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2018年6月10日 (日)

言葉の移りゆき(54)

消えていかない言葉

 

 新しい言葉が生まれていく一方で、古い言葉は消えていきます。けれども、消えて当然であると思われるのに、いつまでも残り続ける言葉があります。しかも小型の国語辞典を見ても意味がきちんと説明されていないから厄介です。

 悪質タックル問題を契機として、日本大学の体質が問題になっています。そんな報道が目立つようになりました。

 

 日大帝国の崩壊  関東学連、労組、警視庁、文科省…狭まる包囲網

 (朝日新聞・大阪本社発行、2018年6月5日・朝刊、13版、10ページ、『週刊朝日・6月15日号』広告)

 

 日大を「帝国」と表現しているのですが、この言葉は別の記事にも現れています。

 

 米映画市場で両社のシェアは計4割になり、「ディズニー帝国」の肥大化が恐れられてもいる。ディズニーは、売り上げの分配や最低上映期間をめぐり強気な条件で知られるだけに、劇場側は身構える。

 (朝日新聞・大阪本社発行、2018年6月8日・朝刊、13版、8ページ、「けいざい+WORLD」、江渕崇)

 

 とっくの昔になくなったはずの「帝国」が生きています。しかも、帝国とは無縁であったアメリカにすら帝国があるのです。

 「帝国」は皇帝などが統治する国というのが原義でしょう。そのような説明しかしていない国語辞典もあります。

 「帝国」が比喩的表現であることはわかります。けれども、どのような場合に「帝国」という言葉が使われるのか、「帝国」という言葉からどのようなイメージを導き出すのかがわからないのです。明るいイメージや、望ましいイメージでないことは確かですが…。

 小さな国語辞典の中で、すこし詳しい説明をしているのがあります。『新明解国語辞典・第4版』がそれです。引用すると、次のとおりです。

 

 ①一つの国が強大となり、他の幾つかの国を合わせて、さらに大きな国家となったもの。〔狭義では、大日本帝国の略称。〕

 ②専制政治が行われる国の異称。

 

 日大やディズニーを「帝国」と呼ぶのは、強大な組織であるとともに、専制的な経営が行われているということでしょうか。その組織に、他の弱小なものを踏みにじろうとする姿勢があるということでしょうか。どんな場合に「帝国」を使うのかが明確ではありません。

 マスコミが「帝国」を使い続けるのは、批判するのに便利な言葉であるからでしょう。きっと、使い勝手が良いのでしょう。有無を言わさず、強く決めつけてしまうような響きがあることは否定できません。外来語が氾濫する中で、「帝国」は独特の雰囲気を漂わせて残り続けるのでしょうか。

 それにしても、こんな言葉を使うのは一般市民ではありません。マスコミ用語でしかありません。

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