« 2009年1月 | トップページ | 2009年3月 »

2009年2月28日 (土)

【掲載記事の一覧】

 過ぎゆく時に身を任せるのが人生というものでしょうが、それにしても速すぎます。
 1分も、1時間も、1日もあっという間に去っていきます。1年も、10年も一炊の夢です。
 時間を持て余すということがないのは、喜ぶべきことなのでしょうか。

 ブログをお読みくださってありがとうございます。
 これまでに連載した内容の一覧を記します。
 お読みくださって、感想・意見・連絡などがありましたら、
       kyoiku.kokugo@gmail.com
  宛に、よろしくお願いします。

≪掲載を継続しているもの≫
◆言葉カメラ (1)~(308)~継続予定
    [2007年1月5日~2007年1月31日]
    [2007年2月21日~2007年2月28日]
    [2007年3月16日~2007年3月31日]
    [2007年4月19日~2007年4月30日]
    [2007年5月9日~2007年5月30日]
    [2007年10月1日~2007年10月13日]
    [2007年11月1日~2007年11月26日]
    [2007年12月13日~2007年12月30日]
    [2008年1月19日~2008年1月30日]
    [2008年2月1日~2008年2月10日]
    [2008年5月1日~2008年5月10日]
    [2008年6月1日~2008年6月8日]
    [2008年7月21日~2008年7月30日]
    [2008年8月1日~2008年8月30日]
    [2008年9月25日~2008年9月29日]
    [2008年10月1日~2008年10月30日]
    [2008年11月1日~2008年11月11日]
    [2008年12月1日~2008年12月7日]
    [2008年12月16日~2008年12月30日]
    [2009年1月20日~2009年1月30日]
    [2009年2月9日~2009年2月15日]

◆テクのろヂイ (1)~(17)~継続予定
    [2009年1月11日~2009年1月19日]
    [2009年2月1日~2009年2月8日]

◆神戸圏の文学散歩 (1)~(5)~継続予定
    [2006年12月27日~2006年12月31日]

◆母なる言葉 (1)~(10)~継続予定
    [2008年1月1日~2008年1月10日]

◆六甲の山並み[言葉つれづれ] (1)~(4)~継続予定
   [2006年12月23日~2006年12月26日]

◆おもしろ日本語・ふしぎ日本語 (1)~(27)~継続予定
    [2007年1月1日~2007年1月4日]
    [2007年6月7日~2007年6月29日]

◆西島物語 (1)~(8)~継続予定
    [2008年1月11日~2008年1月18日]

◆鉄道切符コレクション (1)~(24)~継続予定
    [2007年7月8日~2007年7月31日]

◆足下の観光案内 (1)~(12)~継続予定
    [2008年11月14日~2008年11月25日]

◆写真特集・うめ (1)~(26)~継続予定
    [2008年2月11日~2008年2月24日]
    [2009年2月16日~2009年2月27日]

◆写真特集・さくら (1)~(33)~継続予定
    [2007年4月7日~2007年4月17日]
    [2008年4月1日~2008年4月22日]

◆写真特集・きく (1)~(5)~継続予定
    [2007年11月27日~2007年11月29日]
    [2008年11月12日~2008年11月13日]

◆写真特集・紅葉黄葉 (1)~(19)~継続予定
    [2007年12月1日~2007年12月7日]
    [2008年11月26日~2008年11月29日]
    [2008年12月8日~2008年12月15日]

◆写真特集・季節の花 (1)~(3)~継続予定
    [2007年5月8日、5月31日、6月30日]

◆屏風ヶ浦の四季 (1)~継続予定
    [2007年8月31日]

◆昔むかしの物語 (1)~継続予定
    [2007年4月18日]

◆小さなニュース (1)~継続予定
    [2008年2月28日]

≪掲載が完結しているもの≫
◆しょんがつ ゆうたら ええもんや (1)~(10)
    [2009年1月1日~2009年1月10日]

◆教職課程での試み (1)~(24)
    [2008年9月1日~2008年9月24日]

◆改稿「国語教育を素朴に語る」 (0)~(102)
    [2008年2月25日~2008年3月30日]
    [2008年4月23日~2008年4月29日]
    [2008年5月11日~2008年5月30日]
    [2008年6月9日~2008年7月20日]

◆相手を思いやる姿勢と、自分を表現する力 (1)~(3)
    [2006年10月2日~2006年10月4日]

◆学力づくりのための基本的な視点 (1)~(7)
    [2006年10月5日~2006年10月11日]

◆教員志望者に必要な読解力・表現力 (1)~(18)
    [2006年10月16日~2006年11月2日]

◆教職をめざす若い人たちに (1)~(6)
    [2007年6月1日~2007年6月6日]

