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2018年1月28日 (日)

奥の細道を読む・歩く(244)

曾良に別れ、桃妖に別れる

 

 別れに際しての曾良の句「行々てたふれ伏とも萩の原」には、倒れ伏すまで芭蕉と一緒に旅をしたいという解釈、同じ倒れ伏すのならば萩の原でと願う解釈などがあります。しかし、それらは少し大げさな感じがしないでもありません。これからひとり旅になるけれども、病身ゆえに倒れ伏すことになるかもしれない、けれども萩の花の咲いている野原でそうなっても風流で、私にとっては本望だ、というぐらいの意味でよいのかもしれません。

 それに対して芭蕉は「今日よりや書付消さん笠の露」と詠んでいます。書付というのは笠の「乾坤無住、同行二人」の文字のことです。本来の意味は、天地の間にとどまるところはなく、仏と自分が一体となって旅をするという意味ですが、ここでは芭蕉と曾良の二人の意味に用いて、これからは二人でなくひとりの旅になるから書付を消そうというわけです。「露」は秋の季語ですが、人間関係のはかなさや、別離の涙をにおわせる言い方になっています。

 二人の別れの場面を再現した石像のある「芭蕉の館」から近いところに、芭蕉が逗留した泉屋の趾があります。宿の主人・久米之助はまだ14歳でしたが、芭蕉の俳号・桃青に因んで桃妖の俳号を貰い、のちの加賀俳壇において蕉風の発展に尽くしています。「旅人を迎に出ればほたるかな」などの句が伝えられています。

 泉屋の碑の傍に、芭蕉の句「湯の名残今宵は肌の寒からむ」が書かれています。この湯もこれが最後で、ここから余所の地へ移る今宵はさぞ肌寒く感じることであろうという意味です。「山中湯上りにて桃妖に別るゝ時」という前書きがあります。この辺りを「芭蕉の小径」と呼んでいるようです。

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