« 2007年12月 | トップページ | 2008年2月 »

2008年1月31日 (木)

【掲載記事の一覧】

 大寒の埃の如く人死ぬる  高浜虚子
 昨年10月に母が亡くなり、今年1月12日に百か日の法要を行いました。翌13日の朝に、母の姉が数え年96歳で旅立っていきました。仲の良い姉妹でしたから、気持ちのつながりが大きかったに違いありません。小寒から大寒までの「寒の内」でした。

 ブログをお読みくださってありがとうございます。
 これまでに連載した内容の一覧を記します。
 お読みくださって、感想・意見・連絡などがありましたら、
       kyoiku.kokugo@gmail.com
  宛に、よろしくお願いします。

≪掲載を継続しているもの≫
◆言葉カメラ (1)~(154)~継続予定
    [2007年1月5日~2007年1月31日]
    [2007年2月21日~2007年2月28日]
    [2007年3月16日~2007年3月31日]
    [2007年4月19日~2007年4月30日]
    [2007年5月9日~2007年5月30日]
    [2007年10月1日~2007年10月13日]
    [2007年11月1日~2007年11月26日]
    [2007年12月13日~2007年12月30日]
    [2008年1月19日~2008年1月30日]

◆神戸圏の文学散歩 (1)~(5)~継続予定
    [2006年12月27日2006年12月31日]

◆ゆったり ほっこり 方言詩 (1)~(42)~継続予定
    [2007年2月1日~2007年2月20日]
    [2007年3月1日~2007年3月15日]
    [2007年5月1日~2007年5月7日]

◆母なる言葉 (1)~(10)~継続予定
    [2008年1月1日~2008年1月10日]

◆六甲の山並み[言葉つれづれ] (1)~(4)~継続予定
   [2006年12月23日~2006年12月26日]

◆おもしろ日本語・ふしぎ日本語 (1)~(27)~継続予定
    [2007年1月1日~2007年1月4日]
    [2007年6月7日~2007年6月29日]

◆西島物語 (1)~(8)~継続予定
    [2008年1月11日~2008年1月18日]

◆鉄道切符コレクション (1)~(24)~継続予定
    [2007年7月8日~2007年7月31日]

◆写真特集・さくら (1)~(11)~継続予定
    [2007年4月7日~2007年4月17日]

◆写真特集・きく (1)~(3)~継続予定
    [2007年11月27日~2007年11月29日]

◆写真特集・もみじ (1)~(7)~継続予定
    [2007年12月1日~2007年12月7日]

◆写真特集・季節の花 (1)~(3)~継続予定
    [2007年5月8日、5月31日、6月30日]

◆屏風ヶ浦の四季 (1)~継続予定
    [2007年8月31日]

◆昔むかしの物語 (1)~継続予定
    [2007年4月18日]

≪掲載が完結しているもの≫
◆国語教育を素朴に語る (1)~(51)
    [2006年8月29日~2006年10月1日]
    [2007年4月1日~2007年4月6日]
    [2007年10月14日~2007年10月19日]
    [2007年12月8日~2007年12月12日]

◆相手を思いやる姿勢と、自分を表現する力 (1)~(3)
    [2006年10月2日~2006年10月4日]

◆学力づくりのための基本的な視点 (1)~(7)
    [2006年10月5日~2006年10月11日]

◆教員志望者に必要な読解力・表現力 (1)~(18)
    [2006年10月16日~2006年11月2日]

◆教職をめざす若い人たちに (1)~(6)
    [2007年6月1日~2007年6月6日]

◆これからの国語科教育 (1)~(10)
    [2007年8月1日~2007年8月10日]

◆現代の言葉について考える (1)~(7)
    [2007年7月1日~2007年7月7日]

◆自分を表現する文章を書くために (1)~(11)
    [2007年10月20日~2007年10月30日]

◆兵庫県の方言 (1)~(4)
    [2006年10月12日~2006年10月15日]

◆暮らしに息づく郷土の方言 (1)~(10)
    [2007年8月11日~2007年8月20日]

◆姫路ことばの今昔 (1)~(12)
    [2007年9月1日~2007年9月12日]

◆私の鉄道方言辞典 (1)~(17)
    [2007年9月13日~2007年9月29日]

◆高校生に語りかけたこと (1)~(29)
    [2006年11月9日~2006年12月7日]

◆高校生に向かって書いたこと (1)~(15)
    [2006年12月8日~2006年12月22日]

◆明石焼の歌 (1)~(3)
    [2007年8月28日~2007年8月30日]

◆1年たちました (1)~(7)
    [2007年8月21日~2007年8月27日]

| | コメント (0)

2008年1月30日 (水)

言葉カメラ(154) 【建物側】

違和感を持った「建物側」

 ひったくり犯罪には自衛する姿勢が必要です。取られ難い側にバッグを持つこともその一つです。
 ところで、東京で、「バックは建物側に持ちましょう」という表現を見て、「建物側」という言い方に違和感を持ちました。どういう違和感なのかはうまく言えません。右側と左側、北側と南側、山側と海側などは対応するものがありますが、「建物側」に対応する言葉が見つからないからかもしれません。「建物側」には、もしかしたら「道路側」が対応するのでしょうか。けれども、現に歩いている場所も「道路」ですから、「道路中央側」と言うべきでしょうか。だんだん屁理屈のようになってきました。
 そんな理屈とは関係なく、ふだん見かけない表現を見たから違和感を持ったという、たったそれだけの理由であるかもしれません。
 大阪で見かけたのは、「バッグは車の通る反対側に…」という表現でした。これは自然な言い方だと思います。