◆これからの国語科教育 (1)~(10)
    [2007年8月1日~2007年8月10日]

◆現代の言葉について考える (1)~(7)
    [2007年7月1日~2007年7月7日]

◆自分を表現する文章を書くために (1)~(11)
    [2007年10月20日~2007年10月30日]

◆兵庫県の方言 (1)~(4)
    [2006年10月12日~2006年10月15日]

◆暮らしに息づく郷土の方言 (1)~(10)
    [2007年8月11日~2007年8月20日]

◆姫路ことばの今昔 (1)~(12)
    [2007年9月1日~2007年9月12日]

◆私の鉄道方言辞典 (1)~(17)
    [2007年9月13日~2007年9月29日]

◆高校生に語りかけたこと (1)~(29)
    [2006年11月9日~2006年12月7日]

◆ゆったり ほっこり 方言詩 (1)~(42) 【再開の可能性あり】
    [2007年2月1日~2007年2月20日]
    [2007年3月1日~2007年3月15日]
    [2007年5月1日~2007年5月7日]

◆高校生に向かって書いたこと (1)~(15)
    [2006年12月8日~2006年12月22日]

◆1年たちました (1)~(7)
    [2007年8月21日~2007年8月27日]

≪絶版として扱うもの≫  (ただし、ブログからは消去しておりません。)
◆国語教育を素朴に語る (1)~(51)
    [2006年8月29日から、2007年12月12日まで] 4回に分けて連載。

◆明石焼の歌 (1)~(3)
    [2007年8月28日~2007年8月30日]

| | コメント (0)

2009年2月27日 (金)

写真特集・うめ(26)【神戸東灘区の岡本梅林⑩】

白梅と紅梅

 最後は豊後系(ぶんごけい)です。梅と杏(あんず)との雑種で、杏に似て桃色の花が多いようです。花の香りは高くないということです。
 楊貴妃、江南所無、桃園などがそれにあたります。
 岡本公園の紹介は今回で終わります。最後の3枚の写真は、公園内の案内板(7枚目の写真)、そこに載せられている江戸時代の絵図(8枚目)、梅まつりのポスター(9枚目)です。

【写真は、2009年(平成21年)2月17日に、神戸市東灘区内で撮影。】

≪画像をクリックしてください。大きくて鮮明な画像になります。≫Cimg6746 Cimg6748 Cimg6747 Cimg6776 Cimg6777 Cimg6780 Cimg6783 Cimg6784_2 Cimg6797

| | コメント (0)

2009年2月26日 (木)

写真特集・うめ(25)【神戸東灘区の岡本梅林⑨】

白梅と紅梅

 野梅系の次は緋梅系(ひばいけい)です。これは野梅系から変化したもので、枝や幹の内部が紅く、花も紅色・緋色のものがほとんどだそうです。白い花が咲いても、枝の髄が紅いものはこの緋梅系に入ります。庭木や盆栽に使われるものが多いということです。
  大盃、紅千鳥、緋の司、東雲、夏衣、鹿児島紅などがそれにあたります。
 岡本公園は、どちらかというと白梅が多く、紅梅はそれにアクセントを添えている感じです。

【写真は、2009年(平成21年)2月17日に、神戸市東灘区内で撮影。】

≪画像をクリックしてください。大きくて鮮明な画像になります。≫Cimg6755 Cimg6756 Cimg6757 Cimg6787 Cimg6759 Cimg6788 Cimg6762 Cimg6766 Cimg6765

| | コメント (0)

2009年2月25日 (水)

写真特集・うめ(24)【神戸東灘区の岡本梅林⑧】

花梅と実梅

 ホームページを見て知ったことですが、梅は、花の観賞を目的とする「花梅(はなうめ)」と、実の採取を目的とする「実梅(みうめ)」に分けられるのだそうです。花梅は3系9性に分類されるのだそうです。
 その花梅の系統の一つが野梅系(やばいけい)で、中国から渡来した梅の子孫だそうです。枝が細く、花も葉も小ぶりですが、香りに優れているということです。
 初雁、思いのまま、道知辺、紅冬至、八重寒紅などがそれにあたります。

【写真は、2009年(平成21年)2月17日に、神戸市東灘区内で撮影。】

≪画像をクリックしてください。大きくて鮮明な画像になります。≫Cimg6628 Cimg6629 Cimg6630 Cimg6771 Cimg6772 Cimg6775 Cimg6728 Cimg6729 Cimg6731

| | コメント (0)

2009年2月24日 (火)

写真特集・うめ(23)【神戸東灘区の岡本梅林⑦】

万葉集でもてはやされた梅

 今では「花」と言えば桜ですが、万葉集の時代は梅でした。中国の文学者たちにならって、梅を詠むことが広く行われました。万葉集には100首を超える梅の歌がありますが、桜は40首程度です。

