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2017年7月12日 (水)

奥の細道を読む・歩く(190)

静けさの中の五合庵

 

 709(和銅2年)に開山して1300年になるという国上寺は越後で最古の古刹です。そのことが越後一之寺と称している理由なのでしょう。境内にある良寛像は、口をへの字にして、細面で静かに座っている姿です。本堂(阿弥陀堂)の右側に大師堂があり、その横手から国上山への登山道が始まります。本堂の左側には六角堂があります。

 国上寺の山門を出て鏡井戸の前を下っていくと、五合庵に出ます。五合庵は国上寺の塔頭ですが、本堂などから少し離れて、静けさに包まれたようなところにあります。

 南北朝から戦国時代にかけて衰微した国上寺の再建に尽力したのが、前述の萬元上人です。上人は国上寺から小さな庵を与えられ、一日あたり米五合を給されたそうで、それが五合庵という名前の由来です。上人の後は国上寺の住職が隠居所として使ったりしましたが、1804(文化元年)から良寛が住みました。木立の中の現在の草庵は1914(大正3年)の再建だそうですが、もう1世紀を経た建物というようには見えません。手入れが行き届いているからなのでしょうか。それにしても、6畳か8畳ぐらいのたった一間で、仏間、床の間が付いているだけのような建物です。仏道修行の場としては理解できますが、炊事などはどのようにしたのでしょうか。茅葺きの小さな建物からは想像できません。庵は開け放たれていますから、縁側部分にしばし腰をおろしてみます。

 傍に「堂久保登盤閑勢閑毛天久留於知者可難」という良寛の句碑が建っています。「たくほどはかぜがもてくるおちばかな」です。炊事や暖をとるための落ち葉と思うと、少しだけ生活臭を感じることができます。庵の裏の方には萬元上人墓碑も建てられています。

 五合庵から更に下っていくと本覚院の境内に入っていきます。良寛の言葉の一節が書かれた碑を2つほど見たりしていると、唐突に「青葉分け行く良寛さまも行かしたろ」という山頭火の句碑が現れます。

 赤く塗られた千眼堂吊り橋を渡って朝日山展望台に戻ります。国上寺を経て、ぐるっと一周したことになります。展望台の眼下には大河津分水と平野が広がっています。下山途中の道で、薄紫のかたくりの花をいくつも見ました。

 分水の市街地に戻ってから、良寛が13歳から18歳まで寄宿したという中村家に立ち寄りますが、外観は何と言うこともない普通の民家です。近くに願王閣という寺院があります。

 良寛の旅の最後に燕市分水良寛史料館に寄ります。ここの良寛像は、膝の上に書物を広げて読みつ考えつしている姿です。歌碑には「わがいほを たづねてきませ あしびきの やまのもみぢを たをりがてらに」が万葉仮名のような漢字で刻まれています。この日は無料開放という史料館を一巡りして良寛資料に接します。

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