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2017年2月12日 (日)

奥の細道を読む・歩く(165)

酒田[吹浦]①

 

 「羽黒を立て、鶴が岡の城下、長山氏重行と云もののふの家にむかへられて、誹諧一巻有。左吉も共に送りぬ。川舟に乗て、酒田の湊に下る。淵庵不玉と云医師の許を宿とす。

   あつみ山や吹浦かけて夕すゞみ

   暑き日を海にいれたり最上川」

 「奥の細道」歩きは遂に日本海に出ました。芭蕉にとっても日本海に沿った旅は珍しいことでしょうが、私にとっても同様です。私も加藤さんも海の近くに住んでいます。けれどもその海は須磨・明石の海であって、大阪湾・瀬戸内海の海です。兵庫県は、日本海に臨む但馬から、瀬戸内に臨む播磨を経て、紀伊水道を経て太平洋につながる位置にある淡路まで、南北に広がる地形です。そうであっても、私自身は日本海の風景を目にすることはそんなに多くはありません。「奥の細道」の旅のこれからは、敦賀まで日本海に沿った旅です。存分にその風景に接したいと思います。

 出羽三山の旅を終えた芭蕉は、鶴岡から舟に乗って赤川を下って酒田に向かいます。赤川は、今では日本海に直接流れ入っていますが、昔は最上川の下流に合流していました。酒田に泊まって、それから北に向かうのですが、吹浦や三崎を経て象潟に着きます。三崎は現在の山形・秋田県境です。私たちは、JR羽越線で北に向かって吹浦駅で下車し、小砂川駅まで歩きます。吹浦-小砂川間の駅間距離は8.7㎞ですが、道路は鉄路よりも長く、私たちは寄り道もしますから、歩くのは10㎞を超えます。

 なお、芭蕉の句にある「あつみ山(温海山)」は酒田市の南方にある700メートルを超える山であり、「吹浦」は飽海郡遊佐町の吹浦のことです。

 今朝のニュースは、東京都心の11月の降雪は54年ぶりで、11月の積雪は昭和36年以降では初めてであると伝えています。ところで今朝の庄内地方は曇ってはいますが、そんなに寒くはありません。

 酒田駅の電車にはわずかですが雪が付いています。8時前に酒田を出る秋田行は空いていますが、高校生の姿もあちこちに見えます。酒田から遊佐町に向かうにつれて鳥海山が前方から右の車窓に移り、南鳥海駅では田圃と民家の向こうに大きな姿が迫ってきます。青空が見え始めました。頂上が手に取るように近く見えて、真っ白です。遊佐駅では高校生たちが下車します。私たちは、その次の吹浦駅で下車します。駅には、墨で書かれた「芭蕉止宿の地」と「鳥海山と十六羅漢岩の吹浦」という2枚の板が下げられています。芭蕉の句の「吹浦」は「ふくうら」と読むべきでしょうが、現在の駅名は「ふくら」です。

 待合室には「鉄道唱歌」を書いた額が掲げられていますが、言葉が少し違っています。「汽笛一声吹浦を 早我が汽車ははなれたり 日本海に入り残る 月を旅路の友として」「左は名高き出羽の冨士 麓は名士のい出どころ 雲は消えても消え残る 名は千歳の後までも」…と8番まで続きますが、このあたりの地名や名所などに置き換えた替え歌です。

 どうしてこのようなものがあるのかという疑問は、駅前広場に出るとすぐわかります。初代鉄道助の佐藤政養(与之助)の像が建てられていて、その人が遊佐町高瀬升川の出身であると書いてあります。

 線路の東側に延びる道を鳥海山大物忌神社を目指して歩きます。

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