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2018年3月 9日 (金)

奥の細道を読む・歩く(284)

仙北鉄道駅跡、武家屋敷通り

 

 早朝5時22分に地震があり、びっくりして目が覚めました。岩手県沖を震源としたもので、登米市は震度4でした。

 午前中は登米(とよま)の町を歩きます。観光の拠点になっている遠山之里はまだ開いていませんが、そこを通って登米小学校(現役の学校)の入口を通って、真っ直ぐ進みます。松並木の中に「奥の細道一宿の地」の石碑があり、石碑の裏側には「古池や…」の句が刻まれています。一宿の地は、北上川堤防にも同様のものがありましたが、二つの記念物は少し距離が離れています。この辺りには「遠山の小道」という愛称板が立てられています。少し先に、煉瓦の門柱に「国指定重要文化財 登米高等尋常小学校」という分厚い木の校名板が掲げられたところがあります。ここは教育資料館となっているのですが、時間が早くてまだ開いていません。

 そのまま進んで右側の家並みが切れたところを右に折れると、仙北鉄道の駅跡があります。木の標識に説明が書かれていて、道床とレール、鉄道車両の車輪、シグナルポイントが保存されています。東北本線瀬峰駅からの鉄路の終点がこの地点であったのです。近くに市役所の一部の部署が入っている総合支所があって、一日の動きが始まっています。

 ここから同じ道を引き返しますが、反対側にある歩道を歩きます。宮城芸術文化館というのがあって、その先に旧水沢県庁舎あって記念館になっています。

 歩いている道から直角に右に延びる道がありますが、先の方には武家屋敷の通りが見えます。その道を歩きます。ところで、旧水沢県庁舎の隣に碑があって、一宿庵の記という碑が作られています。碑文を読むと、一宿庵というのは、庵を建てたのではなく、登米の俳人の一人が芭蕉が来たのを来たのを記念して一宿庵と号し、その後二代、三代と続き、平成初めには二十代一宿庵にまで続いているのだそうです。

 武家屋敷の通りには、説明板なども設けられて、落ち着いたたたずまいになっています。その一つの鈴木家は春蘭亭として公開されています。入ってみると、刈り取られた柴が束ねられ、柿や栗が置かれ、曼珠沙華が咲いています。古い屋敷内を一巡して拝見します。少し行くと廻船問屋の資料館などもあります。そして、鉤形の小路を通って、登米神社のある丘へ続く道を登っていきます。

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