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2018年5月23日 (水)

言葉の移りゆき(36)

「行けたら行く」という言葉①

 

 例えば日曜日にハイキングに誘われて、それがまだかなり先の日のことであるとき、「どっちにする?」と尋ねられて、「行けたら行く」と返事をしたことがあります。実際には、当日までに、行くか行かないかを決めて、そのように伝えました。ずいぶん先のことを尋ねられても決めかねることがあるのです。けれども、その行事を中心になって推進してくれている人にとっては、曖昧な返事は迷惑だったに違いありません。実施日が近づかないと正確な人数を把握できないのですから。

 ところが、この「行けたら行く」という言葉には、慣用的な意味が付与されているということを知りました。しかも、ごく近年のことです。

 

 「関西人の『行けたら行くわ』は、来ない確率100%」

 ネットで調べると出てくる「関西人あるある」だ。大阪生まれの記者も、こう返事して行ったためしはない。むしろ断っているつもりです。 …(中略)

 飲み会の幹事を務めたときのこと。手違いで仲の悪いAさんとBさんの両方に声をかけてしまった。Aさんは「行く」、Bさんは「行けたら行く」という返事だった。男性はホッとした。ところが当日、Bさんは来た。「もちろん席は用意していないし、Aさんは不機嫌に。えらい目に遭いました。『行けたら行く』って言ったら、来ないでほしい」 …(中略)

 大阪は、「10%。他の用事はないけど、行きたくないときに使う」(60代自営業男性)といった気が乗らない意味合いが強いのに対し、東京は、「80%。せっかく誘ってくれたから、他に用事があっても都合をつけて行こうと思ったときに言う」(70代主婦)、「行ける確率は20%でも何とか調整は試みる」(50代男性会社員)と前向きな人が目立った。

 (朝日新聞・大阪本社発行、2016年8月24日・夕刊、3版、2ページ、「まだまだ勝手に関西遺産」、向井大輔)

 

 「こう返事して行ったためしはない。むしろ断っているつもり」という言葉に仰天しました。上の引用は、かなり長い文章のうちの一部分だけですが、それでも、私にとっては刺激的でした。

 私の場合は、「他に用事があっても都合をつけて行こうと思ったとき」にとりあえず返事をする言葉ですから、第2信を発することを予定しての第1信であるのですが、関西人の「行けたら行く」は最終的な返事であるというのです。

 この言葉に関しては、私は東京人の感覚に近いのです。この言葉を多用している関西人にとっては、断り文句と受け取って、第2信などは期待していないということでしょう。それなのに、当日前とはいいながら、「行けたら行く」を「行く」に変更したら迷惑だったでしょう。

 「行けたら行く」は、あからさまに断って相手を傷つけない配慮から生まれた言い回しでしょう。関西にはそのような配慮の言葉は他にもありますが、「行けたら行く」については、私は誤用していたということになります。

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