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2018年2月20日 (火)

奥の細道を読む・歩く(267)

湯殿に下る

 

 「奥の細道」は「笹を鋪、篠を枕として、臥て明るを待。日出て雲消れば、湯殿に下る。」と書いているように月山で一夜を過ごしています。

 月山を詠んだ句の「雲の峯幾つ崩て月の山」は、いろいろな解釈ができるのですが、次のように理解することにします。昼間は峯のようにそびえていた入道雲(雲の峯)が、一つ崩れ、二つ崩れるようにして、幾つ崩れたのかわからないが、夜に入るとともに晴れ上がって山全体が月光に照らされている、という情景です。「月の山」という言葉には、月に照らされている山という意味と、月山という固有名詞とが掛けられています。「頂上に臻れば、日没て月顕る。」と書かれていますが、旧暦6月6日ですから半月より小さい月であったのです。私たちは昼間に通過しますから、芭蕉の詠んだような景色に巡りあうことはありません。

 私たちは、このまま湯殿山に向かって歩きます。石ころのガタガタ道を登ってきましたから、私たちの体もガタついています。

 月山神社本宮からは少し下って、月山頂上小屋の横を抜ける道が続いています。これが湯殿に下る道です。すぐに登りにかかりますが、月山神社を振り返ります。空は雲が覆っています。少し行くと「雲の峯幾つ崩て月の山」の句碑が建っています。背丈よりも大きい堂々としたものです。

 ここからは本格的な下山道で湯殿に向かうのですが、登ってきた道よりも難渋します。いろんな石の上を歩く道であり、傾斜が急なところがあります。まるで土石流が流れ下ったような道筋で、しかも足元は、大小の石が重なり合っています。進む方向は判断できますが、案内板はほとんどありません。そんなところがしばらく続きます。

 牛首というところに来て初めて標柱に出会いますが、月山頂上まで1.1㎞、湯殿山神社まで4.5㎞と書いてあります。この後、少しの間は整備された石畳道を歩きますが、道は雪の中に消えて、雪を踏んで歩くところもあります。

 金姥というところが月山から下りきった位置になるのですが、私たちはその手前で、月山がよく見えるところで一休みします。

 予定していた時刻よりもかなり遅れ気味です。泊めていただく湯殿山参籠所に連絡して到着が遅れることを連絡します。この後、一度、参籠所からの電話がありましたが、それ以後は携帯電話からは、話し中となってすぐに切れてしまう状態になりました。

 雪が雪庇のように張り出している下を通ったり、ミズバショウの群落を見たりして進みます。梯子が掛けられているところがあることは知っていましたが、何か所も何か所もあってびっくりします。狭くなって、大小の石ころだらけの道に水が流れ込んできます。左右よりも窪んだところが道になっているのですから、水はすべてこの道に流れ込んでくるのです。ゆっくりゆっくり進みます。夏ではありますが、そのうちに夕暮れの時刻が気になり始めました。芭蕉の時代はどのような道であったのでしょうか。

 結局、道とも言えないようなところを下っていると夕闇が迫ってきました。ほぼ下りきったときに、前方に懐中電灯が見えました。湯殿神社の2人の神職の方が来られたのでした。

 後からわかったことを書きます。私たちは、遅くなっても参籠所に着けばよいと考えていましたが、道は湯殿神社のそばを通っていて、神社を通らなくては参籠所に行けないのでした。電話が通じなかったから、参籠所から神社に連絡があったのでしょう、暗くなりそうだから、迎えに(というよりは、道に迷っていないかという心配で)来ていただいたのです。なお、電話は、このあたりではNTTドコモは通じるが、私の持っているauの機種は通じないのだそうです。

 この後、湯殿神社から参籠所までは車で送っていただくということまでしていただきました。

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