【1枚目の写真は、2007年(平成19年)9月3日に、東京都品川区内で撮影。2枚目の写真は、2008年(平成20年)1月29日に、大阪市中央区内で撮影。】

≪画像をクリックしてください。大きくて鮮明な画像になります。≫Photo_2 Cimg1038

| | コメント (0)

2008年1月29日 (火)

言葉カメラ(153) 【あ!なごや】

あっと驚く名古屋名物

 食べ物の話題が続きます。実は、穴子は明石や高砂の名物なのですが……。
 伊勢の名物でもある穴子が、名古屋に進出して「あ!なごや」となりました。伊勢の名物を名古屋で見つけた人が「あっ!」と驚くのかもしれません。
 陰の声…「名古屋の語源が穴子屋だったとは、知らなかったなぁ」

【写真は、2007年(平成19年)11月22日に、名古屋市中村区内で撮影。】

≪画像をクリックしてください。大きくて鮮明な画像になります。≫Cimg3491

| | コメント (0)

2008年1月28日 (月)

言葉カメラ(152) 【にくてん】

お好み焼きの別名

 中身が同じであるかどうかは別として、明石生まれ・明石育ちの私の幼い頃には「にくてん」がありました。祖母などが作ってくれました。それを「お好み焼き」と言うのだということを知ったのは、かなり後になってからでした。幼い頃の「にくてん」は豪華な食べ物とは言えませんでしたが、好物でした。
 ところで、今は高砂あたりの名物として「にくてん」という言葉が使われています。高砂の「にくてん」は、甘辛く味付けしたジャガイモを使っていて、薄く延ばした生地にすじ肉やキャベツも乗せて、甘めのソースを塗るようです。
 十月二十九日を「にくてんの日」と決めているというのも面白いと思います。

【写真は、2005年(平成17年)7月20日に、兵庫県高砂市内で撮影。】

≪画像をクリックしてください。大きくて鮮明な画像になります。≫Photo

| | コメント (0)

2008年1月27日 (日)

言葉カメラ(151) 【滅茶美味】

なんでやねん

 小さく「滅茶美味」という文字が見えます。
 東京で「なんでやねん」という関西弁を見ると、嬉しい気持ちとともに、「なんでやねん」=何故なのだ、〔この名前をなぜ付けたの?〕という疑問が浮かびます。
 店主が関西人なのかもしれませんが、「なんでやねん」という言葉の響きは、すこし強過ぎるような懸念があるのですが……。

【写真は、2005年(平成17年)2月11日に、東京都千代田区内で撮影。】

≪画像をクリックしてください。大きくて鮮明な画像になります。≫Photo_2

| | コメント (0)

2008年1月26日 (土)

言葉カメラ(150) 【べっぴんさん】

味も香りも別嬪さん

 もう一つ、茶の店の話題です。
 茶の見極めが、おしだし、たちあがり、そまり、すがたであるということを教わりました。
 そのようなものをそなえたのが「味も香りもべっぴんさん」。美味なもの、香りよきものを、美人・美女に喩えたのですね。

【写真は、2008年(平成20年)1月6日に、京都府宇治市内で撮影。】

≪画像をクリックしてください。大きくて鮮明な画像になります。≫Cimg0448

| | コメント (0)

2008年1月25日 (金)

言葉カメラ(149) 【無茶】

無茶で通らぬ

 毎日の生活になくてはならない茶ですから、茶がないというのは「無茶」=筋道が通らない、乱暴なことだということになるのでしょう。
 でも、こんなふうに真っ正面から言われると、買わないでおれない気持ちになりますね。

【写真は、1999年(平成11年)8月6日に、京都市下京区内で撮影。】

≪画像をクリックしてください。大きくて鮮明な画像になります。≫Photo

| | コメント (0)

2008年1月24日 (木)

言葉カメラ(148) 【毎週…営業中】

暫定措置でしょうか

  (143)回の「常駐中」と関連のある話題です。
 「毎週 土曜日日曜日 窓口営業中」の「営業中」という言葉に暫定的な匂いをかぎとってしまうのは行き過ぎでしょうか。「当面は、毎週土曜日・日曜日も営業しています」という意味に感じてしまうのです。(実際に、暫定措置であるのかもしれません。)
 もし、長期にわたって、このようにしているのなら、「毎週、土曜日・日曜日も窓口営業をしています」と書くのがよいだろうと思います。

【写真は、2008年(平成20年)1月22日に、三重県津市内で撮影。】

≪画像をクリックしてください。大きくて鮮明な画像になります。≫Cimg0929

| | コメント (0)

2008年1月23日 (水)

言葉カメラ(147) 【侵入禁止】

お寺への「進入」は「侵入」になる

 畏れ多くも世界遺産の興福寺ですから、何気なく道路をたどっていけば「侵入者」になってしまうのでしょうか。
 「進入禁止」という文字の間違いでしょう、などと軽々しく言うのは憚られそうな雰囲気に呑み込まれてしまいそうです。

【写真は、2007年(平成19年)11月26日に、奈良県奈良市内で撮影。】

≪画像をクリックしてください。大きくて鮮明な画像になります。≫Cimg3547

| | コメント (0)

2008年1月22日 (火)

