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2007年12月31日 (月)

【掲載記事の一覧】

 このブログに掲載した記事数は、昨日でちょうど500件になりました。
 ブログのタイトルにしている「国語教育を素朴に語る」は連載51回で終えることになりました。けれども、ブログ全体のタイトルは変更しないで続けることにします。
 ブログをお読みくださってありがとうございます。
 これまでに連載した内容の一覧を記します。
 お読みくださって、感想・意見・連絡などがありましたら、
       kyoiku.kokugo@gmail.com
  宛に、よろしくお願いします。

≪掲載を継続しているもの≫
◆言葉カメラ (1)~(142)~継続予定
    [2007年1月5日~2007年1月31日]
    [2007年2月21日~2007年2月28日]
    [2007年3月16日~2007年3月31日]
    [2007年4月19日~2007年4月30日]
    [2007年5月9日~2007年5月30日]
    [2007年10月1日~2007年10月13日]
    [2007年11月1日~2007年11月26日]
    [2007年12月13日~2007年12月30日]

◆神戸圏の文学散歩 (1)~(5)~継続予定
    [2006年12月27日2006年12月31日]

◆ゆったり ほっこり 方言詩 (1)~(42)~継続予定
    [2007年2月1日~2007年2月20日]
    [2007年3月1日~2007年3月15日]
    [2007年5月1日~2007年5月7日]

◆六甲の山並み[言葉つれづれ] (1)~(4)~継続予定
   [2006年12月23日~2006年12月26日]

◆おもしろ日本語・ふしぎ日本語 (1)~(27)~継続予定
    [2007年1月1日~2007年1月4日]
    [2007年6月7日~2007年6月29日]

◆鉄道切符コレクション (1)~(24)~継続予定
    [2007年7月8日~2007年7月31日]

◆写真特集・さくら (1)~(11)~継続予定
    [2007年4月7日~2007年4月17日]

◆写真特集・きく (1)~(3)~継続予定
    [2007年11月27日~2007年11月29日]

◆写真特集・もみじ (1)~(7)~継続予定
    [2007年12月1日~2007年12月7日]

◆写真特集・季節の花 (1)~(3)~継続予定
    [2007年5月8日、5月31日、6月30日]

◆屏風ヶ浦の四季 (1)~継続予定
    [2007年8月31日]

◆昔むかしの物語 (1)~継続予定
    [2007年4月18日]

≪掲載が完結しているもの≫
◆国語教育を素朴に語る (1)~(51)
    [2006年8月29日~2006年10月1日]
    [2007年4月1日~2007年4月6日]
    [2007年10月14日~2007年10月19日]
    [2007年12月8日~2007年12月12日]

◆相手を思いやる姿勢と、自分を表現する力 (1)~(3)
    [2006年10月2日~2006年10月4日]

◆学力づくりのための基本的な視点 (1)~(7)
    [2006年10月5日~2006年10月11日]

◆教員志望者に必要な読解力・表現力 (1)~(18)
    [2006年10月16日~2006年11月2日]

◆教職をめざす若い人たちに (1)~(6)
    [2007年6月1日~2007年6月6日]

◆これからの国語科教育 (1)~(10)
    [2007年8月1日~2007年8月10日]

◆現代の言葉について考える (1)~(7)
    [2007年7月1日~2007年7月7日]

◆自分を表現する文章を書くために (1)~(11)
    [2007年10月20日~2007年10月30日]

◆兵庫県の方言 (1)~(4)
    [2006年10月12日~2006年10月15日]

◆暮らしに息づく郷土の方言 (1)~(10)
    [2007年8月11日~2007年8月20日]

◆姫路ことばの今昔 (1)~(12)
    [2007年9月1日~2007年9月12日]

◆私の鉄道方言辞典 (1)~(17)
    [2007年9月13日~2007年9月29日]

◆高校生に語りかけたこと (1)~(29)
    [2006年11月9日~2006年12月7日]

◆高校生に向かって書いたこと (1)~(15)
    [2006年12月8日~2006年12月22日]

◆明石焼の歌 (1)~(3)
    [2007年8月28日~2007年8月30日]

◆1年たちました (1)~(7)
    [2007年8月21日~2007年8月27日]

 2007年の暮れは全国的に荒れた空模様になりました。年末年始には、美しい日の出・日の入りが見られないかもしれません。
 そこで、ちょっと早いのですが、2007年12月27日の夕陽を載せることにします。兵庫県明石市の江井ヶ島海岸です。万葉集に名寸隅(なきすみ)として詠まれている、赤根川の河口付近から撮りました。(と言っても、わが家から歩いて1分の、見慣れた景色です。)この辺りは海岸埋め立てから免れていて、淡路島、家島群島、小豆島が見えます。沖合の海面に見えるのは海苔の養殖用の筏です。12月27日、午後4時35分から47分までに撮った写真です。

