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2018年2月23日 (金)

奥の細道を読む・歩く(270)

羽黒の山上を見る

 

 「六月三日、羽黒山に登る。図司左吉と云者を尋て、別当代會覚阿闍梨に謁す。南谷の別院に舎して、憐憫の情こまやかにあるじせらる。四日、本坊において誹諧興行。

   有難や雪をかをらす南谷

 五日、権現に詣。当山開闢能除大師はいづれの代の人と云事をしらず。延喜式に羽州里山の神社と有。書写、黒の字を里山となせるにや。羽州黒山を中略して、羽黒山と云にや。出羽といへるは、鳥の毛羽を此国の貢に献ると風土記に侍とやらん。月山・湯殿を合て三山とす。当寺、武江東叡に属して、天台止観の月明らかに、圓頓融通の法の灯かゝげそひて、僧坊棟をならべ、修験行法を励し、霊山霊地の験効、人貴且恐る。繁栄長にしてめで度御山と謂つべし。」

 

 「奥の細道」の引用は、前述のように、羽黒山の方が後になります。

 羽黒山上のレストハウスで昼食を終えてから、山上を歩きます。杉木立に囲まれた山上駐車場から三社合祭殿の方に向かうと、静かな世界になります。

 まず、芭蕉の像に出会います。桃聖芭蕉と書かれた高い台座の上で、頭陀袋を胸に掛けて、枝木がちょっと曲がったような格好の杖を左手に持って、左前方をじっと見つめている姿です。笠はありません。

 「涼しさやほの三か月の羽黒山」の句碑もあります。なんと涼しいことだろうか、羽黒山の上には月が見えることだ、という意味です。「ほの三日月」というのは、「ほの見える」と「三日月」の掛詞です。この句はいつ詠まれたものであるかということは問題です。「奥の細道」の本文に従えば、羽黒山南谷の別院に帰ったときのように受け取れますが、月山・湯殿山を巡って帰ったときとすれば旧暦6月7日以降になります。もう「三日月」ではなくなっています。南谷にはその前の6月3~5日にも泊まっていますから、その頃に詠んだとするのがふさわしいかもしれません。

 広場を前にして、茅葺きで朱塗りの大きな建物がありますが、三社合祭殿です。「出羽神社(羽黒山神社)」「月山神社」「湯殿山神社」の額が掲げられています。出羽三山を巡ることは、死と再生をたどる「生まれかわりの旅」と言われてきたそうですが、すべてを巡る旅ができない人は合祭殿でその代わりをしたのでしょうか。羽黒山が現在、月山が過去、湯殿山が未来という見立てもされているようです。

 合祭殿の前には楕円形の鏡池があります。羽黒の神が姿を現す池だと考えられていますが、200面近い銅鏡が発見されて重要文化財に指定されています。

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