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2018年6月21日 (木)

地域の言葉について思うこと(1)

「ん」で始まる言葉

 

 大型であれ小型であれ、国語辞典に収められている言葉の最初の見出しは「あ」です。「あ」の見出しで並んでいる言葉は、感動詞の「あ」や、造語成分の「亜」や「阿」などです。

 それでは、国語辞典に収められている言葉の最後の見出しは何かといえば、辞書によって異なるでしょうが、「ん」で始まる言葉であることに間違いはありません。

 私は、仕事の必要から、十種類以上の国語辞典を手元に置いておりますが、改訂のたびごとに新版を買い求めることはできません。『広辞苑』は第4版のままです。その版の最後の見出しは、「んとす」であって「終りな-」という用例が載っています。まさに一冊の辞典が終わりなんとしている場所に置かれた用例です。その版では「ん」ではじまる見出しは、「ん」(4項目)、「んす」、「んとす」の合計6項目です。

 『広辞苑』はこの度、第7版が刊行されて、さまざまなことが話題になっていますが、最後の見出しは「んぼう」になりました。「赤-」などという言葉の造語成分です。今後、これより後の見出しが誕生するかどうか、興味がわくところです。

 もっとも、『新明解国語辞典・第4版』には、既に「んぼ」の見出しがあって、「甘え-」「おこり-」「立ち-」「けち-」「隠れ-」などの用例がどっさり載っています。

 極めつきは『三省堂国語辞典・第3版』の「んんん」という感動詞で、〔ひどくことばにつまったときの声。〕という説明がされています。

 国語辞典の最初と最後の言葉が感動詞であるということには納得しますし、そこまで言葉を拾い上げた辞書編集者に感服します。

 感動詞は、話し手の感動を表したり、呼びかけ、応答、掛け声、挨拶などに使われたりする言葉ですから、感動詞の語数は広がっていく可能性があります。

 さて、全3冊の『日本方言大辞典』は全国各地の方言を集めたものですが、「ん」で始まる見出しには、沖縄の言葉を中心にして百八十余があげられています。兵庫県にも関係がありそうな言葉をあげると、打ち消しの過去を表す「んかった」、ある動作をしなければならないということを表す「んならん」、尊敬の意味を表す「んす」、などです。私が勝手に用例を作り上げれば、「昨日はテレビを見んかった。」「明日は神戸へ行かんならん。」「事務所におりんすのは、どなたですか。」というようになります。方言辞典には「んんん」の見出しが現れないというのも面白いことです。

 ちょっと話が広がりますが、朝日新聞・大阪本社版の夕刊に「勝手に関西遺産」という企画があって、関西特有の言い回しなど、言葉の話題も積極的に取り上げています。かつて取り上げられていたのに「んなあほな」という言葉があります。

 上方落語協会の情報誌のコラムに「んなあほな」というタイトルがあるのだそうです。真面目な人が反論するならば、その言葉は「そんな阿呆な」という発音が崩れたに過ぎないということになるでしょう。けれども、関西の言葉では「そんな」ではなくて、実際の発音は「んな」になっていることは否定できません。

 この記事では、「いきなり『あほな』はキツいけど、前に『んな』って付けると、ノリツッコミのようになるんじゃないかなあ。」というコメントも紹介されています。

 関西では「んな」という連体詞が面白い味わいを出しています。「んなこと言われても、何ともならん。」とか、「んな話やったら、わしも一口乗りまっせ。」などと言います。理屈を言えば、共通語の「そんな」という形容動詞の「そ」が抜け落ちたに過ぎないということになるのかもしれませんが、そこまで言うと、関西言葉の味わいにケチをつけることになってしまいます。

 例えば、応答のときに使う言葉の「うん」は、「うん」という発音もしますが、人によっては、あるいは場合によっては、はっきりと「ん」とか「んん」と発音することがあります。鼻音の発音です。感動詞の「ん」は、文のはじめに出てきますから、「んなあほな」と言うのと似た性格をそなえています。

 私は今、『明石日常生活語辞典』を作っていますが、「ん」で始まる語を取り上げています。目立たせようとして積極的に取り上げたわけではありません。自然とそのように発音する言葉があるからです。例えば、名詞の「んま()」は「うま」と言う方が多いでしょうが、「んま」もきちんと残っています。打ち消しの意味の助動詞の「ん」は、例えば、「明日は行かつもりや。」などと言って、「ん」以外の何ものでもありません。格助詞(準体助詞)の「ん」は、例えば「その本はわし()や。」と言います。「わしのや」とか「わしのんや」とも言います。

 『明石日常生活語辞典』では、やや複合的な言葉も含めると、二十語ほどを、「ん」で始まる見出し語として取り上げています。

 

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