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2018年2月 2日 (金)

奥の細道を読む・歩く(249)

扇を引き裂く余波

 

 バスとえちぜん鉄道とを乗り継いで着いた松岡駅からしばらく歩くと、天龍寺の真っ黒な山門が見えてきます。「古き因」のある大夢和尚と会うために訪れたのですが、この地に俳句が広まるきっかけになりました。山門の前にある芭蕉塚は1844年に芭蕉150回忌に建てられた者です。

 その傍らに、地元の「余波の会」が建てた、松岡天龍寺「おくのほそ道紀行」芭蕉曽遊三百二十年記念の句碑があります。住職と副住職の句も含めて19句が彫られています。

 境内には芭蕉と北枝の石像があって、余波の碑と名付けられています。やや前屈みの芭蕉の前に、立花北枝がひざまずいて扇を水平に広げて、うやうやしく持っています。芭蕉の被っている頭巾が何となく中国風に見えます。そして近くの木の陰に「物書て扇引さく余波哉」の句碑が建っています。

 夏に用いた扇が秋になって不用になりますから、「捨扇」という言葉が秋の季語になっているのですが、引き裂くほどのことをしなくてもよいでしょう。「扇引さく」は、実際に扇を引き裂いたのではなく、引き裂かれるような思いになったということでしょう。二人の像は、北枝が扇を差し出しているようにも見えますが、そうではなくて芭蕉から扇を受け取っていると見るべきでしょう。別れの思いを伝えて扇を贈るという姿です。「余波」という言葉にも、「折節あはれなる作意など聞ゆ」ことをしてくれた北枝との別れを惜しむ気持ちが込められています。

 この寺には、松岡藩主の像が安置された御像堂がありますが、禅宗のお寺ですから坐禅をするお堂も建てられています。

 松岡駅から再び、えちぜん鉄道に揺られて、新福井駅に向かいます。なお、本文に「丸岡天龍寺」とあるのは、松岡へ行く途中に丸岡というところがあるので混同したのだろうと言われています。

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