【写真は、2009年(平成21年)2月17日に、神戸市東灘区内で撮影。】

≪画像をクリックしてください。大きくて鮮明な画像になります。≫Cimg6652 Cimg6657 Cimg6685 Cimg6767 Cimg6769 Cimg6768 Cimg6709 Cimg6713 Cimg6710

| | コメント (0)

2009年2月23日 (月)

写真特集・うめ(22)【神戸東灘区の岡本梅林⑥】

こぢんまりした現在の公園

 岡本梅林は1938年(昭和13年)の災害で山が崩れました。第二次世界大戦の戦災の影響もあったそうです。かつての面影は薄れていったようです。
 その後、周囲の宅地化も進んで、現在の岡本公園はこぢんまりした梅園になっています。けれども梅の品種は多彩です。もう少し紹介を続けます。

【写真は、2009年(平成21年)2月17日に、神戸市東灘区内で撮影。】

≪画像をクリックしてください。大きくて鮮明な画像になります。≫Cimg6640 Cimg6641 Cimg6643 Cimg6732 Cimg6734 Cimg6735 Cimg6658 Cimg6659 Cimg6661

| | コメント (0)

2009年2月22日 (日)

写真特集・うめ(21)【神戸東灘区の岡本梅林⑤】

明治期には広大な梅林が広がっていた

 同じく、梅林に立てられている説明板の一部に、次のような記述があります。
 「明治維新後は、国学者大国隆正が、『岡本の梅とききつつ来てみれば梅の中なる岡本の里』と詠じているように全村の各戸に梅の木を植え、増田太郎右衛門所有の約3ヘクタールの梅林をはじめとして、相当広い範囲にわたっていた。」
 3ヘクタールは30000平方メートルですから、現在の岡本公園の4566平方メートルをはるかにしのいだ梅林が展開し、岡本には、桃源郷ならぬ、梅の里が現出していたのでしょう。

【写真は、2009年(平成21年)2月17日に、神戸市東灘区内で撮影。】

≪画像をクリックしてください。大きくて鮮明な画像になります。≫Cimg6632   Cimg6635 Cimg6634 Cimg6663 Cimg6673

Cimg6665Cimg6617_2Cimg6619 Cimg6618

| | コメント (0)

2009年2月21日 (土)

写真特集・うめ(20)【神戸東灘区の岡本梅林④】

阪神間の年中行事だった観梅

 梅林に立てられている説明板の一部に、次のような記述があります。
 「明治30年頃から観梅期に国鉄が臨時停車場を設けるようになり、明治38年に開通した阪神電車が青木停留所を設けるにいたり、岡本の観梅は阪神間における年中行事の一つになった。」
 現在の最寄り駅は、JR神戸線・摂津本山駅(各駅停車電車のみが停車)と、阪急電鉄・神戸線の岡本駅(特急電車など全列車が停車)です。国鉄(現・JR)は臨時停車場からはじまり、阪急の開通前は、阪神・青木(おうぎ)停留所から歩いていたようです。

【写真は、2009年(平成21年)2月17日に、神戸市東灘区内で撮影。】

≪画像をクリックしてください。大きくて鮮明な画像になります。≫Cimg6714 Cimg6715 Cimg6716 Cimg6688 Cimg6689 Cimg6702 Cimg6718 Cimg6720 Cimg6722

| | コメント (0)

2009年2月20日 (金)

写真特集・うめ(19)【神戸東灘区の岡本梅林③】

今度の日曜日に「梅まつり」

 岡本梅林は、正式名称は「岡本公園」ですが、一般には「岡本梅林公園」と呼ばれています。神戸市の設置・管理で、面積は4566平方メートルだそうです。
 市街地(住宅地)のすぐそばですが、ちょっと高台になっていますから、足下の神戸市街の向こうに、大阪市、堺市、関西空港、泉南地域などが見渡せます。
 岡本梅林では、22日(日曜日)10時から「摂津岡本梅まつり」が開かれ、甘酒と梅林パンがふるまわれるそうです。

【写真は、2009年(平成21年)2月17日に、神戸市東灘区内で撮影。】

≪画像をクリックしてください。大きくて鮮明な画像になります。≫Cimg6675 Cimg6676 Cimg6677 Cimg6703 Cimg6707 Cimg6708 Cimg6723 Cimg6725 Cimg6724

| | コメント (0)

2009年2月19日 (木)

写真特集・うめ(18)【神戸東灘区の岡本梅林②】

多くの品種の咲き比べ

 梅は中国原産の花木です。日本へは奈良時代に渡来したとか言われており、「万葉集」で詠まれている歌も100首を超えます。
 現在では梅の園芸品種が300種以上もあるようです。私には園芸の知識はありませんが、八重咲きや枝垂れの品種もある岡本梅林は心のなごむ場所です。