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2007年12月30日 (日)

言葉カメラ(142) 【歩行者・対行車】

正しいのは「対向車」であっても

 「歩行者・対行車にご注意下さい」という表示には、妙に感心してしまいました。「ホコウシャ」「タイコウシャ」という発音が類似していて、しかも両方に「行」という文字が使われていて、同じ発音をする「者」と「車」の文字の使い分けがあって……。
 〈うーん〉と感心して、しばらく後に「タイコウシャ」は「対向車」という文字が正しいのだと気づいたのでした。

【写真は、2000年(平成12年)5月4日に、神戸市北区内で撮影。】

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2007年12月29日 (土)

言葉カメラ(141) 【屋根注意】

どんな注意が必要なのか

 1枚目の写真のように、「頭上注意」と「足もと注意」とが合わせて書いてあるのを見ると、そんなことは同時にできないから、過剰な注意書きであろうと思ってしまいます。頭上の何に注意すべきか、足もとの何に注意すべきかはわかりません。せいぜい、頭をぶつけないようにとか、足を滑らせないようにとかいうことなのでしょう。
 けれども、2枚目の写真の「屋根注意」という言葉には妙に説得力があって、身構えてしまいます。今にも崩れ落ちてくるのではないかという恐怖感を誘います。見上げる屋根のようすは3枚目の写真です。

【1枚目の写真は、2007年(平成19年)12月5日に、大阪市西区内で撮影。2枚目と3枚目の写真は、2007年(平成19年)4月5日に、兵庫県加古川市内で撮影。】

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2007年12月28日 (金)

言葉カメラ(140) 【故障中】

立ち入るには勇気がいります

 警察署というところは入りにくい所だと思いますが、加えて「故障中」とか「立入り注意」とか書かれると、ますます入れなくなりそうです。
 この言葉は「立入禁止」ということを言っているのではないとは思いますが、ガラス戸を開けたとたんに何かが起こりそうで、びくびくします。警察署の「連絡所」というのがどういう所かは知りませんが、人がいる気配を感じない場所でした。

【写真は、2007年(平成19年)9月4日に、川崎市川崎区内で撮影。】

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2007年12月27日 (木)

言葉カメラ(139) 【DONぶり】

「どんぶり」「丼」「丼ぶり」「DONぶり」

 「どんぶり」という食べ物は気軽に食べられますが、種類は豊富です。だからというわけではないでしょうが、その表記も多彩です。「どんぶり」「丼」「丼ぶり」に加えて、「DONぶり」という表示も見ました。「どんぶり」という言葉のルーツは何語であるのか、首を傾げたくなりますが……。

【写真は、1999年(平成11年)8月25日に、東京都中央区内で撮影。】

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2007年12月26日 (水)

言葉カメラ(138) 【とうきび】

「とうもろこし」と「とうきび」

 「営業用方言」と題した文章を読みました。(井上史雄「ことばの散歩道」。雑誌「日本語学」2008年1月号) 次のようなことが述べられていました。
 「とうもろこしの表示が、観光客用のみやげものでは『とうきび』のように北海道の言い方になっている。…[中略]… そのあと地元向けの店をのぞいたら、本物をちゃんと共通語の『とうもろこし』と書いて売っていた。みやげ用に『とうきび』を使うのはその方が売れるからだろう。」
 この写真の場合は、ひとつの店で「とうきび」と「とうもろこし」の両方を使っています。「とうきび」の看板の方が立派なのは、観光客を意識したからなのでしょうか。
 ついでながら、関西人である私が、子供時代に使った言葉は「なんば」でした。

【写真は、2001年(平成13年)6月18日に、北海道小樽市内で撮影。】

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2007年12月25日 (火)

言葉カメラ(137) 【国道④】

国道駅前

 「国道駅前」は、駅前という地名の場所に設けられたものではありません。
 これはJR鶴見線の国道駅の駅前にあるバス停です。
 「国道」という鉄道駅名に驚くべきかもしれませんが、関西には、阪急電鉄今津線に「阪神国道」という駅があります。国道2号線(阪神国道と呼び慣わしていた道路)との交差部にあるので付けた名前です。

【写真は2枚とも、2007年(平成19年)9月4日に、横浜市鶴見区内で撮影。】

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2007年12月24日 (月)

言葉カメラ(136) 【国道③】

国道JR西宮駅前

 西宮市内のターミナル駅は、JR西宮駅、阪神電気鉄道西宮駅、阪急電鉄西宮北口駅ですが、この3つの駅はそれぞれ離れたところにあります。国道上に設けたバス停を「国道西宮」とは呼びにくいのです。JR西宮の近くを「国道JR西宮」とも言えなくて「国道JR西宮駅前」にしたのでしょう。これまでに紹介したものに比べると長ったらしくなっています。このバス停の次は「JR西宮駅前」になっています。