言葉カメラ(146) 【求店】

「求人」「求職」があるのだから

 「求店」という文字を見て、「店を出す人や会社を求める」と言っているのであることはすぐにわかります。
 「求人」は働く人を求めるのであり、「求職」は働きたい職を求めるのだから、「求店」は、小さく添えられている「テナント募集」という文字を見るまでもなく、店を出すのを求めるという意味だろうと判断しました。

【写真は、2007年(平成19年)12月1日に、神戸市中央区内で撮影。】

≪画像をクリックしてください。大きくて鮮明な画像になります。≫Cimg3556

| | コメント (0)

2008年1月21日 (月)

言葉カメラ(145) 【但馬味】

「但馬牛」のような偽装ではなく

 「偽」の年となってしまった2007年でした。佐賀牛を但馬牛と偽っていた料亭がありました。
 ところで、こちらは鶏です。「但馬鶏」ではなく「但馬味(の)鶏」としているところが苦心の結果というところでしょうか。
 「蟹」と「蟹風味(の食品)」とは違う、などという逃げ口上はいくらでも工夫できそうですね。

【写真は、2007年(平成19年)12月5日に、大阪市西区内で撮影。】

≪画像をクリックしてください。大きくて鮮明な画像になります。≫Cimg3623

| | コメント (0)

2008年1月20日 (日)

言葉カメラ(144) 【しのだ】

消えつつある「しのだ」?

 「しのだ」というのは、大阪府和泉市にある信太の森の稲荷神社の関係から、油揚げを使う料理に使う言葉になっています。「しのだ寿司」「しのだ巻き」などの言い方があります。
 けれども、広く使われている「しのだ」の意味は「きつね饂飩」、つまり油揚げを載せた饂飩です。写真の「しのだ定食」は、たぶん、きつね饂飩とご飯がセットになったものでしょう。その2つに何かがプラスされているかもしれません。
 その「しのだ」という言葉を聞くことは、このごろは珍しくなったように思います。
 清少納言は「枕草子」で、「森は……」ではじまる類聚の段で、信太の森もあげています。ところで、『三省堂国語辞典』第五版は、「しのだ」の項目は徹底して「信田」の文字を使っています。

【写真は、2008年(平成20年)1月13日に、神戸市中央区内で撮影。】

≪画像をクリックしてください。大きくて鮮明な画像になります。≫Cimg0750

| | コメント (0)

2008年1月19日 (土)

言葉カメラ(143) 【常駐中】

時々いなくても「常駐」?

 「常駐」とは、いつでも駐在していることだと思っていましたから、「常駐中」という貼り紙を見て、あれっと思いました。「(係員)常駐」でよいのではないでしょうか。
 それとも、いる時と、いない時とがあって、いるときが「常駐」なのでしょうか。「駐在中」というのならわかるのですが……。
 おかしいなぁと思う例は他にもあります。道路の「不通中」も何だかおかしいと思いませんか。意図的に不通にしている感じがしますから。

【写真は、2008年(平成20年)1月16日に、神戸市東灘区内で撮影。】

≪画像をクリックしてください。大きくて鮮明な画像になります。≫Aaa

| | コメント (0)

2008年1月18日 (金)

西島物語(8)【山陽電鉄西江井ケ島駅③】

「西口」で通用した!

 開業当初の西江井ケ島駅の駅名は「江井ヶ島西口」でした。それが「西江井ケ島」に改称されたのは1944年(昭和19年)4月1日でした。
 びっくりした経験があります。昭和30年頃の電鉄明石駅でのことです。当時は、切符の自動販売機などはありません。窓口での対面販売です。父に連れられて明石駅から乗車しようとしたとき、父は窓口の係員に「西口」と言いました。えっ、と思いました。聞き慣れない駅名でした。けれども、係の人はちゃんと西江井ケ島駅までの切符を渡してくれたのです。「西口」というのは、そんなに広く知られた名前なのかと思いました。(本当は、電鉄の社員だったからこそ知っていたのかもしれませんが…。)
 今、山陽電気鉄道で「西」「東」がつく駅名は、対応する駅名のない西代と、西新町を除くと、西江井ケ島の他には、東須磨、東垂水、西舞子、西二見、西飾磨があります。いずれも、特急停車駅である須磨、垂水、舞子公園、東二見、飾磨との位置関係を示す駅名です。江井ヶ島と西江井ケ島という、普通電車だけの停車駅の対応は珍しいのです。

【写真は、2008年(平成20年)1月16日に撮影。】

≪画像をクリックしてください。大きくて鮮明な画像になります。≫Cimg0778

| | コメント (0)

2008年1月17日 (木)

西島物語(7)【山陽電鉄西江井ケ島駅②】

貨物線があった頃

 西江井ケ島駅の開業は、1923年(大正12年)8月19日ですから、既に85年近い歴史が流れています。
 昭和30年代頃までには、西江井ケ島駅には貨物施設がありました。引き込み線があって、乗客用のプラットホームの他に、南側に貨物積み込み用のホームがありました。あまり使っていないようで、草がかなり生えていました。山陽電気鉄道には電気機関車はありませんでしたが、貨物電車が貨車を引いていた風景は見たことがあります。貨車といっても1~2両程度でした。
 西江井ケ島駅の駅前には、運送会社の日通の扱い所があったように記憶しています。近くには、江井ヶ嶋酒造、丸尾製粉(現在の丸尾カルシウム)などの会社がありますから、トラック輸送が盛んになる前は、貨物電車による輸送を行っていたのでしょう。
 貨物の施設が撤去された後には、山陽電気鉄道の社員用の集合住宅が建ちました。写真を見てください。下り用ホームの裏側(南側)に見える建物がそれです。

