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2007年9月30日 (日)

【掲載記事の一覧】

 今年の猛暑もおさまって、秋らしさがつのってきました。
 このブログの記事の数が400を超えました。
 ブログをお読みくださってありがとうございます。
 これまでに連載した内容について、コメントを添えてご案内します。
 お読みくださって、感想・意見・連絡などがありましたら、
       kyoiku.kokugo@gmail.com
  宛に、よろしくお願いします。
 10月1日からは、「言葉カメラ」を再開する予定にしています。

≪掲載を継続しているもの≫
◆国語教育を素朴に語る (1)~(40)~継続予定
    [2006年8月29日~2006年10月1日]
    [2007年4月1日~2007年4月6日]
 雑誌『月刊国語教育』(東京法令出版)に毎月連載している、中学校・高等学校の国語科教員向けの文章です。現在のところ、2007年(平成19年)12月号までの執筆を終えました。それが連載48回目にあたります。このブログのタイトルは、その題名をそのまま使っています。

◆神戸圏の文学散歩 (1)~(5)~継続予定
   [2006年12月27日2006年12月31日]
 雑誌『月刊国語教育』(東京法令出版)に、年2回のペースで連載しているものです。カラーグラビアに文章を添えて4ページ構成です。1回につき30枚以上の写真を載せますから、取材・撮影にも時間がかかります。①明石、②須磨、③有馬、④高砂、⑤尼崎、⑥生田・布引、⑦芦屋が雑誌に掲載済みです。⑧は加古川で、2007年(平成19年)12月号に掲載されます。以後の予定は、⑨赤穂、⑩伊丹です。

◆言葉カメラ (1)~(85)~継続予定
    [2007年1月5日~2007年1月31日]
    [2007年2月21日~2007年2月28日]
    [2007年3月16日~2007年3月31日]
    [2007年4月19日~2007年4月30日]
    [2007年5月9日~2007年5月30日]
 書き下ろし(撮りおろし)です。言葉に関する写真にコメントを添えています。
 1冊の本にまとめられたら嬉しいと思っています。まだまだ材料はいっぱいあります。

◆ゆったり ほっこり 方言詩 (1)~(42)~継続予定
    [2007年2月1日~2007年2月20日]
    [2007年3月1日~2007年3月15日]
    [2007年5月1日~2007年5月7日]
 方言で書かれた詩や、方言にまつわる詩です。学生たちが書いた作品を紹介しています。

◆六甲の山並み[言葉つれづれ] (1)~(4)~継続予定
   [2006年12月23日~2006年12月26日]
 書き下ろしです。折に触れて言葉に関して考えたことです。この連載は、時々、再開する予定です。

◆おもしろ日本語・ふしぎ日本語 (1)~(27)~継続予定
    [2007年1月1日~2007年1月4日]
    [2007年6月7日~2007年6月29日]
 書き下ろしです。新聞・雑誌などの文章の事例に基づいて、感じたことを書き綴ります。この連載は、時々、再開する予定です。

◆鉄道切符コレクション (1)~(24)~継続予定
    [2007年7月8日~2007年7月31日]
 これまでに収集した鉄道(ロープウエイ、ケーブルカー、バスなども含む)の記念乗車券などを紹介します。もとより、系統的なコレクションではありませんが、珍しいものも含まれているかもしれません。連載は100回を超えるかもしれませんが、何回かに分けて連載します。

◆写真特集・さくら (1)~(11)~継続予定
    [2007年4月7日~2007年4月17日]
 兵庫県内を中心として、桜の写真10枚で構成しました。これからも続けますが、再開するのは来春です。

◆写真特集・季節の花 (1)~(3)~継続予定
    [2007年5月8日、5月31日、6月30日]
 季節の花の写真10枚で構成しました。これからも、折りに触れて掲載します。

◆屏風ヶ浦の四季 (1)~継続予定
    [2007年8月31日]
 明石市の海岸線にある屏風ヶ浦を写真で紹介します。月1回のペースで掲載します。

◆昔むかしの物語 (1)~継続予定
    [2007年4月18日]
 何かの記事や出来事に触発されたときに、思い出したように書くことになるだろうと思います。

≪掲載が完結しているもの≫
◆相手を思いやる姿勢と、自分を表現する力 (1)~(3)
    [2006年10月2日~2006年10月4日]
 雑誌『兵庫教育』(兵庫県教育委員会)に掲載した、教員向けの文章です。

◆学力づくりのための基本的な視点 (1)~(7)
    [2006年10月5日~2006年10月11日]
 雑誌『月刊ホームルーム』(学事出版)に掲載した、学級(ホームルーム)を担当している教員向けの文章です。

◆教員志望者に必要な読解力・表現力 (1)~(18)
    [2006年10月16日~2006年11月2日]
 雑誌『教職課程』(協同出版)に掲載した、教員志望者(学生など)向けの文章です。

◆教職をめざす若い人たちに (1)~(6)
    [2007年6月1日~2007年6月6日]
 機関誌『教職教育センター年報2006年度』(甲南大学教職教育センター)に掲載した、教員志望者(学生など)向けの文章です。

◆これからの国語科教育 (1)~(10)
    [2007年8月1日~2007年8月10日]
 高等学校国語科教員向けの講座(兵庫県教育委員会)で話した内容をまとめました。

◆現代の言葉について考える (1)~(7)
    [2007年7月1日~2007年7月7日]
 入学したばかりの高校1年生に向けて話したことを文字に直したものです。文章体の原稿を準備していましたので、それを使いました。

◆兵庫県の方言 (1)~(4)
   [2006年10月12日2006年10月15日]
 ラジオ関西で放送したものの原稿です。時間は30分間で、対象は高齢者(と一般聴取者)です。

◆暮らしに息づく郷土の方言 (1)~(10)
    [2007年8月11日~2007年8月20日]
 神戸新聞文化センター主催の「さわやか大学」で話した内容をまとめました。

◆姫路ことばの今昔 (1)~(12)
    [2007年9月1日~2007年9月12日]
 かつて、兵庫県立歴史博物館の講座で話した内容をまとめました。

◆私の鉄道方言辞典 (1)~(17)
    [2007年9月13日~2007年9月29日]
 以前に「鉄道文学」(三重大学鉄道研究会)に書いたのをまとめたものです。

◆高校生に語りかけたこと (1)~(29)
    [2006年11月9日~2006年12月7日]
 自家版『ことば旅3』からの転載です。いろんな機会に高校生に向かって話したことを集めたものです。

◆高校生に向かって書いたこと (1)~(15)
    [2006年12月8日~2006年12月22日]
 自家版『ことば旅3』からの転載です。いろんな機会に高校生に向かって書いたことを集めたものです。

◆明石焼の歌 (1)~(3)
    [2007年8月28日~2007年8月30日]
 明石市が募集した「明石焼の歌」に応募した作品を載せました。

◆1年たちました (1)~(7)
    [2007年8月21日~2007年8月27日]
 このブログをはじめてから1周年になったことに関して、思ったことなどを述べました。

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2007年9月29日 (土)

私の鉄道方言辞典(17)

ヤツシロイキ〔八代行き〕   かつて、昭和30年代には、こんな普通列車が存在した。熊本県八代市は、懐かしい響きを持って、身近な存在であった。昔は、旅情をかきたてられるような長距離・鈍行列車が走っていた。当然、途中で夜行列車になる。

ヤマガワ〔山側〕   阪神間や播磨地域を東西に走る鉄道は、常に一方が海、他方が山。その位置が逆転することはない。山陽電気鉄道の運転室のスイッチ類には「浜側」「山側」の表示がある。

リクハシ〔陸橋〕  陸橋(りっきょう)のこと。初めて「リクハシ」という言葉を聞いた時は、奇妙な感じがした。
  「リクハシオ ワタッテ ニバンセンエ オワタリクダサイ。」

リッキョー〔陸橋〕   鉄道線路や道路を横断するために、その上に架けられた橋。

リューセンケー〔流線型〕    華やかな匂いのする言葉。一時期、電車も機関車も流線型ばやりの時期があったという。私はその全盛期を知らないが、その残り香のような電車は見た。山陽電気鉄道の200系もこの流れをくんだ電車であった。時には、リューセンガタと言うこともある。

レール    線路は路盤全体を指し、レールはレールだけを指す。しかし、レールという言葉は、鉄道そのものの代名詞のような働きもする。私は大のレール・ファンである。

レンケツ〔連結〕   (車両などを)一続きになるようにつなぐこと。
  「ロクリョーレンケツ」、「レンケツスル」=車両をつなぐ。

ロープウエー   鋼索鉄道。空中ケーブルとも言う。

ローレルショー〔~賞〕    鉄道友の会が毎年、優れた通勤型列車に与える賞。かつて、山陽電気鉄道のアルミカーが受賞した。豪華列車などに与えられるのはブルーリボン賞。

ロクサンガタ〔63型〕   旧国鉄の国電車両の型名。敗戦後、車両不足にあえぐ全国の私鉄に同じ規格のものが導入された。山陽電気鉄道にも配備され、同社は700系と名付けた。山陽電気鉄道初めての大型車であり、同社の設備の近代化に役立った。旧来の小型車両に比べると貫禄があった。車両の形からカマボコガタとも呼んだ。

ロッコー〔六甲〕   六甲山系の南側には、阪急電鉄の六甲駅がある。JR東海道線には六甲道駅がある。神戸電鉄の、六甲山系の北側にある神鉄六甲駅は、かつて六甲登山口と称していたのを改めた。阪急六甲は山陽電気鉄道から乗入れ電車の終点となっていた時期がある。

ロッコーミチ〔六甲道〕   JR東海道線の駅。阪神大震災において、JRで最も大きな被害を受けたところ。「道」と付くのは、JR六甲道の他に、阪急電鉄と阪神電気鉄道の春日野道、近畿日本鉄道の俊徳道、京福電鉄の竜安寺道などがある。

ロッコーライナー〔六甲~〕   六甲アイランドを走る新交通システムの愛称。

ロマンスカー   かつて、山陽電気鉄道は800型をこのように呼んでいた。小田急電鉄あたりで使っていた呼び名を真似たものであろうと思われる。

ロマンスシート   2座席を1組とした座席。ロマンスカーの座席である。

ワシュー〔鷲羽〕   国鉄山陽本線・宇野線にかつて走っていた、大阪-宇野間の準急電車。四国連絡の役割とともに、阪神-播磨-岡山連絡も担っていた。湘南電車の塗色のものが、1日に何本も走っていた。現在のL特急のようなものである。懐かしい響きの残る電車である。

ワダミサキセン〔和田岬線〕    正式にはJR山陽本線である。枝線ゆえに通称名で呼ぶ。兵庫駅と和田岬駅の両端2つしか駅がない。和田岬地区には大工場があり、朝夕だけ走る通勤路線。途中にカネボーマエ〔鐘紡前〕という駅があったが昭和37年に廃止された。

ワンマン   車掌が乗務しない列車。JR線の一部などでは料金業務も行っている。山陽電気鉄道網干線は、平成7年6月からワンマン運転に切り替えた。阪急電鉄も甲陽線で実施している。ワンマンとはいえ、バスのような料金取扱い業務をしない。

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2007年9月28日 (金)

私の鉄道方言辞典(16)

ポーアイ   ポートアイランドの略。ポートアイランドは、神戸市が神戸港沖に造成した人工島。神戸新交通ポートアイランドセン〔線〕を略してポーアイセン〔線〕と言い、また、この人工島のことを略してポーアイとも言う。

ボーギ〔棒木〕   電柱。デンシンボーギ〔電信棒木〕とも言う。デンシャノ ボーギ〔電車の棒木〕は、架線を吊るための支柱。

ホージョーセン〔北条線〕   かつての国鉄北条線は、今は第三セクターのホージョーテツドー〔北条鉄道〕となっている。

ポートライナー   神戸新交通ポートアイランド線の愛称である。なぜか関西は「ライナー」ばやりである。旧国鉄時代からのブルーライナー、シティーライナー。近鉄の難波-名古屋間を走るのはアーバンライナー。

ホーム   駅の乗降用に作られているプラットホームの略。

ホーメン〔方面〕   山陽電気鉄道には、行き先表示に「阪神方面」「阪急方面」と書いている電車があった。山陽電気鉄道線から神戸高速鉄道を経て、阪神・阪急に乗り入れるという意味は読み取れるが、阪神線(あるいは阪急線)のどの駅まで行くのかは明示されていない。始発の姫路辺りでは問題がなくても、終点が近づくにつれて気になりだす。

ポール   電車が架線から電気を取り入れるための、棒状の装置。今は、全国的にも姿を消して、やや複雑な形のもの〔ビューゲル〕が使われている。

ポイント   列車の分岐点で進む方向を決める装置。

ホクシン〔北神〕   神戸市の六甲山の北側の地域。北区を指して言うことが多い。鉄道に関する言葉としては、ホクシンキューコーに同じ。

ホクシンキューコー〔北神急行〕   神戸市営地下鉄の新神戸駅と神戸電鉄の谷上駅とを結ぶ鉄道で、駅は両端のこの2つしかない。神戸市営地下鉄と相互乗入れをしている。六甲山系を南北にトンネルで貫いている。六甲の北側地域からは、神戸電鉄の鈴蘭台駅経由よりも短時間で神戸の中心部に出られる。

