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2018年2月 9日 (金)

奥の細道を読む・歩く(256)

湯尾峠を越える

 

 湯尾駅で敦賀行き電車を降りたのは私たち二人だけでした。この駅から湯尾峠を越えて今庄の町へ歩きます。湯尾駅のホームには10センチ刻みの物差しが立てられていますが、冬には雪がかなり積もるのでしょう。湯尾駅と今庄駅の間にはトンネルになっていますが、そのトンネルの上に湯尾峠があります。

 このあたりの国道は305号と365号の併用となっているようで、そのような標識が立っています。集落を通って、小さな湯尾谷川を渡って、湯尾宿高札場跡や明治天皇湯尾御小休所を過ぎると、湯尾峠入口という小さな木柱があります。

 こんなところにも「クマ出没注意」の警告が出ていますが、草に覆われた道を登っていくと、血頭池があります。南北朝時代の合戦場です。熊の脅威は感じません。馬の水飲み場や、峠ご膳井跡などを過ぎると、意外に早く峠の頂上に着きます。峠入口からわずか15分ほどです。

 「月に名を包み兼ねてやいもの神」の芭蕉句碑があります。いもの神とは疱瘡の神で、疫病神です。湯尾峠の茶店では疱瘡(天然痘)除けのお守りが売られていたと伝えられています。この句は、いつもは人目を避ける「いもの神」も月の下では隠しきれないのか、名を表に出している、という意味です。

 峠の右手の小高いところに孫嫡子神社があり、左手を少し上っていくと湯尾城址がありますが、木柱が立っているだけです。この峠にも明治天皇御小休蹟という石柱が立っています。鉄道開通前に全国を巡幸した明治天皇の旅は大変なことであったのでしょう。

 峠からは前方に今庄の町が見えます。登りと同じような坂道を下っていくと、途中に一里塚跡の木柱がありますが、塚の面影はありません。線路際まで下りてくると、北陸線を駆け抜ける特急に出会います。

 今庄宿の入口で道がカーブを描いているところは枡形(矩折)です。ここから街道の古い町並みが始まります。今庄宿プロジェクトと書いて、古い民家に手を加えている現場があります。問屋場跡を過ぎたところに、塗籠の外壁に越前瓦の古民家・京藤甚五郎家があります。造り酒屋、旧旅籠屋(若狭屋)、明治天皇今庄行在所、脇本陣跡などを通って、上木戸口(宿場入口)まで来ましたので、別の細い道を引き返してJRの今庄駅に向かうことにします。

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