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2009年1月31日 (土)

【掲載記事の一覧】

 昨日(1月30日)で、掲載した記事数はちょうど900件になりました。
 そのうちの3分の1は「言葉カメラ」で、300を超えました。
 ブログをお読みくださってありがとうございます。
 これまでに連載した内容の一覧を記します。
 お読みくださって、感想・意見・連絡などがありましたら、
       kyoiku.kokugo@gmail.com
  宛に、よろしくお願いします。

≪掲載を継続しているもの≫
◆言葉カメラ (1)~(301)~継続予定
    [2007年1月5日~2007年1月31日]
    [2007年2月21日~2007年2月28日]
    [2007年3月16日~2007年3月31日]
    [2007年4月19日~2007年4月30日]
    [2007年5月9日~2007年5月30日]
    [2007年10月1日~2007年10月13日]
    [2007年11月1日~2007年11月26日]
    [2007年12月13日~2007年12月30日]
    [2008年1月19日~2008年1月30日]
    [2008年2月1日~2008年2月10日]
    [2008年5月1日~2008年5月10日]
    [2008年6月1日~2008年6月8日]
    [2008年7月21日~2008年7月30日]
    [2008年8月1日~2008年8月30日]
    [2008年9月25日~2008年9月29日]
    [2008年10月1日~2008年10月30日]
    [2008年11月1日~2008年11月11日]
    [2008年12月1日~2008年12月7日]
    [2008年12月16日~2008年12月30日]
    [2009年1月20日~2009年1月30日]

◆テクのろヂイ (1)~(9)~継続予定
    [2009年1月11日~2009年1月19日]

◆神戸圏の文学散歩 (1)~(5)~継続予定
    [2006年12月27日~2006年12月31日]

◆母なる言葉 (1)~(10)~継続予定
    [2008年1月1日~2008年1月10日]

◆六甲の山並み[言葉つれづれ] (1)~(4)~継続予定
   [2006年12月23日~2006年12月26日]

◆おもしろ日本語・ふしぎ日本語 (1)~(27)~継続予定
    [2007年1月1日~2007年1月4日]
    [2007年6月7日~2007年6月29日]

◆西島物語 (1)~(8)~継続予定
    [2008年1月11日~2008年1月18日]

◆鉄道切符コレクション (1)~(24)~継続予定
    [2007年7月8日~2007年7月31日]

◆足下の観光案内 (1)~(12)~継続予定
    [2008年11月14日~2008年11月25日]

◆写真特集・うめ (1)~(14)~継続予定
    [2008年2月11日~2008年2月24日]

◆写真特集・さくら (1)~(33)~継続予定
    [2007年4月7日~2007年4月17日]
    [2008年4月1日~2008年4月22日]

◆写真特集・きく (1)~(5)~継続予定
    [2007年11月27日~2007年11月29日]
    [2008年11月12日~2008年11月13日]

◆写真特集・紅葉黄葉 (1)~(19)~継続予定
    [2007年12月1日~2007年12月7日]
    [2008年11月26日~2008年11月29日]
    [2008年12月8日~2008年12月15日]

◆写真特集・季節の花 (1)~(3)~継続予定
    [2007年5月8日、5月31日、6月30日]

◆屏風ヶ浦の四季 (1)~継続予定
    [2007年8月31日]

◆昔むかしの物語 (1)~継続予定
    [2007年4月18日]

◆小さなニュース (1)~継続予定
    [2008年2月28日]

≪掲載が完結しているもの≫
◆しょんがつ ゆうたら ええもんや (1)~(10)
    [2009年1月1日~2009年1月10日]

◆教職課程での試み (1)~(24)
    [2008年9月1日~2008年9月24日]

◆改稿「国語教育を素朴に語る」 (0)~(102)
    [2008年2月25日~2008年3月30日]
    [2008年4月23日~2008年4月29日]
    [2008年5月11日~2008年5月30日]
    [2008年6月9日~2008年7月20日]

◆相手を思いやる姿勢と、自分を表現する力 (1)~(3)
    [2006年10月2日~2006年10月4日]

◆学力づくりのための基本的な視点 (1)~(7)
    [2006年10月5日~2006年10月11日]

◆教員志望者に必要な読解力・表現力 (1)~(18)
    [2006年10月16日~2006年11月2日]

◆教職をめざす若い人たちに (1)~(6)
    [2007年6月1日~2007年6月6日]

◆これからの国語科教育 (1)~(10)
    [2007年8月1日~2007年8月10日]

◆現代の言葉について考える (1)~(7)
    [2007年7月1日~2007年7月7日]

◆自分を表現する文章を書くために (1)~(11)
    [2007年10月20日~2007年10月30日]

◆兵庫県の方言 (1)~(4)
    [2006年10月12日~2006年10月15日]

◆暮らしに息づく郷土の方言 (1)~(10)
    [2007年8月11日~2007年8月20日]

◆姫路ことばの今昔 (1)~(12)
    [2007年9月1日~2007年9月12日]

◆私の鉄道方言辞典 (1)~(17)
    [2007年9月13日~2007年9月29日]

◆高校生に語りかけたこと (1)~(29)
    [2006年11月9日~2006年12月7日]