ボロデン〔~電〕   旧来の小型電車が幅をきかせていた頃の山陽電気鉄道を、国鉄や他私鉄と比較して、戯れてこのように呼んだ時期があった。今はまったく似合わない。

ホンジョー〔本荘〕   山陽電気鉄道のハリマチョー〔播磨町〕駅の旧称。

マイココーエン〔舞子公園〕   山陽電気鉄道の駅。ホームの電柱に、駅名を平仮名で「まいここぅえん」と、「う」を小さく書いていた時期があった。

マクラギ〔枕木〕   文字通り、レールの枕となる「木」であるが、今ではコンクリート製の枕木が多い。

マンインツーカ〔満員通過〕    バスの用語。乗客がいっぱい乗っていて、もうこれ以上乗せられないという場合に、停留所を通過するという意味で、車掌から運転手に向けて送られていた言葉。バスのワンマン化によって、この言葉は死語となった。

ミキセン〔三木線〕   かつての国鉄三木線は、今は第三セクターのミキテツドー〔三木鉄道〕となっている。2008年での廃止が決定している。

ミツコシマエ〔三越前〕   かつての神戸高速鉄道西元町駅の近くに三越・神戸店があったので、西元町駅の駅名板には「三越前」と注記があった。三越・神戸店が縮小・移転したので、この表示は廃止された。

モトコー〔元高〕   JRの元町駅から神戸駅へ続く元町高架下商店街。片仮名で「モトコー」と書く。

モトヤマ〔本山〕   JR摂津本山駅。市民には摂津の国の本山という意識はない。地域の中学校は本山中学校である。「摂津」と付くJR駅は、他に摂津富田(高槻-茨木間)がある。ちなみに近鉄南大阪線の河内長野行きの電車も「長野」としか書いていない。

モノレール   モノレールで思い出すのは、姫路を走っていたものである。開催された博覧会の輸送用に建設され、その後、廃止になった。今も、橋桁などが無残な姿で残っている。

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2007年9月27日 (木)

私の鉄道方言辞典(15)

ヒッコミセン〔引き込み線〕    鉄道の本線から車庫や工場などへの連絡線。ヒキコミセンという発音が崩れると、このようになる。

ヒトマル〔人丸〕    山陽電気鉄道ヒトマルマエ〔人丸前〕駅を略して、このように言うことが多い。歌聖として知られる柿本人痲呂をまつる人丸神社の近くにあるので、このように命名した。明石駅の東隣で高架化されている。

ヒョーゴ〔兵庫〕    いにしえの山陽鉄道の神戸側のターミナル駅であるから、今も駅舎はどっしりと落ち着いて風格がある。今のJRヒョーゴエキ〔兵庫駅〕の北側に、かつて、山陽電気鉄道の神戸側のターミナルの兵庫駅があった。ヒョーゴは、①兵庫県、②神戸市兵庫区、③JR兵庫駅(および、その周辺)という、意味の広狭がある。

フジナガタゾーセン〔藤永田造船〕   山陽電気鉄道の車内にあった銘板の中のこの社名が印象に残っている。造船所が電車を作るという面白さも印象を強めた。懐かしい会社名である。

フタミ〔二見〕   山陽電気鉄道の東二見駅を略して言う。明石市二見町は、東二見、西二見、福里の字に分かれるが、山陽電気鉄道の駅があるのは東二見。ヒガシを略してフタミということが多い。東二見と播磨町の間は、山陽電気鉄道の中で駅間距離が特に長いところ。その後、西二見駅が新設された。
  「ツギワ ヒガシフタミ、フタミデス。」

フツー〔普通〕   普通電車。JRでは各駅停車と普通とは別のようである。

フツーシャ〔普通車〕   山陽電気鉄道の用法では普通電車のこと。各駅停車の電車であって、JRなどで使うグリーン車の対ではない。
  「トッキューワ アカシデ フツーシャニ セツゾクシトル。」

フミキリ〔踏切〕   道路と鉄道線路とが同一平面上で交差しているところ。

フミキリチューイ〔踏切注意〕   かつては、無番無警報の踏切に、ぽつんと縦長の立て札があって「ふみきりちゅうい」と書いてあることが多かった。旧国鉄では「きしゃに ちゅうい」もあった。

フミキリバン〔踏切番〕   踏切警手。最近は警手のいるところは少なくなった。山陽電気鉄道では皆無。関東の大手私鉄の東武鉄道と京成電鉄が並行して走っている所(東武業平橋駅・京成押上駅の東方)で踏切警手を見て、懐かしい気持ちになったことがある。

プラットホーム   駅などで乗客の乗降、荷物の積み降ろしなどのために、線路に沿って設けた施設。バス停でもターミナルのようなところでは、プラットホームと称している地域がある。

ブルーライナー   JRの新快速電車の前身というか、元祖というか。ブルーライナーは文字通り、青の塗色。のち、新塗色のものをシティーライナーと呼んだ。

ヘッドマーク   電車や機関車の一番前につける、飾りのマーク。特急などの列車名の場合もあるが、イベント宣伝などのために付けることもある。

ベフ〔別府〕   大分県別府市ではない。加古川市ベフチョー〔別府町〕。山陽電気鉄道の別府駅があり、ベフテツドー、ベフカガク(別府化学)というような企業があった。

ベフテツドー〔別府鉄道〕   かつての非電化私鉄の名。兵庫県加古川市別府町を拠点にしていた鉄道。国鉄高砂線野口駅と山陽本線土山駅とに接続するため、別府からV字型の路線を持っていた。そのV字の付け根の部分で接続していたのが山陽電気鉄道の電鉄別府駅。別府鉄道は、多木製肥所(現在は多木化学)の工場から製品積み出しの役割を担って開通したが、旅客営業もしていた。野口線は、旅客用のディーゼルカーが単行で走っていた。土山線は、貨車群の後ろに客車が1両つながっているという風景も見られた。土山線には、古風で小さな、愛嬌のある蒸気機関車が走っていて、ドラマなどのロケにも使われたという。国鉄高砂線の廃止とともに別府鉄道も廃止された。会社は存続してタクシー部門が営業をしている。

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2007年9月26日 (水)

私の鉄道方言辞典(14)

ノボリ〔上り〕    基本的には東京に向かうのが上りである。京阪神間では、東行きの列車というイメージである。

ノリアイ〔乗合い〕    バスのこと。乗合自動車。よほどの老人でなければ使わない。しかし、岐阜乗合自動車というような社名には郷愁が残る。ノンリャイ、ノッリャイとも言う。
  「ノリアイガ ハシットルサカイ ベンリヤ。」

ノリアイバス〔乗合い~〕   バスのこと。乗合自動車。ノンリャイバス、ノッリャイバスとも言う。

ハサミ〔夾み〕    切符を改札する時に使うパンチのこと。

バス   乗合自動車。

パス   ①鉄道・バスなどの定期乗車券。「無料パス」というような言い方をする。②老人の中には、バスのことをパスと発音する人がいた。もう聞かれなくなった。

バステー〔~停〕   バスの停留所。

ハナデンシャ〔花電車〕    祭りなどのときに、装飾を施して走らせる電車。かつて神戸市電が健在の時、みなとまつりの折などに運転したことがあった。時には脇浜終点から阪神電気鉄道の国道線に乗り入れたこともあったように思う。

ハナニンギョー〔花人形〕    花で衣裳を作った人形。秋の菊人形に対して、春はツツジやカーネーションなど? で花人形を作った。山陽電気鉄道が明石城内に人形館を作って経営していた。

ハマガワ〔浜側〕   山陽電気鉄道の運転室には、ドアの開閉などについて「山側」「浜側」という表示をしている。神戸と播磨を結ぶ鉄道は、どこまで行っても山側と浜側(海側)とが逆転することはない。山側=北、浜側=南である。ただし、飾磨から姫路に向かって北上するときだけは山側と浜側の区別はなくなる。そして、くるりと右へ回って姫路駅へ滑り込むとき、山側と浜側とが逆転する。姫路から神戸へ向かう山陽電車は、姫路駅の部分だけは西に向かって発車するのである。阪神電車の運転台にも、同様の表示がある。明石駅の山側、須磨駅の浜側などという言い方は、日常的に使われている。臨海部を走る山陽電気鉄道は、「シーサイド・エクスプレス」という名称を使い始めている。

ハヤシ〔林〕    山陽電気鉄道林崎松江海岸駅を略して言う。旧称は林崎駅。地域にある学校は、市立林小学校である。

ハヤッサキ〔林崎〕   山陽電気鉄道林崎松江海岸駅の旧称。正確にはハヤシサキ・マツエカイガン。現称が長い駅名なので、今でも前半だけを言う人が多い。

バラス   線路や道路に敷く小石や砂のことであるが、鉄道の場合は砕石である。
  「センロニ バラスオ ヒク。」

ハンキュー〔阪急〕    阪急電鉄は、箕面有馬電気軌道→阪神急行電気鉄道→京阪神急行電気鉄道→阪急電鉄という名称をたどった。子供の頃には、阪急には普通電車がなくて、急行以上の電車ばかり走っているのかと考えたこともあった。球団名としての阪急(ブレーブス)はなくなった。

ハンキューデンシャ〔阪急電車〕    ハンキューに同じ。

ハンコク〔阪国〕    阪神国道の略。阪国を走っていた阪神電気鉄道の国道線は、昭和50年に廃止された。

ハンシン〔阪神〕    阪神電気鉄道。ただし、一般には、阪神という言葉の指すものはいろいろある。阪神電鉄「ハンシンガ ジコデ オクレタ。」、阪神タイガース球団「ハンシンガ キョジンニ カッタ。」、阪神地方「ハンシンカラ ヒメジニ テンキンニ ナッタ。」(兵庫県阪神教育事務所とか、新聞社の阪神支局とか)。地域名としての阪神は、尼崎市から芦屋市にかけてのハンシンカン〔阪神間〕の地域と、その北部に広がる地域。すべて兵庫県に属する。

ハンシンコクドー〔阪神国道〕   阪急電鉄に阪神国道という駅がある。高架で、阪神国道を跨いで作られている。

ハンシンデンシャ〔阪神電車〕    ハンシンに同じ。

パンタ   パンタグラフを短く言ったもの。

パンタグラフ   電車や機関車が架線から電気を取り入れるために、屋根の上に設置している菱型の装置。

バンタンセン〔播但線〕    姫路-和田山間のJR線。姫路辺りで聞く、バンタンとだけ言う呼び名にはどこか長閑な響きが漂う。ところで、バンタンという発音には、いくつもの文字遣いがある。それは、播磨の国の周囲にある国々、但馬の「但」、丹波の「丹」、淡路の「淡」が、いずれも音読でタンであることに由来する。播但線の他に、播丹鉄道(国有化前に、今の加古川線・三木鉄道・北条鉄道を経営していた会社の名前)、バンタンキセン〔播淡聯絡汽船の「聯絡」を省略〕(明石-岩屋間の航路を経営していた会社の名前)と多彩である。

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2007年9月25日 (火)

私の鉄道方言辞典(13)

トーザイセン〔東西線〕   東西に走る路線という、単純明快な命名。しかし、神戸のように、北が山、南が海という土地においては、ぴったりとする呼び名である。神戸高速鉄道の山陽電気鉄道西代-阪神電気鉄道元町、阪急電鉄三宮間を結ぶ路線。大阪にはJR東西線、東京には営団地下鉄東西線がある。

トクベツキューコー〔特別急行〕   特急。今では略した言い方(トッキュー)が当り前になっている。

トッキュー〔特急〕    特別急行の略称であるが、略した呼び方であると思っている人は何人いることだろう。

トッキューマチ〔特急待ち〕    特急に追い越されるために時間待ちをすること。
  「コノ デンシャワ アカシデ トッキューマチオ シマス。」

ドリームゴー〔~号〕   高速夜行バスの草分け。かつての神戸発東京行きドリーム号は、東京ミニ周遊券で利用できた。その後、神戸発のドリーム号は廃止。大阪発だけが周遊券を利用できた。そののち、神戸発のドリーム号が復活したが、東京ミニ周遊券では利用できなくなった。そして、東京ミニ周遊券自体がなくなってしまった。

トロッコ   軽便な軌道の上を走らせる、工事用などの運搬車。京都の嵯峨には観光用のトロッコ列車が走っている。

トロリーバス   架線からの電気を動力として動くバス。トロリー・ポールで集電する。かつて大阪で走っていたことがある。現在でも中国の北京などで活躍している。北京のは連接車。

ドンコー〔鈍行〕   ゆっくり一駅ごとに停車して行く列車。フツーの方をよく使うが、ドンコーも時には使う。

トンネル   播磨平野を走る山陽電気鉄道とJRにとって、トンネルは珍しい。山陽電気鉄道には、八家-白浜の宮間と、白浜の宮-妻鹿間とにそれぞれ1つずつのトンネルがある。だから、トンネルという言葉には、珍しいものというひびきがあった。通る時は嬉しかったものである。