【写真は、2000年(平成12年)1月8日に、兵庫県西宮市内で撮影。】

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2007年12月23日 (日)

言葉カメラ(135) 【国道②】

国道淡路花博

 「国道明石」は消えたバス停の名前ですが、同様のものに「国道淡路花博」があります。 淡路花博とは、国際園芸・造園博覧会のことで、別名は「ジャパンフローラ2000」と言いました。淡路の東浦町から津名町にかけての一帯を会場としていましたが、このバス停は、入場者の便を図った臨時のものでした。

【写真は、2000年(平成12年)2月5日に、兵庫県津名郡津名町(現在は、淡路市)内で撮影。】

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2007年12月22日 (土)

言葉カメラ(134) 【国道①】

国道明石、国道打出、国道桃山、国道穴川

 かつて国道2号線に「国道明石」というバス停がありました。JRや山陽電気鉄道の駅前ではなく、国道を走るバスの中で明石の中心部(や鉄道の駅)に最も近い場所という意識で命名されたものなのでしょう。その「国道明石」は、今では、近くにできた商業施設に因んで「アスピア明石前」に変わってしまいました。
 「国道◯◯」というバス停の名前を紹介します。阪神電気鉄道打出駅に近い「国道打出」、京阪電気鉄道伏見桃山駅や近畿日本鉄道桃山御陵前駅に近い「国道桃山」です。亀岡市内の「国道穴川」は近くに穴川という駅はありませんが、穴川地区で国道上(すなわち、地区の中心部でなく、ちょっと外れた国道上)にあるという意味ではないでしょうか。

【1枚目の写真は、2007年(平成19年)1月5日に、兵庫県芦屋市内で撮影。2枚目の写真は、2002年(平成14年)3月31日に、京都市伏見区内で撮影。3枚目の写真は、2001年(平成13年)9月24日に、京都府亀岡市内で撮影。】

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2007年12月21日 (金)

言葉カメラ(133) 【現在地】

You are here

 案内地図に「現在地」という表示をすることは親切な取り計らいですが、関西では、それに英文表記を添えることは珍しいと思います。東京では、「現在地」の傍に「You are here」が何気なく添えられていることが多いようです。
 関西では、鉄道駅などでは日本語・英語・ハングル・中国簡体字などを多く見かけますが、「現在地」は日本語のみがほとんどのようです。

【写真は、2007年(平成19年)9月3日に、東京都品川区内で撮影。】Photo_12

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2007年12月20日 (木)

言葉カメラ(132) 【どない】

どないしょ

 関西では、あのように という意味では「あない」を使います。このように は「こない」、そのように は「そない」、どのように は「どない」です。
 「どないしょ」は、どうしよう?という意味です。「しよう」は短く「しょ」になります。
 店名の由来は知りませんが、いかにも関西的な命名だと思います。

【写真は2枚とも、2002年(平成14年)7月25日に、神戸市西区内で撮影。】

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2007年12月19日 (水)

言葉カメラ(131) 【店内散歩】

意外な歩数

 5000歩という文字を見て、ちょっと驚きました。「店内をくまなく」というのがポイントなのでしょうが、それにしても、知らないうちに歩数を重ねているのですね。
 歩幅を60センチとすれば3㎞の距離になります。書店巡りが疲れるのは当然であるのかもしれません。

【写真は、2003年(平成15年)8月3日に、東京都中央区内で撮影。】

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2007年12月18日 (火)

言葉カメラ(130) 【とんど焼き】

「とんど」であって「どんど」でない

 お正月が近づきました。注連飾りなどを焼くのは「とんど」です。共通語の辞書にどのように書かれていようとも、私たちが使うのは「とんど」です。
 今はできなくなりましたが、暖をとるために落ち葉や木片を燃やすのも「とんど」です。 写真の湊川神社は「楠公さん」とも呼ばれる、神戸市内の有名な神社です。楠木正成を祭神としています。

【写真は、2005年(平成17年)1月12日に、神戸市中央区内で撮影。】

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2007年12月17日 (月)

言葉カメラ(129) 【できまへん】

できまへん

 「通りぬけ できまへん」という言葉を使っているのは、地域の人に向けた言葉なのでしょうか。公道とは思えないような場所で見ました。場所は京都の先斗町で見かけたものです。

【写真は、2000年(平成12年)6月4日に、京都市中京区内で撮影。】

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2007年12月16日 (日)

言葉カメラ(128) 【たのみ】

結納品

 「たのみ」というのは、播磨地域で広く使われている言葉で、結納のことです。結納に使う品々や金銭のことも指しています。
 加古川市内の結納品を扱う店には、ずばり「たのみ」という言葉が掲げられています。どちらも加古川市の寺家町商店街で見かけたものですが、2枚目の写真の若松屋さんは歌手・菅原洋一さんの実家です。

