大阪中央放送局はもちろんですが、神戸や京都などの、府県のキーとなる放送局にも要望書を提出して、テレビ画面の字幕を大幅に増やしてほしいということを頼み続けました。また、全国の聾学校長会のレベルでも、この課題に取り組みました。NHKは、すべての番組に即座に字幕をつけることは無理だが、できるだけ要望に沿うように取り組みたいと言ってくれました。NHKテレビの字幕はしだいに増えて、総合テレビのニュースなどでも、かなり目につくようになってきました。
 それによって、まったく音が聞こえない人にも、難聴の人にも、大きな利益が得られることになりました。民間放送の番組の中には、もう少し違った目的で字幕を多く入れているものもあります。けれども、商業的な目的からであっても、字幕が増えることによって、喜びを感じている人が大勢いることは間違いありません。
 このような話は、耳が不自由でない人には、なかなかわかりにくいことであると思います。
 以上に述べた、聾の障害のある人とテレビ字幕との関係は、重要な意味があるのですが、今日の話の中では、余談になります。
 ただ一つだけ、この後の私の話と関連することを言っておきます。字幕というのは、単語だけをポツリポツリと画面に出すことを言っているのではありません。文の形として整った表現を画面に出すこととしての字幕です。

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2007年8月 3日 (金)

これからの国語科教育(3)

2 できるだけ「やさしい言葉」を使いたい

 次の話に移ります。
 県立教育研修所が編集をしている『兵庫教育』という雑誌が、今年(2003年)の9月号に《言語環境》をテーマにした特集を組みます。その号に6ページ分の文章を書くようにという依頼がありました。頼まれてからの時間に余裕があまりなくて、慌てて原稿を提出しました。
 言語環境という言葉は、どのような内容を指しているのか、その範囲は私にはよくわかりません。もしも、言葉の生活に関して、生徒を取り巻くものすべてが言語環境であるとすれば、国語を担当している者だけではなく、教職員すべてが、その環境としての役割を果たさなければなりません。けれども、とりわけ国語を担当している教員が果たす役割は大きいはずです。

 私は今、皆さんに話をしています。国語の教員である皆さんに対して、もっと教育についての専門用語を使って話すべきであるという意見もあるかもしれません。けれども、私は、できるだけ易しい言葉を使って話をしようとしています。私が、勉強不足で、難しい専門用語を知っていないというのも理由の一つですが、難しい言葉を使いたくないというのも理由の一つです。難しく、抽象的な言葉を使わなくても、言いたいことは伝わるはずであると考えるからです。私は、これまで、そのような気持ちで、話をし、文章を書いてきました。生徒に向かって話すときも、どうしても使わなければならない場合以外は、抽象的な言葉や、難解な言葉は使うのを避けてきました。そして、その結果、特別に不便を感じたことはありませんでした。
 言うまでもないことですが、言葉は人と人とをつなぐものです。相手に通じにくい言葉を使うことは、相手に対して失礼なことになります。また、難しい言葉を使うと、相手に正しく伝わらないかもしれないという不安も生じます。書くときも、話すときも同じです。表現する際には、きちんと相手に伝えようとする心遣いが大切です。教職員みんなが、相手のことを考えて、正確で、易しい言葉を使うことこそが、学校全体の言語環境を正す基本であると思います。
 誤解のないように言っておきますが、言語環境を正すというのは、きちんとした標準語を使おうとか、外来語を使うのを少なくしようとか、発音やアクセントを東京の言葉に近づけようとか、話のスピードをある一定のものにしようとか、そんなことを言っているのではありません。
 誰でも理解できる程度の言葉遣いであるのなら、外来語を使おうと、方言を使おうと、専門用語を使おうとかまわないと思います。関西人ですから関西アクセントでじゅうぶんです。話のスピードは人によって特徴があります。
 私が言いたいのは、言葉を使って、相手に語りかける姿勢のことです。難しい言葉を使うまいというのは、言葉を易しいものに言い換えようという提案をしているのではありません。話したり書いたりするときの、聞き手や読み手に対する心遣いが深ければ、言葉の選び方や、話し方・書き方に違いが現れるはずだと思うのです。
 易しい言葉は価値の低い言葉ではない、と私は思っています。易しい言葉で高度な内容を語れないことはないはずなのです。
 板書で、「やさしい」という言葉を平仮名で書いたのには理由があります。平易な言葉・「やさしい」言葉は、相手に対する優しさに満ちた言葉・「やさしい」言葉でもあると思います。