ナガタ〔長田〕   長田を名乗る駅は多い。神戸電鉄長田、JR新長田、神戸市営地下鉄長田、神戸市営地下鉄新長田、神戸高速鉄道の高速長田。山陽電気鉄道の長田駅は神戸高速鉄道の開通時に地上駅がなくなって、その代わりに地下駅の神戸高速鉄道の高速長田駅が生まれた。山陽電気鉄道は西代が終点となったからである。長田(神戸電鉄)と、高速長田(神戸高速鉄道、神戸市営地下鉄「長田」)と、新長田(JR、神戸市営地下鉄)とはそれぞれ別の場所である。阪神・淡路大震災では、神戸電鉄の長田駅より南、神戸高速鉄道の高速長田駅より東(大開駅付近)で大きな被害が出た。関西では、他に近鉄にも長田駅があるが、これは東大阪線の終点で、大阪市営地下鉄との相互乗入れ接続駅である。

ナンボクセン〔南北線〕   神戸高速鉄道の神戸電鉄湊川と新開地を結ぶ路線。

ニシアカシ〔西明石〕   JR西明石駅は山陽本線と新幹線の駅。昭和5年に明石操車場として開設されたが、駅となったのは昭和19年4月である。京都-西明石間の各駅停車の電車の始発・終着駅であるが、昭和40年代頃までは、各停しか停車せず、大久保方面へ向かう電車・列車はすべて通過するという状況が続いていた。

ニシグチ〔西口〕   山陽電気鉄道西江井ケ島駅は、昔は江井ケ島西口と言った。それを略して地元では、西口ということがあった。今はほとんど聞かれない。

ニッシェーガシマ〔西江井ケ島〕    山陽電気鉄道西江井ケ島駅。ニシエーガシマという発音が崩れると、このようになる。地元の地名(字の名)も崩れた発音になると、西江→ニッシェ、ニッセ、東江→ヒガッシェ、ヒガッセ。

ニッシャカシ〔西明石〕    JR西明石駅。駅のアナウンスなどではこのような崩れた発音は聞かれないが、地元の人の話にはしばしば現れる。

ニッシンマチ〔西新町〕   山陽電気鉄道明石駅のひとつ西の駅。ニシシンマチという発音が崩れると、このようになる。かつては、車庫があり、兵庫-明石間で折り返す普通電車があった。行き先板には「神戸-明石(西新町)間」と書いてあった。この場合の明石は、実際には西新町。今は、車庫は東二見に移設され、西新町折り返しの電車はない。

ニシスズ〔西鈴〕   神戸電鉄西鈴蘭台駅を略してニシスズという。ニッスズとなることもある。スズニシと言えば、県立鈴蘭台西高等学校のこと。

ニシダイ〔西代〕   山陽電気鉄道の神戸側の終点であるが、西代行きの電車はない。線路は神戸高速鉄道東西線に続いており、すべての電車が神戸高速鉄道線へ、あるいはさらに阪神電気鉄道・阪急電鉄へ乗り入れるからである。乗り入れてくる阪神の特急電車は停車するが、山陽の特急は停車しない。かつて車庫が設けられていた。阪神・淡路大震災の被害を受け、西代-東須磨間は地上線での復旧を断念し、平成7年6月に、完成間近であった地下新線を開通させた。

ニモツ〔荷物〕    荷物電車。荷物を運ぶのを専用にする電車。

ニモツデンシャ〔荷物電車〕   荷物を運ぶのを専用にする電車。しかし、現在は各社とも、ほとんどこのような電車はない。

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2007年9月24日 (月)

私の鉄道方言辞典(12)

ツッチャマ〔土山〕   JR土山駅。土山が「ツッチャマ」と発音されるのと同じようなものに、西明石→ニッシャカシ、福知山(京都府)→フクッチャマ等がある。

テーキ〔定期〕   定期券。かつての山陽電気鉄道の定期券は縦型であった。

テーキケン〔定期券〕   一定期間、一定区間を何度でも往復できる乗車券。1か月定期券、3か月定期券などがある。何社もの私鉄を通して乗れる連絡定期券や、JRと私鉄の連絡定期券もある。現在では、たいていが磁気カードで発行している。

テーリューショ〔停留所〕   山陽電気鉄道の駅のうち、小さなものを、沿線の人は停留所と呼んでいた。短く言うと、テーリュショ。国鉄の駅のことはこのようには言わなかった。
  「ニシグチノ テーリューショ」

デカ《略語》   ディーゼルカーを略した言い方。加古川線、高砂線、別府鉄道などの、小型のものを指して言うことが多かった。
  「デカガ クルゾ。」

テッキョー〔鉄橋〕   鉄で作った橋。川のほか、陸上で道路などを越える所にもある。

テツドー(鉄道)   レールを使って走る交通機関が、広義の鉄道であろうが、昔の国鉄、今のJRが、鉄道という言葉にぴったりだと思う。

テットー(鉄道)   鉄道。

テットーミチ〔鉄道道〕   鉄道線路。国鉄の線路。線路といっても地図上のものを指すのではなく、実際の線路。「テットミチ」とも言う。「テツドーミチ」という言い方はしない。
  「ツクシオ ツミニイクンヤッタラ テットーミチワ キー ツケヤ。」

デンキキカンシャ〔電気機関車〕   電気を動力として車両を引いて走る機関車。

デンキテツドー〔電気鉄道〕   電気を動力とする鉄道。社名は、たいていが略称の「電鉄」になってしまって、電気鉄道が残るのは関西が中心。阪神・京阪・南海・山陽の各社である。

デンシャ〔電車〕   レールの上を電気を動力として自走する乗り物。デンシャと言えば、通常は私鉄のこと。私の場合は、山陽電気鉄道を指して言うことが多かった。電鉄会社をも「デンシャ」と言う。

デンシャミチ〔電車道〕   電車線路。山陽電気鉄道の線路を指して言うことが多かった。

デンシンボーギ〔電信棒木〕   電柱。電力会社やNTTのものの他に、線路に付属する電柱のことをも言う。

デンテー〔電停〕   市内電車の停留所。
   「デンテーマエノ ヤオヤ。」

デンテツ〔電鉄〕   電気鉄道の略。山陽電気鉄道はJRと同名の駅には、「電鉄明石」「電鉄魚住」「電鉄林崎」などと付けて区別していた。「林崎」は近くにはないが山陰本線にある。のちに、「電鉄」をすべて「山陽」に改めて、「山陽明石」というように言い換えた。駅名に「電鉄」を冠するのは、神戸電鉄(「電鉄小野」など)と富山地方鉄道(「電鉄富山」など)とである。

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2007年9月23日 (日)

私の鉄道方言辞典(11)

スズランダイ〔鈴蘭台〕   神戸電鉄鈴蘭台駅。もとは小部(オーブ)駅と言った。三田線と粟生線との分岐駅で、周辺は一大ベッドタウンとなっている。

スズランダイニシグチ〔鈴蘭台西口〕    神戸電鉄鈴蘭台西口駅。粟生線にある。鈴蘭台駅の西隣。そして、そのもう一つ西が、西鈴蘭台駅である。

ステップ   ①鉄道車両・バスなどの乗降口の階段。ホームの低い線区を走るものに多く見られる。列車の場合は、ホームとステップと車内とに段差がある。②車両とホームとの間隔がある場合に、乗降の安全のために、列車に取り付けたプレート。ホームとステップと車内とは、同一平面で、段差はない。山陽電気鉄道がすべて大型車になるまでは、小型車にステップが付いていた。阪神電気鉄道などにもあった。

ステンレス   山陽電気鉄道は新しいことを取り入れるのに積極的である。現在の主流はアルミ電車であるが、もとは、ステンレスの電車を積極的に作った。

ステンレスカー   ステンレスで出来た電車。

スマウラ〔須磨浦〕   山陽電気鉄道の須磨浦公園駅を略して言う。

スマウラコーエン〔須磨浦公園〕   山陽電気鉄道の須磨浦公園駅は、神戸高速鉄道を経由して乗り入れる阪神電気鉄道の電車の折り返し駅。鉢伏山に上る須磨浦ロープウェイの起点でもある。

セーゲン〔制限〕   速度を制限すること。あるいは、制限された速度のこと。山陽電気鉄道では、旧型の電車の時代には、工事などをしている箇所に近づくと、運転士が「セーゲン サンジュー。」などと言って、自分で自分に言い聞かせて運転している声が、客室にもよく聞こえた。

セーシン〔西神〕   神戸市は広大な市域を持つが、かつての垂水区の一部を西区として独立させた。その西区を広義で、西神と呼ぶ。狭義では、山林を開発して生まれた住宅団地・工場団地のある地域のことで、神戸市営地下鉄西神中央駅を中心にした辺り。神戸市営地下鉄の西神中央駅のことを指すこともある。

セーシンチューオー〔西神中央〕   神戸市営地下鉄の西神中央駅。中央という名のつく駅は、関西では北大阪急行と大阪モノレールの千里中央駅、能勢電鉄日生中央駅、泉北高速鉄道和泉中央駅ぐらいのもの。広い西神地域の中央にあるという命名は、ちょっとおこがましい感じがする。それにしても、関西にある中央駅はどれも終点駅である。関東にも「○○中央」という命名は多いが、京王帝都電鉄と小田急電鉄の「多摩センター」のような命名がある。

セツゾク〔接続〕    列車同士の乗り換え・乗継ぎをはかったダイヤ設定をすること。
  「アカシデ フツーデンシャニ セツゾクシテイマス。」

セツゾクマチ〔接続待ち〕    列車同士の乗り換え・乗継ぎのために列車が発車待ちの時間を持つこと。分岐駅で、ダイヤが乱れて列車の到着が遅れた時などに行われることが多い。

センリ〔千里〕   千里というのは、広い地域を指す。JR東海道線に千里丘、北大阪急行と大阪モノレールに千里中央、阪急電鉄千里線に北千里、南千里、千里山がある。

センロ〔線路〕   列車が通る道。レールが敷かれている所。

ターミナル   多くの線路が集まる駅。主として終着駅のことを言うが、途中の中枢の駅も指す。

ダイヤ   鉄道時刻表。運行予定表。文字ではなく、グラフ形式で表されたものである。

ダイヤモンドクロス   阪急電鉄の西宮北口駅では、神戸線と今津線とが平面で直角に交差していた。鉄道ファンの人気の場所であったが、廃止され、今津線が分断された。阪急だけの専売特許ではなく、かつては、神戸市長田区に山陽電気鉄道と神戸市電との同じものがあった。

タカサゴセン〔高砂線〕   旧国鉄の路線。野口で別府鉄道と接続していた。昭和59年12 月に全線廃止。山陽電気鉄道高砂駅のすぐ南に高砂北口駅があった。

ダンボー〔暖房〕   電車の車内暖房設備。

チカテツ〔地下鉄〕   地下を走る鉄道。神戸あたりでは、神戸市営地下鉄は「チカテツ」であるが、山陽電気鉄道などが乗り入れている神戸高速鉄道も「チカテツ」と呼んでいる。地下を走れば、どの鉄道会社の線路であっても「チカテツ」と言ってもおかしくはない。
  「ニシダイ(西代)カラワ チカテツニ ナットル。」

チンチン《擬声語》   踏切警報機。幼児語。
  「チンチンガ ナッタラ フミキリオ トーッタラ アカン。」

チンチン《擬声語》   ちんちん電車。市内電車。

チンチンデンシャ〔~電車〕   市内電車。ところで、現在、京都市内には、ちんちん電車を模した車体のバスが観光用に走っており、それを「ちんちんバス」と呼んでいる。電車の言葉がバスに転用されているのである。

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2007年9月22日 (土)

私の鉄道方言辞典(10)

ジュンキュー〔準急〕   急行に準じた列車。「準急行」の略。準急という言葉には、のんびりとした、けだるい感じが伴うと思うのは私一人か。私鉄の中には、普通電車と比べて、停車駅がほんのわずか少ないだけというような準急もある。かつての国鉄山陽本線、大阪-宇野間には「鷲羽」という準急が頻繁に走っていたことがあった。L特急の準急版といったところである。準急「ななうら」広島行きという夜行の客車列車に乗って、呉線経由で広島へ行ったこともある。

ジョーキ〔蒸気〕   蒸気機関車のこと。電気機関車は、「電気」と言うことはないが、漢字で「電機」と書くことがある。
  「ナイヨナッタナー、ジョーキワ。」

ジョーキキカンシャ〔蒸気機関車〕   蒸気機関の動力で車両を引いて走る機関車。現在のようにSLなどと言わないところが良い。蒸気機関車は生き物だと言うが、まさに実感である。

ショーセン〔省線〕   かつての国電は、その昔は鉄道省の電車。略してショーセンと言った。今は死語となった。

ショーセンデンシャ〔省線電車〕    かつての国電。63型のような茶色の電車のイメージがある。同じく死語となった。

ショーナンデンシャ〔湘南電車〕   山陽本線の西明石-姫路間が電化されたのは昭和30年代初めのことであるが、その時、快速電車として走ったのがこれ。上半分がオレンジ、下半分が緑に塗り分けられた電車は、湘南地域の蜜柑をイメージしているというが、当時は、地方にまで都会の文化が流れ込んできたというように感じたものである。