【1枚目の写真は、2003年(平成15年)10月27日に、兵庫県加古川市内で撮影。2枚目の写真は、2004年(平成16年)2月16日に、兵庫県加古川市内で撮影。】

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2007年12月15日 (土)

言葉カメラ(127) 【じょうとんば】

尉と姥

 名松・高砂の松で知られる高砂神社に尉姥神社があります。「じょう」「うば」です。
 この発音が融合した上で崩れると「じょうとんば」になります。東播磨一帯で広く言われています。
 1枚目の写真は高砂神社のもので、2枚目の写真は山陽電気鉄道・尾上の松駅前にある店の名前です。

【1枚目の写真は、2005年(平成17年)7月20日に、兵庫県高砂市内で撮影。2枚目の写真は、2002年(平成14年)10月26日に、兵庫県加古川市内で撮影。】Photo_3 Photo_4

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2007年12月14日 (金)

言葉カメラ(126) 【ようきんさった】

いらっしゃい②

 駅のプラットホームにあった歓迎の言葉です。JR山陰本線の八鹿駅です。
「よく来てくださった」ということを、地元の言葉で表現しています。

【写真は、2003年(平成15年)12月2日に、兵庫県養父郡八鹿町(現在は、養父市)内で撮影。】

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2007年12月13日 (木)

言葉カメラ(125) 【きんしゃい】

いらっしゃい①

 「いらっしゃい」という、歓迎の気持ちを表す言葉をいくつか採り上げてみます。
 この店は、店の名前をそれにしてしまっています。

【写真は、2000年(平成12年)11月24日に、奈良県奈良市内で撮影。】

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2007年12月12日 (水)

国語教育を素朴に語る(51)

国語科教員の研究発表と質疑応答

 国語教育に関連した学会や研究大会に出席して、会場の片隅で聞かせていただくのは、楽しいひとときです。発表者から刺激を与えられたり、発表者に共感したりして、わくわくするような気持ちになることがあります。
 自分の志気が高まったり、充実感をもったりしますから、遠いところで開催される会であっても、やっぱり出かけてみたく思うのです。
 けれども、時にはびっくりするようなことにも出くわします。研究発表は緊張するものであると理解しているつもりですが、国語教育に携わっているはずの人が、発表原稿集を棒読みしていくことがあるのには驚きます。
 国語教育を実践している人であるなら、話すことの意義や方法を理解しているはずです。棒読みは賛成できません。聞いている人に向かって語りかけるという姿勢を忘れないでほしいのです。機械的に読み進めるのなら、ポスター発表か何かですませることと同じではありませんか。
 発表内容に驚くこともあります。最近の研究発表会で出会ったものの中には、ある書物を一方的に賞賛するだけの発表、海外の研究者の考え方を紹介することにとどまった発表などがありました。研究発表というのは自分の考えや実践方法が濃く出ていなければならないものだと思います。
     ◆   ◆   ◆
 研究発表は、発表することだけが目的ではありません。発表のあとで、質疑応答などを行って、発表者と聞いている人との交流が図られます。それによってお互いの勉強になるはずですから、質疑応答がいい加減に行われては困ります。
 質疑応答にがっかりすることのひとつは、議論が成り立たないという状況です。質問者が我田引水のようなことを述べたり、質問内容が的外れであったりすると、発表者に同情してしまいます。
 けれども、発表内容について正面からの質問が行われているのに、「あなたのご意見をこれからの研究の参考とさせていただきます」というような言葉を繰り返して、質問内容に答えないようなことがあります。会場にいる人たちは、せっかく研究発表の内容を理解しようと努めたのに、はぐらかされたような気持ちにならざるをえません。
 質疑応答で落胆することには、もうひとつ別の状況があります。質問者に向かって、「私はあなたのような考え方をしておりません。考えが違うのだから相容れないと思います」というようなことを平気で言う発表者の姿勢も困ったものです。異なった考え方の人を排除して、議論をする意思を持ち合わせていない人は、研究発表をする資格に欠けると思います。
     ◆   ◆   ◆
 私たちは国語教育の場で、自分の考えを述べることの大切さとともに、他の人と意見を出し合って議論することの大切さも教えています。国語教育は理屈で終わるものではなく、現実の場で生かすことが大切です。学会などでの研究発表は、そのような具体的な場面の一つであるはずです。まるで議論にならない質疑応答を聞いていると、国語教育の意義や目的をどのように考えている人なのだろうかと、失望せざるをえなくなってきます。
 謙虚な姿勢を持った国語教育の実践家の発表は聞いて楽しく、議論にも充実感を覚えます。理論で装備を固めて主張を貫こうとするような研究発表の中には、他の考え方を押しのけようとするような、残念な傾向がないとは言えません。
 私たちが指導している生徒たちの言語生活も、私たち自身の大人の言語生活も同じです。謙虚な姿勢こそが、言葉の生活で最も大切なことであると私は考えています。
     ◆   ◆   ◆
 今回で「国語教育を素朴に語る」の連載を終わることになりました。この連載の場を与えてくださった編集部に感謝するとともに、お読みくださった方々に厚くお礼を申し上げます。連載中に所属や立場が変化して、私にとって思い出に残る四年間あまりでした。

