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2018年2月 1日 (木)

奥の細道を読む・歩く(248)

形あるものは変わっていく

 

 参拝券を買い求めて、建物の中に入ります。参拝者が集められて、流れ作業のように、まず全体的な説明を聞きますが、あとは三々五々に歩を進めていきます。傾斜の付いた廊下は写真などでなじみの景色です。

 展示物や絵天井の間などがある傘松閣を通ってから、修行道場としての七堂伽藍が始まります。文殊菩薩が安置されている僧堂は、坐禅のできる席が設けられています。お釈迦様が祀られている仏殿には、正面上に「祈祷」の額が掲げられています。法堂は、説法などが行われる場です。道元のご真廟である承陽殿は、曹洞宗の聖地のようなところです。食事を調えるところである大庫院を過ぎると、大きな擂り粉木が吊されています。私語せず沐浴することになっている浴室は、身も心も清浄になるになるための修行の場です。

 寺の表玄関である山門は、七堂伽藍の中では最も古い1749年の造立だと言います。ということは、芭蕉が訪れた頃の建物は残っていなくて、すべては次々と建て替えられているということです。人々が次々と命をつないでいくのと同様に、伽藍なども継いでいっているのです。精神や教えは変わらずとも、形あるものは流転しています。

 私たちは芭蕉の旅に少しでも近づきたいと思っているのですが、自然の悠久さに比べて、人事のはかなさを感じざるをえません。芭蕉も、西行などの足跡をたどりつつも、その変化を感じていたことでしょう。

 祠堂殿などを通ってから、外に出ます。それにしても、ここは大きな木々に囲まれた深山です。人々は観光地と同様に訪れていますが、寺の内外が俗塵に流されないようにと思わざるを得ません。

 龍門の近くに「本山元標 距福井停車場四里」という大きな石柱が建っていて、ここには近代の香りがします。そうか福井駅まで16㎞程かと、我に返ります。

 永平寺から福井駅までの直行バスもあるのですが、私たちは天龍寺に寄るために、松岡駅に向かいます。

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