◆ゆったり ほっこり 方言詩 (1)~(42) 【再開の可能性あり】
    [2007年2月1日~2007年2月20日]
    [2007年3月1日~2007年3月15日]
    [2007年5月1日~2007年5月7日]

◆高校生に向かって書いたこと (1)~(15)
    [2006年12月8日~2006年12月22日]

◆1年たちました (1)~(7)
    [2007年8月21日~2007年8月27日]

≪絶版として扱うもの≫  (ただし、ブログからは消去しておりません。)
◆国語教育を素朴に語る (1)~(51)
    [2006年8月29日から、2007年12月12日まで] 4回に分けて連載。

◆明石焼の歌 (1)~(3)
    [2007年8月28日~2007年8月30日]

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2009年1月30日 (金)

言葉カメラ(301) 【播淡汽船前】

名前は消えない

 「播淡汽船前」と言っても、目の前に汽船があるわけではありません。「播」は播磨で「淡」は淡路です。播磨の明石と、淡路の岩屋を結ぶ連絡船の乗り場が近くにあるのです。
 ところで、今では播淡汽船という会社はなく、ジェノバラインという名前で別の会社が受け継いで営業しています。カタカナ名よりも地名の漢字の方がわかりやすいからでしょうか。
 これは交差点に掲げられた地名表示ですが、鉄道の東急・東横線に「学芸大学」や「都立大学」という駅名が残り続けているのに似ているようにも思います。

【写真は、2009年(平成21 年)1月3日に、兵庫県明石市内で撮影。】

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2009年1月29日 (木)

言葉カメラ(300) 【四ツ角】

固有名詞になっているの?

 2本の道路が交差しているところが「四つ角」ですから、全国には無数の四つ角があります。ところが「四つ角」がバス停の名前になっているのを見て、びっくりしました。「四つ角」という地名を聞くだけで、場所が特定できるのでしょうか。
 そうであるとすれば、その「四つ角」は、地域の中心部にあるとか、とりわけよく知られている場所にあるとかの特別な事情によるのでしょう。
 たまたま神奈川中央交通という特定の会社が設けているバス停ですが、利用者にはよく知られている場所に設置されているのでしょう。平塚の場合はずばり「四ツ角」で、茅ヶ崎の場合は「茅ヶ崎四ツ角」です。平塚の方が、より著名な場所にあるのでしょうか。関西でこのような命名に出会ったことはありません。

【1枚目の写真は、2008年(平成20年)11月22日に、神奈川県平塚市内で撮影。2枚目の写真は、2008年(平成20年)11月22日に、神奈川県茅ヶ崎市内で撮影。】

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Cimg1288_004

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2009年1月28日 (水)

言葉カメラ(299) 【賜る】

おねだりしているみたい

 「承る(うけたまわる)」を「受け承る」と書いている例を見かけることが時々あります。けれども、「賜る」と書く例は珍しいようです。
 「賜る」の読みは「たまわる」です。右上は「賜る」だけですが、左下は「受け賜る」となっています。左下は「うけたまわる」と読めるのです。
 「賜る」は、もらうという意味の謙譲語(いただく)として使うのですが、くれるという意味の尊敬語(くださる)としても使います。どちらにしても、注文をいただくという意味よりも、物品などをいただくという印象が強くなります。肖像画をください、とおねだりしているみたいな感じになります。

【写真は、2008年(平成20年)11月22日に、神奈川県平塚市内で撮影。】

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2009年1月27日 (火)

言葉カメラ(298) 【しゅん工】

いつまでも残っている漢字・仮名混ぜ書き

 当用漢字表や常用漢字表との関係から、「語彙」を「語い」と書くなどの漢字・仮名混ぜ書きが広く行われた時代がありました。印刷物の場合は、長く保存されなかったり、長い文章のごく一部に使われていたりして、気にしないですんできたかもしれませんが、堅牢な構造物として多くの人が目にする場合は気になります。
 昭和40年代~60年代にできた横浜市内の橋などには「竣工」を「しゅん工」としたものが、あちこちに残っているようです。

【1枚目の写真は、2008年(平成20年)11月21日に、横浜市西区内で撮影。2枚目の写真は、2008年(平成20年)11月21日に、横浜市戸塚区内で撮影。】

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2009年1月26日 (月)

言葉カメラ(297) 【ビン・カン・タン】

発音が似ているから

 「紙・ビン・缶・タンは捨てないで下さい」という表示を見ました。「紙・ビン・缶・タン」のうち、前の3つは「捨てる」という動詞と結びつきますが、「タン(痰)」は「吐く」だろうと思います。
 「ビン・カン・タン」という脚韻で、痰も同類としたのでしょうが、ゴミ箱に向かって痰を吐くような人が現実にいるのなら、困ったものです。

【写真は、2008年(平成20年)11月22日に、神奈川県平塚市内で撮影。】

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2009年1月25日 (日)

