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2018年2月 8日 (木)

奥の細道を読む・歩く(255)

武生と紫式部

 「奥の細道」に出てくる次の地名は「鶯の関」です。どこにあったのかは諸説があるようですが、武生と湯尾峠の間にある関の原というところだという説もあります。芭蕉は武生のことは何も書いていませんが、せっかくだから、私たちは武生の紫式部公園に立ち寄ることにします。

 武生は今立町と合併して、越前市になっています。越前和紙、打刃物、箪笥などで知られています。歴史の古い町ですから武生の市名が消えたのは残念ですが、駅名は武生のままです。

 バスを待つ間に、越前府中札の辻や、白壁の蔵に囲まれた「蔵の辻」のあたりを巡ります。紫式部の歌を刻んだ碑も建っています。そして、蔵の辻から市民バスで紫式部公園に行きます。

 紫式部が越前国司に任ぜられた父とともに武生に来たのは996(長徳2年)で、都人にとって北陸の季節や風土を体験することは厳しいものがあったかもしれません。

 公園は、寝殿造りを模した敷地に池や築山を配して、伸びやかな空間になっています。紫式部像は日野山に向かって建てられています。十二単衣を着て桧扇をかざし、長い髪が背中に伸びています。金色に輝いているのは、ちょっと目立ちすぎだという気がしないでもありません。周りには谷崎潤一郎揮毫の紫式部歌碑、円地文子揮毫の碑などがあります。谷崎も円地も源氏物語の現代語訳を行った作家です。

 池の畔には再現された釣殿があります。月の出ている夜の公園も趣が深いだろうと思いつつ、日野山を借景にした公園をあとにします。

 ランチを食べたレストランには、越前和紙で手作りした紫式部の公家女房装束(十二単衣)の等身大の人形が飾ってありました。

 

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