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2007年8月 2日 (木)

これからの国語科教育(2)

1 十年一昔ということ

 私は、平成13年4月から明石西高等学校での勤務を命じられましたが、そのときの着任式で、生徒に向かって次のような話をしました。
 私は、全校生徒に向かって話をするときは、必ず原稿を作りました。したがって、着任式で話したことを再現できるのですが、このような話です。聞いてください。

 9歳で目が全く見えなくなり、18歳で耳が不自由になった福島さんという金沢大学助教授が、今年(平成13年)、東京大学先端科学技術センターの助教授に就任することになりました。福島さんは、社会のあちこちに存在するバリア(障壁)を取り除くために、さまざまな研究者との共同研究を通じて新たな分野を切り開きたいという意欲を示している、と新聞は伝えていました。
 ところで、先端科学技術センターでの福島さんの任期は、10年がメドになります。この10年任期という制度は先端科学技術センターの理念のひとつで、同じ仕事をしていると惰性に陥りがちになるという弊害を打破するために生まれたということです。
 10年という長さを、一昔という言葉で表すことがあります。誰にとっても、10年という期間は長く、その間には何らかの変化や成果が生まれるものであると思います。一定の期間が終われば、環境を変えて新たなものに取り組むということが人を成長させることになるでしょう。会社員や公務員には転勤が宿命づけられています。スポーツや芸能や文化に携わる人や、伝統技術を守り続けている人も、何年かに一度は脱皮して、新しい分野を開拓したり、新しい目標を設定したりしながら活動されているに違いないと思います。独立して事業を営む人も、同じような努力を続けておられることでしょう。もちろん、10年というのは一般的な言い方です。人によってはそれが5年のこともあるでしょうし、人によってはそれが15年のこともあるでしょう。
 しかし、「十年一昔」というのは、惰性を打破する区切りを持とうとする、人間の生きる知恵があらわれている言葉でもあるように、私には思われるのです。

 以上が、平成13年4月の着任式で話した内容です。私は生徒に向かってこのような話をして、一緒に着任した方々ともども、気持ちを新たにして仕事に取り組むということを言いました。

 この研修に参加している皆さんは、教員になって以来、たぶん2校目か3校目あたりの勤務なのだろうと思います。
 私が勤め始めた頃は、同一校9年勤務という異動方針がきちんと確立していない時代でした。私は最初の勤務校の加古川東高等学校には10年間勤めました。次に勤めた姫路西高等学校は9年間でした。それ以後は、私の意思とは関係なく、異動のサイクルが短くなりました。けれども私は、最長で9年とか10年とかの勤務年数は適切であると思っています。
 そして、この10年経験者研修についても同じような意味を考えています。人間は何かに安住すると、惰性に陥ることがあります。それを打破する区切りが必要なのです。
 私は、先ほど、このような研修があることを羨ましいと言いました。ずいぶん昔になりますが、教員を兵庫教育大学大学院へ派遣するという制度ができました。それができて1~2年後のことなのですが、私は大学院で勉強したいという希望を申し出ました。けれども当時の姫路西高校の校長からは、たとえ2年間でもお前がいなくなっては困ると言われて、あきらめました。校内の事情によるものでした。そして、その後も、長期の研修の機会などを与えられることはありませんでした。そのような38年間の教員生活を過ごしてきた私にとっては、きちんとした予算の裏付けを伴って、存分に研修の機会が与えられる今の教員は恵まれていると思います。

