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2017年2月19日 (日)

奥の細道を読む・歩く(172)

象潟③

 

 能因島から少し歩くと、記念位置標というのがあって、そこにはこの地点の経緯度とともに、標高が記されて、3メートル021とあります。刈り取られた水田のそばの道を歩いて蚶満寺に向かいます。田圃の向こうにいくつもの丘が、すなわちかつての島が見えます。いくつもの丘が重なり合って続いています。

 蚶満寺は853(仁寿3年)に慈覚大師が開山したと伝えられています。かつては島々の一つであり、象潟の景色の要になっていたのでしょう。境内地をめぐるように歩いて、裏門らしきところから入ります。掃除をされている老婦人の傍を通って、古木に囲まれた境内に入ると、あたり全体が静けさに包まれています。まず鐘楼が目に入ります。

 本堂の左側にある通路から裏の史跡庭園へ進みます。ちょっと明るくなって潟の風景が見えるところに「舟つなぎの石」があります。境内近くまで田圃が広がっていますが、人々は潟からここへ上陸したのでしょう。近くに「西行法師の歌桜」があります。西行はこの地で「象潟の桜は波に埋もれて花の上こぐ蜑の釣舟」と詠んでいます。芭蕉が訪れた季節はそれとは違うのですが、脳裏に西行の詠んだ景色を思い浮かべたことでしょう。近くに「猿丸太夫姿見の井戸」もあります。

 ちょっと高いところに芭蕉の句碑があります。真ん中に大きく芭蕉翁と書かれ、その左右に「象潟の雨や」「西施がねぶの花」と刻まれています。裏には宝暦十三年九月と彫られています。宝暦13年は1763年ですで、句形は初案のものです。

 その近くには、親鸞上人御腰石や、北条時頼公のつつじもあります。庭園から本堂の前に戻ると、境内には芭蕉が大きく葉を広げて茂っています。

 さて芭蕉は、「此寺の方丈に座して簾を捲ば、風景一眼の中に尽て、南に鳥海天をさゝへ、其影うつりて江にあり。西はむやむやの関、路をかぎり、東に堤を築て、秋田にかよふ道遙に、海北にかまへて、浪打入る所を汐ごしと云。」と書いています。確かに「風景一眼の中に尽て」ということであったのでしょうが、地理の様子を東西南北として書いているのは、かなり大まかな表現のようです。ここには、旅の大きな目的地であったところを眼前にしているという、気負い立った気持ちがあったことでしょう。

 「俤松嶋にかよひて、又異なり。松嶋は笑ふが如く、象潟はうらむがごとし。」「寂しさに悲しみをくはへて、地勢魂をなやますに似たり。」という表現は、太平洋側と日本海側という違いとともに、訪れた日の天候の違いにも左右された印象でしょう。けれども、類似点を見出すよりは、対照的な表現の方が面白いという判断はじゅうぶん働いていたことでしょう。私たちの訪れた日は、天候に恵まれましたから、恨むがごとき陰鬱さはまったくありません。

 「象潟や雨に西施がねぶの花」という句は、雨にけぶっている象潟の風景を眺めやると、何か恨んでもいるような悩ましさが感じられてきて、あたりに合歓の花が咲いているが、雨粒を受けたその花の趣は、西施が物思いにふけるように目を閉じている風情を思い出させるというのです。中国の越の国の美女・西施は、敗戦の後に敵の呉の国王のもとに送られます。呉王は西施を寵愛しますが、敵地での彼女は憂いに沈んでいたに違いありません。そんな表情を、象潟の風景に投影しているのです。

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