« 言葉の移りゆき(34) | トップページ | 言葉の移りゆき(36) »

2018年5月22日 (火)

言葉の移りゆき(35)

コップは投げられても、水は投げられない

 

 「か()ける」という動詞はいろいろな意味で使われますが、液体や粉末のものを浴びせるという意味でも使われます。一方、「投げる」という動詞は、物体(固体)を空中に放り出したり、遠くへ飛ばしたりするという意味でも使われます。

 韓国の大韓航空会長の二人の娘が起こした行動が話題になり、揶揄するような言葉も生まれました。ひとつは「ナッツ姫」ですが、もうひとつについて、次のような新聞見出しがありました。

 

 韓国「水投げ姫」、暴行容疑で捜査

 (朝日新聞・大阪本社発行、2018年4月18日・朝刊、13版、14ページ、記事見出し)

 

 見出しを目にした瞬間に、水を投げるとはどうすることを言っているのだろうかと思いました。氷を投げることはあっても、水は投げられません。水を塊として投げることはできないではないかという疑問です。記事を読むと「大韓航空の趙顕専務(34)が会議で激高して水の入ったコップを投げつけたという騒ぎについて、韓国警察は17日、暴行容疑で捜査を始めたと明らかにした。」とあります。

 投げたのはコップで、その中に水が入っていたというのです。その状況なら、「コップ投げ姫」と言わなくてはなりません。いくらコップの中に入っていても、水を固体と同じように見ることはできません。

 

 「水掛け姫」「ナッツ姫」退任へ / 財閥グループの全役職

 (朝日新聞・大阪本社発行、2018年4月23日・夕刊、3版、7ページ、記事見出し)

 

 数日後の見出しの言葉は変化しました。記事には「会議で激高して水の入ったコップを投げつけたとして暴行容疑で警察の捜査を受けている。」とあって、前項の記事内容と変わりません。記事を整理して見出しを付ける人の言葉の感覚に変化が生じたのでしょう。

 文学作品ならいざ知らず、日常的な言葉遣いの中では、言葉の基本的な意味・用法を壊しかねない造語は慎むべきでしょう。

|

« 言葉の移りゆき(34) | トップページ | 言葉の移りゆき(36) »