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2017年7月18日 (火)

奥の細道を読む・歩く(196)

直江津で六日の夜

 

 今回からは東京を経由しないでも目的地へ行けることになりました。新潟市は遠い町であり、糸魚川市や上越市(高田、直江津)は近い町です。同じ新潟県でありながら関西からの時間距離(すなわち便利さ)が違います。前回の末尾に書いた鉄道事情によるのです。

 今回の旅は直江津から始めます。芭蕉たちは、7月5日は鉢崎(柏崎市内)に泊まり、6日と7日は直江津に、8日から10日までは高田に泊まっています。

 直江津は、林芙美子が傷心を癒すために訪れたところという縁で、森光子の「放浪記」上演二千回、国民栄誉賞受賞記念碑があります。上越市生まれの小川未明の童話「赤い蝋燭と人魚」に因んだブロンズ像があります。与謝野晶子の「落日が枕にしたる横雲のなまめかしけれ直江津の海」の歌碑があります。森鴎外の「山椒大夫」の碑、さらに、安寿姫と厨子王丸の供養塔があります。それらを足早に見て回ります。

 直江津は親鸞ゆかりの土地で、親鸞上人上陸の地という旧跡もありますが、そこまで足をのばすことはできません。

 さて、『曾良随行日記』の7月6日の項には、「六日 雨晴。鉢崎ヲ昼時、黒井ヨリスグ浜ヲ通テ、今町へ渡ス。聴信寺へ弥三状届。忌中ノ由ニテ強而不止、出。」とあります。鉢崎を昼頃に出て、今町に着いていますが、今町というのが直江津のことです。

 7月7日の項には、「七日 雨不止故、見合中ニ聴信寺へ被招。再三辞ス。強招テ及暮。其夜、佐藤元仙へ招テ俳有テ、宿。夜中、風雨甚。」とあります。

 直江津市内にある芭蕉の句碑2つ、それが私たちの大きな目的地です。

 森鴎外の「山椒大夫」の碑と、安寿姫と厨子王丸の供養塔のあるところの近くに琴平神社があります。ここの芭蕉句碑は、「文月や六日も常の夜には似ず」です。文化年間(18041818)に地元の俳人たちが建てたものが、幾度かの大火にあい、慶応年間(18651868)に再建されたと言います。両方とも残っていて、古い歌碑は菱形に近い形、新しい歌碑は長方形に近い形です。

 この句の意味は明瞭です。今夜は七月六日であって七夕を明日に控えている、明日は牽牛と織女が天の川を渡って逢う夜である、そのような思いで眺めると、今夜もどこかいつもの夜とは違う気配がする、という意味です。

 「奥の細道」では、「荒海や」の句と並べて、この句を前に出しています。この二句を出雲崎で詠んだような体裁にも見えますが、直江津での句会で初めて発表しているようです。

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