【この文章は、東京法令出版発行『月刊国語教育』2008年(平成20年)3月号に掲載されます。】

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2007年12月11日 (火)

国語教育を素朴に語る(50)

文章に向き合って想像する力を育てる

 国際的な学力調査の結果から、日本の生徒たちには、読解力の低下傾向が見られるという指摘がされています。
 具体的には、文章や資料の解釈、熟考・評価や、論述形式の設問に課題があるというのです。国語教育に携わっている者として謙虚に反省しなければならないと思います。
 けれども、PISA型読解力という言葉を使うまでもなく、これまでも、書かれた文章などを理解し、利用し、熟考する能力を養成しようとして指導してきたはずです。
 国語教育では、生徒一人一人に目標を持たせ、知識・能力などを発達させて、他の人たちとの関わりを深めさせるために指導してきています。それは国語を教える者にとって当然の営みですから、新しい概念が導入されたかのように強調されると、かえって面食らったような気持ちになります。
     ◆   ◆   ◆
 国語の教科書が一昔前に比べると様変わりしています。大型になってカラーの図版なども多くなりました。楽しく学習できるようにという配慮からなのでしょう。
 教科書では、文字や文章以外のものが占める割合が増えているように思います。国語教育は文章を読むことだけが目標ではない、資料(図表・写真・その他)の解釈も大切であるということには賛成です。そうであっても、文章を読めば解釈や想像ができることに関しては、図表や写真をたくさん添える必要はないでしょう。
 視聴覚教材を用いた指導が、以前よりも多くなっているようです。様々な教材が開発されて、手軽に利用できるのは喜ばしいことです。
 とは言え、動きのあるビデオやDVDが、静止画のスライドに勝っているとは一概には言えません。視覚教材が、聴覚だけに訴える録音教材より優れているとも言えないでしょう。もっと言えば、視聴覚教材を多用する国語教育が、そのような教材が乏しかった時代の指導より優れているとは断言できません。視覚や聴覚に訴えるものを多く与え過ぎるのはよくないと思います。
 静止している画面を見て想像する力、音声だけの情報から目の前の状況を想像する力も大切だと思います。そのような想像力が発揮できなければ、文章に向き合って筆者の意図などを読み取ろうとすることは難しくなってしまうでしょう。
     ◆   ◆   ◆
 文章を読んで解釈や批評をすることは大事なことですが、想像する力や創造する力を培うということを隅の方に押しやってしまわないようにしたいものです。視聴覚教材を提示することによって、想像力の肩代わりしてしまうことは避けなければなりません。読解力も、論理的思考力も、批判力も、表現力も大事な力ですが、想像力や創造力の育成も同じように大切なことです。
 人間は、反省をする動物です。それとともに、人間は想像する力を持つ動物です。国語教育の将来の結果を想像することもできます。現今の国語教育の舵の取り方が、生徒の将来にどのような影響を与えることになるかということを想像するのは、国語の教員には必要なことです。
     ◆   ◆   ◆
 漫画を活用して古文の学習を助ける、朗読を聞かせて作品を読ませたのと同等の効果をあげる、というようなことは国語教育の一つの手段としては納得できます。詩歌などの内容を絵画で表現させることもよいでしょう。
 けれども、そのような方法が国語教育の中心になるのはよくないと思います。国語科では、文章そのものに向き合わせて、解釈力や想像力を高めるような指導の方法に工夫を凝らすべきであると思うのです。
 国際的な学力調査の成績を上げるのに即応した指導も大事かもしれませんが、指導の能率を優先したり、調査の結果に目が走りすぎてしまわないように心しなければならないと思います。

【この文章は、東京法令出版発行『月刊国語教育』2008年(平成20年)2月号に掲載されます。】

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2007年12月10日 (月)

国語教育を素朴に語る(49)

