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2018年5月28日 (月)

言葉の移りゆき(41)

「大丈夫です」の違和感

 

 新聞の投稿欄に「大丈夫です」という言葉についての意見が載っていました。54歳の主婦の方です。

 

 若者がよく口にする「大丈夫です」という言い回し。三十代の娘も多用するが、聞くたびに違和感を覚える。 …(中略)

 「結構です」「いりません」「見ません」で十分だと思うが、「結構です」は気取りすぎ、「いりません、見ません」はぞんざいな印象だと娘は言う。どうやら「大丈夫です」は、程良い「丁寧さ」「謙虚さ」があり、断言することを避けたがる日本人的「曖昧さ」が、今どきの感性にマッチして重宝なようだ。

 (東京新聞、2018年5月24日・朝刊、11版、4ページ、皆藤京子)

 

 「大丈夫です」に違和感を覚えるということに私も同じです。「大丈夫です」に程よい丁寧さ、謙虚さがあるという若者の意見は、そのような感じ取り方もあるのかと思います。

 それでもやっぱり、この言葉は使いたくはありませんし、聞きたくもありません。「大丈夫」というのは、もともと、しっかり安定している様子や、間違いなく確実である様子などを表す言葉です。

 「大丈夫ですか」という問いかけは、相手を思いやる気持ちは表れていますが、仰々しく感じられる場合があります。怪我をしている人に「大丈夫ですか」と尋ねるのは自然なことですが、注文した品々を並べあげて「これで大丈夫ですか」と確認するのは大げさ過ぎます。あなたは間違っていませんか、と迫られているような気がしないでもありません。

 一方、「大丈夫です」という答え方は、「はい」という応答のレベルを超えて、私は大丈夫だ、あなたの助力は要りませんというような拒否感すら漂う場合があります。

 言葉は人と人とをつなぐものですが、その場にふさわしい、やわらかい言葉を、場面場面に応じて使い分けたいと思います。

 「大丈夫です」は、いろんな場面に使える汎用語として登場し、言葉を使い分ける能力を失わせる方向に働いているように思われてなりません。

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