« 奥の細道を読む・歩く(275) | トップページ | 奥の細道を読む・歩く(277) »

2018年3月 1日 (木)

奥の細道を読む・歩く(276)

奥の細道結びの地

 電車で大垣駅へ戻って、駅から水門川の畔をたどって「奥の細道」結びの地に向かって歩きます。細い流れですが、川岸には「奥の細道」の芭蕉句碑が間隔をおいて建てられています。大垣駅の南東にある愛宕神社のそばから、奥の細道結びの地までの2㎞余りに、矢立初めの句から「蛤のふたみにわかれ行秋ぞ」まで22基、すべて堂々とした石に彫られています。これまでの私たちの旅を反芻しながら懐かしい気持ちでたどっていきます。大垣市内には、それとは別に、芭蕉や門人達の句碑がやはり20基あまり建てられているようです。
 水門川に沿って進むと、途中に、垂井宿(中山道)から宮宿(東海道、名古屋)までを結ぶ美濃路の通りや、大垣城の東総門跡などもあります。川に沿った並木道を歩いていくと、「荒海や佐渡によこたふ天河」の句碑の近くに、八幡神社があります。
 大垣の総鎮守であり、ユネスコの無形文化遺産の大垣祭りの山車行事を執り行っている神社です。境内に、大垣の湧水として知られている自噴水があって、透き通った水がこんこんと湧き続けています。それとともに「折々に伊吹を見ては冬ごもり」の芭蕉句碑が建てられています。
 社前で、川はほぼ90度左折して、南に向かって流れていきます。水に恵まれた大垣らしい、滝が流れ落ちるような設えになっているところを過ぎると、まもなく船町の川湊に着きます。奥の細道結びの地です。
 ここにある記念物は、谷木因の「惜むひげ剃たり窓に夏木立」の句を刻んだ白桜塚、芭蕉の句を刻んだ蛤塚、「南いせくわなへ十りざいがうみち」と書かれた道標(複製)、芭蕉と木因の像などです。川には船が繋がれています。
 芭蕉の像は、肩まである長く太い杖を右手に持ち、左手で腰のあたりに笠を持っている姿です。胸には薄い頭陀袋をさげて、顔は少しだけ上向きで、目は軽く閉じているようにも見えます。歩き終えて、ほっと一息ついているような雰囲気です。
 奥の細道むすびの地記念館に入ります。土産物店なども入っていますが、その一つの区画が芭蕉館で、簡単な展示があります。ビデオ上映もあって、名誉館長・黛まどかさんが案内のアナウンスをする奥の細道旅を見ます。フロアには楕円形の大きな浅桶のようなものがあって、結びの地と書いてあります。弥次喜多道中の終点に着いて、同行の加藤さんと二人、中に座って記念写真を撮ります。シャッターは館員の女性にお願いしました。もう一回、補遺の旅の3泊4日が残っていますが、いったん旅の終わりを迎えました。

|

« 奥の細道を読む・歩く(275) | トップページ | 奥の細道を読む・歩く(277) »