言葉カメラ(296) 【願い宝鯛】

神様の駄洒落

 受験の季節になると、いろいろな合格祈願グッズのことが話題になります。お菓子の名前や鉄道の駅名などがあって、中には駄洒落に基づいているものもあります。
 明石市内の稲爪神社にも願い事成就祈願の幟がありました。「勝守」はごく当たり前の言い方ですが、「願い宝鯛守」というのは「願い放題」の駄洒落のように感じました。明石鯛で知られた土地ゆえに「宝」の「鯛」という文字を充てたのがミソなのでしょう。
 ところで、稲爪神社の近くにある柿本神社は、柿本人麻呂を祀っていて、「人丸さん」として親しまれています。人丸さんは安産の神として知られるとともに火除けの神としても知られています。なにしろ、「ヒトマル」という言葉は、「人、生まる」の発音にも通じ、「火、止まる」の発音にも通じているからなのです。

【写真は、2009年(平成21年)1月23日に、兵庫県明石市内で撮影。】

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2009年1月24日 (土)

言葉カメラ(295) 【駅元町】

駅の地元?

 大きな駅の近くには「駅前町」のような地名が、あちこちの町にありますが、「駅元町」というのは珍しいと思います。駅のある地元という意味でしょうか、それとも別の意味が込められているのでしょうか。
 岡山市で見かけた「駅元診療所」です。はじめは診療所が付けた名前かと思いましたが、町名に由来するものでした。
 勝手に「駅元(の)町」と思い込んでしまいましたが、「駅(の)元町」という区切りが正しいのかもしれません。
 岡山市には駅元町(えきもとまち)の他に、岡山駅を挟んで反対側に、駅前町という地名もあります。
 ホームページを検索しますと、岡山市の他に、三重県桑名市にも「駅元町」があって、こちらは(えきもとちょう)と読むようです。やっぱり駅に近いところです。

【写真は、2006年(平成18年)11月12日に、岡山県岡山市内で撮影。】

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2009年1月23日 (金)

言葉カメラ(294) 【満車中】

そのうち空く予定?

 「◯◯中」という言い方には、「目下のところ◯◯である (いずれ時間が経てば◯◯でなくなる)」という語感が伴っているように思います。
 満車でないのが通常の状態であって、満車は一時的な現象だと解釈したら、叱られるでしょうか。「満車中」という文字の上に、何かが書かれる(ボードが貼られる)ことがあるような形跡もありました。

【写真は、2008年(平成20年)11月20日に、川崎市川崎区内で撮影。】

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2009年1月22日 (木)

言葉カメラ(293) 【満車、空有り】

どちらの文字が大きいか

 「只今満車」という文字が大きくて、小さく「空有り」と書かれています。
 「満車」という事実を告知する(常時、掲示する)のなら、新規利用者を募集する必要はないわけで、「満車」ということを看板でわざわざ告知する理由は小さいと思います。
 けれども、現状としては「空有り」で、利用者を募集しているはずです。それなら、「空有り」の文字の方が小さくては効果がないのではないでしょうか。あるいは「只今満車」の「満車」の文字の上に、それを隠すように「空有り」と書くべきなのでしょう。

【写真は、2008年(平成20年)11月21日に、横浜市戸塚区内で撮影。】

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2009年1月21日 (水)

言葉カメラ(292) 【ゲンキン】

現金? 厳禁?

 「ゲンキン」というカタカナを見て、まず思い浮かんだのは「現金」(現金払い)という意味でした。関係者以外の人は、月極めなどではなくて、一回ごとの現金払いだろうと思ったのです。
 けれども、専用駐車場という文字を見て、「厳禁」(厳重に禁止)だとすぐに気づきました。それにしても、「厳禁」のカタカナ書きという習慣は定着していないと思うのですが……。

【写真は、2009年(平成21年)1月15日に、兵庫県加古川市内で撮影。】

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2009年1月20日 (火)

言葉カメラ(291) 【YOUWA】

英語とローマ字の混用

 漢字の振り仮名をローマ字表記することは珍しくありませんが、この例は、英語表記とローマ字表記の混用です。「優(ゆう)」という音をYOUと書きたくなる気持ちは理解できますが、ローマ字では「よう」としか読めません。
 見る人もなんとなく誤りを見過ごしてしまうことになるでしょう。

【写真は、2009年(平成21年)1月17日に、神戸市西区内で撮影。】

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2009年1月19日 (月)

テクのろヂイ(9)

浜の散歩道⑧

 岩屋神社は明石港のすぐ近くにあります。明石港は、明石海峡大橋が開通するまでは淡路島への交通を一手に引き受けていました。明石港の入り口には旧灯台(写真①)が残されており、沿革を述べた説明板(写真②)が設置されています。明石港の入り口には釣りを楽しむ人も多く(写真③)、新灯台からは淡路島や明石海峡大橋が目の前に見えます(写真④)。明石港の入り口で、船の出入りを眺めて、しばらくの時を過ごしました。
 淡路島との間にはフェリー(愛称は、たこフェリー)(写真⑤)と、連絡船(愛称は、ジェノバライン)とがあります。連絡船の乗り場は可愛い波止場(写真⑥)で、乗り場の入口(写真⑦)には、子午線ラインという名称も使われています。
 明石は、明石鯛や明石蛸などで知られた魚の町ですが、その中でも魚の棚(地元では、うおんたなと言っています)(写真⑧)は全国的に有名です。この日は休漁でしたから、店を閉めているところもあって、落ち着いた雰囲気でした。アーケードには大漁旗(写真⑨)がぎっしりと並んでいました。
 もう明石駅は間近です。16時10分に山陽電鉄明石駅に着きました。自宅を出発したのが12時30分でしたから、歩いては止まり、歩いては止まりしながら、ここまで3時間40分でした。歩数は21505歩(最寄り駅から自宅までの約1500歩を含む)でした。歩幅をやや少なく見積もって60㎝としても、約12.9㎞になります。