ジョームインシツ〔乗務員室〕    鉄道車両を運転する部屋。ウンテンシツとも言う。車内には「乗務員室立入禁止」などと書いてある。

シラハマ〔白浜〕   山陽電気鉄道白浜の宮(シラハマノミヤ)駅を略して言う。近くの松原神社で行われる、灘のけんか祭りは全国的に知られる。この祭りの行われる10月15日頃には、特急が臨時停車する。

シンカイソク〔新快速〕   JRが運転している、快速よりも速くて、停車駅の少ない電車。「新」は「旧」に対する語であるはずであるが、鉄道に関する限りは、「快速」に対する「新快速」、「在来線(在来幹線)」に対する「新幹線」で、高速というイメージを付与している。もっとも、関東のJR「新特急」は「特急」よりは手軽な電車である。

シンカイチ〔新開地〕   神戸高速鉄道の東西線と南北線とが接続するターミナル。阪急電鉄・阪神電気鉄道・山陽電気鉄道・神戸電鉄が乗り入れる。かつて、神戸第一の繁華街であった。

シンカンセン〔新幹線〕    ひかり、こだまに加えて、のぞみが走る時代になった。東海道新幹線が開通して長年になるが、もはや「新」幹線でもなかろうという議論はない。「新幹線」がひとまとまりの言葉であるのだ。

シンキ〔神姫〕    神姫バスのこと。「神姫」と書くといかにも神聖な淑女のようにも見えるが、これは、神戸-姫路を合わせてつないだ言葉。ついでに言うと、神戸-明石は「神明」、明石-姫路は「明姫」。
  「タカサゴセンガ ハイシニナッテ、シンキガ ハシットル。」

シンキバス〔神姫~〕   淡路・但馬を除く兵庫県下一円に路線網を持つバス専業の会社。姫路市に本社がある。隣県にも足を延ばし、東京や九州への高速夜行バスも運行している。

シンゴー〔信号〕   幼い頃は、信号とは青・黄・赤の3灯だと思っていた。今の山陽電気鉄道では一部に4灯式(青・黄・赤・黄の4灯で、青と黄の点灯や、黄と黄の点灯がある)も使っている。もっと複雑なのを使っている会社もある。

シンシャ〔新車〕   新車といっても真新しいものとは限らない。昔の山陽電気鉄道は、茶色の小型電車が普通電車、黄色と青に塗り分けられたのが急行・特急電車。時たま、普通電車にそれが使われると喜んだ。それに乗ると、二、三日は自慢の種になった。中学生の頃のことである。今、山陽電気鉄道はS特急も普通も車両は共通運用である。

シンテツ〔神鉄〕   神戸電鉄の略称。「神電」という略し方もあるはずであるが、会社側はそれを嫌って「神鉄」と呼んで広めようとした。新聞のニュースが「神電が脱線」という見出しを使った記憶がある。しかし、会社の発行するPR誌の誌名は「神鉄」。神鉄一番街というショッピングセンターもある。

シンユー〔神有〕   神戸電鉄の昔の社名、神戸有馬電気鉄道の略称。神戸と有馬を結んだのでこのように命名した。昭和22年に三木電気鉄道と合併後は神有三木電気鉄道と名乗った。昭和24年から神戸電気鉄道。その後、神戸電鉄と改称した。シンユーは今も時折、聞くことがあり、それでお互いに十分通じあっている。

シンユーデンシャ〔神有電車〕   神戸電鉄の前身。シンユーに同じ。

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2007年9月21日 (金)

私の鉄道方言辞典(9)

シハツ〔始発〕   ①ターミナル駅。始発駅は、終着駅でもある。②電車の運転開始駅。電車を仕立てる駅。③朝、最初に運転する電車。
  「サンヨーワ ヒメジガ シハツヤ。」
  「ヒガシフタ(東二見)ミシハツノ デンシャ。」
  「アサ ハヨーニ シハツニ ノル。」

シモ〔下〕   下り(西)の方向。下り電車を「シモイキノ デンシャ」と言ったりしたこともある。
  「シモエ イク。」「シモニ シャコガ アル。」

ジャクレーシャ〔弱冷車〕   他の車両よりも冷房を弱くしてある車両。近年、JRでも私鉄でも、1編成に1両というような割合で連結している。

シャコ〔車庫〕   電車を留置しておく場所。自動車の車庫と言えば屋根のあるものを連想するが、電車の車庫は、すべてを屋根で覆うことは不可能である。山陽電気鉄道の車庫はかつては西代、西新町、飾磨にあった。現在、最大の車庫は東二見で、他に東須磨と飾磨にある。
  「ニシダイニ シャコガ アッタ。」

シャショー〔車掌〕    車内乗務員。「シャショーサン」と言うこともある。電車では健在。路線バスではほとんど姿を消した。観光バスでは、一般にガイドと呼ぶ。

シャダンキ〔遮断機〕    踏切にあって、列車の通過時に、人や車の通行を遮る装置。今では、手動のものはほとんどない。昔、山陽電気鉄道明石駅の東の踏切は幅が広かったので、大きな丸いハンドルをぐるぐる回しながら遮断機の上げ下ろしをしていた。

シャトル   古くは、駅と博覧会会場とを結ぶ「シャトルバス」があった。鉄道でも、関西以外では「タウンシャトル」とかいう命名がある。比較的頻繁に運行している場合に名付けている。

シャナイツーカ〔車内通過〕   バスの用語。バスの車掌は、本来は一つひとつの停留所ごとに、乗降客があろうとなかろうと、下車して業務することになっていたのではないか。しかし、乗降客のない所まで、いちいちバスを止めてそんなことをしていたら、時間がかかる。それを省略する場合に使う言葉だと思われる。これは、バスの車掌が運転手に向かって言う言葉であるが、当然、乗客の耳にも入る。ワンマンバスの運行が始まると、この言葉は過去のものとなってしまった。

シューデン〔終電〕   一日の最後に運転される電車。対の言葉として「始電」というのはない。反対語は「始発」。「終発」という言葉もあまり使わない。

ジューハチキップ〔18切符〕   正式には、青春  切符。JR普通列車を利用すれば1日乗り放題という乗車券を5枚セットで売っている。学生の休暇時期に合わせて発売しているが、利用者に年齢の制限はない。

シュッシュポッポ《擬声語》   汽車のこと。幼児語。
  「シュッシュポッポガ キタ。」

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2007年9月20日 (木)

私の鉄道方言辞典(8)

サイシュー〔最終〕   最終電車。終電。最終バスの場合にも使う。
  「サイシューニ マニアワヘン。」

サヨ〔佐用〕   もともとはJR姫新線の駅であるが、平成6年にチズキューコー〔智頭急行〕が開通して、山陽本線・上郡方面との連絡が便利になった。鳥取-大阪間の特急スーパーハクト〔~白兎〕の停車駅。ところで、地名の読み方は、サヨー、サヨの両方があるが、地元ではもっぱらサヨのようである。

サンデン〔山電〕   山陽電気鉄道の略称。下関に山陽電気軌道という市内電車があることを知ったときには驚いた。既に軌道は廃止されたが、その会社は、今はサンデン交通という名前である。考えてみれば、山陽本線の東の端・神戸と、西の端・関門とに同じ「山陽」を冠する鉄道・軌道があったのは面白い。

サンノミヤ〔三宮〕   三宮に駅を持つのは、JR神戸線(東海道本線)、阪急電鉄神戸線、阪神電気鉄道本線、神戸高速鉄道東西線、神戸市営地下鉄山手線、神戸新交通ポートアイランド線。神戸市内最大のターミナルである。漢字表記は、JRだけは「三ノ宮」で、「ノ」が入る。

サンヨー〔山陽〕   山陽電気鉄道。「阪神が一時不通」という見出しを見ることはあっても、「山陽が全線復旧」というような見出しを見ることはほとんどない。せいぜい「山陽特急が衝突」というぐらいである。山陽電気鉄道のことを「山陽」ということは新聞・テレビの用語としては定着していない。これは、JR山陽本線との関係があるのだろう。しかし、日常の言葉としてはよく使う。姫路にある山陽百貨店のことを言うこともある。
  「サンヨーデ クルヤロ。」「サンヨーデ コータ。」

サンヨーデンシャ〔山陽電車〕   山陽電気鉄道。乗り物としての電車と、会社の名前の両方を意味する。
  「サンヨーデンシャニ ツトメトル。」

サンヨーヒャッカ〔山陽百貨〕   山陽電気鉄道姫路ターミナルにあるデパートの山陽百貨店。山陽電気鉄道の関連会社。姫路には山陽百貨店とヤマトヤシキの2つのデパートがある。サンヨーヒャッカで切って、テンまで言わないことが多い。

ジーゼルカー   気動車。「ジーゼルキューコー」や「ジーゼルトッキュー」がある。JR明石駅に停車する特急は、ジーゼル特急「はまかぜ」と「スーパーはくと」。

ジェーアール   はじめは、NTTほどは定着しないのではないかと思ったのであるが、いつか馴染んでしまった言葉。引き替えに、コクテツは死語化している。JR西日本の正式名称が西日本旅客鉄道株式会社であることを知っている人は案外少ないのではなかろうか。

シエキ〔市駅〕   駅名に「○○市」と付けるのは関西では京阪地域に多い。阪急電鉄京都線の茨木市駅・高槻市駅。京阪電気鉄道の守口市駅・門真市駅・寝屋川市駅・枚方市駅・八幡市駅・交野市駅などである。関西では他に、近畿日本鉄道の高田市駅・上野市駅・鈴鹿市駅、南海電気鉄道とJRの和歌山市駅がある。JRには他に堺市駅・熊野市駅がある。JRの伊勢市駅・出雲市駅・伊予市駅などは旧国名と市名とを区別するためのものであろう。兵庫県には西脇市駅がある。

シオヤ〔塩屋〕   神戸市垂水区にある。JRと山陽電気鉄道の駅がある。山陽電気鉄道の方は、昭和42年6月に起こった爆破事件の発生場所と、阪神・淡路大震災での大被害(線路崩壊などで、復旧が最も遅れた箇所)という、ありがたくない印象が残る駅。

ジカンヒョー〔時間表〕   日常的には「時刻表」よりも「時間表」という言い方が多い。もっとも、日本交通公社発行のものも、初期は「時間表」であった。

ジコクヒョー〔時刻表〕   鉄道やバスの発着時刻を表にしたもの。または、それを集めた本。

シティーライナー   新快速のことを、関西ではこの愛称で呼んだ時期があった。「ライナー」という呼び名が、新鮮でまぶしい感じのする頃があった。今は、ポートライナー(神戸新交通)、六甲ライナー(同)、スカイライナー(京成電鉄)……とライナーばやり。JR各社は、高級車両を使った朝夕の座席指定列車を湘南ライナー、びわこライナー、ホームライナーなどと名付けている。

シデン〔市電〕   市営の電車、または市内電車。関西で市営の路面電車のあったのは神戸・大阪・京都。それがみんな姿を消してしまった。市営のものだけでなく、私鉄の路面電車区間を指してシデンと言うことも多かった。
  「ムカシ、サンヨーデンシャワ ナガタカラ シデンニ ナットッタ。」

シッコー〔進行〕   電車の運転士の確認称呼「進行」。シッコーに聞こえた。中学生の頃、山陽電気鉄道の運転室をよく眺めた。運転士になったような気持ちになって、その口真似をしたものである。信号の青色の確認がシッコー。運転士は、黄色を見ると「チューイ」と叫んだ。

ジドーカイサツ〔自動改札〕   裏が茶色や黒の磁気乗車券を使う改札・集札装置。今では珍しさもなくなって、すっかり生活にとけ込んでしまった。回数券には乗車駅名や日付を印字する。定期券も利用できる。関西の大手私鉄の駅は自動改札化された。山陽電気鉄道でも全駅設置済み。むしろ遅れていたのは関西ではJRであるが、京阪神近郊ではすべて設置が終わっている。全国で初めて自動改札が設置されたのは阪急電鉄北千里駅で、昭和42年のこと。

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2007年9月19日 (水)

私の鉄道方言辞典(7)

コーエン〔公園〕   鉄道に「○○公園」という命名をしているのは兵庫県下では、山陽電気鉄道の須磨浦公園と舞子公園、阪急電鉄の王子公園、神戸市営地下鉄の湊川公園と総合運動公園、JR加古川線の日本へそ公園、神戸新交通の中公園と南公園。「公園」を取れば地名が残るもの(須磨浦・舞子・王子・湊川)と、普通名詞であるもの(総合運動・中・南)とがある。その中間のようなもの(日本へそ)もある。県外では、JR大阪環状線の大阪城公園、京阪電気鉄道の枚方公園、南海電気鉄道のみさき公園と浜寺公園、北大阪急行の緑地公園、阪堺電気軌道の住吉公園、大阪市営地下鉄の住之江公園、大阪モノレールの万博記念公園などがある。

コーカセン〔高架線〕   地上高く敷設された線路。

コーカン〔交換〕   単線の線路で、列車が駅で行き違うこと。
  「ノボリレッシャト コーカンシマス。」

コーシエングチ〔甲子園口〕   JR東海道本線の駅。甲子園(球場)方面への入り口にあたるという命名であるが、阪神電気鉄道甲子園駅とは2㎞近くも離れている。昭和9年7月の開設である。

