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2018年6月18日 (月)

言葉の移りゆき(62)

国語テストの三択問題

 

 首相がテレビ番組で語ったというニュース記事がありました。その一部分が、次のような文章になっています。

 

 一方、学校法人「森友学園」「加計学園」問題について、「私の分からないところで『これは首相が言っているんだから』ということは起こっているかもしれない」と述べ、…………。

 (毎日新聞・大阪本社発行、2018年6月16日・夕刊、3版、1ページ、古川宗。ただし実際には、…………の部分には言葉が書かれていた。)

 

 ここで、問題です。「…………」の部分には、どのような言葉が書かれていたのでしょうか。次の3つの中から選んでください。

 () 自身の関与を重ねて否定した。

 () 自身の関与をしぶしぶ認めた。

 () 自身の関与を否定も肯定もしなかった。

 

 国語のテスト問題にはこのような形式のものがあります。文脈から考えて、ここにはどのような言葉が入るのが適切かと問うているのです。(現実には、時事的内容が問題になることは少ないと思いますが…。)

 これはテレビ番組を見たか見なかったかとか、首相の人間性がどうであるかとかは関係ありません。純粋に言葉の問題です。

 カギカッコの中はテレビ番組で語ったことが記されており、その意味では客観的事実です。「…………」の部分には、その発言に基づいて記者が下した判断が書かれているはずです。どれを選べばよいでしょうか。

 国語のテスト問題としては、答えの選択に迷います。「関与」という言葉の重みによって、ますます迷いが生じるでしょう。とはいえ、選択肢は、否定、肯定、曖昧返答の3つです。どれかを選ばなければなりません。

 正解は、意外に思われるでしょうが、()です。国語のテスト問題の場合は、もともとの文章に書かれていた言葉が正解です。それ以外は誤答ということになります。「…………」の部分には「自身の関与を重ねて否定した。」と書かれていたのですから、それが正解です。

 けれども、これは国語のテスト問題にするには適切でなかったと思います。問題はこの文章表現にあるのです。表面的な発言とは裏腹に、内心が見え見えであったというのならば、「と述べつつも、」とか「と述べるにとどめ、」などという表現をした上で「…………」の部分につなげていかなくてはならないでしょう。そういう言葉を取り払ってしまって、記者としての結論を書くのは性急であったと言わなければならないでしょう。

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