文や文章を「書く」ということ

 新しい年を迎えるにあたって、親しい人に年賀状を出すのが習慣になっている人は多いことでしょう。
 昔は、「年賀状を書く」と言いましたが、「年賀状を作る」と言うことは少なかったようです。写真や絵よりも、文字が多かったから「書く」と言っていたのかもしれません。「作る」と表現するのは、賀状用の版画を彫ったりするような場合であったようにも思います。
 今では、いろんなソフトや素材を用いて、自分だけの年賀状を作ることができます。多彩な年賀状をもらうのは嬉しいことですが、提供されている種々の機能や情報をもとにして作成されているものが多くて、丹念に手づくりされた年賀状は珍しいようです。
     ◆   ◆   ◆
 同様に、「文章を書く」という言い方と、「文章を作る」という言い方とがあります。
 「作文」というのは、文や文章を作るという意味です。けれども「作文」は、形だけ整っていて内容の乏しいものの喩えにされることがあります。
 情報機器の発達に伴って、ワープロソフトなどを使えば、文章を「作る」ことは容易にできるようになりました。それは、年賀状をこしらえるのに似ていて、いろんな機能や情報を活用できるからです。モデルの文章をいろいろと用意しているソフトもあって、昔に比べると、文や文章を作り上げることが誰でも簡単にできるようになりました。
 けれども、文や文章は、「作る」ものではなく「書く」ものだ、と私は思っています。「作る」という言い方を聞くと、文や文章を作成する目的意識や創意工夫が希薄であって、一定の枠組みに沿って文や文章を作り上げる活動をしているように感じてしまうのです。
     ◆   ◆   ◆
 小学六年生と中学三年生の合わせて二百二十万人余りを対象にした全国学力調査が昨年四月に実施され、その結果が十月下旬に発表されました。
 「知識」を問うA問題の平均正答率に対して、知識の「活用」を問うB問題の平均正答率が、小学校では国語・算数ともに20ポイント低く、中学校では国語・数学ともに10ポイント低いという結果でした。
 過去と同一の問題を出題して正答率を比較した結果、国語における読み書き能力は、昔に比べて低いわけではない、基礎学力はついているという評価もありました。それは喜ぶべきことだと思います。
 けれども、文字の読み書きができることや、言葉の意味がわかることは、言葉を使いこなすための基礎の力です。文字が読めることと、読解力があるということとは、大きな違いがあります。
 サンプルに沿って年賀状を作成することと、自分の創意工夫を凝らした年賀状を作り上げることとは違います。それと同じように、一定の枠組みの中で文や文章を作り上げることと、しっかりした目的を持って自分の考えや思いを相手に伝わるように述べることとは大きな違いがあります。
 どのように書いたり読んだりするのか、どのように話したり聞いたりするのかという指導は大切なことです。それに加えて、国語教育でもっと必要なことは、どのような意図や目的を持って、どのように効果的な言葉の活動を行うのかという指導だと思います。
     ◆   ◆   ◆
 言葉は、思想・感情などを伝達して、人と人とをつなぐものです。社会生活において、自分以外の人の考えを間違いなく聞き取ったり読み取ったりする理解力が必須であるとともに、自分の考えを他の人に伝えるためにわかりやすく話したり書いたりする表現力も必要不可欠です。国語教育では、そのような力を身につけさせるために、指導法を工夫して実践していかなければなりません。
 別の言い方をすれば、私たちは、国語教育において、文章を「作る」ことにとどまらず、文章を「書く」ことを指導しなければならないと思うのです。

【この文章は、東京法令出版発行『月刊国語教育』2008年(平成20年)1月号に掲載されます。】

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2007年12月 9日 (日)

国語教育を素朴に語る(48)