コーソク〔高速〕   神戸高速鉄道。高速とは名ばかりで遅いという不満もある。神戸市電が廃止された後、地下鉄として建設されたものであるから、市電に比べると確かに高速ではある。しかし、この区間はほとんど各駅停車で運転されるので、必ずしも高速運転にはならない。関西では、名古屋鉄道などのような列車種別としての「高速」は使わない。
  「コーソクノ エキカラ ゴフン(5分)デ イケル。」

コーソクコーベ〔高速神戸〕   神戸高速鉄道の高速神戸駅。JRの神戸駅とは地下街で結ばれている。

コーベ〔神戸〕   ①JR神戸駅のことを指して言う。②神戸高速鉄道ができるまでは、山陽電気鉄道の神戸側のターミナルは国鉄兵庫駅前にあって、電鉄兵庫駅と言った。ところが、その頃の山陽電気鉄道の行先板は、すべて「神戸-姫路」となっていた。③同じく、神戸高速鉄道ができるまでは、国鉄三宮駅に隣接する阪急電鉄三宮駅は、阪急神戸駅と称していた。

コーベコーソク〔神戸高速〕   神戸高速鉄道のこと。

コーベセン〔神戸線〕   神戸線という名称を持つのは、阪急電鉄、JR、そして阪神高速道路。

コーベハーバーランドマエ〔神戸~前〕   神戸高速鉄道の高速神戸駅では、「コーソクコーベ」に加えて、「コーベハーバーランドマエ」というアナウンスもしている。ホームでも車内でも同じである。神戸ハーバーランドは、昭和60年3月に廃止された旧国鉄の湊川貨物駅の跡地を商業ゾーンなどに再開発したもので、現在のJR神戸駅のすぐ南側に広がっている。

コクテツ〔国鉄〕   日本国有鉄道。英字略称はJNR。今も「コクテツ」という言い方はわずかに残っているが、だんだん色あせていく感じは否めない。
  「コクテツデ オークボ(大久保)カラ カヨトル(通っている)。」

コクデン〔国電〕   国鉄電車。特に、京都-西明石間の各駅停車の電車を指して言うことが多かった。もうひとつ古い言い方がショーセン(デンシャ)。

コクドーデンシャ〔国道電車〕   阪神電気鉄道の国道線は東神戸-野田(大阪)間に路線を持っていたが、昭和50年5月に廃止。

コシカケ〔腰掛け〕   座席シートのこと。昭和  年代には、電車だけではなく、バスにもロングシートのものがあった。窓を背にして座るバスは、現在の感覚からすれば異様な感じがする。
  「ヒチニン(7人)ガケノ コシカケ。」

コセンキョー〔跨線橋〕   鉄道線路を跨ぐように架け渡した橋。

コンコース   駅構内の、ホールを兼ねた広い通路。

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2007年9月18日 (火)

私の鉄道方言辞典(6)

キクニンギョー〔菊人形〕    かつては明石公園内に山陽電気鉄道が菊人形館を持っていて、秋になると菊人形の展覧会を開催した。春は花人形だった。関西では、京阪電気鉄道の枚方菊人形が有名であるが、これも廃止されてしまった。

キシャ〔汽車〕   機関車に引かれた列車のことを意味するとともに、かつての国鉄、今のJRのことも意味する。
  「キシャガ ハシル。」「キシャデ カヨウ。」「デンシャヨリ キシャノ ホーガ ネダンガ ヤスイ。」

キシャミチ〔汽車道〕   かつての国鉄の線路。今はほとんど使わない言葉である。

キタグチ〔北口〕   阪急電鉄西宮北口駅をこのように略称することがある。

キタスズ〔北鈴〕   神戸電鉄北鈴蘭台駅を略して言う。また、駅の周辺の街を指しても使う。

キップ〔切符〕   ジョーシャケンなどと言うのは改まった言い方。昔は、電車も芝居もキップだった。

キップキリ〔切符切り〕   改札係。ほとんど使われない言葉になった。

キネンキップ〔記念切符〕   行事や周年事業などを記念して、発行される乗車券。以前には、うちわの形をしたもの、レンズを備えていて双眼鏡に組み立てられるもの、デジタル時計を組み込んだもの、金属製のものなど、様々な変わり種切符が発売された時期があった。現在ではプリペイド・カードで記念券を発行することが多くなった。

キャクシャ〔客車〕    電車やディーゼルカーのように自力で走れない車両。機関車に引かれて走る。現在は客車を引いた列車が少なくなり、郷愁を誘う存在となった。

キューコー〔急行〕    停車駅を少なくして、到達時間を短縮した列車。山陽電気鉄道の急行は、だんだん減らされて、早朝と深夜だけになり、そしてそれも廃止された。JRも、特急は多いが、急行は極端に少なくなった。

キューコーマチ〔急行待ち〕   急行に追い越されるために時間待ちをすること。

クーラー   冷房装置。かつての電車では珍しくありがたかったものであるが、現在の鉄道ではほぼすべてに装備されている。

グリーンシャ〔~車〕    特別料金が必要なJRの客車。かつて一等車と言った。いつの間にか関西の快速電車にはグリーン車が無くなってしまった。東京近辺の東海道線の快速電車には2両も連結されているのに驚く。利用者の意識の差であろうか。

クレヨンゴー〔~号〕   山陽電気鉄道が4両編成の全車両を、児童画の展覧用に提供している電車。中吊り広告の代わりに沿線の小学校の児童画が掲示されている。ほぼ1か月単位で別の学校に交代させていた。平成19年現在も運行されている。

ケーブル   「ケーブルカー」の略。

ケーブルカー    斜面を鋼索を使って上り下りする鉄道。

ケンサツ〔検札〕   正しい乗車券を持っているかどうかを調べるために乗客に提示を求めること。JRではしばしば検札が行われているが、山陽電気鉄道・阪神電気鉄道・阪急電鉄では検札にあったことが絶えて、ない。検札はどこへ行ってしまったのであろうか。
  「ケンサツデス。マコトニ ゴメンドーデスガ、キップオ ハイケンイタシマス。」

ケンチョーマエ〔県庁前〕    神戸市営地下鉄の駅。かつて「山手(県庁前)」駅と称した。兵庫県と神戸市との不仲が話題になった。そんなことから、地下鉄開通の際には、山手駅として県庁前をカッコに包んだ駅名にしたという。現在は、本来の「県庁前」駅になっている。なお、正式の駅名にカッコが付いているのは全国的にも珍しい例であった。

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2007年9月17日 (月)

私の鉄道方言辞典(5)

カイスーケン〔回数券〕    電車にもバスにも回数券はある。10枚分の値段で11枚を売るというような形をとることが多い。朝夕の混雑時を除いて、昼間だけ利用できる、割引率の高いものもある。かつては連続した券片を1枚ずつ切り離す形式が多かったが、現在、鉄道では磁気券が多くなった。連続券片の場合は駅で乗車駅名・日付のスタンプを押してもらうが、磁気券であれば、自動改札機を利用できる。その時、日付や乗車駅がプリントされる。通用期間は発売日から3か月程度のものが多い。

カイソク〔快速〕    JRの、各駅停車でない電車。JR東海道・山陽本線では、京都-西明石間を快速で、それ以外を各駅停車で運転する電車が走っている。
  「コノ デンシャワ ニシアカシカラ カイソクニ ナリマス。」

カイソクキューコー〔快速急行〕    阪神電気鉄道の電車の種別の1つ。特急の下にランクされるが、快速急行が止まって特急の止まらない駅がある。特急の止まる駅を快速急行が止まらずに駆け抜けるということもある。要するにA型特急とB型特急というように理解すればよかろう。関西の他の私鉄でも快速急行という名称は増えてきている。

カクエキ〔各駅〕   各駅停車の電車。幼い頃、普通電車というものだと思っていたのを、各駅停車と言うと聞いて、奇異に思った経験がある。「全部の駅に止まる電車」という意味の言い方は回りくどいと思ったものである。
  「エーガシマ(江井ケ島駅)ワ カクエキニ ノラント トマラヘン。」

カクエキテーシャ〔各駅停車〕    どの駅にも停車する電車。

カクテー〔各停〕    各駅停車の電車。カクエキテーシャよりもカクテーの方を多く使う。

カコガーセン〔加古川線〕    JR山陽本線の加古川駅から北へ伸びる支線。もとは播州鉄道という私鉄。田園風景が広がる中を走る。

カシキリ〔貸切り〕   貸切り電車。団体専用電車。2両編成の小型車両が主力であった、昔の山陽電気鉄道では、小学校の遠足といえば貸切り電車を利用した。今は、大型の4~6両編成になったので、よほど大きな学校ででもないかぎり、定期列車でじゅうぶん、間に合う。団体専用を走らせる必要はなくなった。
  「カシキリデ エンソクニ イク。」

カシャ〔貨車〕   貨物を載せる車両。

カジヤセン〔鍛冶屋線〕   JR山陽本線の支線の加古川線の、そのまた支線。野村駅(現在の西脇市駅)から西脇市の中心部を通って北に伸びていたが、平成2年3月末で廃止された。

ガタゴト《擬声語》   電車がのんびり、ゆっくり走る様子を表す言葉。ガッタンゴットンとも言う。

ガタデン〔がた電〕   ガダガタの電車。あちらが緩んだり、こちらが壊れたりしている電車。実際にはそのようにはなっていなくても、おとしめて、山陽電気鉄道のことをこのように言ったことがある。

カミ〔上〕   東の方。上りの方向。老人が使う言葉。
  「カミエ イク デンシャワ コンドル。」

カモツ〔貨物〕   貨物を運ぶ車両。
  「カモツガ ザイモクオ ノセテ ハシットル。」

カモツデンシャ〔貨物電車〕   貨物を運ぶ電車。かつては山陽電気鉄道にも貨物電車があったが、現在では姿を消した。

カモメ〔鴎〕   特急列車の愛称。東海道本線を走ったのが「つばめ」「はと」。山陽本線の京都-博多間を走ったのが「かもめ」。看板列車だった。蒸気機関車にヘッドマークを付けてばく進する姿が頭に残っている。

カラト〔唐櫃〕   神戸電鉄カラトダイ〔唐櫃台〕駅を略して、このように言うことがある。駅前を走っている道路(有馬街道)の交差点の道路表示は「唐櫃駅前」となっている。同電鉄のスズランダイ〔鈴蘭台〕をスズランと言うことはないと思う。同様に、県立夢野台高校をユメノと略して言うことはあるが、県立鈴蘭台高校をスズランとは言わない。

カワサキシャリョー〔川崎車両〕   今は合併して川崎重工業となった。山陽電気鉄道の車両は現在はすべて川崎重工業で作られている。神戸市兵庫区に工場がある。JR新幹線など日本の花形電車も作っているし、外国の電車も作っている。川崎重工業のことは、略してカワサキとかカワジューとも言う。

カンカン《擬声語》   踏切警報機。
  「カンカンガ ナッテ、シャダンキガ オリル。」

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2007年9月16日 (日)

私の鉄道方言辞典(4)

オークボ〔大久保〕    JR大久保駅。明治21年12月、山陽鉄道が姫路まで延長された時に開設されたので、既に百年以上の歴史を持つ。新幹線も止まる西明石駅のひとつ西の駅。西明石から東は複複線になっていて、京都-西明石間の各駅停車電車が数多く運転されている。大久保駅は、西明石と比べると列車本数が格段に違う、かわいそうな駅。国鉄は全国に同じ名前の駅がない、旧国名などを冠して区別すると思っていたのに、大久保駅は3つもあることを知ったときは驚いた。しかし、山陽本線大久保駅の設置は明治21年12月であるから、中央本線(もと甲武鉄道)駅の明治28年5月、奥羽本線駅の明治35年10月よりは早い。国鉄時代、定期券には「〔陽〕大久保」と書いてあった。近鉄京都線にも大久保駅がある。

オーサカ・タカツキ・キョートイキ〔大阪高槻京都行き〕   3種類の電車ではない。1編成の中で、大阪止め、高槻止め、京都止めと分かれていたわけでもない。大阪を通って、高槻を経て、京都まで行く各駅停車の電車。昭和30年代の国鉄明石駅ではアナウンスでこのように言っていた。他の駅でも同様であったように思う。終着駅以外をも併せてアナウンスするのは、親切なようで煩わしい一面もある。

オイコシ〔追い越し〕   速度の速い列車が、速度の遅い列車より先になること。複複線区間では駅間でも行われるが、単線や複線区間では駅で行う。オイヌキと同じ。動詞は、オイコス。

オイヌキ〔追い抜き〕   オイコシと同じであるが、複複線区間の駅間で行われることを指すことが多い。京阪電車に乗ると、天満橋-萱島間の複複線区間で、特急はあっという間に2、3本の普通電車を追い抜いてしまう。動詞は、オイヌク。
  「アカシデ フツーオ オイヌク。」

