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2018年3月 2日 (金)

奥の細道を読む・歩く(277)

行く春から、行く秋へ

 晩春(旧暦3月)に江戸・深川から始まった芭蕉の「奥の細道」の旅は、秋の終わり(旧歴9月)に、伊勢へ船出して行くところで終わります。
 「行春や鳥啼魚の目は泪」から「蛤のふたみにわかれ行秋ぞ」までです。「行く春」「行く秋」は季節を示すとともに、人生の移り行きも表しています。大勢の門人・知人達との再開を果たして、再び、貝が蓋と身に分かれるように、身を割かれるような思いをしながら、芭蕉は人と別れていきます。二見が浦(蛤の産地)のある伊勢の地の神宮に向かっていくのです。旅の終わりは、すなわち次の旅立ちとなるのです。
 江戸から出発した芭蕉は、この旅の終わりをどこにするかと考えたことでしょう。それは、旅の終わりと言うよりは、作品の終着点をどこにするかということであるのですが、思案をしたはずです。
  歌枕を求め、西行などの足跡をたどり、あちらこちらの門人・旧知を尋ねて、奥羽路、出羽路、北陸路とたどってきました。敦賀からあとは一気に大垣のことを書いていますから、北国の敦賀を結びとしてもよかったでしょうし、伊勢神宮に向かっていますから、伊勢を結びとしてもよかったでしょう。しかし、流れ行く途中の地を結びとして、旅はまだまだ続くという印象を残すために、水運に恵まれた大垣がふさわしいと考えたのかもしれません。
 私たち二人の旅はこれからも続きます。奥の細道が終わったら、別の企画をして、街道歩きなどをしようと、加藤さんと相談をしています。私たちの弥次喜多道中の旅の終わりは、二人のうちのどちらかが歩けなくなったときに終わるはずです。けれども、それはずーっと先のことであって欲しいと願っています。
 言い古された言葉である「人生は旅のようなものだ」ということを、実際に体験できる私たちは、恵まれているように感じています。人生はまだ続きますし、旅もまだ続いていきます。こんなことができるのは、二人のそれぞれの家族がそれを許してくれているということにも感謝しなければなりません。

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