【写真は、2008年(平成20年)1月16日に撮影。】

≪画像をクリックしてください。大きくて鮮明な画像になります。≫Cimg0777

| | コメント (0)

2008年1月16日 (水)

西島物語(6)【山陽電鉄西江井ケ島駅①】

西島の玄関

 山陽電気鉄道には、西代(神戸市)~山陽姫路間の本線と、飾磨(姫路市)~山陽網干(同市)間の網干線とがあります。特急列車は神戸高速鉄道を介して、阪神電気鉄道と相互乗り入れをしています。平日は、特急列車のほぼすべてが阪神梅田~山陽姫路間の直通特急(6両編成)です。
 昭和30年代頃までは、特急、急行、普通のすべてが2両編成で、兵庫(神戸市)~姫路間の運転でしたから、隔世の感があります。起点は国鉄兵庫駅に隣接していましたから正式には電鉄兵庫駅ですが、車両には「神戸・姫路間」の行き先表示板を掲げていました。
 さて、西島にあるのは西江井ケ島駅です。「ニシエイガシマ」ですが、早口で言うと「ニッシェーガシマ」になります。昭和30年代に国鉄西明石~姫路間が電化される前は、国鉄のことは「キシャ」、山陽電気鉄道のことは「デンシャ」と言っていました。どちらにも電車が走るようになると、山陽電気鉄道のことを「サンヨー」とか「サンデン」とか呼ぶことが増えたと思います。
 さて、山陽電気鉄道のホームページによれば、西江井ケ島駅の所在地は明石市大久保町西島高見800-1 で、乗降人員は3,303人(平成17年11月8日調査)となっています。

【写真は、2008年(平成20年)1月5日に撮影。】

≪画像をクリックしてください。大きくて鮮明な画像になります。≫Cimg0378

| | コメント (0)

2008年1月15日 (火)

西島物語(5)【赤根川河口④】

河口は名寸隅(魚住)の舟瀬

 赤根川の河口は、万葉集の故地です。名寸隅(なきすみ)の舟瀬(ふなせ)のあったところと伝えられています。万葉集の話は後に譲るとして、この辺りは舟瀬、すなわち船泊りをするところになっていました。
 江井ヶ島一帯には行基菩薩との関係がいろいろ言い伝えられていますが、天平の頃に行基が開いた播磨五泊の一つである「魚住(うおずみ)の泊(とまり)」はここであると言われています。五泊というのは、難波(大阪)から西行き海路の便宜のために開かれた五つの港で、河尻泊(尼崎市)、大輪田泊(神戸市兵庫区)、魚住泊(明石市)、韓泊(姫路市)、室生泊(たつの市)です。
 明石海峡の急流を乗り切って、たどりついて、ほっと一息つくのが赤根川の河口付近であったのでしょうか。波穏やかなところです。写真は、河口のすぐ西側の海岸のようすです。
 今は、ちょっと沖の方で海苔の養殖が行われています。「ハマ」(浜)の「ナミウチギワ」(波打ち際)から少し離れたところが「ジ(ジー)」(地?)で、もっと離れたところを「オキ」(沖)と言っていたのが、私たちの子どもの頃の言葉でした。この辺りは、昔も今も、釣り人の姿を多く見かけます。私たちの小さかった頃は、竹藪から切ってきた竿(「ゴンボザオ」と言っていました)で魚釣りをするのが、子どもの遊びの一つでした。

【写真は、2008年(平成20年)1月4日に撮影。】

≪画像をクリックしてください。大きくて鮮明な画像になります。≫Cimg0362

| | コメント (0)

2008年1月14日 (月)

西島物語(4)【赤根川河口③】

名も美しき赤根川

 アカネガワという名前は好きです。言葉の意味もわからない幼い頃から、この名前には良い印象を持っていました。江井島小学校の校歌(阪口保作詞)の一節に「名も美しき赤根川 流れを遙か尋ぬれば…」という言葉があるからかもしれません。
 「茜」という言葉を知った後には、アカネに、そのイメージをかぶせて感じるようになったかもしれません。
 1枚目の写真は、赤根川の河口です。元々の河口は、写真の手前の丸みを帯びた石組みの突堤です。それがコンクリート造りの突堤によって伸ばされました。左手(東側)は江井ヶ島漁港の護岸堤です。この部分は、もともと海の中に石を投げ込んだような突堤でしたが、海を一部だけ埋め立てて立派な護岸になりました。昔に比べると、海に突き出た形になっています。
 2枚目の写真は、河口の西島橋です。石組みの丸い突堤が可愛らしく見えます。橋は高い位置に架けられていますから、道路は両岸が登り坂になっています。道路から海岸や川の内側に降りるために、階段やスロープが設けられています。

【写真は2枚とも、2008年(平成20年)1月10日に撮影。】

≪画像をクリックしてください。大きくて鮮明な画像になります。≫Cimg0680 Cimg0681

| | コメント (0)

2008年1月13日 (日)