オノエ〔尾上〕   山陽電気鉄道尾上の松駅を略して言う。

オノエノマツ〔尾上の松〕   加古川市尾上町にある山陽電気鉄道の駅。かつて播州鉄道(後に国鉄)高砂線に尾上駅があったので、それと区別するために「尾上の松」と言ったものか。地名と言うよりは、名物を駅名にしたようなものである。山陽電気鉄道には、同様の「○○の○○」という型の命名として、神戸市垂水区の「タキノチャヤ(滝の茶屋)」、姫路市白浜町の「シラハマノミヤ(白浜の宮)」がある。

カード    プリペイド・カードは鉄道関係でも、いろいろ発行されている。私が常時持っているのは、JRの「オレンジカード」、阪神電気鉄道の「ハープカード」、阪急電鉄の「ラガールカード」、近畿日本鉄道の「パールカード」、神戸市営地下鉄の「ユーラインカード」、大阪市営地下鉄の「タウンカード」である。関西ではこの他に、京阪電気鉄道、南海電気鉄道、神戸新交通などがカードを発行している。その後、関西の私鉄共通の「スルッとKANSAIカード」が発行されるとともに、IC対応のものも増えている。

ガード    道路を跨いで架けられた、鉄道線路用の鉄橋。都会のものというイメージが強い。「ガード下の靴磨き」という宮城まり子の歌は昭和30年の流行歌。
   -
カイサツ〔改札〕   改札口という言葉は硬くて、日常用語とは言えない。一般には、カイサツを使う。
  「カイサツデ テーキ(定期券)オ ミセル。」

カイサツグチ〔改札口〕   駅の入場(乗車)や出場(下車)に際して、乗車券を確認したり回収したりする所。

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2007年9月15日 (土)

私の鉄道方言辞典(3)

ウオズミ〔魚住〕   山陽電気鉄道にも山陽魚住駅はあるが、私が馴れ親しんでいるのはJR魚住駅。徒歩で25分の距離にある。昭和36年10月に開設された。私がJR線を利用する方法は2つある。ひとつは、山陽電気鉄道で西江井ケ島駅から明石に出てJRに乗り換える方法。もうひとつは、徒歩か自転車で直接、魚住駅に出る方法。魚住駅まで歩くことが多い。

ウタシキヤマ〔歌敷山〕   昭和39年6月に廃止された、山陽電気鉄道の駅。垂水駅の高架化に伴って、垂水駅の追越し線が上下線とも廃止となり、垂水駅の一つ西に、追越し線を持つ霞ケ丘駅を新設した。それに伴い、霞ケ丘駅のすぐ西に位置していた歌敷山駅を廃止した。

ウラエキ〔裏駅〕   高架化されるまでの国鉄明石駅は南側にバスの発着場があり、山陽電気鉄道との接続口でもあった。駅の北側にも改札口はあったが、さびれた感じは否めなかった。北側から来た明石駅行きのバスはウラエキでとまったあとは、ぐるりと西側へ迂回して、踏切を渡って東に向かい、明石駅の正面に戻るコースをとった。ウラエキとは、駅の裏側にも出入口があって、それも駅としての機能をじゅうぶんに果している場合に使う。現在、JR明石駅は、山陽電気鉄道明石駅とともに高架化されているから、駅の北側と南側とは一体になって、表裏の感覚はなくなり、当然、この言葉も死語となった。

ウンテンシュ〔運転手〕   鉄道車両を運転する人。正式には運転士であろうが、子供たちは、ウンテンシュと言うことが多かった。山陽電気鉄道の200形までの旧型車両では、ウンテンシュの近くにへばりついて前方を眺めるのが子供たちの楽しみであった。運転士と乗客との距離は近いものであった。

ウンテンダイ〔運転台〕    鉄道車両を運転する空間。山陽電気鉄道の旧型車両は、客室ときちんと区切った運転室がなく、運転台にウンテンシュが立ったり、腰かけたりして、運転をしていた。現在の、区切られた車両には乗務員室と書いてある。

エキ〔駅〕   電車などが発着して、乗客の乗降や、貨物の積み降ろしが行われる場所。現在は、JRの貨物専用駅は少なくなってしまった。かつては、山陽電気鉄道にも、乗客の他に、貨物も取り扱う駅があった。西江井ヶ島駅もその一つだった。

エキイン〔駅員〕   駅には駅員がいるのが当然であると思っていた。幼い頃の私が知っているかぎり、山陽電気鉄道には、どの駅にも駅員がいたのであるから。全国には、駅員がいない駅もあるということを知った時は、大いに驚いたものである。乗車券はどのようにして回収するのだろうと、他人事ながら心配をした。このごろは合理化で、山陽電気鉄道でも中八木駅や江井ケ島駅などが、午後10時から翌日午前7時まで、無人駅になった。それを第一段階として、自動改札機の全駅設置に伴って、常時無人の駅が増えた。

エキホ〔駅歩〕   駅から歩いて何分ということを表す言葉。しかし、日常用語としては使わない。住宅広告などではしばしば目にする。
  「エキホ ジューゴフン。」

エキマエ〔駅前〕   駅からどの程度離れている所までをエキマエと言うのか。小さな駅では、歩いてせいぜい1~2分程度の範囲であろう。

エストッキュー〔S特急〕   山陽電気鉄道が平成3年4月から運行を始めた電車。特急に比べて停車駅が多く、東二見駅より西は各駅停車となっている。それまでは通勤特急と呼んでいた。山陽電気鉄道には急行という名称が姿を消したから、これは実質的には急行である。しかし、以前の急行の停車駅とは別の停車駅を設定したから、別の名称が必要になったのであろう。名称は一般募集で決めた。スピードのS、スマートのS……というような理由付けであったと記憶する。

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2007年9月14日 (金)

私の鉄道方言辞典(2)

アーバンライナー   都市間高速電車という意味。近畿日本鉄道の名古屋-大阪間の特急電車の愛称である。

アゲイ〔上井〕   ずいぶん昔のことであるが、山陽本線に、準急上井行が走っていた。その列車の終着駅である山陰本線上井駅は、昭和47年2月に倉吉駅に改称された。上井行という言葉には懐かしい響きが残っている。
 この他に、私が馴染みを感じていた駅名が改称された例としては、鍛冶屋線廃止の時(平成2年4月)に加古川線野村駅が西脇市駅になったこと。県外でも、山陽本線の関係では、西大寺駅が東岡山駅に(昭和36年3月)、三田尻駅が防府駅に(昭和37年11月)、己斐駅が西広島駅に(昭和44年10月)なり、山陽新幹線の開通に伴って玉島駅が新倉敷駅に(昭和50年3月)なった。個性的な名前を捨てて「東○○」や「新○○」が増えることには賛成できない。

アナモン〔穴門〕   道路が鉄道の下をくぐる場所にある、小さなトンネルのようなもの。内側が煉瓦などで巻かれているが、土盛り区間にあるので、薄暗いイメージが伴いがちである。阪神地域で使うという「マンボー」と同じものだろう。

アボシセン〔網干線〕   山陽電気鉄道本線の飾磨から分かれて網干に向かう、単線の支線。昭和16年7月に全通。発音が崩れるとアボッセン。

アルミ   「アルミカー」に同じ。山陽電気鉄道のアルミ電車は地元の自慢である。略してアルミと呼んだ。
  「アルミニ ノッテ コーベエ イッタ。」

アルミカー   山陽電気鉄道が昭和37年に作った日本最初のオール軽合金製電車、2000系。昭和39年から40年にかけて3000系も作られ、昭和40年には鉄道友の会からローレル賞が贈られた。

イキチガイ〔行き違い〕   単線区間の駅などで列車がすれ違うこと。行き違いという言葉は、本来、すれ違うという意味と、手違いのため会えないという意味とがあるが、ここでは前者の意味である。動詞は、イキチガウ。
  「ノボリノ レッシャト イキチガイノ タメ ゴフン テイシャシマス。」

イレカエ〔入れ換え〕    列車を現在の線路から別の線路に移すこと。また、貨物列車のイレカエというのは、列車の編成を組み換えるという意味もある。動詞は、イレカエル。
  「トーチャクシタ デンシャオ ノボリセンニ イレカエル。」
  「カモツ(貨物列車)ノ イレカエオ シトル。」

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2007年9月13日 (木)

私の鉄道方言辞典(1)

はじめに

 私は生まれてから、今に至るまで同じところに住んでいます。それは万葉集に詠まれている名寸隅(なきすみ)の地です。この地での笠金村(かさのかなむら)の歌として、長歌1首とそれに続く短歌(反歌)2首とが載せられています。短歌の1つは「行きめぐり見とも飽かめや名寸隅の船瀬の浜にしきる白波」という、のどやかなものです。現在の地名は明石市大久保町で、地域の字の名は江井ヶ島と西島の2つに分かれています。最寄り駅は山陽電気鉄道西江井ヶ島(にしえいがしま)駅です。自宅から徒歩10分弱です。
 JRの最寄り駅は山陽本線(通称・神戸線)の大久保駅または魚住駅です。自宅から魚住駅までは徒歩25分です。江井ヶ島と西島の地域内には山陽新幹線が走っています。新幹線の西明石駅は、魚住駅から東に2つ目です。
 この鉄道方言辞典は、昭和30年代のはじめ頃(私の中学生時代)から現在(と言っても、今から10年前)までに、私や周囲の人たちが使った言葉、使っている言葉を集めたものです。したがって、個人的な語彙集であることを、はじめにお断わりしておきます。鉄道の他に、バスに関する言葉も載せます。人々が使った言葉も、鉄道会社側の用語も、どちらも載せることにします。
 これは、もともとは三重大学鉄道文学研究会の機関誌『鉄道文学』の第10号、第11号、第14号に、お誘いを受けて執筆したものをまとめたものです。書いてから10年以上が経ちましたが、加除訂正は最小限にとどめて、執筆当時の状況をそのまま伝えようと思います。

凡例
 1 見出し語は五十音順に並べます。
 2 見出し語はカタカナ(表音式)で記し、その後ろに〔漢字など〕を併記します。
 3 用例は「 」で包んで、カタカナ(表音式)で記します。
 4 アクセントは表記しません。また、鼻音のことには触れません。

では、明日から連載を始めます。

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2007年9月12日 (水)

姫路ことばの今昔(12)

7 方言を記録することについてのお願い②

 方言に関心を持つ人が増えていることを嬉しく思います。けれども、方言の中には、見えないうちに、感じていないうちに、しだいに消えていきつつあるものが、たくさんあるのです。記録をしなければなりません。記録することを急がなければならないと思います。
 はじめにも申しましたが、昭和60年前後に、文化庁は全国の都道府県で、方言収集緊急調査を実施しました。その時、既に「緊急調査」という言葉を使っておりました。今、きちんと調べておかなければ、消え去っていってしまうものがある、そのようになる前にしっかり調べて記録しておこう、という意味を込めて「緊急調査」という言葉を使ったのだと思います。
 文化庁による調査から20年ほどが経ちましたが、それ以前も、それ以後も、兵庫県では全県的な調査をしておりません。昭和60年頃が「緊急」であって、平成16年の今が緊急でないはずはありません。
 残念なことには、埋蔵文化財などの調査には一生懸命になる行政機関が、目に見えない文化財である方言の調査には、まったく無関心です。
 そうであるならば、方言に関心を持っている人たちが、力を合わせて調査をして、記録をしていくしか、方法はありません。

 緊急に行わなければならないということの意味を、ご理解いただきたいと思います。
 方言は、その言葉を使っていた人々が世を去ると、その言葉も忘れられていきます。これまで使っていた物がなくなると、その言葉も消えていきます。今すぐに、方言を記録しておくことの意義はとても大きいのです。実際には、もう手遅れになってしまっていることがたくさんあるでしょう。
 そういう意味で、方言への関心をもう一歩進めて、方言を記録することをしていただけないだろうかというのが、私の願いです。
 記録と言っても、難しいことではありません。方言について、気付いたことを書き留めることです。言葉とその意味、そして実際の使い方の用例を書き留めることをしていただきたいと思います。そのように書き留められたものを、集めてみれば、方言という言語文化の素晴らしい記録になるはずだと思います。
 そして、書き留めること以外に、していただきたいことが、もう一つあります。ふだんの自然な会話を録音していただきたいのです。話題は何でもいいのです。自然な日常会話の録音は、価値のある方言の記録です。
 昭和60年頃に実施した調査の録音テープを聴いてみると、それがそのまま、方言が変化したということの、大きな証拠になっているのです。

【これは、兵庫県立歴史博物館で開かれた「市民フォーラム わがまち姫路を語る」で、「姫路ことばの今昔」と題して話したことをまとめたものです。2004年(平成16年)11月6日のことでした。】

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2007年9月11日 (火)

姫路ことばの今昔(11)

7 方言を記録することについてのお願い①

 終わりにあたって、方言を記録することを、一人でも多くの方々にしていただきたいというお願いを申します。

 方言は文化です。文化というものは、人から人へ伝えられていきます。前の時代から次の時代に受け継がれています。次々と伝えられていくものが文化であって、伝えていくことをしない文化というものはありません。
 スポーツも、芸術も、さまざまな分野の学問も、そして、私たちの日常生活を支えている、目に見えるもの、目に見えないものも、すべて文化です。
 ところが、個人の業績がいくら優れていても、その人だからできたこと、その人限りのこと、他の人には真似のできないものは、文化とは言いにくいと思います。文化というのは、その人の成し遂げたことが、他の人にも伝えられて、他の人に役立っていくというところに価値があるのだ、と私は考えています。人から人へ伝えられ、進歩していくものが文化です。
 そういうふうに考えますと、言葉はまさに文化です。言葉は、人から人へ伝えられるものです。他の人の理解できない言葉をしゃべっていたのでは、コミュニケーション(伝達)の役割を果たせません。日本語という言語も文化ですし、それぞれの地域で使われて方言も文化なのです。