【写真は9枚とも、2009年(平成21年)1月3日に、兵庫県明石市内で撮影。】

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2009年1月18日 (日)

テクのろヂイ(8)

浜の散歩道⑦

 密蔵院から東に歩くと、すぐに明石川にぶつかります。河口には橋がありません(写真①)から、右岸の道を少しさかのぼります。河川敷は歩けるようになっていて、そこへ下りるところ(写真②)があります。明石市の中心市街地は目の前に広がっています(写真③)。
 江井ヶ島から始まっている「浜の散歩道」は明石川の大観橋のたもとで終わります。大観橋付近が起点、江井ヶ島が終点である道を、逆に歩いたわけです。起点には、このコースの東半分の案内板があります(写真④)。その近くに、かつての明石大橋の欄干の保存物(写真⑤)が残されています。
 明石川に架かる大観橋(写真⑥)を渡ると、本町通りの商店街(写真⑦)になります。その通りを外れて、ちょっと南へ向かうと、ほどなく岩屋神社に行き着きます。
 岩屋神社(写真⑧)は明石城主の氏神さまの役割を担っていました。夏と秋には神事が行われ、夏祭りの海中神事「おしゃたか舟」は明石の風物詩となっています。「おしゃたか」とは、神事で舟を押して行くときに唱えることばで、「神さまがいらっしゃったか」の意味だそうです。境内は広いとは言えませんが、訪れた日は正月早々で大勢の参拝者でにぎわっていました(写真⑨)。

【写真は9枚とも、2009年(平成21年)1月3日に、兵庫県明石市内で撮影。】

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2009年1月17日 (土)

テクのろヂイ(7)

浜の散歩道⑥

 瀬戸内の魚で知られた明石ですが、明石最大の漁港は林崎です。明石海峡の好漁場を前にして活気にあふれています(写真①)。春はイカナゴ、鯛など、夏は蛸や穴子やベラ、秋はカレイや太刀魚など、一年中、美味しいものに恵まれているのが明石の海です。けれども、この日は正月のお休みで、港は静かなたたずまいを見せていました(写真②)。あちらこちらに漁具が積み上げられており、蛸漁に使う蛸壺もありました(写真③)。
 港の北側には、水揚げされた魚を加工する工場がたくさんありますが、ここもひっそりとしていました(写真④)。港の守り神でしょうか、小さな神社が2つ、ありました。東側の神社(写真⑤)には「奉納 西宮大神宮」という幟がはためいていました。
 東に進むと、望海浜公園が広がります(写真⑥⑦)。松がびっしりと生い茂っていますが、グラウンドなども整備されています。凧揚げをしている親子を見かけました。
 密蔵院は大きな仏様で知られています(写真⑧)。10世紀に創建されたという歴史を持っていますが、明石空襲のときに全焼して、戦後30年経ってから本堂が再建されたようです。仏足石(写真⑨)がありました。

【写真は9枚とも、2009年(平成21年)1月3日に、兵庫県明石市内で撮影。】

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2009年1月16日 (金)

テクのろヂイ(6)

浜の散歩道⑤

 明石という地名は「赤石」に由来しています。表面が赤味を帯びている「赤石」が松江海岸の沖合で発見されたというニュースを聞きました。去年のことだったと思います。「赤石」は戦前までは「赤石見」として、大潮のときの干潮に観光資源になっていたということですが、その後、見ることができなかったようです。この石にはいろいろな伝説やエピソードが伝えられていますが、その碑(写真①)と由来を書いた説明(写真②)とが松江海岸にあります。
 その近くに、突然のように近畿自然歩道の案内標識(写真③)が現れます。谷八木川の岸辺にも近畿自然歩道の小さなプレートがありましたが、それ以外の場所では、標識を見かけることはありません。このあたりがルートに入っているのでしょうが、忘れられかけているように思います。
 海岸沿いの道が続きます。振り返ると、家島群島に加えられている上島が浮いているように見えます(写真④)。私たちは上島と呼ばないで、ホーラク島と言っています。そのように呼ぶのはなぜなのか、知りません。浮いて見えることは、とりわけ珍しいことでもありません。道の防潮堤に「津波注意」のプレート(写真⑤)が貼ってあって、ドキリとさせられます。この辺りは貴崎海岸です。
 貴崎海岸では、いろんな人が海岸や防波堤に出ています(写真⑥)。沖合をボートが疾走しています。貴崎海岸には、白砂青松の言葉どおりに松林があります。その一画が公園のようになっていて、コンクリートでレリーフが作られたり(写真⑦)、地面に絵が描いてあったりします(写真⑧)。海岸の砂浜部分に松が生えているのは、今では珍しい風景になりました(写真⑨)。

