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2017年9月21日 (木)

奥の細道を読む・歩く(218)

峠茶屋で芭蕉に出会う

 

 1183(寿永2年)5月、木曽義仲は埴生に陣を張り、倶利伽羅峠の平維盛との決戦を前に護国八幡宮(埴生八幡宮)に祈願をします。相手は2倍の軍勢です。護国神社というのは各地にあって、明治以降の戦争と関係深いものが多いのですが、ここは違います。江戸時代の慶長年間に凶作が続き、庶民生活が苦しいときに、前田利長が祈願をしたところ霊験が著しかったので、護国の名を奉ったと言われています。

 本殿から石段を下ったところに、倶利伽羅山中から3キロの距離を引いたという鳩清水がありますので喉を潤します。近くに、馬上の義仲の勇ましい像があります。ここでは勝ち戦をした義仲が、大きな像で称えられています。

 「義仲公戦勝の源 埴生」というが標柱が立っている先に、倶利伽藍源平の里という建物があります。さまざまな展示と説明がありますが、実用的でありがたいのは、床面に倶利伽羅峠の大きな航空写真があって、地点の説明が記されていることで、峠道の様子を大づかみにできます。

 大河ドラマの実現のための署名活動も行われています。富山・長野両県知事がNHKに強く申し入れたという新聞記事も展示されています。対応したNHK会長は、20件ほどの要望があり候補のひとつとして検討したいと応じたということです。

 山門に大きな仁王像がある医王院に立ち寄り、そのすぐ先の旧埴生村役場跡のところから道が二手に分かれ、右側の急な坂を上っていくと、ぐんぐん展望が開けます。遠くに細長いタワーがあり、118メートルもあるクロスランドおやべのタワーだとわかります。あたりは砺波平野の散居村の様子を見せてきます。

 しだいに森が深くなっていくところに、熊除けの大きな鐘が吊されています。念のため熊除けの鈴を身に付けて、鳴らしながら歩き続けます。

 歩いているのは加賀藩などが参勤交代に利用した旧北陸道です。道標などが充実していて、どこまでの距離がいくらであるのかがよくわかります。説明板もたくさんあります。それにも増して、歌碑の多さにもびっくりします。

 遊行上人歌碑、たるみの茶屋跡、堀川院歌碑、藤原定嗣歌碑、藤原家良歌碑、峠茶屋跡…などと続き、応接にいとまがない感じです。

 峠茶屋跡の道ばたに、チェーンソーアートの芭蕉像があります。小矢部市の倶利伽羅峠愛好会が設置したもので、「木曾の情雪や生えぬく春の草」という芭蕉句がそばに墨書されています。この句は、木曽義仲の心意気そのままに、春草は残雪の下から芽を伸ばしている、という意味です。これは近江の義仲寺の無名庵での吟であろうと言われています。この草と同じようにいろいろな困難にうち勝って木曾の山奥から天下に名をとどろかせた義仲のことが偲ばれるという気持ちが詠まれています。

 「奥の細道」の筆は素っ気なく倶利伽羅を通り過ごしていますが、愛好会の方はこの句を思い出して書いてくれました。

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