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2017年7月 9日 (日)

奥の細道を読む・歩く(187)

良寛に引かれて

 

 芭蕉たちは、村上に宿泊した後、7月1日は築地(中条町。現在は胎内市)、2日は新潟、3日は弥彦、4日は出雲崎、5日は鉢崎(米山町。現在は柏崎市)に泊まっています。6日と7日は直江津、8日・9日・10日は高田が宿泊地です。

 「荒海や佐渡によこたふ天河」の句は出雲崎で、「文月や六日も常の夜には似ず」の句は直江津で想を得たのではないかと言われています。越後の国は駆け抜けたわけではありませんが「奥の細道」に収められている句が少ないのは残念です。

 私たちの今回の旅は、村上を歩いたあとは、新潟、分水・国上山、出雲崎を目的地にしています。3日目(3月30)に国上山と出雲崎を歩き、4日目(3月31)に新潟を歩いたのち帰路につくという計画にしました。けれども、結果を先に書けば、国上山に時間を多く費やしてしまって、出雲崎には行けなくなりました。弥彦と出雲崎は「補遺の旅」(今年秋に計画)で歩くことにします。直江津と高田は次回(4月)の計画の中に入れています。

 同行の加藤さんも私も良寛に心引かれています。せっかくだから良寛ゆかりの地に時間を割こうと考えました。1758(宝暦8年)に生まれて、1831(天保2年)に亡くなっている良寛は、芭蕉(1644年~1694)より1世紀以上も後の人ですが、出雲崎が芭蕉ゆかりの土地であり、良寛ゆかりの土地でもあることもあって、良寛に関係の深いところで時間を費やそうと考えました。

 良寛のゆかりの土地は、出雲崎(生誕の地)、寺泊(仮住まいをした地)、分水・国上山(定住の地)、和島(終焉の地)などであって、出雲崎町、燕市、長岡市に広がっているのですが、このうちの国上山と出雲崎へ行こうと考えたのです。

 良寛は出雲崎の名主の長男として生まれますが、18歳のとき家を出て修行を始めています。22歳のときから岡山県の円通寺で仏道修行に励みますが、師である国仙和尚の死後は故郷に帰ります。寺を構えることをしないで、空いている庵などに住み、托鉢などをしながら清貧を貫きます。

 芭蕉は東北地方では観光資源という意味も強くて句碑や像も多く、案内標識なども充実しています。ところが新潟県南部ではその様子が変化します。観光案内冊子などを見ても、郷土の人である良寛の方が重んじられているように感じます。「奥の細道」の文章自体が希薄になっていますから、それは当然のことであるのかもしれませんが、いささか残念な気持ちもあります。

 ともかく、一日は、芭蕉を離れて良寛にひたります。

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