 そのようなわけで、私にとっては10年目の区切り、19年目の区切りは学校を異動するということだけでした。皆さんにとっては、10年次研修が、もしかして陥っているかもしれない惰性を打破して、次への転機になってほしいと思います。

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2007年8月 1日 (水)

これからの国語科教育(1)

はじめに

 10年経験者研修というのが始まりました。幾日にもわたる研修の日程が組まれていますから、たいへんなことだろうと思います。
 私は昭和40年4月に高等学校の教員になりました。それから38年間が過ぎて、平成15年3月末で退職をしましたが、その間、教員の研修のシステムは、本当に様変わりをしました。
 私にとっては、初任者研修も10年経験者研修も何もありませんでした。後になって聞いてみると、同じ学校に勤めていた誰かは、新任教員研修に参加したようですが、それも1日か2日間程度であったようです。同じ学校に同時に5人も新任教員がいたのですから、全員を研修に行かせるというのは無理な話だったようです。
 私の新任教員の時代は、教員になったとたんに、1週間に20時間以上の授業を担当して、補習や部活動にも汗を流していました。今では思いもよらないと思いますが、毎晩、学校に誰かが泊まるという宿直の用務もあって、年若い教員がベテラン教員から頼まれれば、その人の分まで代わって宿直をしていました。そのような時代でした。
 初任者研修、5年経験者研修、10年経験者研修、15年経験者研修というようなのは、私の時代には夢のまた夢でした。学校を離れるのは、日曜日に行われる部活動の試合ぐらいであったかもしれません。ですから、このような研修を受けることのできる世代が羨ましくてしかたがありません。

 今日のタイトルは「これからの国語科教育」という、たいそうなものですが、私は、これからの高等学校の国語教育に携わる立場にありません。いわば、「これまでの国語科教育」に関わってきた人間に過ぎませんので、これまでの国語教育に関わってきて、考えたこと・感じたことを話すことしか、私にはできません。
 そのようなわけで、私個人がこれまでに考えてきた、いわば独断や偏見に満ちた国語科教育についての考えを話します。たとえ一つでも、何かの参考になって、何かを考える糸口になればという思いで話をしますが、参考になる話になるかどうかはわかりません。
 「これからの国語科教育」というタイトルをいただきましたが、私が言いたいことは、「言葉の流れを滑らかにする」ということです。それが今日の話のテーマであると考えてください。
 この10年経験者研修を担当されている係の方からは、予め、言葉の指導に重点を置いて話をしてほしいという依頼をいただいています。したがって、文学に関する話や、古典の領域についての話は、今日は割愛します。ご了解ください。

 血がドロドロになると血管が詰まって、いろいろな病気の原因になります。野菜などをたくさん食べると血がサラサラになります。そのような食生活の勧めを聞くことがあります。年齢を重ねると、健康についての話題には敏感になります。
 ところで、言葉もまったく同じだと、私は思っています。言葉は、人と人とをつないで、コミュニケーションを滑らかにする役割を果たしています。そのような大切な役目を担っている言葉の流れをサラサラにしようではないかというのが、今日のテーマです。国語の指導の中身として、言葉の流れを滑らかにするような指導が大切なのではないかということを話そうと思っています。
 それでは、これからの話の項目を書きます。
  1 十年一昔ということ
  2  できるだけ「やさしい言葉」を使いたい
  3  話すことの専門家として
  4  教員も生徒も「聞く姿勢」を持とう
  5  「急がないこと」が効果を生み出す
  6  研究・研修を共有するために

 このような6つの項目で話をするつもりですが、カギ括弧の部分は、いわばキーワードのようなものです。結論はいたって簡単です。ただし、話の結論が簡単であるから、それを実行することも容易であるかというと、そうでもありません。そのことこそ、皆さんに考えてもらいたいと思っていることなのです

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