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2018年5月17日 (木)

言葉の移りゆき(30)

会社などを「さん」付けで呼ぶ

 

 折り込みチラシや、街角の看板などで、店の場所を地図で表したものに出会うことがあります。ご丁寧に、周辺の店の名前にいちいち「吉野家さん」「ローソンさん」…と書いているのがあります。中には「郵便局さん」などとも書いてあります。さすがに駅や学校には「さん」がついていません。周囲のものに敬意を示しておこうという意図はわからないではありませんが、過剰な「さん」付けにはうんざりします。

 次のような文章を読んだことがありますが、私はこの考えに賛成です。

 

 最近身ぶるいするほど嫌なものに「NHKさん」「ナショナルさん」「朝日サン」「読売サン」などと企業にさんづけをする言い方である。「アメリカさん」「ソビエトさん」と言うならば「タンザニヤさん」とも言ってくれなければ困る。ふるさとにまで「ふるさとさん」とつく。

 これらは慇懃無礼を通りこして、ぶざまである。民族、企業、物の名は、尊称、美称をつけず、そのものズバリの方が、はるかに美しいのだということを、日常の瞬時、瞬時に発した相手に伝えたいときには、どうしたらいいのだろう?

 (茨木のり子『言の葉さやげ』、19751120日初版発行、花神社、新装版34ページ)

 

 例外と言ってよいのかどうかわかりませんが、次のような文章に出会いました。

 

 「今、コープさんで〇〇が安いで」「ほんま? ほなコープさん行ってくるわ」-。生活協同組合コープこうべ。言わずと知れた、東灘区に本拠を置く生活協同組合だが、年配を中心に神戸の人は「コープさん」「生協さん」と敬称で呼ぶ。流通最大手イオンも、神戸発祥のダイエーも「さん」付けにはしないのに。なぜか、コープこうべだけが「コープさん」なのだ。

 (神戸新聞、2018年1月1日・朝刊、神戸版、29ページ、「続・神戸遺産 1」、勝浦美香)

 

 これは、コープの従業員に「さん」を付けているのではなく、コープそのものに「さん」を付けているのです。ただし、わが家もコープこうべの組合員ですが、「さん」付けの習慣はついていません。

 消費者との距離の近さとか、家庭に商品を届けるシステムがあるという理由も考えられますが、同様の生協などは他にもあるのに「さん」付けはコープこうべ特有の現象のようです。

 記事には、「生協の父」として知られる社会運動家・賀川豊彦の指導で神戸購買組合、灘購買組合が誕生したことに触れて、賀川さんへの信頼がこもっているのではという説を紹介しています。

 また、大阪人が飴を「あめちゃん」と呼ぶ現象とは少し違って、神社を「天神さん」「生田さん」と呼ぶ感覚に近く、親しみと敬意を込めたのではないかという考えも紹介しています。

 相手を無難に持ち上げておこうとする「NHKさん」「アメリカさん」は見たくも聞きたくもありませんが、「コープさん」には嫌味がありません。カタカナ語ですが、思いは古くからのものにつながっている言葉のようです。

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