西島物語(3)【赤根川河口②】

一変した河口風景

 現在の2枚の写真を載せます。前回の写真とは一変してしまっている風景です。
 東播磨地域の海岸はかつて、浸食されて海岸線がじりじりと後退していました。また、赤根川の増水や、海の高潮への対策も必要でした。赤根川河口の改修工事が行われてからかなりの年月が経ちました。
 1枚目の写真は、現在の赤根川右岸(西側)です。川につながれている舟に乗るためには階段を下りていかなければなりません。川の両側のコンクリート堤には昔の風情は残っていません。川筋が少し東寄りになりましたから、それに伴って転居をした家もあります。この写真は西島橋から撮ったものです。遠景には夕陽に照らされたマンションが見えます。
 2枚目の写真は、昔の白鶴酒造の酒蔵を活用したレストラン(ながさわ江井島酒館)です。前回の写真と見比べると、酒蔵の屋根の恰好が同じであることに気づくと思います。酒蔵の位置は昔も今も変わりませんが、昔は、「バス」と書かれている辺りが草地でした。そこには直径が人の背丈以上の木の樽が、横向けに並べて干してあることがあって、そこを遊び場にしていた記憶があります。樽の中に入って遊ぶことはよくないとは思っていたはずですが、遊んでいても酒蔵の人から叱られた記憶がないのは不思議なことです。

【1枚目の写真は、2007年(平成19年)12月26日に撮影。2枚目の写真は、2008年(平成20年)1月10日に撮影。】

≪画像をクリックしてください。大きくて鮮明な画像になります。≫Cimg0104 Cimg0703

| | コメント (0)

2008年1月12日 (土)

西島物語(2)【赤根川河口①】

懐かしい赤根川河口風景

 懐かしい写真を見つけました。赤根川(アカネガワ)の河口を写したものです。
 この写真の出典は、「ふるさと明石・江井ヶ島紹介」というホームページです。どなたが作っておられるページなのか、わかりません。写真は、懐かしさのあまり、無断引用です。お許しください。このページを作っておられる方が明石市立江井島(エイガシマ)小学校の卒業生であるということだけは判断できます。私の先輩でしょうか、後輩でしょうか。
 さて、この写真は、北から南に向かって撮られています。左が東、右が西の方角です。正面の橋は「西島橋(ニシジマバシ) 」で、この橋の向こうは海岸になります。橋桁の下に、河口の小さな突堤が写っています。川の右岸(西側)にあるのは白鶴酒造(本社は神戸)の支店の酒蔵でした。私が小さい頃、祖母は、白鶴と言わずに「ショーワの蔵」と言っていました。ショーワという名の酒蔵を白鶴が買収したのかどうかは確かめておりません。
 私にとって何よりも懐かしいのは、川の中に土が溜まっていることです。そこへ小舟が引き寄せられています。この様子は、私が幼い頃に見慣れてきたものです。昭和20~30年代には、小さな船は「テンマ」と言いました。ちょっと大きいのは「カリコ」でした。発動機を付けた漁船は「キカイセン」と言っていました。漁船は大き過ぎて、川にはつなげません。漁船の母港は、少し東にある江井ヶ島港です。江井ヶ島港は西島ではなくて、東島(ヒガシジマ)の地域になります。
 左岸(東側)の家と木の姿も記憶の中に残っています。この家の屋号は「ザイモクヤ」さんです。
 この写真は、たぶん、河口から二番目の橋の上から撮ったものでしょう。その橋の名前は「学校橋(ガッコーバシ)」でした。

【写真は、『ふるさと明石・江井ヶ島紹介』ホームページから借用。】

≪画像をクリックしてください。大きくて鮮明な画像になります。≫E21 Eilog5

| | コメント (0)

2008年1月11日 (金)

西島物語(1)【はじめに】

ふるさと西島

 私が住んでいるのは明石市大久保町西島(ニシジマ)です。住んでいるというだけでなく、そこで生まれ、そこで育ち、住み続けているところです。
 西島というのは大字の名称です。西島は広いので、小字の名称も多くて、私が住んでいるところは居屋敷(イヤシキ)で、他に大歳(オオトシ)や天神(テンジン)などがあります。けれども、普段はそういう小字の名前を意識することはありません。
 ニシジマという発音は、慌てて言ったりすると、ニッシマとかニシンマに聞こえることがありますが、そんな発音でも誤解が生じることはありません。
 南に瀬戸内海の播磨灘が広がっています。地域内を赤根川(アカネガワ)という小さな川が流れています。東の方に淡路島(淡路市・洲本市・南あわじ市)、西に家島群島(姫路市)と小豆島(香川県)が見えます。北に広がるのは昔の印南野(いなみの)、今の言い方では播州平野(バンシューヘーヤ)です。
 地域内を南東から北西に向かって貫いている交通網は、山陽電気鉄道・本線(西江井ヶ島駅がある)、JR西日本・山陽新幹線(もちろん、駅はない)、国道250号線(愛称は「明姫幹線」)、県道718号線(県道明石高砂線。愛称は「浜県道」。国道から転換、もとの愛称は「浜国道」・「浜国」)です。港は、すぐ近く(西島の地域外)に江井ヶ島漁港があります。
 万葉集の時代から歌に詠まれてきたというだけでなく、少し離れたところ(大久保町西八木)には明石原人発掘地もありますから、太古の昔から人が住み続けてきました。
 もともとは半農半漁の村ですが、江戸期以降は酒造業なども盛んでした。200軒程度の小さな、のどかな村に住宅が増えて、戦後はマンション等も建つようになりました。 現在の西島自治会は、マンションは基本的に別組織として除外していますが、それでも2000世帯を超えました。
 そのような西島について、いろいろな話題について書いてみようと思います。何年かをかけて、断続的に書き次いでいこうと思います。西島から離れ住んだことのない私が、いつかまとめてみたいと思っていたことです。研究と言えるようなものではなく、エッセイとして読んでいただければと思います。

