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2017年9月16日 (土)

奥の細道を読む・歩く(213)

海王丸を眺めてから、放生津八幡宮へ

 

 帆船の海王丸は、商船大学生・商船高等専門学校生などの海の男たちを育ててきた船です。1930(昭和5年)に進水し、1989(平成元年)に退役しています。たしか、この船の誘致をめぐって、商船大学のある神戸市も手を挙げていたような記憶があります。

 大橋や立山を背にした海王丸は、絵葉書のような姿です。あたりは海王丸パークとして整備され、恋人の聖地というような若者向けのスポットも作られています。

 一昨年の2015(平成27)10月に全国豊かな海づくり大会がここで催され、そのときの天皇御製の歌「深海の水もて育てしひらめの稚魚 人らと放つ富山の海に」が碑に建てられています。平成天皇は、わかりやすくて、心遣いの細やかな歌を作られると、いつも感じています。

 富山の言葉では、ものがピカピカ光る様子や、混じりけのない様子や、気力の充実している様子などを指して「きときと」と言います。それを食べ物にあてはめるといかにも新鮮な様子を表します。その名を冠した「新湊きっときと市場」をのぞくと、紅ズワイガニやほたるいかも並んでいます。

 市場からしばらく歩くと放生津八幡宮です。その裏手、つまり海側に「奈呉之浦」の石柱が立っています。けれども、八幡宮の海側を道路が走り、植林も行われて、ここから海を望むことはできません。かつては海が見えたはずですが、開発という名の自然破壊はここにも押し寄せているのです。石柱のそばに、越中万葉名勝地という案内板があります。大伴家持の「東風いたく吹くらし奈呉の海人 釣する小舟漕ぎ隠る見ゆ」の歌、宗良親王の歌、宗祇の句と続き、最後に芭蕉の「早稲の香や」が記されています。ここでは、芭蕉よりも万葉歌人の家持が重んじられています。

 境内には、佐々木信綱の揮毫による大きな家持歌碑があります。「東風」は「あゆの風」と読んで、春から夏にかけて、北東の方向から吹いて豊かな海の幸を運んでくる風です。新湊ゆかりの万葉歌という案内板には10首が記されています。なにしろここは大伴家持が赴任した越中国府のおひざ元なのです。

 というよりも、放生津八幡宮の祭神は大伴宿禰家持卿そのひとなのです。746(天平18)に家持が豊前から宇佐八幡宮を勧請したのが社の始まりのようです。ご朱印をいただきに神主さん宅にうかがうと、大伴泰史さんという表札がかかっていました。

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