« 【書籍版】明石日常生活語辞典 (214)    (通算2212回) | トップページ | 【掲載記事の一覧】 »

2016年11月30日 (水)

奥の細道を読む・歩く(91)

武隈の松②

 

 岩沼駅に着くと、駅前広場に等身大の芭蕉像が立っています。にっこり微笑んで、左手に持った冊子として綴じたものに、右手で何かをしたためています。大きな顔、たくましい腕と手が強調されている像です。かたわらに「桜より松は二木を三月越シ」の句碑があります。私たち二人は、芭蕉像を見つけると必ず、一人が芭蕉と並んで立ち、もう一人がカメラのシャッターを押します。続いて入れ替わって写真を撮ります。そんな習慣ができあがっています。

 駅から南に向かって10分ほど歩いていくと、武隈の松があります。道路の歩道の内側に植えられているのですが、斜めに伸びた二本の松は歩道の上だけでなく車道の上にも張り出さんばかりになっています。道路の反対側から見ると、途中から別の枝が張り出しているようにも見えますが、これは、二本の松がきちんと並んで、同じような曲がり具合を示しているからです。松に並んで古歌の歌碑も立てられています。

 ここには、能因だけでなく西行も訪れており、陸奥の国の象徴のような存在として、歌枕になっていたようです。そばにある説明板によれば、陸奥の国司の藤原元善が植えて、その後は植え継がれて、現在のものは1862(文久2年)に植えられた7代目たと書いてあります。芭蕉が見たものとは異なる松だというわけです。「武隈の松にこそ、め覚る心地はすれ。」と感嘆しつつも、「根は土際より二木にわかれて、昔の姿うしなはずとしらる。」として、千年と言われる松も植え継がれて、昔の姿を継承しているということがわかっていたようです。加藤さんは歩道に立って二木の松をスケッチしています。

 武隈の松は、二木の松とも呼ばれていますが、奥の細道300年記念事業として「二木の松史跡公園」が作られています。東屋があり、「桜より松は二木を三月越シ」の句碑もあります。

 さて、「桜より松は二木を三月越シ」という芭蕉の句ですが、訪れたのは旧暦5月4日、新暦に直すと6月20日です。もはや遅桜の季節も過ぎてしまったが、二つの幹に分かれた二木の姿を、江戸・深川を出発してから三月越しに見ることができたと詠んでいます。

 武隈の松から少し南へ行くと竹駒神社があります。842(承和9年)に小野篁が陸奥守として多賀城に赴任したときに、奥州の鎮護を願って創建したと言いますから、武隈の松よりも歴史があるようです。ここは日本三稲荷のひとつだと言っていますが、さすがに荘厳な造りになっています。この神社にも細長い石柱の「桜より松は二木を三月越シ」句碑があります。竹駒神社を出て、竹駒寺を見て、そして岩沼駅に向かいます。

|

« 【書籍版】明石日常生活語辞典 (214)    (通算2212回) | トップページ | 【掲載記事の一覧】 »