【写真の出典は、『スーパーマップ.ル⑤関西道路地図』(昭文社、2004年7月3版5刷)の144図です。】

≪画像をクリックしてください。大きくて鮮明な画像になります。≫Cimg0627

| | コメント (0)

2008年1月10日 (木)

母なる言葉(10)【へらへっと】

無闇やたらに「ヘラヘット」

 「ヘラヘット食うたら体に悪い。」というような使い方をします。「ヘットモナイニ走ったさかい、こけるんや。」というような言い方もします。過度に、無闇に、やたらに、というような意味です。人の行動を咎める(軽く非難する)気持ちが含まれています。
 けれども、おどけたような感じを持った発音ですから、言われた方には強い痛手が残ることは少ないと思います。
 「ヘラヘット」、「ヘラヘットモナイニ」、「ヘットモナイニ」というような多様な言い方があります。発音が少し変化すると「ヘラヘト」、「ヘラヘート」にもなります。

| | コメント (0)

2008年1月 9日 (水)

母なる言葉(9)【にかいばあさん】

二階建てのイメージ

 落語家の林家木久蔵さんが、自分の名前を息子に譲って改名しようとしたときに、新しい名前を公募をしました。いろんな名前が集まったようですが、その中に「林家木造二階建て」というのがあったそうです。木久蔵さんが、自分の名前の読み方を「もくぞう」と言ったりしたことがあったので、親子二代のことに寄せて「二階建て」という提案があったのでしょう。
 さて、二代のことを二階建てと連想するのは自然なことだと思います。寿命がのびて、子・父母・祖父母という三代の上に、曽祖父母が健在ということもあります。祖母は「バアサン」ですが、その上の世代を方言ではどう表しているのでしょうか。私の知っている言葉は「ニカイバアサン」です。近所に「ニカイバアサン」の家はありましたが、長寿の「ニカイジイサン」はいなかったので、その言葉を聞いたことはありません。

| | コメント (0)

2008年1月 8日 (火)

母なる言葉(8)【さんこ】

乱雑に散らばっている様子を表す「さんこ」

 「いっこ」の次は「さんこ」です。と言っても、この二つの言葉には関連性はありません。
 「部屋の中いっぱいサンコニしとる」というような言い方をします。乱雑に散らばっている様子を表しています。形容動詞です。潔癖性の人なら、部屋の中にゴミ屑が一つ、二つ落ちていても、「サンコニなっとる」と言うかもしれません。
 この言葉は、比較的に狭い範囲の乱雑さについて使うようです。屋内の様子を表すことが多いのですが、屋外でも狭い物置場の管理がきちんとしていない場合には使います。けれども、海岸一帯にゴミが散らばっていてもサンコとは言わないと思います。

| | コメント (0)

2008年1月 7日 (月)

母なる言葉(7)【いっこも】

一個もわからない=全部わからない

 例えばクイズで20問が出題されたとします。このときに、「イッコモわからへん」というのは、「全部わからへん」というのと同じでしょう。20個のうち、たった1個もわからないという状態なのですから。
 ところで、「野球がイッコモ上手にならへん」というのは、1個・2個と数えるべき内容がありません。努力項目の到達具合を数えているわけではありません。「テストの成績がイッコモ上がらへん」というのも同じです。点数のことを細かく反省している(つまり、1点も上がらない)わけでもなく、テストの科目数を数えているわけでもありません。
 この場合の「イッコモ」は副詞の働きをしています。後ろに打ち消しの言葉を伴って、〈まったく……でない〉という意味を表します。「人の話をイッコモ聞いておらへん」とか、「春になったのにイッコモ温うならへん」とかいう使い方をします。
 「イッコモ」と同じ使い方をする言葉に「ヒトッツモ」があります。ここまでに挙げた例文の「イッコモ」のところに「ヒトッツモ」を代入してみると、すべて成り立ちます。

| | コメント (0)

2008年1月 6日 (日)

母なる言葉(6)【しおとろしい】

物価高騰でしおとろしい

 食品の価格が上昇して、家計を圧迫するのはつらいことです。「正月用品が高(たこ)ーて困ったもんや。シオトロシイけど、買わんわけにはいかへん。」というわけです。
 シオトロシイは、予想外の(あるいは、急騰した)値段に驚いて、お金を払うのが恐くなるようなときに使う言葉です。生鮮食料品などの値段は高くなったり低くなったりします。シオトロシイは、高くなって、手を出しにくくなったときの気持ちを表しています。
 ブランドものなどの値段が上がっても、庶民とは無縁です。高い値段の品物を買うことに快感を覚える人は、買えばいいのです。買おうと思わないような品物の値段が上がっても、何の痛みも感じません。
 ところが、生活必需品の値段が上がると、たちまち愚痴をこぼしたくなります。シオトロシイは、単に高い・安いを表すのではなく、買わねばならないときの心の中の葛藤や愚痴のようなものも表しているのです。
 月々に払うアパート代のことをシオトロシイと言うことはあっても、一軒の住宅を購入する金額のことをシオトロシイとは言わないだろうと思います。自家用車一台の値段はシオトロシイという感覚からかけ離れた値段ですが、電車やバスの運賃が上がればシオトロシイという気持ちになるのです。

| | コメント (0)

