« 奥の細道を読む・歩く(236) | トップページ | 奥の細道を読む・歩く(238) »

2018年1月21日 (日)

奥の細道を読む・歩く(237)

全昌寺へ向かう

 

 「大聖寺の城外、全昌寺といふ寺にとまる。猶、加賀の地也。曾良も前の夜此寺泊て、

    終宵秋風聞やうらの山

と残す。一夜の隔、千里に同じ。吾も秋風を聞て衆寮に臥ば、明ぼのゝ空近う、読経声すむままに、鐘板鳴て、食堂に入。けふは越前の国へと、心早卒にして堂下に下るを、若き僧ども紙硯をかゝへ、階のもとまで追来る。折節、庭中の柳散れば、

    庭掃て出ばや寺に散柳

とりあへぬさまして、草鞋ながら書捨つ。」

 

 芭蕉と曾良は山中温泉で分かれて、曾良が先に泊まった全昌寺に、芭蕉も一日遅れで泊まります。

 曾良の日記によると、曾良は8月5日の夕刻に全昌寺に着き、6日も滞在し、7日朝に寺を出発しています。「曾良も前の夜此寺泊て」というのを事実とすれば、芭蕉は7日夜に全昌寺に着いたことになります。

 小松で泊まった私たちは、朝の間に、小松天満宮に行って「あかあかと日は難面もあきの風」の句碑などを見て、葭島神社などを巡ってから、電車で小松から大聖寺に向かいます。

 大聖寺という駅名は、北陸線の拠点駅か何かのように印象に残っている名前ですが、古びたような印象で、大きな駅ではありません。かつては、山中温泉方面への電車が発着していましたから、特急も停まるような駅であったのでしょうが、今では加賀温泉駅からのバスが山中、山代などの温泉を結んでいます。駅構内のプラットホームの片隅に芭蕉句碑がありますが、これは鉄道としては珍しいことだと思います。

 大聖寺駅から歩いて10分ほどで全昌寺に着きます。全昌寺のことを、山麓の高低差のあるところに堂宇があるよう、私は勝手に想像していました。「鐘板鳴て、食堂に入。」から「心早卒にして堂下に下る」というあたりの文を、建物を下り降りているように解釈していたのです。実際は平坦な土地にあります。

|

« 奥の細道を読む・歩く(236) | トップページ | 奥の細道を読む・歩く(238) »