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2018年5月18日 (金)

言葉の移りゆき(31)

簡単に「一致」するはずはない

 

 「一致」という言葉は、2つ以上のものの内容や形や数量などが、ぴったりと同じになることです。個人と個人の間でも、考えや感じ方や、能力や趣味などが「一致」することは難しいでしょう。集団同士の考えなどが「一致」することはもっと困難です。まして国家間のことになるとなおさらです。

 

 安倍晋三首相は9日午前、中国の李克強首相、韓国の文在寅大統領と東京・迎賓館で会談し、北朝鮮の完全な非核化に向けた連携で一致した。

 (神戸新聞、2018年5月9日・夕刊、4版、1ページ)

 

 新聞でもテレビでも、ニュースで「一致」という言葉を多用しています。報道機関が自主的に使い始めたのではなく、政治家が「一致」という言葉をやたらに使うから、使わざるを得なくなっているようです。

 一時代前には、この「一致」という言葉はあまり耳目に届かなかったように思います。「合意した」とか「折り合いをつけた」とか「交渉が妥結した」とかの言葉を使っていたように思います。つまり、苦労をして話し合いをした結果、やっと一定の地点にたどり着いたということです。

 ちょっと顔を合わせただけで、簡単に「一致」するはずはないのです。そんなに簡単に「一致」するから、すぐにその約束も壊れてしまうのです。

 自慢顔に「一致した」「一致した」という言葉を振り回す人間がおるから、報道機関もこの言葉を使わざるを得なくなったのでしょう。国と国との間の交渉事が、わずか数日の話し合いで「一致」に達するとは思えません。どんな政治家が乗り出しても、何から何まで「一致」するはずがありません。「一致」という言葉は、自分の手柄を振りかざしたい人が多用している言葉であるように思います。記者会見で、「一致した」と自慢顔で言っても、報道機関は別の言葉で表現してもよいのではないでしょうか。

 

 対北朝鮮では「一致している」。ネクタイのストライブ柄まで一致は偶然か。日米首脳の蜜月アピール。

 「明日はゴルフも」と歓待の2日間。シンゾーとドナルドの思惑も一致? 通商協議ではすれ違いも。

 (毎日新聞・大阪本社発行、2018年4月18日・夕刊、3版、1ページ、「近時片々」)

 

 そうです、「一致」という発言にはカギカッコを付ければよいのです。政治家がそのように発言しても、現実がそうでないと思われるのならば、いわゆる「一致」。政治家の言う「一致」。カギカッコを付けるのが正しい表現ではないでしょうか。

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