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2018年6月16日 (土)

言葉の移りゆき(60)

実感できる数字と、架空のような数字

 

 今朝の気温は昨日の朝よりも5度高いというニュースを聞くと、なるほどその通りだと実感します。数字が現実を再認識させてくれるのです。

 平均年齢が延びたというニュースを聞くと、我が身には実感しませんが、嬉しいことだという思いになります。数字のもたらす効果です。

 ところが、次のような数字は、私には何の思いも与えてくれません。

 

 定期的なウオーキングに寿命を延ばす効果があることが知られている。最近の米ペンシルベニア大などの研究でも、1日に座っている時間を30分でもウオーキングなどの運動に振り替えると死亡リスクが5年間で51%も減少すると報告されている。 …(中略)

 ゆっくり歩く人に比べて平均的な速さで歩く人は全死亡リスクが20%低く、速く歩く人(速いとより速いを合わせて)では全死亡リスクが24%低いことが分かった。

 (毎日新聞・大阪本社発行、2018年6月14日・夕刊、3ページ、「100歳への道」、白澤卓二)

 

 「死亡リスクが5年間で51%も減少する」とか「全死亡リスクが20%低く」「全死亡リスクが24%低い」とか述べていますが、どういうことを言っているのか、実感はゼロです。

 上記は、記事の文章の冒頭から引用しています。この文章には現在の年齢のことは触れられていませんから、すべての年齢の人を対象にしているのでしょう。死亡リスクという言葉の説明はありません。「死亡リスクが51%減少する」ということは、死亡率が半分になるということではないとは思いますが、リスクが半分になることと「寿命が延びる」こととの関係はどういうことなのでしょうか。「5年間で」という設定もよくわかりません。

 研究成果の中身を紹介しているのですから、間違ったことは述べていないでしょう。けれども、いくら数値を並べてもらっても、ごく普通の人にとっては実感が乏しいのです。ウオーキングをすれば効果がある、ということは理解できますが、それによって、どのように「寿命が延びる」のかは説明できていないと思います。リスクが何%低くなるというのは架空の世界の話のように聞こえるのです。

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