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2018年4月27日 (金)

言葉の移りゆき(10)

朗読に耐えられない文章

 

 文章は、目だけで読むものではなく、朗読してもわかりやすくなければならないと思います。その観点から言うと、新聞には不完全な文章があふれています。NIEを声高に叫び、新聞のコラムが文章の手本であるかのように言っている新聞ですが、困った現象が拡大しています。

 他の人の言葉を括弧で包んで引用しながら、それを自分の文章の文脈に取り込んでしまうやり方です。

 

 だが同時に、体のあちこちに無駄な力が入っていたことに気づいた。「裸足だとフォームが悪いとすぐに傷みが出る。人間本来の自然な走りが身につきます」。裸足で走り始めてから2年後、けがは減り、マラソンを2時間4539秒で完走した

 (朝日新聞・大阪本社発行、2018年4月8日・朝刊、13版、1ページ、「天声人語」)

 

 話し手の名前は文脈から判断できるようにはなっていますが、突然のように括弧書きで引用するのは乱暴です。朗読したら、コラム筆者の言葉のようになってしまいます。

 

 お天気博士の倉嶋厚さんによると、〈春は北風と南風が激しく争う季節〉らしい。

 (読売新聞・大阪本社発行、2018年3月22日・夕刊、3版、1ページ、「よみうり寸評」)

 

 これは、ひどい書き方です。倉嶋さんが〈春は北風と南風が激しく争う季節〉だと断言していても、コラム筆者の書き方は〈倉嶋さんによると……らしい〉となって、倉嶋さんの断言の度合いが骨抜きにされてしまうのです。引用文を「らしい」で受けるのは、その言葉を述べた人に対して失礼です。

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