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2018年2月12日 (月)

奥の細道を読む・歩く(259)

気比の松原に向かう

 

 敦賀駅から北西の方角に向かい、白銀広場を通って、まずは気比の松原に向かいます。少し距離がありますから、急がずに歩を進めます。笙の川に架かる三島橋を渡って、少ししてから見当をつけて右折し、海岸の方向に歩きます。

 最初に立ち寄ったのは来迎寺です。「芭蕉翁 遊行の砂持ち 神事」という石柱があって、「月清し遊行のもてる砂の上」という句も彫られています。古い伽藍ですが、人もなく静まっています。この寺には敦賀城中門が移築されています。

 出発してから1時間ほどして、海岸に出ました。松原公園という石碑も立っています。この松原は南北は400メートルほどですが、東西は1500メートルにもなります。もともとは気比神宮の神苑でもあったようです。もとは76ヘクタールあったのが、学校用地や道路に使われたりして、現在は32ヘクタールに半減していると言います。黒松が主に海岸沿いに、赤松が主に内陸側に生えており、赤松の割合が高くなっています。

 海岸に出ると、敦賀湾の左手に色の浜(種の浜)から敦賀原発のある辺りが広がっています。芭蕉は舟で種の浜に出かけたのですが、マイカー時代はバスの便が極端に少なく、行って帰るだけに一日を充てなければなりませんから、今回は諦めました。

 高浜虚子の句碑などを見たりしながら、広い気比の松原の中を西に向かって歩き、駐車場のようになっている辺りで引き返します。

 気比の松原からは、東に向かって海岸に近いところを歩いて、洲崎の高灯籠、みなとつるが山車会館、萬象閣跡などの辺りをたどります。

 市民文化センターの前に、芭蕉翁月塚があって、「国々の八景更に気比の月」の句が刻まれています。あちこちの国を巡って八景と賞される美しい景色を見てきたが、更にこの地で気比の月を眺めることだ、という意味です。敦賀で名月を眺める期待を高めているのです。

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