 言葉は常に変化していくものですが、その方言を使っているのは、その地域で生活している人々です。言葉は、人々の生き方と重なっています。ものの考え方や、生活様式が変われば、言葉は変わっていきます。
 ものの考え方や生活様式が変化しないようにすることはできません。それは、方言が変化しないでいてほしいと願っても、その思いどおりにはいかないということでもあります。
 姫路の言葉や、播磨方言が消えてなくなることは考えられませんが、地域の言葉は、ゆっくりと姿を変えていっているのだということを否定することはできません。

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2007年9月10日 (月)

姫路ことばの今昔(10)

6 方言のやさしさ②

(3)方言に愛着を持つ
 今、NHK総合テレビジョンで「わかば」という連続ドラマが放送されています。私は、ほとんど見ていないのですが、神戸が舞台になっているドラマの神戸言葉が、おかしな神戸弁になっているという指摘が、神戸新聞の「イイミミ」という欄に次々と寄せられました。地元の者の耳には、ドラマの中の言葉遣いは異様に聞こえるというのです。

 舞台が地方になっていて、方言を使うことの多いドラマを制作するときには、方言指導を担当する人がついて、俳優を指導することが、今では普通になってきています。ドラマの中とはいえ、いいかげんな方言ではいけないというわけです。方言もリアリズムの時代に入ってきました。
  それは、方言に関心が寄せられ、方言を大切にしようという気持ちがつのってきていることの現れだと思います。方言への愛着が強くなっていることを、私は嬉しく思っています。

(4)方言を共通語に輸血する
 小さな項目(4)へ移ります。
 つい先日、詩人の川崎洋さんが亡くなられました。易しい言葉を使って、心にしみいるような詩をたくさんお作りになった川崎洋さんは、一方で、全国各地の方言に愛着を持って、方言に関する本を何冊もお書きになりました。その著作のうちで、最初の本は『母の国・父の国のことば』という、日本放送出版協会から出された本ですが、そのとき、私は、ほとんど一日がかりで、兵庫県の方言について、川崎洋さんに話をしました。その本の中では兵庫県の方言をたくさんとりあげていただきました。その後、『母の国・父の国の言葉』は、三省堂が出版した中学校の国語教科書に載りました。兵庫県のあちこちで使っている「エガオヨシ」という言葉について書いてある部分が載りました。
 その川崎洋さんが言われていたのは、優れた表現力のある言葉を、方言の中で使うだけではもったいない、どしどし共通語の文章の中に採り入れようではないかということでした。優れた表現力を持つ方言を、共通語の中に輸血すれば、日本語全体が元気になるということをおっしゃっていました。豊かな表現力を持っている方言を、共通語の中に輸血することをすれば、外来語の氾濫を少しはとどめられるはずだと思います。
 地域の方々が長い間にわたって使い続けてきた言葉には、深い意味合いや、豊かな表現力があるのです。方言を忘れ去ることは、あまりにももったいないことであると思います。

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2007年9月 9日 (日)

姫路ことばの今昔(9)

6 方言のやさしさ①

(1)方言が心に響く
 姫路を中心にした、播磨の言葉は、威勢がよくて、荒々しいというように見られています。荒々しく聞こえる方言の代表のように言われるのが、大阪の河内の言葉ですが、姫路の言葉も同じようなところがあるとも言われます。
 一般的な言い方として、山深い地域の言葉はおとなしくて、海岸線の言葉は荒っぽいという考え方を聞いたことがありますが、姫路や河内の人々は、それだけ活動的であるのかもしれません。姫路も河内も、お祭りの好きな人が多いという共通点もあるようです。
 けれども、それは、言葉全体の傾向というか、実際の話し方の特徴というか、ともかく全体的な印象にすぎないと思います。言葉が荒々しいとか、そうでないとかということを、客観的に評価して、判断をくだすことはしにくいと思います。
 というわけで、姫路を中心にして、播磨地域で使われている言葉の、一つ一つを観察してみると、荒々しさとは違って、相手に対する思いやりの姿勢が強く表れている言葉がたくさんあることに気付きます。
 播磨の言葉の代表のように言われる「ベッチョナイ」や「ダンナイ」や「ラク」をはじめとして、相手の心の負担を軽くしてあげようという心遣いにあふれた言葉が、方言の中には散りばめられているように思います。
 「かまわない。いいですよ。」と言われるよりは、「カマヘン、カマヘン」と方言のアクセントで慰められる方が、うんと嬉しいと思います。言葉は、生まれ育った土地の言葉こそが、心に響きやすいのだと思うのです。

(2)方言は易しく、優しい
 方言は、他の地域の人が聞くと、何を言っているのか、わからないことが、しばしばあります。けれども、その方言のことが理解できるようになると、易しい言葉を組み合わせて話をしているということが、わかってきます。一つ一つの易しいことばの集まりが方言なのです。
 日本語を作り上げているのは、漢語、和語、外来語などです。
 漢語というのは、漢字の音からできている言葉です。漢字の熟語です。和語というのは、大和言葉とも言いますが、日本本来の言葉と言いましょうか、漢字で書いても訓読するような言葉です。外来語は、英語をはじめ、いろいろに外国語から取り入れた言葉です。
 方言の言葉は、和語(大和言葉)が多いのが当然です。難しい言葉ではなく、易しい言葉なのです。
 易しい言葉遣いが、相手に対する優しい心遣いのあらわれであるということこそ、方言の大きな魅力なのです。

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2007年9月 8日 (土)

姫路ことばの今昔(8)

5 味わい深い姫路言葉

 これまで申してきたように、言葉は変化・流転を続けていますが、それぞれの地域には、その土地らしい、味わいの深い言葉があります。

 姫路市文化振興財団が発行しておられる雑誌『Ban Cul』が第30号で、「新・播磨気質」という特集を組まれて、その中の一つで、播州弁を取り上げることをされました。今から6年前のことでした。そのときに、私は、アンケート回答を見せていただいて、文章を書くようにと求められました。その時の紙面を資料としてお配りしています。

 この時、「極めつきの播州弁」を選んで、短い解説を書くようにという依頼を受けました。私は、そこで、①他の地域ではほとんど聞くことがない語句であるとともに、②表現力のある語句を選ぶという考え方をしました。
 そして選んだのは、①差し支えない、かまわないという意味を持つ「ラク」という言葉、②取り散らかしている、乱雑であるという意味を持つ「サンコ」という言葉、③細かい雨が降るようすや、わずかに降り始めたときのようすをあらわす「ピリピリ」という言葉、④程度が大きくないということをあらわす「ナマ」という言葉、⑤非常に苦しいとか、馬鹿らしいという感じを伴って、「アタ・シンドイ」とか「アタ・オモロナイ」というように使う「アタ」という言葉(接頭語)、の5つでした。これらの言葉については、資料1の文章に書いていますので、後でお読みください。
 そして、このときに寄せられたアンケートの回答を、数の多い順にしたのが資料の左上の表です。最も多かったのが「ゴー・ガ・ワク」で、続いて「ダボ」、「ベッチョナイ」、「メグ、メゲル」、「ラク」などが並んでいます。

 そこで、それらの言葉と関連して、私が書いた「ひょうごの方言」という小さな本で書いている文章を抜き出して、コピーしたのがもうひとつの資料です。
 時間が許せば、それらの言葉について、少しずつ説明を加えていくのがよいのですが、ちょっと心配です。申し訳ありませんが、後で、ゆっくりお読みくだされば嬉しく思います。

 ただし、誤解のないようにしていただくために、少しだけ説明をしておきます。さきほどの、アンケートの回答が最も多かったという言葉、「ゴー・ガ・ワク」を見てください。
 この本では、長音(長くのばす発音)を棒線のようには書かないで、現代仮名遣いの書き方で書いています。用例や、意味の説明は、私自身が思っていること、感じていることをもとにして書きましたから、微妙な違いについて、指摘を受けることはあるだろうと思います。
 それから、「◆地点」という項目を設けて、県内の市や町の名前を書いています。これは、兵庫県内の高等学校の国語の教員が集まって「兵庫県ことば読本」という本を作ったときに、県内各地から寄せていただいた情報をもとにして書きました。市や町の次に数字を書いているのは、情報を寄せていただいた方の番号です。情報を寄せてくださったのは150人余りの方々です。ここで、ご理解いただきたいのは、たとえ「姫路市」と書いていても、姫路市に住んでいる人が一人残らず使っているわけではないということと、「相生市」と書いていなくても、相生市に住んでいる人も使っているであろうということです。相生市で使っているという情報が、たまたま、寄せられなかったということなのです。

 「ゴー・ガ・ワク」という言葉は播磨地域の特徴的な言葉であると思っている人は多いでしょうが、そんな言葉は使わないという人がいても不思議ではありません。「◆地点」という資料を載せているのは、大きな目で言葉の広がりの傾向を感じ取っていただきたいという気持ちからなのです。
 なお、「ゴー・ガ・ワク」というのは、他の言葉に置き換えられない、特有の意味を持っています。言葉は、一つ一つ、みんな意味が違うと言っても差し支えないでしょう。だから、「ゴー・ガ・ワク」と「ハラ・ガ・タツ」とは微妙に違うところがあるはずですし、「ゴー・ガ・ワク」と「ムカツク」も、ぴったり同じであるわけはないと思います。
 そうであるけれどもと言うべきか、そうであるからと言うべきか、いずれにしても、播磨地域の人が、立腹したときに、しばしば使う言葉が「ゴー・ガ・ワク」であることは、この地域の人の気性などにぴったりした言葉であるということなのでしょう。

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2007年9月 7日 (金)

姫路ことばの今昔(7)

4 言葉の変化④

(4)他の地域の言葉を取り入れて使う
 それでは次に、「その地域の言葉を使い続けながら、一方で、他の地域の言葉も取り入れて使うようになる」ということについて申します。

 東京の言葉や大阪の言葉が、兵庫県内にも幅を利かせてきているということを、実感しておられる方がおられると思います。
 例えば、私が姫路の高等学校に勤めていた昭和50年代には、地元の言葉では「行ってまう」「来てまう」というのを、東京の言葉を使って、「行っちゃう」「来ちゃう」というように言う者は少なかったと思います。「…しちゃう」という言葉を使う者に対しては、「そんな言葉遣いは日本語と違(ちゃ)う。」「関西弁と違(ちゃ)う。」と言って、からかった記憶があります。けれども、この「…ちゃう」という言い方を、今では関西一円で、かなり頻繁に聞くようになりました。

 また、先ほど申した尊敬表現については、神戸市・東灘区あたりより東では「…しはる」を使って、「先生が来はる。」と言います。それより西の、播磨一帯は「…してや」を使って、「先生が来てや。」と言います。けれども、今では、「はる」という敬語を、播磨あたりでもよく聞くようになりました。
 もう一つの例を申しますと、理由をあらわす「さかい(に)」という言葉を使うことが少なくなりました。「雨が降りそうやさかい、傘を持って行きぃ。」ということを、「雨が降りそうだから…」と言うことが多くなってきています。
 これらのことは、東京の言葉や、大阪の言葉が、力を広げているということでしょうか。あるいは、転居や転勤などによる、人々の交流が大きな要因となって、言葉が変化しているということでしょうか。
 理由はともかくも、言葉は確実に変化をし続けているのです。

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2007年9月 6日 (木)

姫路ことばの今昔(6)

4 言葉の変化③

(3)同じような内容を新しい言葉で表現する
 次に、「同じような内容を表す言葉であっても、古くからの言葉がすたれて、新しい言葉を使うようになる」ということについて申します。

 私が子供の頃は、映画が白黒画面から色の付いた画面へ発展していく時代でした。今でも覚えているのは、国際地球観測年というのがあって、初めて南極探検隊が派遣されました。その翌年に、記録映画が作られて、全国の映画館で上映されました。心わくわくする記録映画でした。ところで、その記録映画は、色の付いた部分と白黒の部分とが入り混じっていました。そんな時代でした。
 色が付いていることを表す言葉は、その時代では、「天然色」でした。「総天然色映画」というのが、客を引きつける一つの宣伝文句になっていました。今は、「天然色」という言葉はすたれてしまいました。使っているのは「カラー」という言葉です。映画もテレビもカラーが当たり前の時代ですから、カラーという言葉に、特別なときめきを感じることもなくなってしまいました。