【写真は、2009年(平成21年)2月17日に、神戸市東灘区内で撮影。】

≪画像をクリックしてください。大きくて鮮明な画像になります。≫Cimg6621 Cimg6622 Cimg6623 Cimg6636 Cimg6638 Cimg6639 Cimg6667 Cimg6668 Cimg6669

| | コメント (0)

2009年2月18日 (水)

写真特集・うめ(17)【神戸東灘区の岡本梅林①】

名札が新しくなった

  紅梅の燃えたつてをり風の中 松本たかし

 神戸・岡本梅林は、「梅は岡本、桜は吉野、みかん紀の国、栗丹波」と唄われているほど、古くから有名なところです。
 いろいろな種類の梅が次々と咲いて、目を喜ばせてくれます。一つ一つに名札がつけられていて、親しみやすいようにする心遣いが嬉しいです。
 訪れたのは2月10日に続いて2度目です。この1週間の間に、なんと、名札が新しく付け替えられていました。早春の風が快く、紅梅・白梅の燃え立つような色合いや、清楚な香りに包まれていました。
 というわけで、何回かにわたって岡本の梅を紹介します。1列3枚の写真のうち、左端が名札、真ん中と右端がその名を持つ梅の姿です。(最初の1列は岡本梅林公園の紹介です。)

【写真は、2009年(平成21年)2月17日に、神戸市東 撮影。】

≪画像をクリックしてください。大きくて鮮明な画像になります。≫Cimg6610 Cimg6612 Cimg6611 Cimg6613 Cimg6614
Cimg6615Cimg6624Cimg6625 Cimg6627

| | コメント (0)

2009年2月17日 (火)

写真特集・うめ(16)【御厨神社・ふたみ梅林②】

色とりどりに咲き誇る

 ふたみ梅林の続きです。できるだけアップで撮った写真です。
 白梅、紅梅、真っ赤な梅、そして蠟梅と、多彩です。
 御厨神社は、応神天皇(誉田別命)、素盞嗚命、菅原道真を祀っています。菅公仮寝の松というのもあります。
 二見はもともと港と漁業の町です。土地柄から海運関係者の尊崇があつく、拝殿には帆前船の絵馬や模型が奉納されています。

【写真は、2009年(平成21年)2月15日に、兵庫県明石市内で撮影。】

≪画像をクリックしてください。大きくて鮮明な画像になります。≫Cimg6501 Cimg6488 Cimg6495 Cimg6509 Cimg6493 Cimg6510 Cimg6517 Cimg6515 Cimg6536

| | コメント (0)

2009年2月16日 (月)

写真特集・うめ(15)【御厨神社・ふたみ梅林①】

今を盛りと咲く、知られざる梅の名所

  壁画とも天井画とも梅仰ぐ 鷹羽狩行

 2月というのに驚くような暖かさが続きました。梅の開花も心持ち早いようです。その中でもとりわけ早いのが明石市二見町にある御厨(みくりや)神社の梅です。
 一面の梅は見事です。壁画の前に立ちつくしたような思いにもなりますし、澄んだ青空を仰げばまさに天井画です。
 これほど見事な梅なのに知られていません。明石市の西の端、古い由緒の御厨神社は全体が梅に彩られていますが、その一画に「ふたみ梅林」という碑が建っています。神社全体を指すのか、一部の群生を指すのかは知りませんが、ほぼ一斉に咲いている梅林には圧倒されます。

【写真は、2009年(平成21年)2月15日に、兵庫県明石市内で撮影。】

≪画像をクリックしてください。大きくて鮮明な画像になります。≫Cimg6521 Cimg6492 Cimg6520 Cimg6496 Cimg6486 Cimg6505 Cimg6518 Cimg6530 Cimg6524

| | コメント (0)

2009年2月15日 (日)

言葉カメラ(308) 【おたべ処】

生八つ橋ではありません

 京都で「おたべ」というと、粒あんの入った生八つ橋を思い浮かべるのですが、この「おたべ処」は、甘党ではなく辛党のようです。
 食べ物処というのを、京都風に「おたべ処」と称したのでしょう。それなら今度は「おのみ処」というのを探してみたくなりました。

【写真は、2008年(平成20年)12月3日に、京都市西京区内で撮影。】

≪画像をクリックしてください。大きくて鮮明な画像になります。≫Cimg2338

| | コメント (0)

2009年2月14日 (土)