2008年1月 5日 (土)

母なる言葉(5)【うそだます】

「偽」の一年が過ぎて

 一年を締めくくる漢字が「偽」であったというのは寂しいことでした。騙す方も悪いが騙される方にも隙がある、という考え方もできるでしょうが、やっぱり騙したり騙されたりはしたくないものです。
 買った品物がすぐに壊れてしまって、「安いから買(こ)うたけど、ウソダマサれたんや。」と嘆くことがあります。
 ウソとダマスは類義の言葉ですから、ウソダマスは二重の表現のように聞こえますが、日常としては、こういう言い方をしています。「ウソをツク」とも言いますが、「ウソをダマス」とも言うのです。
 もしかしたら、次のような考えも成り立つかもしれません。「ウソをツク」は「ウソ」が中心の言葉で「ツク」は添えられた動詞である。「ウソをダマス」は「ダマス」が中心で「ウソ」はなくてもいい言葉を軽く添えただけだ、接頭語みたいなものだ。このように考えるのはいかがでしょうか。
 日常では、「シアセ(幸せ)ガ エー / …ワルイ」「ベンリ(便利)ガ エー / …ワルイ」という言い方もします。「シアセガ ワルイ」「ベンリガ ワルイ」というのは矛盾しているというようにも思いますが、言葉はみんなが使って定着しているものが使いやすいのでしょう。

| | コメント (0)

2008年1月 4日 (金)

母なる言葉(4)【どっしゃげる】

電信柱にどっしゃげて怪我をする

 昨年1年間の交通事故死者は5743人で、死者が5000人台になるのは54年ぶりであるというニュースがありました。昨3日の新聞で見ました。54年前と昨年とでは、全国の自動車の台数は格段に違いますから、これは驚くべきニュースだろうと思います。
 さて、私の語彙の中に「ドッシャゲル」というのがあります。自動車同士の大事故もドッシャゲルですが、もっと些細なこともドッシャゲルです。
 「自転車に乗って、よそ見をしていたら、電信柱にドッシャゲて、怪我をした」というような場合です。あはは、恥ずかしゅうて、人には言えんわ、というようなニュアンスのときなどにぴったりする言葉です。廊下の角で人と人とがドッシャゲルこともあります。この言葉は、発音自体がユーモラスに聞こえます。

       ◎      ◎      ◎
      みづからの光りをたのみ八ツ手咲く   飯田龍太
 八つ手は末広がりで縁起がよいとか、邪悪なものの侵入を妨げるとか言われたようですが、私のイメージは便所の近くに植えられているということです。
 とは言え、やっぱり八つ手の花が咲かないと、冬の庭は寂しいと思います。じっくり見ていると可愛げがあります。わが家の庭で撮りました。

【写真は、2008年(平成20年)1月4日(本日)に撮影。】

≪画像をクリックしてください。大きくて鮮明な画像になります。≫Cimg0339

| | コメント (0)

2008年1月 3日 (木)

母なる言葉(3)【あとさし】

生活の知恵「あとさし」

   炭つぐや静かなる夜も世は移る   五十嵐播水
 昨2日、大阪や神戸で初氷が観測されたと聞きました。年が改まってからの初氷というのは珍しいそうです。地球温暖化という言葉に何の驚きも感じないほど鈍感になってきています。生活様式も変化して、「消し炭」「炭団(たどん)」「練炭」「豆炭」「行火(あんか)」などが死語になっていくのです。
       ◆      ◆      ◆
 カンテキ(七輪)でタドンを真っ赤にして、陶器でできたコタツの灰の中に埋めるというのは、私の子どもの頃の、冬の夕方のありふれた風景でした。
 ひとつのコタツを有効に使うために、ただ一人が使うだけでなく、二人(あるいは三人)のフトンの足先が一つのコタツに向かうようにフトンを敷く。そんなやり方を「アトサシニ スル」と言っていました。今で言うなら省エネの工夫なのでしょうが、貧しい時代の生活の知恵でした。
 タドンは生き物です。一つ一つに個性があります。夜中に消えてしまって寒さに耐える日もありますが、やたら熱くて困る日もあります。時には、フトンが焦げ臭くなることもあります。「コゲクサイ」とも「ヤグサイ」とも言いました。フトンが焦げてしまうこともありました。「フトンニ ホイロガ イク」と言いました。ホイロは「火・色」ではないでしょうか。火による焦げ跡がフトンに残ってしまうのです。

| | コメント (0)

2008年1月 2日 (水)