意味・用法の欠落した「辞書」

 文系・理系の教員を目指す学生を対象にした講義で、大勢の聞き手に向かって話をしたり、文章を書いたりする演習をしばしば行っています。残念なことですが、書くことと話すことの違いを意識できない学生や、原稿用紙の使い方に慣れていない学生もいます。大学生を相手にするようになって、高校で国語教育を担当していた頃の指導効果を反省することも多いのです。
 ある時、携帯電話を触っている学生を見つけて、講義の時間中に余計なことをするなと注意しようとして、文字を確認するために使っているのだということに気づきました。それがわかって眺めてみると、他にもそういう学生がいました。とっさのときに携帯電話を役立てているのです。
     ◆   ◆   ◆
 先日、文化庁が二〇〇六年度の「国語に関する世論調査」の結果を発表しました。
 漢字が書けないときに調べる手段は「本の形の辞書」(六〇・六%、複数回答可)の次に「携帯電話の漢字変換」(三五・三%)が多かったそうです。「電子辞書」(一九・四%)を超えています。年代別に見ると三十代では携帯電話で調べる人が最も多く、二十代は七九・三%に達していると知って仰天しました。
 電子辞書の功罪を議論した時期もありましたが、もはや次の段階に来てしまっています。
 私の場合は、携帯電話で文字を確かめたことはありません。電子辞書の恩恵は受けていますが、ちょっと込み入ったことになると、辞書(書籍)を使います。習慣なのです。
 携帯電話を辞書代わりにするというのは、自分の頭の中にある言葉の文字確認に使っているだけであって、語彙を広げていく働きをしていないと思います。
 電子辞書は便利で、確かめたい言葉がすぐに現れますが、ピンポイントの画面です。前後に並んでいる見出し語などを調べることはできますが、辞書(書籍)とは視野が違います。
 辞書(書籍)を引くことには、ちょっとした労力が必要でしょうが、その習慣は身につけておかなければなりません。漢和辞典と無縁で、読めない文字を自分で調べる方法がわからないというような若者を育ててよかろうはずがないと思います。
     ◆   ◆   ◆
 前記の文化庁の調査では、慣用句などに関する誤用の実態調査結果も発表されました。「そうは問屋が卸さない」などの言い方の間違いや、「流れに棹さす」などの意味の間違いなどの多さが報告されていました。
 ふたつの調査結果は、別々のことではなく、同じ基盤に立っているように思います。
 携帯電話を辞書として使っているといっても、本当は辞書としての機能は持っていません。意味はもちろん、用法を調べることもできません。言葉は意味や使い方を知って、実際に使ってみてはじめて身につくものです。
 「憂鬱」のような画数の多い文字も、印字された文章では簡単に書かれています。けれども、電子機器の発達によって、難しい文字が書けたり、正しい表現ができるようになったと思うのは錯覚なのではないでしょうか。
 難しい文字を書けても、ちょっとした文字を読めないということでは困ります。自分が読めない文字や、表現に込められた深い意味合いを調べる方法を身につけさせなければなりません。一人一人の言葉の力は、表向きとは違って、貧しい状態に向かっているかもしれないのです。
 国語教育において、辞書を活用するということが、意味・用法の確認をして、一つ一つの言葉を使いこなす力を養成しているのだということを忘れてはいけないと思います。次々に生まれる便利な道具が、人々の労力を省いて、国語力を減退させる役割を果たしているとしたら、なんとも皮肉なことだと言わなければなりません。
 前記の調査結果を報じた新聞の一つが、「ケータイ 辞書代わり」という見出しを使っていましたが、文字遣いを調べることだけが辞書の働きなのだと思いこむような認識を広めてしまってはいけません。

【この文章は、東京法令出版発行『月刊国語教育』2007年(平成19年)12月号に掲載されました。】

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2007年12月 8日 (土)

国語教育を素朴に語る(47)

自己を語ることのむずかしさ

 プロ野球は試合終了直後に、勝利チームの殊勲者を選んでヒーロー・インタビューを行っています。勝敗の岐路となった瞬間を振り返って語ってもらったり、今後の抱負や意気込みなどを聞こうとしたりする数分間です。試合中の華々しい活躍とは逆に口数の少ない選手がいます。相手の質問に対して、「そうですね。…」という型でしか答えない選手もいます。けれども、言葉は少なくても、技術力や人柄がにじみ出ている選手には、観衆は惜しみない拍手を送っています。
 このインタビューを、自己表現をする会見の場に変えてしまって、結婚(予定)報告をした選手がいました。観衆からは祝福の拍手がありましたが、試合という仕事の場を、私的なものと融合させてしまった若者の、自己主張の強さに驚いた人もいることでしょう。
     ◆   ◆   ◆
 高校生や大学生が就職試験を受けるときに、個人面接があるのはごく普通のことですが、エントリーシートで自分を語ることも珍しくなくなりました。教員採用試験でも、エントリーシートを書かせる都道府県が増えつつあります。個人面接もエントリーシートも自分を語る重要な機会です。
 このような事柄に関してすら、法則や型を示した指南書はあふれていますし、経験に基づいて高校生や大学生に上手な突破方法を指導している教員もいることでしょう。
 私は大学で教職課程を担当し、教員採用試験を身近なものと感じている一人ですが、個人に関わる事柄にまで法則や型を提示して、学生を有利にしてやろうとは思いません。
 教員採用試験を上手に突破させることが、優れた教員を養成していることとイコールであるとは思えないのです。
     ◆   ◆   ◆
 実際には、教員採用試験を受けようとする学生から、相談などを受けたり、模擬面接などの経験の場を設定してほしいと求められたりする機会は多くあります。その求めには気軽に応じていますが、あくまでも、それぞれの学生に対応した指導が肝要であると思っています。
 自分を認識し、自分を表現し、相手に伝えることは大切ですが、それをハウツー方式で乗り切るのではなく、自分を見つめることをしっかりと行ってほしいと願っています。私の務めは、そのための手助けです。認識や表現を自分の手で行うことができる人こそ、教員になってほしいと思います。
 教員として求められているのはどういうことであるのかということを自分で考えた上で、自分を語らなければなりません。他の人とは違う個性を自分自身で気づくことが肝要です。また、表現している内容の具体的な裏付けとなるものや、体験に基づく例示などがなければ説得力に欠けるでしょう。
 模擬面接などをしているときに気になるのは、願望(…したい)や、予定(…しようと考えている)を語る学生が多いことです。強い意志(…するつもり)や、既定の事実(…している)として語れるものを持っていることこそが強みになるはずなのです。
     ◆   ◆   ◆
 自分を語ることは、中学校・高等学校の国語科の授業でも行われていますし、他の教科・科目でも行われているでしょう。
 自分を表現するというのは、自分が持ち合わせていることをありのままに語ることです。いつまでも誇大に飾り続けることはできません。提示された型や枠組みに沿って自分を大きく見せかけるのはよくないことです。
 自分を弁解するような印象を与えてしまう主張もよくありません。いかに論理的に組み立てられていても、自分を中心にした発想では説得力がありません。
 国語教育は、道徳や生活面を指導することではありません。自分を表現する方法を強く指導しようとするあまりに、価値観や人生訓のようなものを提示してしまうのは行き過ぎです。それらは生徒自身に考えさせなければならないことなのです。

