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2018年1月17日 (水)

奥の細道を読む・歩く(233)

那谷寺と白山、そして花山法皇

 

 「山中の温泉に行ほど、白根が嶽後にみなしてあゆむ。左の山際に観音堂あり。花山の法皇、三十三所の順礼とげさせ給ひて後、大慈大悲の像を安置し給ひて、那谷と名付給ふとや。那智・谷汲の二字をわかち侍しとぞ。奇石さまざまに、古松植ならべて、萱ぶきの小堂、岩の上に造りかけて、殊勝の土地也。

    石山の石より白し秋の風 」

 

 芭蕉は、7月24日に小松に着き、25日に多太神社に詣でています。26日は天候不順でしたが、27日に菟橋神社に参拝した後、山中温泉に向かっています。山中に9日間滞在した後、再び小松に向かい、その途中に那谷寺に参拝しています。私たちは、小松から直接、那谷寺に向かいます。今回は山中温泉へ行かず、次回の3泊4日のときに訪れる予定です。

 小松駅前からのバスで40分余りかかりますが、バスの終点は、意外に山深いところではありません。

 「奥の細道」に言う「白根が嶽」は石川・岐阜県境にある白山のことです。四季にわたって雪が消えることがないので白山と呼ばれるようです。小松から山中へ向かう道では、白山は東南の方角、つまり前方に見えるはずですが、道の曲がり具合で「後にみなしてあゆむ」こともあったのでしょう。「左の山際」にある「観音堂」が那谷寺のことです。

 花山法皇が天皇を退位したときのことは「大鏡」などにも書かれていて、在位3年で退位させられています。退位後に西国巡礼を始めたと言われており、西国三十三所の霊場とつながりの深い方です。

 那谷寺は717(養老元年)開創と言いますから、今年でちょうど1300年になります。高僧・泰澄によって白山が開かれたのと同時です。ここは白山信仰とつながりの深い寺です。那谷寺の「那」は那智の那、「谷」は谷汲の谷です。花山法皇が御幸されたときに、古名の岩屋寺を那谷寺に改められたと伝わります。

 ここは確かに岩屋の寺です。村里にある寺のように思いましたが、山門を入ると様子が一変します。芭蕉が詠んだ「石山の石より白し秋の風」は、芭蕉150回忌に建てられた句碑に刻まれています。

 那谷寺の石山は、近江にある石山寺のように白く、それよりもさらに白い秋風がここを吹き巡っている、という風情です。

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