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2018年1月22日 (月)

奥の細道を読む・歩く(238)

一夜違いの曾良と芭蕉

 

 全昌寺の境内には、「大聖寺の城外、全昌寺といふ寺にとまる。」から、「草鞋ながら書捨つ。」までの「奥の細道」本文を記した碑があります。芭蕉の自筆を刻んだものです。そして「終宵秋風聞やうらの山」の曾良の句碑と、「庭掃て出ばや寺に散柳」の芭蕉の句碑とがあります。

 曾良の「終宵秋風聞やうらの山」は、師と別れて今夜はひとり寺に泊まったが、一晩中眠ることができず、裏山に吹く秋風を聞きながら夜を明かしたと詠んでいます。技巧も凝らさず、ありのままの様子を述べているのです。

 曾良の残した句を芭蕉は目にしたはずですが、曾良に呼応した句は作っていません。「庭掃て出ばや寺に散柳」は、寺を出立しようとすると庭の柳が散ってきた、せめてこの柳だけでも掃き清めてから発ちたいものであるという、感謝の気持ちを込めた挨拶の句になっています。「心早卒にして堂下に下る」という言葉には、曾良を追って先を急ぎたいという気持ちも込められているようです。

 師弟の句碑の近くには、「全昌寺、芭蕉忌における深田久弥(九山)作・全句」と題した句碑があります。「翁忌や師をつぐ故に師を模さず」をはじめとする11句が刻まれています。大聖寺は日本百名山などで知られる登山家、また、山の文学者である深田久弥の出身地です。「翁忌や」の句だけ独立した別の句碑も作られています。

 本堂の左前の方に羅漢堂があって、江戸時代の末期に作られた517体の五百羅漢が安置されています。本堂には芭蕉坐像があり、芭蕉が泊まったとされる部屋を復元して芭蕉庵と名付けている一隅があります。

 7万石あるいは10万石と言われる小さな城下町であった大聖寺ですが、九谷焼をはじめ独自の文化や美意識が開花しました。その落ち着いた町をゆっくり歩いて駅に戻ります。駅のホームの片隅にある芭蕉句碑には「山中や菊はたをらぬ湯の匂」が刻まれています。

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