言葉カメラ(307) 【おもろいど】

「ど」という終助詞

 面白いが「おもろい」となるのは関西で広く見られます。
 手書きの看板の文字は「おもろいで」とも読めそうですが、私は「おもろいど」だと確信しました。「おもろいで」または「おもろいでー」は関西で広く使われていますが、「おもろいど」または「おもろいどー」は加古川や明石などでよく使われる終助詞だからです。ちょっと品がよくない感じはしますが、これこそ地元の人に向けた言葉遣いだと思うのです。

【写真は、2009年(平成21年)2月9日に、兵庫県加古川市内で撮影。】

≪画像をクリックしてください。大きくて鮮明な画像になります。≫Cimg6233

| | コメント (0)

2009年2月13日 (金)

言葉カメラ(306) 【燃せる〈続〉】

燃す・燃せない

 言葉カメラ(162)で「燃す」のことを書きました。神奈川県内での写真でした。
 同じ神奈川県内で「燃せるごみ」「燃せないごみ」という表示を見かけました。「燃やせるごみ」の送り仮名「や」が省略されたのではなく、「もせる」という言葉なのでしょう。「燃やす」を「燃す」と言うのは、たぶん関東地域特有の表現なのだろうと思います。

【写真は2枚とも、2008年(平成20年)11月22日に、神奈川県平塚市内で撮影。】

≪画像をクリックしてください。大きくて鮮明な画像になります。≫Cimg1401 Cimg1402

| | コメント (0)

2009年2月12日 (木)

言葉カメラ(305) 【消えた文字】

国語力検定

 文字(たぶん、注意を引くために赤文字で書かれていたもの)が消えてしまっています。けれども、言いたいことは伝わってきます。「犬のフンは飼い主が〈責任〉をもって〈処理してください〉」ということを言いたいはずです。
 けれども、「迷惑」という文字の上にある「、」のようなもの(読点?)が気になりました。全体が1文でできているのなら、言い回しを変えなくてはなりません。ちょっと思案したのですが、結論として、「迷惑しています」の後に「。」(句点)がありませんから、途中にも読点はないのだろうと考えました。犬の絵の一部が句点のように見えたのだという判断です。
 今、日本漢字能力検定協会のことが問題になっています。さてさて、消えた文字を復元しようとするのも、国語力検定の試験問題にできますね。

【写真は、2009年(平成21 年)2月1日に、兵庫県姫路市内で撮影。】

≪画像をクリックしてください。大きくて鮮明な画像になります。≫Cimg5911

| | コメント (0)

2009年2月11日 (水)

言葉カメラ(304) 【ねん③】

商品名を印象づける

 売りたいものは「たこやき」です。けれども「たこやき」という商品名だけを表示するのではなく、「たこやきです」と言い、更に「たこやきでんねん」と念を押す。ついでに「大阪名物」という言葉を添えて…。
 値段やら品質やら原材料やらを云々しない。「おいしかったら ええやんか」というポリシーなのです。
 店の名前などは二の次、三の次になっています。なんとも小気味のよい看板になっています。

【写真は、2009年(平成21 年)1月27日に、大阪市中央区内で撮影。】

≪画像をクリックしてください。大きくて鮮明な画像になります。≫Cimg6060

| | コメント (0)

2009年2月10日 (火)

言葉カメラ(303) 【ねん②】

お願いします、とは言わない

 景気が下降気味になると、消費者に購買をお願いしたくなるものでしょう。「よろしくお願いします」とか、「安くしますから買ってください」とかの言葉が多くなるのかもしれません。
 「がんばってんねん! せんばやし」は、弱々しさを排除した言葉で、自分たちを元気づけて、消費者を呼び込もうとしています。商店街が寂れていくと言われますが、この千林は元気な商店街に見えました。
 スーパーのダイエーの1号店は、1957年(昭和32年)京阪電鉄・千林駅前に誕生しています。今はドラツグストアになっている所だそうです。

【写真は、2009年(平成21 年)1月27日に、大阪市旭区内で撮影。】

≪画像をクリックしてください。大きくて鮮明な画像になります。≫Cimg5631

| | コメント (0)

2009年2月 9日 (月)

言葉カメラ(302) 【ねん①】

念を押して言う「ねん」

 関西の言葉の一つの特徴は、句末の「ねん」です。「今年のタイガースは強い」と言うよりも、「今年のタイガースは強いねん」と言う方が、より強く感じられます。「ねん」は、念を押して相手に伝える言葉です。
 だから、「困る」よりも「困るねん」の方が切実感があります。「困るからなくそう」「困るさかいに なくそう」よりも、「こまるねん なくそう 迷惑駐車」の方が強く迫ってきます。

【写真は、2008年(平成20 年)8月22日に、兵庫県伊丹市内で撮影。】

≪画像をクリックしてください。大きくて鮮明な画像になります。≫Cimg7558

| | コメント (0)

