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2018年5月 5日 (土)

言葉の移りゆき(18)

「詠み人知らず」と「詠み人多数」

 

 古事記や日本書記に載っている歌は、歌謡と言われ、万葉集に収められている歌は、長歌・短歌・旋頭歌など、いわゆる和歌として分類されています。

 歌謡は、一般的に言うと作者が特定されず、いわば民謡のような作品であると言われます。和歌は、特定の作者が作った作品です。

 もちろん、万葉集に限らず、古今集や新古今集などにも、作者不詳の「詠み人知らず」の歌がたくさんあります。

 歌謡が多くの人に共通する思いを詠んでいるのに対して、長歌・短歌などは作者の個性が表れた作品です。

 けれども、短詩形の文学ですから、同じ形の作品が現れても不思議ではないでしょう。「八月や」で始まる、例えば「八月や六日九日十五日」という俳句があります。上五が「八月に」「八月の」「八月は」などとなっているのもあるそうですが、「八月や」が大半だと言います。八月六日は広島原爆忌、九日は長崎原爆忌、十五日は敗戦の日です。日付を並べただけのように見えますが、句を詠んでいる人にとっては忘れがたい日であるのです。この句について述べた文章があります。

 

 八月や六日九日十五日  詠み人多数

 この句は日本の過ちを記憶し、非戦平和を希求する人々の心に刻まれ、伝えられてきた。その過程に教育者がおり、宗教指導者がおり、心ある市民がいた。今後も歴史を証言する「日本人の口の端に上る句」として、次の世代に伝えられることを願ってやまない。

 (朝日新聞・大阪本社発行、2018年3月26日・朝刊、13版、13ページ、小林良作)

 

 「詠み人多数」という表現は初めて見ましたが、それは、多くの人に共通する思いであるということでもあります。歌謡に近い性格をそなえているのでしょう。類似作だと非難するよりも「詠み人多数」として、それぞれの作者を尊重する姿勢に同感です。

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