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2017年9月 7日 (木)

奥の細道を読む・歩く(204)

天険の真上を歩く

 

 風波のトンネルを抜けて、風波川を渡ります。川を渡るところで鉄道と高速道路が、一瞬のように、トンネルから顔を出しています。国道8号は少し上り坂になっていって、やがて親不知観光ホテルの前に着きます。国道を離れて、ホテルの裏側に回ると四阿があって、展望台になっています。先ほどしばらく休んだ親不知記念広場が彼方の下の方に見えます。

 この場所は、親不知の険しさを克服するために四世代にわたって建設された道路の変遷を一望できるスポットであるという説明板が立てられています。道なき道を歩いた時代から、岩壁を切り開いた国道の時代、トンネルで貫いた国道の時代、そして現代の高速道路へと変化しているのですが、それは明治はじめから四世代にわたる苦闘の結果だというのです。芭蕉の時代は、それよりももっと困難な親不知越えであったはずです。崖の上を通るのも危険が伴いますが、波打ち際を通り抜けるのも命がけです。

 四阿でしばらく休んでから歩き始めると、遠目には女性像であるかのように見えるものがあって、それはウォルター・ウエストンの像です。ウエストンというと上高地が思い浮かびますが、アルプスの出発点にあたるところとして親不知海岸を訪れているのです。記念として設けられた像は、天下の険には不似合いなスマートな姿です。

 かつての国道を整備してできた遊歩道は「親不知コミュニティ道路」と名付けられています。歩き始めるとすぐに、岩壁に「如砥如矢」という文字が刻まれているところがあります。砥石のように平らで、矢のように真っ直ぐだという意味で、1883(明治16)に切り開かれた道を讃える言葉だそうです。ここは最大の難所である天険の真上、高さ80メートルの位置にあります。道路にとって最大の難所であるところですが、現在の国道8号は南側をトンネルで抜けています。

 しばらく歩くと、親不知レンガトンネルへの下り口があります。1965(昭和40)まで北陸本線として使われてきた、レンガ積みのトンネルで、今は歩いて通り抜けられるのです。時間の都合で割愛しますが、急な斜面を下りていくとトンネルの入口に着くようになっているのです。

 コミュニティ道路が国道8号に合流して、いくつものトンネルを、壁に身を寄せるようにして歩きます。ただし、前述のように、柱が林立しているというか、窓が開けられているというか、洞門の構造であって、光の射し込まないトンネルはありません。大型トラックなどに恐怖を感じながら歩き続けます。少しずつ市振の町が近づいてきます。

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