母なる言葉(2)【ぼらあみ】

「鯔網」が「増え鬼」に変化

      一月や去年の日記尚机辺   高浜虚子
 気持ちは改まっても、生活は去年のままを引きずって生きています。古い習慣のままが心地よいから、何もかもを改めるのは億劫になります。
 私の場合、日記はパソコン入力ですが、備忘のために書き留める手帳は、表紙に2007年と刷り込んであるものを、まだそのままポケットに入れております。
       ◆      ◆      ◆
 昔々のことですが、小学校から中学校に進学したときは、生徒が4つの小学校から集まりました。
 小学校のとき、校庭いっぱいに広がって鬼ごっこをしましたが、中学校に進んでも同じような遊びをしたことがありました。のどかな時代でした。鬼ごっこで、捕まった者が次々に鬼に加えられて手をつないで、まだ逃げ続けている者を追いかけるのです。
 びっくりしたのは遊びの言葉でした。同じ遊びであるのに、他の小学校から来た者は違った言葉を使っていました。自分たちの小学校区だけで通用していた言葉だったのです。
 自分たちが使っていたのは「ボラアミ」でした。新たに知った言葉は「フエオニ」でした。「フエオニ」は増え鬼です。次々に鬼が増えていくのですから、増え鬼にはちがいありません。でも、そのものずばりの名付け方のように感じて、がっかりした記憶があります。
 「ボラアミ」は、たぶん、鯔(ぼら)網です。手をつなぐ人数が増えていくのを漁網のように感じて、鯔を捕まえる網に見立てたのでしょう。私たちの地域は漁業に従事している人たちの多いところでした。突堤で鯔を釣る人たちの姿を見かけました。魚を釣るのは「サカナツリ」ですが、鯔は「ボラカケ」と言っていました。釣るというよりは、引っかけるような釣り方だったからでしょう。船を出して鯔を漁網で集め捕るのはどんな様子なのかは知りませんでした。

       ◎      ◎      ◎
 新聞を取りに玄関に出て、思いがけず初日の出を見ました。元日は晴れると思っていなかったので、びっくりしました。
 こんなことなら漁港の辺りまで歩いていって、明石海峡大橋の向こうから昇ってくる太陽を待ち受けるべきでした。
 というわけで、わが家の前の路地から、赤く黄色く燃えた日の出を撮りました。

【写真は、2008年(平成20年)1月1日7時19分に撮影。】

≪画像をクリックしてください。大きくて鮮明な画像になります。≫Cimg0246

| | コメント (0)

2008年1月 1日 (火)

母なる言葉(1)【しょんがつ】

「ションガツ ユータラ エーモンヤ」

   年立つやもとの愚が又愚にかへる  小林一茶
 年が改まって、自然にも人々にも新しい息吹を感じるときになりました。張りつめたようなものを感じるのは気持ちがいいものです。けれども、自分の身は少しも変わっておりません。昨日のままに歩き続けます。〈愚〉という言葉には高邁な意味があるようですが、私の場合は文字どおりの〈愚〉です。
       ◆      ◆      ◆
 正月になったら、囃したてるように使った言葉がありました。
 「ションガツ(正月) ユータラ(と言えば) エーモンヤ(良いものだ)
  ユキヨリ(雪より) シロイ(白い) ママ(ご飯を) タベテ(食べて)
  ワーリキミタイナ(割り木のような) トト(魚を) ソエテ(添えて)」
 正月が〈晴れ〉の場でなくなってしまったのは残念です。毎日が「ボン(お盆)ト ションガツ」のような時代になって、正月の引き締まった気配が喪失してしまいました。
 食べ物と割り木(薪?)は、私にとっては自然な連想ではないのですが、魚を「ワーリキミタイ」と喩えているのは、きちんと整った大きな魚の姿を表現しているのでしょう。気持ちも〈晴れ〉、食べ物も〈晴れ〉のものなのです。
 一月、二月、三月、四月……と数えていくときに、「イチガツ、ニンガツ、サンガツ、シンガツ……」となるのも、口が憶えている言葉です。関西の言葉は一音節を伸ばして二音節にします。「手」は「テー」です。それなら、「二」は「ニー」となるから、「二月」は「ニーガツ」でもよさそうですが、「ニンガツ」の方が引き締まった感じになるのでしょう。「五月、九月」は「ゴンガツ、クンガツ」と言いますが、「ゴーガツ、クーガツ」も使います。「十二月」は、もちろん「ジューニンガツ」です。
       ◆      ◆      ◆
 自分の体に染みついている言葉、母なる言葉でありながら、自分の周りで聞かなくなった言葉があります。ほんとうに消えてしまったら寂しいと思う言葉もあります。
 全国で使っている共通語、関西に通用する関西共通語、東播磨だけの言葉……。だんだん小さくしていくと小学校の学区内だけで使っている言葉。もうひとつ小さくすると自分の家の中だけの言葉。方言の最も小さな単位は、自分というたった一人の人間です。
 たった一人の言葉でも、誰かに教えられたり、誰かの影響を受けて使っています。他の人が使わなくても、自分で慣れ親しんでいる言葉もあります。胸の中に残り続けている言葉もあります。そんな言葉を、ふと浮かんでくるままに書き綴ってみようと思います。

       ◎      ◎      ◎
 新年を迎えましたが、外は北風が音を立てて吹いています。雪とはほとんど無縁の土地なのですが、やっぱり寒いです。
 こんなときには、童謡『たきび』が浮かんできます。二番の歌詞に、
 「さざんか、さざんか、さいたみち。たきびだ、たきびだ、おちばたき。『あたろうか』 『あたろうよ』 しもやけ、おててが、もう、かゆい。」
とあります。急に冷え込んだので、私の手も少しかゆくなってきました。
 道端での焚き火ができなくなって久しいのですが、わが家の庭先には山茶花が赤く咲いています。

【写真は、2007年(平成19年)12月27日に撮影。】

≪画像をクリックしてください。大きくて鮮明な画像になります。≫Cimg0152_2

| | コメント (0)

« 2007年12月 | トップページ | 2008年2月 »