【写真は9枚とも、2009年(平成21年)1月3日に、兵庫県明石市内で撮影。】

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2009年1月15日 (木)

テクのろヂイ(5)

浜の散歩道④

 藤江海岸(写真①)は、万葉集にも詠み込まれている景勝の地です。明石海峡が次第に近づいてきて、淡路の島影が大きくなります。海面の輝き(写真②)が広がっていますが、海苔養殖の筏が海面に点々と広がっています。昔と違って、海面に何もない風景は望むべくもありません。むしろ、埋め立てから免れている海岸線のことを喜ぶべきかもしれません。
 島の位置を示す案内板(写真③)がありますが、間違っています。家島群島(兵庫県姫路市)が近くて小豆島(香川県)が遠いのですが、実際には、小豆島が左側(東側)に見えます。この日は島影が霞んでいました(写真④)が、位置関係の誤りは実物を見れば自明のことなのです。
 藤江海岸の休憩施設に、柿本人麻呂の像(写真⑤)があります。手をかざして眺める先は淡路島の方向です。像の下には歌が刻まれています(写真⑥)。海路の旅をする人麻呂自身の姿を詠み込んでいます。
 松江海岸の崖の上にも休憩施設があって、南国を思わせる植樹がされています(写真⑦)。違和感はありませんが、本来の海岸がこういう風景であったとは思われません。このような休憩施設(写真⑧)が次々と整備されているのが「浜の散歩道」のよいところです。このあたりから、ちょっと望遠で写すと、淡路島の家々も見えるのです(写真⑨)。

【写真は9枚とも、2009年(平成21年)1月3日に、兵庫県明石市内で撮影。】

≪画像をクリックしてください。大きくて鮮明な画像になります。≫Cimg4150  Cimg4151 Cimg4158 Cimg4159 Cimg4161 

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2009年1月14日 (水)

テクのろヂイ(4)

浜の散歩道③

 明石原人、明石象のゆかりから、八木遺跡公園が整備されました(写真①②)。この辺りも「浜の散歩道」の休憩所を兼ねた施設になっています。
 道が、ちょっとした岬のようなところをまわると、谷八木川の河口と藤江海岸とが目に入るようになります。道の左側(断崖側)の壁画が現れます。小石などを連ねて絵や文字を表現しているのです。明石にゆかりのある歌などが書いてあります(写真③④)。柿本人麻呂が道行く人に語りかけているようです。
 続いて長光寺がありますが、道端には「ふれあい地蔵尊」(写真⑤)が微笑みかけています。少し歩くと谷八木川に出ます。細い川ですが、出発点の赤根川からは初めて出会う川です。北側には山陽電鉄の線路が(写真⑥)、南側には河口の向こうに淡路島が広がっています(写真⑦)。
 谷八木川の橋からしばらくの間は、「浜の散歩道」を離れて、集落の中を貫く旧道を歩くことにしました。ちょっと寄り道して県道の北側にある青龍神社(写真⑧)の鳥居の辺りまで歩いてみました。青龍神社の北側にある藤江御崎神社では18日(日曜日)に明石市の無形文化財に指定されている的射が行われますが、そのポスター(写真⑨)があちこちに貼ってありました。

【写真は9枚とも、2009年(平成21年)1月3日に、兵庫県明石市内で撮影。】

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2009年1月13日 (火)

テクのろヂイ(3)

浜の散歩道②

 江井ヶ島地区から八木地区に入ります。西八木には、明石原人発掘地(写真①)があります。1931年に直良信夫さんが発掘したものですが、議論を呼びました。1980年には国立歴史民俗博物館を中心にした調査があって、その説明板(写真②)が掛けられています。この辺りは、長い間、土がむき出しになっていましたが、今では植物が生え茂っており、しかも、立ち入らないようにフェンスがめぐらされています。
 説明にも書かれている国立歴史民俗博物館の教授を務めていた春成秀爾さんは、私の中学校・高等学校時代の同級生です。中学校時代から考古学に興味を持って調査を続けていた人です。彼は今でも佐倉市に住んでいますが、折りにふれて明石に立ち寄ってくれます。今週の16日には、高等学校の同窓会の計画・準備の会合に顔を出してくれる予定になっています。
 すぐ近くは小さな八木漁港(写真③)です。そして、八木住吉神社(写真④)があって、その境内は公園(写真⑤)になっています。東に進むにつれて淡路の島影がしだいに近づいてきます。ここから眺めると明石海峡大橋も大きく感じられます(写真⑥)。
 さらに進むと、明石象発掘地(写真⑦)になります。荒れるに任せていた一帯も、今では整備されて、小さな休憩所のようになりました(写真⑧)。そして、その少し東に八木遺跡公園が整備されて、付近の案内板(写真⑨)が設けられています。この辺りは、ウミガメがやってきて産卵するところとしても知られています。

【写真は9枚とも、2009年(平成21年)1月3日に、兵庫県明石市内で撮影。】

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2009年1月12日 (月)

