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2018年1月15日 (月)

奥の細道を読む・歩く(231)

本折日吉神社から多太神社へ

 

 「此所太田の神社に詣。實盛が甲、錦の切あり。往昔、源氏に属せし時、義朝公より給はらせ給とかや。げにも平士のものにあらず。目庇より吹返しまで、菊から草のほりもの金をちりばめ、龍頭に鍬形打たり。實盛討死の後、木曾義仲願状にそへて、此社にこめられ侍よし、樋口の次郎が使せし事共、まのあたり縁起にみえたり。

    むざんやな甲の下のきりぎりす 」

 

 菟橋神社から引き返して多太神社に向かいますが、多太神社の手前に本折日吉神社があります。

 真っ赤な鳥居の本折日吉神社は、山王さんとして親しまれており、芭蕉は小松滞在中に、神主の藤村伊豆宅の句会に招かれています。境内に芭蕉留杖の地という石碑が建っていますが、そこには、近江屋という旅宿に泊まった翌朝、出立しようとしたときに小松の人達に引き留められ、神主宅に泊まって句会を催したということが彫り込まれています。その時に披露した句が「しをらしき名や小松吹く萩薄」だというのです。

 本折日吉神社から多太神社への途中に、本折地蔵堂というのがあって、龍昌寺跡であって、芭蕉宿泊の地であると書かれています。

 多太神社は、6世紀はじめに創建されたと伝えられています。胸のあたりに笠を持って、右手で杖を突いている芭蕉像が、高い台座の上に建てられています。力強い足どりで、遠くをじっと見据えている姿です。芭蕉は、多太神社で斎藤別当実盛の兜などを見ています。実盛と木曽義仲の巡り合わせに感慨を覚えたのでしょうか、「むざんやな甲の下のきりぎりす」の句を残しています。筆太の文字で書かれた句碑があります。さらに斎藤別当実盛公の像も作られています。

 芭蕉の句にあわせて、この時に供をしていた二人も句を詠んでいます。

  幾秋か甲にきえぬ鬢の霜   曾良

  くさずりのうら珍しや秋の風 北枝

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