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2018年5月 4日 (金)

言葉の移りゆき(17)

書き写すのにふさわしい文章を読みたい

 

 NIEの活動では、新聞を教材にすることを奨めています。そのことには反対ではありません。朝日新聞は書き写し用の専用ノートまで作って、コラムの文章を推奨しています。けれども、それにふさわしい文章が書かれているのかどうかは疑問です。

 

 野球を愛する米国作家ロジャー・エンジェル氏はこう書く。その面白さと深さ、未来に「誰もが、戸惑いながら学びつづけるほかない」。今季ソフトバンクに加わった金星根さん(75)も新しい挑戦を始めた

 (朝日新聞・大阪本社発行、2018年4月30日・朝刊、13版、1ページ、「天声人語」)

 

 コラムの冒頭の一節ですが、一読して苦い味を感じる文章です。「こう」書くというのは、次の文を指すのでしょう。「その」面白さと深さというのは、野球の、と言うことでしょう。けれども、冒頭の文から指示語が連続するのを読むと、落ち着いた気持ちになれません。

 問題は、〈その面白さと深さ、未来に「誰もが、戸惑いながら学びつづけるほかない」。〉という表現です。〈その面白さと深さ、未来に〉を地の文にして、〈「誰もが、戸惑いながら学びつづけるほかない」〉という引用文にするのはなぜなのでしょう。まとまった引用文を書かないのはなぜなのでしょうか。うがって考えれば、筆者の都合の良いところだけを短く引用したのかもしれないと思うのです。ロジャー・エンジェル氏の著書名が書かれていませんから、引用部分が野球だけについて述べられたものであるのかどうかは確かめようがありません。ちょっと不親切です。

 3つめの文で金さんが登場するのは唐突です。〈金星根さん(75)も新しい挑戦を始めた〉という表現の、「も」は何なのでしょう。何と何とが同類の内容を表しているのでしょうか。〈戸惑いながら学びつづける〉のと〈挑戦を始め〉ることとが同じだと言うのでしょうか。厳密さに欠ける表現であるように思います。

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