テクのろヂイ(2)【浜の散歩道】

浜の散歩道①

 1月3日12時30分に自宅を出て、東に向かって歩き始めました。赤根川の河口(写真①)は、これまでにも書いた通りで万葉時代の名寸隅(なきすみ)の舟瀬だと言われている地点です。すぐ近くに、江井ヶ島漁港がありますが、正月ゆえに豊漁祈願の幟(写真②)が揚げられていました。この辺りの海岸では海苔の養殖が盛んです。
 ちょっと歩くと江井ヶ島海水浴場(写真③)が広がります。その東端に、江井ヶ島の由来を刻んだ碑(写真④)が立っています。そして、展望所と休憩所を兼ねた施設(写真⑤)があります。小高くなっていますが、道からここに上がらなくても展望は変わりません。
 対岸は淡路島です。阪神・淡路大震災の震源地である野島地区も見えます。江井ヶ島海岸から淡路島を望遠レンズを使って撮ると(写真⑥)、ずいぶん迫った感じにはなります。
 この辺りは屏風ヶ浦(びょうぶがうら)と呼ばれていて、北側はもともと断崖でした。その一画にサボテン(写真⑦)を見つけました。歩いている道(写真⑧)は、江井ヶ島海岸から明石川河口まで続く、歩行者・自転車専用道路です。幅3メートル程度の道で、「浜の散歩道」と呼ばれています。崖には、季節を過ぎたススキ(写真⑨)も揺らいでいました。
 説明が長すぎたかもしれません。歩き始めて、ここまでで25分間です。

【写真は9枚とも、2009年(平成21年)1月3日に、兵庫県明石市内で撮影。】

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2009年1月11日 (日)

テクのろヂイ(1)

歩き続けています

Cimg4866  テクテクと歩くのが好きです。若いときから今に至るまで、車は2つの意味で避けてきました。1つは自分のためで、車に依存することによって自分の健康が損なわれてはいけないということです。もう1つは他人のためで、加害者になって他人を傷つけてはいけないということです。ときどき新聞などで、生産されたばかりの新車が広場一面を埋めて並んでいる写真を見ることがあります。そんなとき、私が浮かべるフレーズ(写真のタイトル)は、「凶器準備集合罪」という言葉です。運転免許を持たないでも生きてこられましたし、他人の車に乗せてもらうことも多くはありません。公共交通機関で十分ですし、それがなければ歩けばよいと思ってきたのは、交通の便に恵まれた地域に生まれ育って生活しているからかもしれません。

 のろのろと歩くことが多くなりました。かつては、道を歩いていて他人に追い抜かれることが好きではありませんでした。追い抜くことがしばしばで、追い抜かれることは少なかったと思います。けれども、今では歩くスピードが落ちましたから、「お先にどうぞ」という感覚で、追い抜かれても気にならなくなりました。100メートルを1分で歩く(つまり、時速6キロで歩く)のは辛い感じになりましたが、のろのろ歩いても時速3キロを割ることはないと思います。歩数計を持つようになってから20年ぐらいにはなるでしょうか。持久力はありますから一日で20キロあまりを歩くこともあります。

 爺(ヂイ)と呼ばれても不思議でないような年齢になってきました。自分ではまだまだ老化してはいないつもりですが、他の人が私の思い通りに見てくれているかどうか、大いに疑問です。

 というわけで、ときどき、「テクのろヂイ」の記録を書くことにします。ごく日常的な通勤だけでも一日に8000歩ほど歩いていますが、今年の年頭10日間(1月1日~10日)は意識して歩いてみました。10日間の合計で、14万8058歩になりました。

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2009年1月10日 (土)

しょんがつ ゆうたら ええもんや(10)

ポートタワーの大凧

 神戸港の中突堤に立つポートタワーは神戸のシンボルの一つでもあるのですが、タワーの入口に大きな凧が掲げられています。
 向かって右が浮世絵で、向かって左が宝船です。縦は人の背丈の1倍半、横は人の背丈ほどの長さだと思います。
 凧の下の方、すなわちタワーの入口には、門松が立てられ、樽酒も飾ってあります。

【写真は6枚とも、2009年(平成21年)1月9日に、神戸市中央区内で撮影。】

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2009年1月 9日 (金)

しょんがつ ゆうたら ええもんや(9)

須磨の松と梅

 新春とはいえ、5日は「小寒」でした。風の冷たさがすこし感じられます。
 与謝蕪村の「春の海ひねもすのたりのたりかな」という句のような春の日が待たれます。これを刻んだ句碑が神戸の須磨浦公園(鉢伏山への登り口)に立っています。
 ところで、神戸市立須磨離宮公園には五十嵐播水さんの「初空や帯のごとくに離宮道」の句碑があります。まさに元旦の様子をよんでいます。離宮道というのは、この公園の前から南に延びている松並木の道の名前でもあるのですが、公園内の道(3枚目の写真)であってもよいように思います。
 さて、近くにある須磨の綱敷天満宮では梅が咲き始めています。境内には、紅冬至とか雲龍梅とかをはじめとして20種類ほどの梅が、100本以上植えられていて、早くも早春の風情が漂い始めています。