 方言についての話をします。着物などが上品で地味であるということを表す言葉に「こおと」というのがあります。京都などでも使っています。資料2の、1枚目の下の段に、「こおと」という言葉を載せていますが、「こおと」という言葉を使う機会は減っています。今は、「エレガント」とか、「シック」とかいう言葉が幅を利かせています。
 「こおと」という、古くからある言葉を使わないで、「エレガント」という英語からの外来語や、「シック」というフランス語からの外来語などを使う人が増えました。「エレガント」や「シック」以外の言葉を使う人がいても、おかしくはありません。そのようにして、「こおと」という言葉を使うことは、極端に減ってきていると思います。
 「こおと」と「エレガント」と「シック」とは、まったく同じ意味ではありません。広辞苑には、「エレガント」は、上品なさま、優美なさま、と書いてあります。「シック」は、粋なこと、しゃれたこと、と書いてあります。
 けれども、そんな細かな区別をするまでもなく、何かを見て、それを言葉で表現しようと思ったときに、さっと頭に浮かんだ言葉を使うのが、私たちの日常生活の言葉遣いです。その時に、「こうと」という方言よりも、「エレガント」や「シック」という外来語を優先してしまうということが起こっても、不思議ではないのです。
 けれども、このようにして、使う度合いが少なくなった言葉は、いつの間にか忘れられてしまうという恐れがあるのです。

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2007年9月 5日 (水)

姫路ことばの今昔(5)

4 言葉の変化②

(2)同じ言葉であっても意味が変化していく
 次に、「同じ言葉であっても、その意味が変化していく」ということについて、共通語を例にして申します。

 阪神・淡路大震災の後には、「がんばろう神戸」という言葉が使われて、人々を勇気づけました。
 ところで、「がんばる」という言葉は、もともとは「我に張る」ということで、自分の考えを押し通すということですから、わがままであるという意味をそなえておりました。「人がどない言うても、あいつは一人でがんばって、みんなを困らしとる。」というような使い方をしました。今も、そのような使い方はします。
 けれども、今では、どこまでも忍耐して努力するというような意味、素晴らしいという意味を込めて使われることの方が多くなりました。

 もう一つの例を申します。共通語の「こだわる」も、もともとは、些細なことにとらわれる、という意味が強かったように思います。人を非難する場合に使うことが、よくありました。「つまらんことに こだわらずに 気持ちを広く持て。」などという使い方をしました。
 ところが、その「こだわる」という言葉を、細かな点にまで気を配るという意味で使う度合いが増えてきました。「こだわりの味」などという言葉は、賞賛の言葉になりました。
 言葉というのは、このように変化しているのです。

 方言のことについて申しましょう。「借りる」は、方言では「カル」と言うことが多いと思います。「(お金を出して)買う」は方言でも「カウ」と言います。「借りる」の「カル」と、「(お金を出して)買う」の「カウ」は別の言葉であって、紛らわしいことはありません。
 けれども、「金槌をカッテクル。」と言えば、昔は、借りてくるという意味だけを表していたと思いますが、しだいに、「カッテクル」を「借りてくる」と「(お金を出して)買ってくる」の両方の意味で使うようになり、今では、「(お金を出して)買う」の意味が優勢になってきているかもしれません。
 「カッテクル」に関する、この現象は、個別の言葉の意味の変化ではなくて、文法に関わることなのですが、発音だけに注目すると、同じように発音する言葉の意味が変化してきているというようにも感じられるのです。

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2007年9月 4日 (火)

姫路ことばの今昔(4)

4 言葉の変化①

 今日のテーマは「姫路ことばの今昔」ということですので、言葉の変化ということに、話を進めていこうと思います。
 「石」とか「山」とかいう言葉は、万葉集の時代にもあった言葉ですが、言葉の世界には、昔あって今はない言葉や、昔はなくて今ある言葉など、変化をしてきています。「石」とか「山」とかという言葉も、大昔と今と、発音が同じであるとは言えません。
 言葉は、ときには消滅し、ときには変化し、また、新しい言葉が生まれます。
 ここでは、言葉が消え去ったり、変化したりすることの現象を、いくつか考えてみようと思います。

(1)事物や習慣がなくなれば、言葉が消える
 まず、「事物や習慣がなくなれば、言葉が消え去ってしまう」ということについて、申します。

 物や、事がなくなれば、それをあらわす言葉が使われなくなっていきます。文化・文明が進展していくにつれて、昔あったものがなくなったり、昔の行事や習慣などがなくなることがあります。それによって、言葉も消えていくことがあります。
 例えば、これから寒くなっていきますが、暖房などに関する言葉を思い浮かべてみてください。
 「コタツ」という言葉はしっかり残っていますが、「アンカ」「タドン」「マメタン」「カタズミ」「ケシズミ」などという言葉はどうでしょうか。「タドン」や「マメタン」を見たことがない子どもは、いるでしょう。木を薪にしたときにできる柔らかい炭を「ケシズミ」と言いますが、日常生活の中で目にすることはなくなりました。

 「アトサシ」というのをご存じでしょうか。二組の布団の裾を重ね合わせて、コタツや湯たんぽを入れて、二つの方向から足を入れて寝ることをしました。足元の暖房器具一つを二人分に役立てるという知恵です。「アトサシ」とは違う言葉であらわす地域があるかもしれません。いずれにしても、今は、そのようなことをしませんから、そんな言葉を使うことがなくなりました。

 瓦のような焼き物であった「コタツ」に「タドン」を入れていた時代は、コタツが熱くなりすぎて、布団を焦がしてしまうことがありました。そのような、布団が焦げて茶色になったときなどは、私の地域では「ホイロ・ガ・イク」と言っていました。違った言い方をしている地域もあるでしょう。けれども、この「ホイロ・ガ・イク」という出来事自体が、今ではなくなりました。
 そのように、物や事がなくなると、言葉も忘れられていくのです。

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2007年9月 3日 (月)

姫路ことばの今昔(3)

3 姫路方言の特徴

 それでは、姫路の言葉についての話をします。
 姫路地域の方言は、姫路市・神崎郡・飾磨郡などの地域、すなわち、市川と夢前川の流域がよく似た特徴を持っています。けれども、言うまでもないことですが、関西一円に広がる言葉の特徴も合わせ持っています。
 姫路とその周辺の方言の、特徴的な事柄を、いくつか挙げてみましょう。
 一音で発音する言葉を長く発音するのは、関西に広く見られる現象です。「手(てえ)が冷(ちめ)となった。」とか、「年とって、目(めえ)が見えにくうなった。」とか言います。

 共通語には見られない促音(つまる音)があって、「走っている」という意味の「走りよる」が、「走っりょる」になります。「有るだろう」という意味の「有るやろ」が、「有っりゃろ」になります。
 地名の土山が、「ツッチャマ」という発音になることがあります。同じように、西明石は「ニッシャカシ」、住吉は「スンミョシ」、芦屋は「アッシャ」、福知山は「フクッチャマ」になります。

 文法に関する事柄としては、尊敬表現が、大阪や阪神間の「来はる」「行きはる」というのに対して、播磨地域では「来てや」「行ってや」となります。大阪や阪神間の敬語を「ハル敬語」と言い、播磨地域の敬語を「テヤ敬語」と言います。
 「何を言うとってやねん。そんなこと言うたら、みんながびっくりしてやろ。」というような言い方です。「テヤ敬語」とは言いますが、実際には「テ」という言葉だけで敬語意識が表現されています。「何を読みよってのん?」と言って、「て」だけで敬意を表すことができるのです。

 アクセントは、神戸・大阪と同じ京阪式アクセントですが、播磨の一部の地域で、例外があります。姫路市林田町や飾磨郡家島町は、少し異なるアクセントだそうです。ただし、アクセントは、年齢の違いによって変化が生じてきているという面もあるようです。

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2007年9月 2日 (日)

姫路ことばの今昔(2)

2 私と方言

 私と方言との関わりについて、もう少しだけ、話をさせていただきます。
 姫路西高等学校に勤めていた昭和58年度から3年間、文化庁の全国方言収集緊急調査というのがあって、兵庫県の方言について、5人の調査員で調査をしました。兵庫県の調査団長は、亡くなられた鎌田良二先生(甲南女子大学教授)で、私も5人のうちの1人でした。私の担当した調査地点は、残念ですが、姫路ではありませんでした。神戸市兵庫区の和田岬のあたりの調査を担当しました。この文化庁の全国方言収集緊急調査では、姫路市が調査地点にならなかったのは残念なことでした。

 私は、割に早い時期から、日本語や方言に興味を持っていましたが、神戸大学姫路分校の学生の時代に、国語学を和田實先生に教えてもらったことから、ますます関心が深くなりました。
 和田實先生は、方言のアクセント研究について、いくつもの論文を発表されていて、方言学についてのご業績の深い方です。方言のことについては、大学時代の4年間にわたって、和田實先生にいろいろ教えを受け、卒業論文も方言について書きました。けれども、私は結局、アクセント研究には向かわずに、方言の文法と語彙のことを調べることを続けてきました。

 それでは、そろそろ本題に入っていこうと思います。
 今日のテーマは「姫路ことばの今昔」です。これからの話は、お配りしている資料(レジュメ)に書いている順番に沿って進めていきます。
 話を進める前に、方言とは何かということについて、既にご存じのこととは思いますが、念のために、簡単に申しておきます。

 方言というのは、一つの言語(日本語)において、使われる地域が異なることによって生じる、音韻・語彙・文法などの違いのことです。日本には、いくつもの方言があるのです。
 また、そのような違いによる、同じ言語(日本語)の中での区分(それぞれの仕切り)のことも方言と言います。たとえば、東京には東京方言が、関西には関西方言があるのです。同じ関西でも、大阪方言と神戸方言と姫路方言は、それぞれ違っています。

 方言に対する言葉に、共通語という言葉と、標準語という言葉があります。
 共通語というのは、いくつかの方言を持つ言語社会(日本全体とか、関西全体とか)において、その全域(日本全域とか、関西全域)にわたって通用する言語のことです。日本全域にわたる共通語もありますし、関西地域で広く使われている共通語もあります。言葉の中には、全国で誰でも知っている言葉もあれば、関西で広く使われている言葉もあります。言葉が使われている範囲は、一つ一つの言葉によって違っているのです。全国共通語もあれば、関西共通語もあります。播磨地域の共通語もあります。
 ただし、普通に「共通語」という場合は、全国共通語のことだと考えてください。

 標準語というのは、一つの国(日本)の規範(手本)となる言語として、公用文や学校・放送・新聞などで広く使われるもののことです。日本語では、おおむね東京の中流階級の使う東京方言に基づいています。標準語は、自然のままの言葉ではなくて、考えて作り出したという要素も含まれていると考えてください。

 現在の日本語は、和語(やまとことば)・漢語・外来語などが入り交じっていますが、方言には、どちらかというと、和語(やまとことば)が多く使われています。
 方言を調べるときには、①語彙、②音韻、③アクセント、④文法、⑤その他、があります。
 私は、今日は、一つ一つの言葉(単語)についてのお話をしようと思っていますが、語彙というのは、一つの言語(日本語)の単語の全体、またはその中の特定の範囲(例えば若者の言葉とか、農業に関する言葉とか)についての単語の全体のことです。

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2007年9月 1日 (土)

姫路ことばの今昔(1)

1 私と姫路

 橘と申します。ご紹介くださいましたように、昭和50年4月から9年間、県立姫路西高等学校に勤めておりました。
 ところが、姫路に通ったのは、それが初めてではなくて、その前があるのです。大学生のときです。当時は、大学教育が一般教養課程と専門課程とにきちんと分かれていました。その一般教養課程のときに姫路に通いました。
 今の兵庫県立大学環境人間学部のあるところに、神戸大学姫路分校がありました。旧制の姫路高等学校の残り香が漂っているような時代でした。昭和36年4月から、翌年の9月まで、姫路で勉強をしました。先日、ちょっと兵庫県立大学の敷地に中に足を踏み入れましたが、見覚えのある建物が残っていて、懐かしい思いをしました。

 ところで、私が学生であった頃は、姫路城は白鷺(しらさぎ)城ではありませんでした。真っ黒な覆いに囲まれていました。昭和31年から昭和39年にかけて行われた姫路城の「昭和の大修理」の最中でした。
 ですから、昭和50年から、姫路の高等学校に勤めるようになって、毎日、白いお城を眺めて暮らすことができるようになって、気持ちが晴れ晴れとしました。私は、雨の日以外は、姫路駅から姫路城のそばを通って、歩いて通勤しておりました。

 私は、明石生まれで、明石育ち、そして今も明石に住んでいます。姫路の高等学校に勤めていたときに、おやっと思った言葉がありました。
 格別変わった言葉ではなく、ごくありふれた言葉なのですが、私自身の使い方とは異なっていました。
 中間考査や期末考査が終わって、授業が再開された最初の時間に、試験の答案を返します。生徒たちは期待をして待っていて、「早(はよ)う、試験をはろてぇな。」と催促をしました。
 借りたもの(お金など)を返すことを「はらう」というのは、ごく普通の言い方ですが、預かっていたもの(答案など)を返すことを「はらう」というのは、私が使っている方言の意味や用法にはありませんでした。だから、「はらう」という言葉を、初めて耳にしたときには、ちょっと違和感を覚えました。けれども、9年間も勤めましたから、すぐに慣れてしまったように思います。明石と姫路は、言葉に違いはあまりないのですが、時々は、あれっと思うようなことに出くわすこともあったのです。

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