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2017年2月 6日 (月)

奥の細道を読む・歩く(159)

山寺③

 

 「閑さや岩にしみ入蝉の声」の句の「蝉」については、どんな種類の蝉であったのかとか、その数が多かったのか少なかったのか、どの場所でこの句は作られたのか、などについて種々の説があります。芭蕉研究者なら、そういうことに自説を展開したいところでしょうが、事実は芭蕉のみ知るということでしょう。

 この句の初五は、「山寺や」から「さびしさや」に変わり、「閑や」に落ち着いたようです。「山寺や」では場所の説明になりますし、「さびしさや」では主観の強い表明になりそうです。「閑さや」は自分をその場所に置いて、視覚・聴覚を澄んだものにしている様子が読みとれます。「岩にしみ入」についても、「しみつく」「しみ込む」という言葉を考えた過程があるようですが、「しみつく」では表面的な印象が残りますし、「しみ込む」ではゆっくり柔らかく入っていくような感じですから、「しみ入()」に定めたのでしょう。「岩にしみ入」の「岩」は、「岩に巌を重て山とし」とあるように、一つや二つの岩を思い眺めているのではないでしょう。幾匹かの蝉がひとつの声となって鳴いていたのが全山の巌の中に吸い込まれているように感じたのではないでしょうか。

 私がかつて2回訪れたのは、どちらも夏であったように思うのですが、それにしても立石寺で蝉の声を聞いた記憶はありません。盛夏に立石寺で蝉を声を聞けばどのようであるのか、体験したいとは思いますが、それを聞かなくても芭蕉の句の世界は想像できるように思います。

 奥之院、大仏殿から、華蔵院、三重小塔に立ち寄り、後の大正天皇が皇太子時代に休息されたという行啓山寺記念堂を見てから、開山堂と五大堂に行きます。開山堂は慈覚大師を祀るところですが、そこを通って五大堂に上ります。

 五大堂は、五大明王を祀って天下泰平を祈る道場ですが、境内随一の展望所でもあります。舞台のように突き出たところからは、眼下にJR山寺駅や集落や川が見えます。左右からは岩壁と紅葉の山が迫ってきています。加藤さんはスケッチ帳を広げています。先ほどまでと違って少しずつ観光客が増えてきました。外国人の姿も見えます。

 元の道に戻って、再び仁王門を通ります。加藤さんは再びスケッチです。その仁王門から少し下って左手に入ったところが弥陀洞です。長い年月の雨風が直立した岩を削り取るようにして阿弥陀如来の姿がつくられたというのです。数メートルの姿だそうですが、その姿は容易には見出すことはできません。

 ただ、ここから仁王門を振り返った風景は、立石寺の看板のようなところです。拝観券にはこの景色が印刷されていますし、さまざまなポスターやリーフレットにも載せられる場所です。ただし、仁王門を見たとき、一本の大杉が立ちはだかります。自分の身を右に寄せても左に寄せても、ここからは大杉を省いて仁王門を眺めることはできません。立ちはだかる大杉は寺の主のような存在で、写真に必ず写り込むのです。ここでも加藤さんのスケッチの意欲が高まります。

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