2009年2月 8日 (日)

テクのろヂイ(17)

東播磨路⑧

 地形の変化などがあるわけでもなく、建物が続いていますが、播磨町から加古川市に入ります(写真①)。光明山宝蔵寺という古寺があります(写真②)。堂々とした本堂です(写真③)。境内に瀧瓢水の「浜までは海女も蓑きる時雨かな」の句碑(写真④)があります。瓢水は、地元出身の江戸時代中期の俳人です。俳諧に没入し家業を怠り蔵を売ったとき「蔵売って日当たりの善き牡丹かな」という句を作ったと伝えられています。
 宝蔵寺には、国内最古のオリーブの木があります(写真⑤)。説明板(写真⑥)によれば、多木肥料(現・多木化学)の創業者の多木久米次郎が境内に栽植したということです。寺の前には別府(べふ)川が流れています(写真⑦)。少し向こうに黒っぽい建物があって「あかがね御殿」と呼ばれています。多木久米次郎が迎賓館として別府川の河口に15年の歳月をかけて建築したもので1933年(昭和8年)に竣工しています。国登録有形文化財になっています。
 北に向かうと都会的な雰囲気が次第に増してきて(写真⑧)、ほどなく山陽電鉄の別府駅に着きます(写真⑨)。別府地域は加古川市の南の拠点です。
 15時55分に別府駅に着きました。自宅を出発したのが12時30分でしたから、行きつ止まりつしながら3時間25分のウォーキングでした。歩数は20110歩(帰路の、最寄り駅から自宅までの約1500歩を含む)でした。歩幅を60㎝として、約12㎞になります。

【写真は9枚とも、2009年(平成21年)1月15日に、兵庫県加古川市内で撮影。】

≪画像をクリックしてください。大きくて鮮明な画像になります。≫Cimg5253 Cimg5262 Cimg5264 Cimg5265 Cimg5271 Cimg5270 Cimg5278 Cimg5283 Cimg5287

| | コメント (0)

2009年2月 7日 (土)

テクのろヂイ(16)

東播磨路⑦

 喜瀬川(写真①)を渡って播磨町の西部を歩きます。本荘地域です。本荘下橋(写真②)を過ぎると、しだいに道が狭くなってきます(写真③)。カーブするところもあって、昔からのままの道筋を感じます。
 ぱっと開けたところが阿閇(あえ)神社です(写真④)。社域は広いのですが、いつも人影は多くありません。それがかえって神聖さを醸し出しています(写真⑤)(写真⑥)。檜皮葺で同じ形で、同じ規模の本殿が南北線上に四社並んでおり、このような配置は珍しいと言われています。
 阿閇神社の「阿閇」はかつての村名にもなっていました。今も地元の誇りですから、マンホールの蓋のデザインにも描かれています(写真⑦)。
 かつての加古郡阿閇村は、1962年(昭和37年)4月1日に播磨町に改称しました。兵庫県に残る最後の村でした。全国で「村」がなくなった都道府県は兵庫県が初めだったのです。播磨臨海工業地帯の一部で人口は多かったのですから、村から町への改称には異論はありませんでした。けれども「播磨」という国名を町名とすることには、いろいろな意見も出ました。播磨町は、2006年(平成19年)3月31日現在の、住民基本台帳による市町別人口数は、3万3873人です。相生市の3万2482人、養父市の2万8800人よりも多いのです。町の中では、もちろんトップです。しかも、面積が狭いので人口密度は高くなっています。
 少し歩くと、多木化学の工場があります(写真⑧)。かつては多木肥料として知られていました。ここと隣の加古川市別府町とに工場が広がってます。その工場のそばで、村中の道は広い道路(かつての国道250号線。現在は県道に格下げ)に合流します(写真⑨)。

【写真は9枚とも、2009年(平成21年)1月15日に、兵庫県加古郡播磨町内で撮影。】

≪画像をクリックしてください。大きくて鮮明な画像になります。≫Img5214      
Img5219  Cimg5224

Cimg5228Cimg5234Cimg5243_3Cimg5245Cimg5246Cimg5250

| | コメント (0)

2009年2月 6日 (金)

テクのろヂイ(15)

東播磨路⑥

 加古郡播磨町に入ります(写真①)が、風景に大きな変化はありません。南側は望海公園で、いろんな木が植えられています(写真②)。ジョギングなどをしている人が見えます。公園が終わったところに播磨町漁業協同組合の建物があります(写真③)。
 道の北側に古宮住吉神社(写真④)があって、境内に常夜灯の由来が記されています(写真⑤)。今里村の名が古宮村に改められたなどということが書いてあります。まっすぐに続く道をさらに進むと南側に播磨町の新島(人工島)の大きな案内板があって(写真⑥)、播磨町総合体育館があります(写真⑦)。ほどなく川に出会います。
 川の左岸に「新聞の父」と言われるジョセフ・ヒコ(濱田彦蔵)生誕の地の碑があります(写真⑧)。彼は、1837年、播磨町古宮の生まれで、数奇な運命をたどったのち、1864年に、英字新聞を日本語訳した「海外新聞」を発刊し、これが日本で最初の日本語の新聞と言われています。喜瀬川(写真⑨)は播磨町を流れる唯一の河川です。