【写真は6枚とも、2009年(平成21年)1月6日に、神戸市須磨区内で撮影。】

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2009年1月 8日 (木)

しょんがつ ゆうたら ええもんや(8)

西宮神社の逆さ門松

 十日戎で知られる西宮神社には、「逆さ(さかさ)門松」という慣わしがあります。
 西宮神社の門前町で、十日戎の宵宮である九日の夜に、それぞれの家の門口に立ててある門松の枝を逆さに付け替えて、神様をお迎えしたというのです。
 昔の門松は枝の付いた大きな竹に、松の枝が添えられていて、通りが狭くなるほどであったそうです。神様が馬に乗って巡行されるときに松の枝先があたってはいけないと考えて逆さにしたというのが始まりです。
 氏子の優しい心遣いに合わせて、神社も同じようにしたということです。
 6枚の写真のうち、後ろの2枚は神社の近くの市中で撮ったものです。

【写真は6枚とも、2009年(平成21年)1月7日に、兵庫県西宮市内で撮影。】

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2009年1月 7日 (水)

しょんがつ ゆうたら ええもんや(7)

須磨離宮公園の松竹梅

 神戸市立須磨離宮公園の中門広場に、松竹梅の大きな寄せ植えが作られて、新春の雰囲気が漂っています。松・竹・梅の他に、千両、福寿草、葉牡丹などの草花が配され、苔や寒水石などで飾り付けられています。松や梅の木は、人の背丈の2倍近くあります。実にジャンボな寄せ植えです。
 残念ながら梅は咲いていません。けれども、園内の植物園では可憐な「十月桜」がずっと咲き続けています。

【写真は6枚とも、2009年(平成21年)1月6日に、神戸市須磨区内で撮影。】

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2009年1月 6日 (火)

しょんがつ ゆうたら ええもんや(6)

生田神社の杉盛

 神戸・三宮の近くにある生田神社は、正月の参拝者数では毎年、兵庫県内のトップです。藤原紀香さんと陣内智則さんが挙式をしたところとしても有名になりました。
 正月の縁起物として、年末の27日に「杉盛(すぎもり)」が飾られました。杉の枝が2000本も束ねられて、高さが3メートル半もあります。社殿の前の楼門の正面に据えられています。全面が杉で、頂上に榊(さかき)と薄(すすき)が付いています。杉盛と楼門との間は12本の注連縄(しめなわ)で結ばれていますが、それは十二支を意味しています。
 除夜の時刻にはごった返したはずですが、1月5日の朝9時過ぎは静かでした。仕事始めの日にあたっているからか、本殿ではどこかの会社の人たちが揃って祈祷を受けていました。
 ところで、杉盛はわずかの日数の間に、ぎっしりとお神籤が結びつけられていました。周囲の木々にもお神籤が花のように咲いていました。

【写真は6枚とも、2009年(平成21年)1月5日に、神戸市中央区内で撮影。】

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2009年1月 5日 (月)

しょんがつ ゆうたら ええもんや(5)

日の出の名所、落日の名所

 年末・年始になると、日の出の写真や、日の入りの写真を撮りたくなります。ふだんは、日の出・日の入りの時刻にゆったりした時間を取れないという事情もありますが、この時期になると、むしょうに太陽が恋しくもなるのです。
 ところで、落日の写真を撮る場所はといえば、自宅から徒歩1分の海岸です。赤根川という、小さな川の河口の辺り。万葉の時代の名寸隅の舟瀬(なきすみのふなせ)があったとされているところです。自宅の2階からでも見えるのですが、これはちょっとズボラで、気がひけます。カメラを持って歩いていかないと太陽に失礼です。左(東)から右(西)にかけて、淡路島、小豆島、家島群島、上島が見えます。
 日の出は、自宅からでは家並みの上に見えますので、歩いて数分の江井島港の西防波堤へ行って撮ります。防波堤の突端には小さな灯台があります。江井島というところは、ちょっと陸が突き出て、緩やかな岬になっているのです。明石海峡大橋の左(北)が本土、右(南)が淡路島です。江井島海水浴場からも同じ景色を見ることができます。

【なお、12月31日に掲載した写真は、2008年(平成20年)12月26日16時46分に撮影したものです。1月2日に掲載した写真は、2008年(平成20年)12月31日7時22分に撮影したものです。】

 ところで、防波堤での日の出の撮影では、カメラを持った人に出会うことはめったにありません。出会うのは、漁業関係者か釣り人ぐらいのものです。
 それに対して、江井島海水浴場での夕日の撮影には、連日、三脚が並びます。灯台と落日とを一緒に取り込んで撮影できる場所は限られますから、その位置にカメラマンが並んでいます。夕日撮影の名所・江井島海水浴場なのです。
 それでは、その夕日の様子をご覧にいれます。

【写真は6枚とも、2009年(平成21年)1月3日16時50分~16時56分に、兵庫県明石市内で撮影。】

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2009年1月 4日 (日)

しょんがつ ゆうたら ええもんや(4)

