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2018年6月 5日 (火)

言葉の移りゆき(49)

昔「公害」、今「ハラスメント」

 

 国政レベルから日常生活まで、「ハラスメント」という言葉の大合唱が続いています。政治家や官僚のセクハラ感覚が、一般国民の感じているレベルとは大違いであるということもよくわかりました。

 それにしても「ハラスメント」は、セクハラ、パワハラ、アカハラをはじめ、あらゆる分野に拡大しているように思います。「ハラスメント」と言っておけば、相手を非難し、自己を防衛できる大きな武器になるようです。

 次のような「ハラスメント」に出会って、驚きました。麺類をすする音についての記事です。

 

 音を「不快」とする「ヌードル・ハラスメント」という和製英語も生まれている。日清食品は昨年、麺類用のフォークを開発した。すする音を感知すると、音楽が流れて音を隠す仕組みだ。

 (朝日新聞・大阪本社発行、2018年5月1日・朝刊、10版、21ページ、江戸川夏樹)

 

 小型の国語辞典にはまだ「ハラスメント」という言葉が載せられていないこともあるのに、「ハラスメント」の用法は拡大を続けています。

 それにしても、麺をすする音が「ハラスメント」に当たるというのはどういう感覚なのでしょうか。不快であるというのはわかります。けれども、それによって何を侵害しているのでしょうか。

 以前、気に入らないものを何でも「公害」という言葉で非難した時代がありました。「あんたの長話は、みんなが迷惑している。公害だ。」というように。

 今は「公害」という言葉ではなく、「ハラスメント」という言葉がその代役を買って出ているようです。風鈴に情緒を感じることもできなくなったような人間が、風鈴公害と言って非難したことがあります。今度はそれを風鈴ハラスメントと言うような時代になってきているのです。

 一方、仮に「ヌードル・ハラスメント」という言葉が一部の人の間で使われているにしても、それを取り上げて、その言葉を拡大再生産していくのが報道のあり方かと言えば、ちょっと首を傾げざるをえません。

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