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2018年1月 2日 (火)

じいさまはヤマへしばかりに -明石日常生活語辞典を作るということ-④

()方言を録音や文字で記録する

 

 「消え行く方言」などという表現をしばしば耳にします。確かに、日常生活において俚言が使われる度合いはしだいに少なくなっていると思います。方言が消えていくという指摘を否定するつもりはありませんが、あくまでも日常生活で使われているのは俚言などを含めた方言です。共通語を使う度合いが強まっていっても、方言はなくなってしまうわけではありません。

 けれども、方言(つまり、俚言を中心とした言葉)を使う度合いが少なくなっていくのなら、ある時点における方言(共通語と俚言を合わせたもの)のありのままの姿を記録しておくことは、後世のために大切なことであると思います。

 方言の力は衰えていくというのがおおかたの見方であっても、消えていくことを黙って見ているわけにはいかないという気持ちがあって、日常生活語を記述(記録)する作業を私はしているのです。

 それぞれの地域で使われている言葉はしだいに全国共通語に引っ張られて、共通語の色合いを濃くしていっているにしても、方言研究というものを、消えて行く言葉を追いかけるものであるというように考えたくはないのです。

 古くから使われ続けている俚言と、力を強めつつある共通語がどのように共存し、またどのように補いあっているかということに注目することが大事であると思います。全体が共通語の方に引かれていく傾向を示しつつも、その中で残り続けている俚言もたくさん、あるのです。

 現在の方言を後世のために記録するとすれば、録音によるのが最も手っ取り早いと思います。そのような記録の仕方は、方言研究において、力を発揮しています。

 けれども、録音によって記録されたものは、音韻、アクセント、文法の研究にとっては好ましい資料となるでしょうが、語彙についてはちょっと違うように思います。

 発音、アクセント、語法などは、たくさんの録音などを分析して、結論を導き出すことはできるでしょう。けれども、語彙については、何百時間の録音をしても、そこから語彙の全体像をとらえることは難しいと思います。無数の質問を繰り返しても、なかなか全体の姿には近づけません。語彙はひとつひとつを丹念に記述していってはじめて全体像に迫れるのではないかと考えます。

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