【写真は9枚とも、2009年(平成21年)1月15日に、兵庫県加古郡播磨町内で撮影。】

≪画像をクリックしてください。大きくて鮮明な画像になります。≫Cimg5184 Cimg5187 Cimg5196 Cimg5198

Cimg5200Cimg5208 Cimg5206 Cimg5211 Cimg5213

| | コメント (0)

2009年2月 5日 (木)

テクのろヂイ(14)

東播磨路⑤

 人工島から見ると、もとの海岸との間が水路になっています(写真①)。海浜公園内は、東二見橋から二見大橋までの間が散策路やジョギングコースになっていて、春は桜の名所になります。まだ蕾は堅い状態です(写真②)が、ところどころには花をつけた木や、実をつけた木があります(写真③)。散策路の西端は公園エリアが広がって、真ん中に植えられた木の影で時刻を示す「木かげ日時計」(写真④)が作られています。小高い山が築かれていて、ここで明石海浜公園は終わります(写真⑤)。
 もとの町と人工島とをつなぐ二見大橋(写真⑥)は、朝夕のラッシュはたいへん混雑しますが、昼間にはのどかな時間もあります。二見大橋から東を見ると(写真⑦)、人工島に緑が茂っています。西の方を見ると(写真⑧)、加古郡播磨町の地域が見えます。写真左手が人工島ですか、島の一部は播磨町域になっています。橋を渡り終えて、西に向かうと、明石市の最西端にある公園(写真⑨)が広がります。
 明石市域が終わります。自宅を出てから10182歩。時刻は14時27分です。ゆっくり歩いて2時間かかりました。

【写真は9枚とも、2009年(平成21年)1月15日に、兵庫県明石市内で撮影。】

≪画像をクリックしてください。大きくて鮮明な画像になります。≫Cimg5154 Cimg5158 Cimg5155 Cimg5171 Cimg5174 Cimg5175 Cimg5176 Cimg5177 Cimg5182

| | コメント (0)

2009年2月 4日 (水)

テクのろヂイ(13)

東播磨路④

 二見の町は明石市の西の要になっています。二見港(写真①)にはたくさんの漁船がつながれて活況を見せています。東二見橋から見ていると、いつも漁船が行き交っています。もとの町と人工島とをつなぐ東二見橋はアーチ状になっています(写真②)。車道併用橋に改修されてから、交通量が増えました。橋から東の方を眺めると(写真③)、江井ヶ島が小さな岬になっていて、その向こうに明石海峡大橋が見えます。橋から西を見ると(写真④)、人工島側にモーターボートの係留地があって、その向こうに二見大橋が見えます。車の交通量は二見大橋の方が格段に多いのです。
 橋の上からは、公園内のプール(写真⑤)も見えますが、橋を下って人工島に入ると、工場地域が広がっています(写真⑥)。人工島の北側は細長い明石海浜公園(写真⑦)のエリアが続きます。工場地域に潤いを与える緑地帯ですが、案内図(写真⑧)を見るとわかるように、面積はかなりのものです。公園内にはプールの他に、丘もあれば(写真⑨)、グラウンド、テニスコート、散策道もあります。

【写真は9枚とも、2009年(平成21年)1月15日に、兵庫県明石市内で撮影。】

≪画像をクリックしてください。大きくて鮮明な画像になります。≫Cimg5125 Cimg5124 Cimg5141 Cimg5132 Cimg5138 Cimg5143 Cimg5146 Cimg5147 Cimg5150

| | コメント (0)

2009年2月 3日 (火)

テクのろヂイ(12)

