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2012年12月 2日 (日)

名寸隅の記(74)

どっこいしょの寺水

 この連載の(27)と(58)で、「どっこいしょ」のことを書きました。その続きです。
 山陽電気鉄道に『山陽ニュース』という月刊広報誌がありました。20ページに満たないような薄さですが、文化の香りのする文章や絵や写真がいっぱい詰まっていました。1950年(昭和25年)2月に創刊して、2000年(平成12年)12月号で終刊となりました。残念なことでしたが、2001年(平成13年)1月号からは沿線情報紙『escort』に様相を変えました。
 その『山陽ニュース』の1985年(昭和60年)2月号に、「西摂から播磨の名水めぐり」という文章の第3回(同誌12~14ページ)が載っており、「どっこいしょの井戸」という項目があります。筆者は伊達嶺雄さんです。その文章を引用します。

 江井ヶ島の人なら誰でも「どっこいしょ」が井戸であることを知っている。江井ヶ島は地下水の豊富なところで、どこを掘っても水が湧いて、酒造りを盛んにし、港に寄る船の飲料水にも利用された。特に赤根川尻に近い定善寺境内の井戸は「寺水」と呼ばれ、酒蔵の人たちは牛車で運んでいたという。それが二〇年程前に突然水質に塩分が増して使えなくなり、自噴もしなくなって、今ではコンクリートの蓋でふさがれてしまった。
 定善寺は江井ヶ島駅の西南1・1㎞。漁船の船溜りの西はずれ、住吉神社の参道を入った、神社前の西、突き当り。井戸は寺の門前広場にある。

 灘五郷の酒に使われるのは「宮水」として知られていますが、江井ヶ島(西灘)の酒は「寺水」だというわけです。宮と寺、神社と仏閣の対比も面白いと思いますが、定善寺に代表される「どっこいしょ」の水は、あたり一帯のあちこちから豊富に湧き出していたのです。
 なお、文章の中にある「住吉神社」は、これまで何度も話題にした魚住町中尾の住吉神社(西島の氏神)ではなくて、東島にある「住吉神社」のことです。江井ヶ島には、西江井にも「住吉神社」があります。

【写真は、赤根川河口の夕景。2012年(平成24年)11月16日17時08分撮影。】
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