【この文章は、東京法令出版発行『月刊国語教育』2007年(平成19年)11月号に掲載されました。】

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2007年12月 7日 (金)

写真特集・もみじ(07)

紅葉渓庭園

 紀州徳川藩の頼宣公が、西の丸御殿に造ったのが紅葉渓庭園です。和歌山城の足元にあって、真っ赤な紅葉に彩られていました。

【写真は、2007年(平成19年)12月6日に、和歌山県和歌山市内で撮影。】

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2007年12月 6日 (木)

写真特集・もみじ(06)

和歌山城

 和歌山城は徳川御三家の一つである紀州徳川家の居城です。天守が国宝に指定されていましたが戦災で焼失し、それを再建したものです。虎伏山の白亜の天守閣の周りは、秋の季節が終わろうとしていました。

【写真は、2007年(平成19年)12月6日(本日)に、和歌山県和歌山市内で撮影。】

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2007年12月 5日 (水)

写真特集・もみじ(05)

神戸・東遊園地

 神戸の東遊園地は、神戸市役所の南側に広がる公園です。かつては旧生田川の堤防敷ですが、今はフラワーロードに面しています。
 公園内には、「近代洋服発祥地の碑」「ボウリング発祥の地の碑」などの記念碑がありますが、明日6日から始まる神戸ルミナリエの会場にもなっていて、既に準備が整っています。

【写真は、2007年(平成19年)12月4日に、神戸市中央区内で撮影。】

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2007年12月 4日 (火)

写真特集・もみじ(04)

保久良神社のあたり

 阪急電鉄の岡本駅から、標高334メートルの金鳥山に登っていくと、その中腹に保久良神社があります。標高185メートルの地点です。保久良山とも言っていて、毎朝、この山に登る登山者のグループがあるようです。
 保久良神社は、平安時代の「延喜式」にも名前が載っている古い社です。社前には、1825年にたてられた石灯籠があって、夜に航海する人たちから「灘の一つ火」として頼りにされてきました。
 この登山道と神社境内の木々が秋の美しい姿を見せています。眼下には神戸の街が広がっています。

【写真は、2007年(平成19年)11月28日に、神戸市東灘区内で撮影。】

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2007年12月 3日 (月)

写真特集・もみじ(03)

都心のオアシス、相楽園

 兵庫県庁の少し北に、日本式庭園の相楽園があります。面積はおよそ2ヘクタールで、都心のオアシスです。
 ここは元・神戸市長の小寺謙吉の父・泰次郎が私邸として作ったもので、明治末期に完成しています。1941年に神戸市に譲渡され、相楽園として公開されました。
 国の重文として旧小寺家厩舎や旧ハッサム邸(北野町より移設)、船屋形(姫路藩主が遊覧用に使っていた船の屋形部分)があります。
 都心とは思えない静けさの中で、木々が色づいています。

【写真は、2007年(平成19年)11月19日に、神戸市中央区内で撮影。】

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2007年12月 2日 (日)

写真特集・もみじ(02)

神戸の有馬

 古くから知られた有馬温泉は、もみじの名所でもあります。瑞宝寺公園をはじめ、周囲の山々全体が、錦に彩られます。

【写真は、2007年(平成19年)11月28日に、神戸市北区内で撮影。】

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2007年12月 1日 (土)

写真特集・もみじ(01)

奈良の町、あちこち

 色づく秋です、楓には限定しないで、紅葉、黄葉などを紹介します。
 まずは奈良の町のあちこちです。猿沢池周辺、奈良公園、興福寺、奈良ホテル、高畑町(志賀直哉旧居付近)、元興寺などで撮りました。

【写真は、2007年(平成19年)11月26日に、奈良県奈良市内で撮影。】

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