近くに多い「住吉神社」

 住吉という地名を探すと、大阪市に住吉区・東住吉区があり、神戸市内にはJR住吉駅があります。いずれも、それぞれの地にある住吉神社(住吉大社)に由来しています。
 住吉神社は西日本に多くあるようですが、数の多少を無視すれば北海道から九州までに分布しているそうです。
 大阪の住吉大社に伝わっている『住吉大社神代記』によると、住吉大神が「播磨国に渡り住みたい。藤の枝の流れ着く所にまつれ」とおっしゃって、藤の枝を海に浮かべたところ、魚住に流れ着いたそうです。西暦464年にこの地に住吉大神を勧請したのが創建だと伝えています。初めて住吉大神がまつられたところということから、「住吉神社発祥の地」とも言われています。
 この魚住町中尾の住吉神社の近隣にある「住吉神社」は、魚住町金ヶ崎、魚住町長坂寺、魚住町西岡、大久保町松陰、大久保町森田、大久保町大久保町、大久保町福田、大久保町谷八木、大久保町八木、大久保町江井ヶ島(西江井)、大久保町江井ヶ島(東島)にあります。明石市内の西部に偏っています。
 そのうち、大久保町江井ヶ島(西江井)の住吉神社《前の3枚の写真》と、大久保町八木の住吉神社《後ろの2枚の写真》を紹介します。正月3日の午後、のんびりと歩いてきました。どちらの神社も海を目の前にした立地です。

【写真は5枚とも、2009年(平成21年)1月3日に、兵庫県明石市内で撮影。】

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2009年1月 3日 (土)

しょんがつ ゆうたら ええもんや(3)

氏神さんへ初詣

 元旦には、近くの神社に初詣に出かける習慣になっています。妻と二人で、時には元日を迎えた深夜に、時には元日の午前に、氏神さんである住吉神社に詣ります。
 今年はゆっくりと元日の午前に詣りました。私たちにとっては「ナカオ(中尾)ノ スンミョッサン(住吉さん)」ですが、近隣に知られているこの神社を、新聞や鉄道は「魚住住吉神社」と書いています。所在地は、明石市魚住町中尾です。
 午前0時頃には参拝者の長い列ができる境内ですが、昼間になるとのどかな雰囲気になっています。
 住吉神社は海の神をまつる神社です。この神社の目の前は播磨灘で、淡路島などの島影が広がっています。

【写真は5枚とも、2009年(平成21年)1月1日に、兵庫県明石市内で撮影。】

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2009年1月 2日 (金)

しょんがつ ゆうたら ええもんや(2)

雪より白い飯(まま)食べて

Cimg3946  しょんがつ ゆうたら ええもんや
 ゆきより しろい まま たべて
 わりきみたいな とと そえて

 正月になると、歌といえばよいのか、囃子言葉といえばよいのか、この言い回しが浮かんできます。
 「正月というのはよいものだ。雪より白いご飯を食べて、割り木のような魚を添えて…」というのです。私が小学生の頃に口にしていましたから、ずいぶん昔です。「雪より白いご飯」に憧れていた時代だったからでしょうが、魚のことを「割り木」みたいだというのは実感が伴いませんでした。当時は、燃料に薪を使っていましたから、ヨキ(斧)で薪を割る手伝いもしました。「割り木」は日常語であったのですが、魚を「割り木」に喩えることになじめなかったようです。

 小学生の頃は、元日には学校に行くことになっていました。簡単なお祝いの式があったのでしょうが、その様子は憶えていません。蜜柑を一個か二個かもらって帰ったことを憶えています。元日の帰り道には、小さな川(赤根川と言います)のそばで、消防団(もしかして警防団と言ったかもしれません)がホースで放水するのを見ていたような記憶があります。簡単な出初め式です。
 小学校では、「雑煮で、餅を何個食べた?」などと言い合ったように思います。それも運動場の片隅で、はるか向こうを蒸気機関車が牽引して走る国鉄・山陽本線(大久保~土山間)を眺めながら、「3個や」「4個や」と自慢していた様子がよみがえってきます。国鉄よりも手前には山陽電車が走っているのですが、なぜか国鉄の風景を思い出すのです。長い長い編成の貨物列車をじっと目で追っていたこともあるからでしょうか。今では家並みが広がり、高層マンションも建ち並んで、小学校のあった場所(市立の少年自然の家の敷地になっています)からは、鉄道線路は見えるはずもありません。

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2009年1月 1日 (木)

しょんがつ ゆうたら ええもんや(1)

あけましておめでとうございます

C26126s 東海道新幹線が走り出し、名神高速道路が開通し、東京オリンピックが開かれ、阪神タイガースが優勝したのは、1964年(昭和39年)の秋でした。その翌年春に、私は大学を卒業して勤め始めました。日本が輝き、自分も前に向かって歩いていたように思い出します。

 2008年(平成20年)の秋は、0系新幹線車両が引退し、タイガースが優勝を逸し、世界的な経済不況にも直面することになりました。人生も社会も、山あり谷ありです。
 もしかして明日にも終わるかもしれない私の人生、もしかして10年20年続くかもしれない私の人生。どちらにしても、自分をいとおしく感じる年齢になりました。
 新しい年のはじめにあたり、皆さまにとって幸せな一年になりますようお祈り申し上げます。

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