東播磨路③

 海の幸に恵まれている明石海岸ですから、次々と小さな漁港があります。西岡の海岸にも漁港があります(写真①)。漁港のすぐ西の海岸は整備されて休憩施設になっています(写真②)。ここは砂地ではなくて舗装された状態になっています。
 海岸沿いの道の北側に、もとの瓦工場の跡があります。商品にできなかった瓦を積み上げた側壁になっています(写真③)。ちょっとした廃墟を思わせます(写真④)が、瓦の模様は斬新なオブジェでもあるのです。
 明石市魚住町から明石市二見町に入ったところで、明石市の施設が建築されています(写真⑤)。ここは福祉、保健関係の拠点になる予定だそうです。魚住町は旧・明石郡に属し、二見町は旧・加古郡に属していました。明石市に合併したのは、もう半世紀以上前の1951年(昭和26年)でした。
 二見は古くから開けた港町、漁師町です。規模の大きい漁港が広がっていますが、港の東端には安全祈願の塔があります(写真⑥)。
 明石市は東部(市役所のある中崎海岸)と、西部(二見)で埋め立てが行われました。二見は規模が大きい埋め立て地で、工業団地になっています。神戸のような「ポートアイランド」などの名称ではなくて、「人工島(じんこうじま)」と言います。元の二見の町と人工島を結ぶ東二見橋(写真⑦)は、もともと歩行者・自転車専用でしたが、工事を施して、今は自動車も通行しています。東二見橋のたもとに、二見港築港記念碑(写真⑧)と波切不動明王(写真⑨)があります。

【写真は9枚とも、2009年(平成21年)1月15日に、兵庫県明石市内で撮影。】

≪画像をクリックしてください。大きくて鮮明な画像になります。≫Cimg5088 Cimg5094  Cimg5097 Cimg5101 Cimg5106 Cimg5109 Cimg5111
Cimg5121Cimg5123

| | コメント (0)

2009年2月 2日 (月)

テクのろヂイ(11)

東播磨路②

 住吉神社の境内には笠金村の「往きめぐり見とも飽かめや名寸隅の船瀬の濱にしきる白波」の歌碑(写真①)があります。名寸隅の船瀬があった場所は、大久保町西島の、赤根川河口の辺りだと考えられています。その地域も住吉神社の氏子の住むところです。住吉神社は播磨灘に臨んで、目の前が開けています(写真②)。
 住吉神社から海岸の歩道(写真③)を西に向かいます。海岸沿いは消波ブロックが続きます。沖の方に並行堤がありますが、その間に水鳥が遊んでいます(写真④)。
 少し歩くと瀬戸川に出会います。小さな川ですが、河口の両岸はススキなどが生い茂っています(写真⑤)。河口の浜辺には、白い鳥がぎっしりと羽を休めていました(写真⑥)。瀬戸川河口から歩いてきた方向を振り返ると、住吉神社の森と淡路島が見えます(写真⑦)。
 瀬戸川の右岸河口は、今、休憩施設が作られつつあります(写真⑧)。説明板(写真⑨)を見ると、3月末に完成するようです。

【写真は9枚とも、2009年(平成21年)1月15日に、兵庫県明石市内で撮影。】

≪画像をクリックしてください。大きくて鮮明な画像になります。≫Cimg5049 Cimg5047 Cimg5055 Cimg5058 Cimg5069 Cimg5070 Cimg5073 Cimg5076 Cimg5086

| | コメント (0)

2009年2月 1日 (日)

テクのろヂイ(10)【東播磨路】

東播磨路①

 1月15日。この日も12時30分に自宅を出て、今度は西に向かって歩き始めました。すぐ近くに西島の蛭子神社(写真①)があります。地元ではエベッさん(戎さん)と呼ばれています。小さなお社です。
 少し沖合では海苔の養殖が行われていて明石海苔として知られています。漁船で摘み取り作業が行われています(写真②)。網を引き上げて漁船の上を通していきますから、まるで漁船が網の下に潜ったような形になります。大久保町西島から魚住町中尾にかけての海岸は、養浜事業によって砂浜が広がっています(写真③)。渚べりが石積みになっているところもありますが、海岸へは簡単に出られるようになっています(写真④)。海岸沿いの道(写真⑤)の右側は、断崖のような高さではありません。この辺りでは屏風ヶ浦という呼び方はふさわしくなくなっているのです。少し行くと小さな中尾漁港(写真⑥)があります。
 松林が見えてくると、そこが住吉神社(写真⑦)です。この辺り一帯の村の鎮守です。私の住む村も氏子です。マンションも建ち並ぶ地域ですが、昔の「村」の面影を残している地域なのです。この日はちょうど「とんど」の日でした。神社に返された破魔矢や、つるされていた絵馬などを焼くことが行われたようで、それが一段落した時間のようでした(写真⑧)。神社の境内のうち、海を目の前にした場所は住吉公園(写真⑨)として市民に開放されています。

【写真は9枚とも、2009年(平成21年)1月15日に、兵庫県明石市内で撮影。】

≪画像をクリックしてください。大きくて鮮明な画像になります。≫Cimg5020 Cimg5026 Cimg5029 Cimg5025 Cimg5030 Cimg5035 Cimg5043 Cimg5039 Cimg5036

| | コメント (0)

« 2009年1月 | トップページ | 2009年3月 »