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2017年2月20日 (月)

奥の細道を読む・歩く(173)

象潟④

 

 蚶満寺の山門を出ると公園が広がっています。「奥の細道 蚶満寺」という標柱が立っている松林です。ここから北の方を眺めても丘が、すなわちかつての島々が散らばっているのが見えます。

 小さな池の傍らに「九十九島の碑」があり、少し行くと芭蕉像があります。背丈ほどもある大きな石の上に像が立っています。杖を抱え込むようにして両袖の手を胸の前で結んだ姿です。長い杖の先に頭陀袋をひっかけて、それを背中にまわしているのです。ほっと一休みした、ゆったりとした気持ちで周りの風景を眺めているような感じです。このような芭蕉の姿は初めて見ました。近くに「象潟の雨や西施がねぶの花」の句碑があります。新しい句碑のように思われますが、宝暦の句碑と同じように初案を刻んでいます。

 少し離れたところに西施の像があります。こちらも高い石の上に像がありますが、芭蕉像が黒っぽいのに比べて、西施は白い像です。風を受けながら何かにもたれかかるようなポーズで、右手で自身の長い髪を持ち上げて、左手で籠のようなものを提げているのですが、見た瞬間は、紀元前500年頃の人の像とは思われず、こんなところに何の像があるのかと思ったほどです。薄暗く感じるほどの松林の中で、この像のあたりだけ直接の日光を受けていたことも加わって、現代に近い時代を感じてしまいました。

 近くに第33回奥の細道象潟全国俳句大会(この年の8月6日開催)の特選6句を紹介する掲示板があります。その中の「月山に声落とし行く雁の列」という句が胸に響きます。

 公園の中の細い道をたどっていくと、公園が終わって羽越本線蚶満寺踏切があります。秋田方面に向かうカラフルな7両編成の特急列車が通っていきます。

 国道7号を横断して、集落の中に続く道をたどります。「おくのほそ道 芭蕉の歩いた道」という案内の木柱があちこちに立っています。しばらく行くと、船つなぎ石という史跡に出ますが、象潟川の象潟橋(欄干橋)のたもとに道しるべの石が残っています。川を上ってきた船を停めるのに利用した石ですが、九十九島、八十八潟への船はこのあたりから出ていったようです。芭蕉たちも能因島などに向かってここから乗り込んだのでしょう。石には左右往還という文字が読みとれますから、三崎や秋田へ通じる道はここを通っていたのです。

 この象潟橋から見る鳥海山は絶景です。手前に背の低いビルや民家などが並んでいますが、そんなものは邪魔とは感じません。真っ白な山頂が青空に映えています。すぐ前で川が二股になっているのも風景のアクセントです。欄干は朱色です。かつて象潟八景の一つと言われたそうですが、立ち去りがたい風景です。

 「奥の細道」に「浪打入る所を汐ごしと云。」という言葉がありますが、地図を見るとこの近くには塩越城跡などと書かれていますから、このあたりが潟と海とを結んでいたところでしょう。

 「汐越や鶴はぎぬれて海涼し」は、潮が満ちて寄せてくる汐越に鶴が下り立っている様子を詠んでいます。鶴の脚は海水に濡れていて、あたりの海の景色はいかにも涼しげであると感じているのです。

 象潟が「江の縦横一里ばかり」の中にたくさんの島が浮かんでいたのは奇勝でしょうが、ただ一度の地震で大地がせり上がって現在の風景になったということだけは、いまだに私には信じられない思いです。

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